サークル紙ふうせん


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 本棚のおりがみ
 ここは、おりがみの出てくる本のご紹介。とはいっても、おりがみの教本や作品集ではありきたりだし… おりがみの出てくる普通の本、小説なんかはないかな。
 おりがみの出てくる小説なんかはないかな、ということですが、率直な所、そう多くは見かけません。だからこそこういう所でご紹介する意義もあるのでしょう。
 ここでは、とりあえず小説(この用語の定義となると難しいのですが)一般を中心として、おりがみの登場する作品をご紹介します。もとより、本稿筆者の思いつく範囲でのこと、作品中でのおりがみの重要さや、作品自体の評価、知名度等に関わらず順不同でご紹介することとなります。
 拙稿をお読みいただいている各位には、もしここでご紹介し得ていない作品をご存知でしたら、当サイト宛ご教示いただければ幸いです。極力ご紹介に加えて行きたく思います。
 なお、文中の出版データは、原則として本稿筆者が実際に読んだ書物のものであることをお含みおきください。 
 ご紹介作品一覧(各作品名をクリックして下さい)  
 折紙宇宙船の伝説 迷路館の殺人   時計館の殺人  桜の下にカミは眠る
 折鶴が知った…  その手は桑名の焼蛤   折紙の秘密  折鶴の殺意
喪服の折鶴   折鶴の証言  蒼穹の昴 折鶴七変化 
折鶴秘帖-天保毒花撰-   とべ! おり紙トンボ   運命の旅路 三毛猫ホームズの花嫁人形 
新たなる旅立ち/折鶴に甘い露を   光る鶴  折鶴忌 霧越邸の殺人 
おりがみ太平記  百鬼夜行にカミは笑う  おかあさんの紙びな  HEROES/ヒーローズ チャーリーを救え 
売色鴨南蛮      

「折紙宇宙船の伝説」

  矢野徹 角川文庫 昭和57年

 <折紙の飛行機はすいすい飛び続けている……折紙の飛行機は雲海をゆく船のように、いつまでも霧の中を飛び続ける。>
 太平洋戦争の頃。ある山奥の小さな村に、美しい狂女が住んでいます。狂女は、村の男たちと絶えず関係を持ちながら、いつも紙飛行機を飛ばして遊んでいます。
 この村に派遣されて来た、たった一人の軍人<ぼく>は、この狂女に、そしてこの村の不思議な里謡に関心を持ちました。やがて、狂女は男の子を産み落とします。
 この作品は、エスパーの活躍するSF小説です。俗界と隔絶した山村での出来事や、この村を出た狂女の息子の体験と、人工生殖に依存し、自然生殖能力の退化した宇宙人の活動が同時進行で語られてゆき、やがて、狂女のもとで、二つの物語は一つにつながります。題名に、「紙飛行機」ではなく<折紙宇宙船>とあるそのわけも、次第に納得できるようになります。
 主人公、あるいは舞台回しの<ぼく>、あまり重要な要素ではありませんが実は神戸っ子であったことも終盤に判明、我々神戸っ子には親近感を抱かせますが、著者もまた神戸育ちなのだそうです。
 おりがみ、それも紙飛行機に導入され、神戸っ子の<ぼく>が語るこの作品、神戸のおりがみサークルの、「紙飛行機」の紹介が目立つこのサイトとは、全くの偶然とはいえ因縁浅からぬものを、本稿筆者は感じています。

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「迷路館の殺人」

  綾辻行人 講談社文庫 平成4年


 このミステリーは、大部分が小説の中に書かれた小説、即ち作中作で占められており、その作中作の中にはまたいくつかの作中作が登場、その一編の中にはさらに作中作があるという変わった構成になっています。
 郷里に隠退した探偵小説の大作家が、還暦祝に後輩の作家4名と、編集者、評論家夫妻、そして老大家の作品「愛好者代表」の一青年をその奇妙な構造の自宅「迷路館」に招きます。ところが大作家は、4人の作家に対してそれぞれ自分が殺される筋の小説を競作させて、残りの人々が審査、最優秀作の作者に莫大な自分の遺産を与えるとの遺言を残して自殺。招待客たちは遺言に従い、そのまま館内に閉じこもってこのコンテストを実行するのですが、密室となったはずの館内で、次々と殺人事件が発生します。
 この事件で探偵役を勤めるのは「愛好者代表」の青年・島田潔です。この人物が、一同が大作家の自殺とその遺言に困惑して話し合う最中に<二本の手、二本の足、尖った二つの耳に槍のような尻尾、背中には二枚の羽根が付いている>という黒い折り紙を折って遊んでいる場面が出てきます。この<悪魔>、手にはちゃんと5本の指まで付いているのですが、一枚の紙から、切り込みも入れずに折り上げられている「不切一枚折り」、非常に高度な作品なのです。
 このおりがみ、展開の上では重要な要素ではありません。しかし、島田の真似ができるほどの技量の持主はそうそうおられるものではないでしょう。少なくとも、「サークル紙ふうせん」にはいそうにありません。

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「時計館の殺人」

  綾辻行人 講談社文庫 平成7年


 「迷路館の殺人」の後、推理作家・鹿谷門実、本名島田潔が活躍するミステリーです。
 日本有数の時計メーカーの会長が遺した広大な屋敷「時計館」の「旧館」は、丸い、扁平な建物です。窓もろくについていないこの館には、珍しい古時計の複製品が夥しく収蔵されています。
 ところが、建築主の会長は、この旧館に新館を増築して間もなく死去。その前後にも人死が相次ぎます。亡霊に取り憑かれていると噂された館で、霊能者と超常現象雑誌の編集者、学生たちが自ら密室とした旧館に閉じこもり、交霊会を試みることになりました。
 一方、この交霊会に参加する予定が急用で果たせず、せめて外からだけでも館を見ておこうとやってきた学生と、彼が偶然出会った鹿谷は、この家の管理人に頼られ、結局新館に滞在することになりました。そして、幼時に遭遇した姉の死に衝撃を受けてか、精神に異常を来たしたという弱冠16歳の現当主と面会します。
 同じ敷地内に、互いに知り合う二組の来訪者が、連絡の取り合えないまま滞在するわけですが、その頃、交霊会の密室では、霊能者の失踪、参加者の変死が相次いでいます。もちろん、もう一方の作家一行には知る由もありません。
 ここでは、遅れてきた学生が、鹿谷の愛車に飾られた<首が三本付いている>青い折り鶴を見出し、その後、二人が精神を病んだ当主と面会中、鹿谷が紙ナプキンで折って見せた「魚」の折り紙を見て目を輝かせた当主の様子に不審なものを感じ取り、これが物語を大きく前進させることになるのです。
 いつでもどこでも、紙一枚あれば気軽に披露して、話題作りができる。おりがみ愛好者なら経験のある人も少なくないでしょう。
 それが「亡霊」の謎解きにつながるかどうかは別として。

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「桜の下にカミは眠る」

  紙谷龍生 富士見ファンタジア文庫 平成14年

 ティーンズ向けのファンタジーですが、本稿筆者の知る限り、おりがみ自身が「カッコよく」活躍するという華やかな作品は、この作品以外に例がありません。
 明日からは高校二年生という菜々は、学校の老桜樹を眺めています。そして、もう花をつける力もないこの老樹の下にたたずむ、知らない美少年と出会いました。すると、この老樹が花をつけ始めたのです。驚く菜々の唇に、少年の唇が重なり… 菜々のファーストキスでした。
 この少年、折形匠は、菜々の新しいクラスにやってきた転校生だったのですが、「神」と同音の「紙」を使って、怪異を祓う霊力を持った「折形師」だというのです。
 匠の使うのは、念をこめた上質の和紙。この紙で蛙を折れば、ぴょんぴょんと跳ね始めます。そして水牛を折れば、角を振り立てて、地の気の乱れが生み出した龍と戦いさえします。匠はこの紙を、いつもたくさん携帯しています。
 物語は、匠と同族の、切り紙を操る男・貴大との相克を絡めながら、次々と匠の折紙が怪異を打ち破って進んで行きます。しかし、最後の戦いを控え、貴大にすべての紙を奪われた匠が持つのは、菜々がお守りとして大切にしていた水牛の折紙一枚。この紙が何度も折り直され、龍の姿となって朱雀の怪異に立ち向かうものの、あえなくその炎に焼き尽くされます。万事窮す! 遂に力尽き、炎に囲まれた匠と、彼に寄り添った菜々は…
 このお話、蛙、水牛、紙鉄砲、二双舟をはじめ、いろいろな折紙が登場します。戦いに臨んで、匠はレパートリーの中から、眼前の敵に立ち向かわせるにふさわしいものを選び出して登場させるのですが、これらの作品(?)は、匠が紙を空中に投げ上げるとおのずから折りあがり、魂を持ち、敢然と敵に立ち向かうというのですから、テレビアニメにでもすれば思いきり派手なアクションとして描かれるでしょうし、それがヒットすればおりがみの一大ブームさえ起きそうな設定です。
 クライマックスに登場する最後の一枚が、何度も折られ、開かれて使い回される場面、まさに「上質の和紙」ならではの芸当ですし、そして、それでもだんだんと紙が傷んでいく、という、妙に現実的な進展も目を惹くところです。

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「折鶴が知った…」

  日下圭介 光文社文庫 昭和60年


 京子は、婚約者の画家・吾郎から、突然1か月後に迫った結婚式の延期を告げられました。なぜ? 吾郎は、京子の知らない女性と待ち合わせの約束をしていました。密かに吾郎の後を追った京子は、当の女性と、同行の幼女、その祖母、そして吾郎の姿を見つめ続けます。その吾郎の手には、小さな青い折鶴がありました。
 やがて、大人の話に飽きた幼女が色紙の束を抱えてぶらつき始め、訳も知らずに京子の側へやってきました。せがまれるままに折鶴を折ってやった京子は、吾郎たちの前に姿を現すことになりました。
 その後、京子が何気なく持ってきた、吾郎の部屋にあった牛乳を飲んだ幼女と祖母が突然発病。病院へ付き添った吾郎は、京子が青い折鶴を膨らませようと唇を近づけたのを見て、荒々しくそれを奪い返しました。そして幼女の枕元から千羽鶴が盗まれます。
 吾郎の青い折鶴は、物語の進展につきまとい、最後には吾郎の出生や、次々に起きる事件の秘密を解き明かす重要な鍵になって行きます。
 ミステリーには、意外な「もの」が物語を推し進めるという筋がよくあります。この作品では折鶴がその「もの」です。この作品の筋からすれば、別に折鶴でなくとも、(「その青い紙」で折ってありさえすれば)「にそうぶね」でも「かぶと」でも一向に構わないように思うのですが、やはり一般におりがみといえば「折鶴」こそがその代表なのでしょう。
 このサイトを運営しているサークルが団体名に採る「紙ふうせん」も、それに次ぐものではありましょうが。

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「その手は桑名の焼蛤」

  「ハオハオ亭忘憂録」 五木寛之 角川書店 平成10年


 「ハオハオ亭忘憂録」という本、「小説」ではなく、「雑学エッセイ集」とでも呼ぶべきスタイルの作品ですが、この中の「その手は桑名の焼蛤」という一文に興味深い点があるので敢えてご紹介します。
 この作品は全編を通じ、「みみずく食堂」の何かと講釈好きな店主、看板娘のミドリ、常連客の松五郎、3人の会話体で描かれています。
 「その手は桑名の焼蛤」では、この店主が折り紙に凝っています。それも、一枚の紙から複数の鶴を折り出す「千羽鶴」なのです。そして、店主は得意気にこの千羽鶴についての講釈を始めます。
 ここで触れられている「千羽鶴折形」という文献は、寛政9(1797)年、勢州桑名の魯縞庵義道という僧侶の作品集で、おそらくは世界最古のおりがみ本として、おりがみの世界では有名な文献です。現在の、単独の折鶴を糸でつなぐ千羽鶴の形式は、比較的最近の形式ではないかといわれており、それ以前の千羽鶴といえばこの文献に出てくる「一枚折り」のものらしいのですが、その折り方は現在、桑名市の無形文化財に指定されています。
 この作品の中に
 <ミドリ「(店主は)奥で朝から折り紙に夢中なの」。
 松五郎「なんだ、折り紙だ? 折り紙って、あの子供がやる折り紙かい。」>
 という件があります。日頃おりがみにしたしんでいる者には忘れがちなことなのですが、一般にはおりがみというのは子供の遊び、というのが普通の認識であることを改めて感じさせられる一文です。
 しかし、おりがみを趣味としているいい年の大人も少なくなく、現に「サークル紙ふうせん」なども、技量はともかくとしてそういう者の集団ですし、他にも我々には驚くほかはない高度な技量を持ち、理論を構成し、また独創的な創作作品を考案しておられる愛好者・研究者各位が多数おられます。義道師は、さしずめその元祖といえるでしょう。

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「折紙の秘密」

  「ワイドショー殺人事件」 志茂田景樹 桃園文庫 平成7年


 テレビのワイドショーで活躍するリポーター・理保が、テレビ局周辺で発生する殺人事件を解決してゆく短編ミステリー集です。各作品、こまめに大人向きのシーンも織り込まれていますが、この中に「折紙の秘密」という作品があります。
 理保は、精巧な作品が評判の「折紙細工家」荒川節子を取材しました。そして、その番組が放映された直後、節子が遺体となって発見されたのです。警察の鑑識結果によれば、死亡時刻は当日朝、番組のスタッフが本人に作品を借り受けて来た頃とちょうど一致するのですが…
 この作品では、「ブレーメンの音楽隊」「白雪姫」等と名付けられた折紙作品が少し登場するほかは、折鶴のバリエーションが主な「登場おりがみ」です。しかし、具体的な作品の描写はなく、紙自体の製造業者の鑑定、作品が折り上げられてからの年数経過が事件解決の糸口となっています。
 この作品で使われている「折紙細工家」という肩書、本稿筆者は寡聞にしてここで初めて目にしたのですが、こういう肩書で活動しておられる方が、実際におられるのでしょうか。

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「折鶴の殺意」 

  佐野洋 文藝春秋社 昭和50年


 N県警の新任刑事部長の趣味は「折鶴」。かつて病床で、「千羽鶴折形」(本稿「その手は桑名の焼蛤」の項参照)に触れた本を読んで以来、研究に余念がありません。
 着任早々、歓迎会の席で知り合った仲居さんに、千羽鶴「巣籠」を見せてもらったのが最初の事件の始まり、それから、N県下では折鶴に絡む事件が続々と発生します。
 「折鶴の血」、「壜の中の折鶴」、「折鶴の毒」、「折鶴の便り」、「折鶴の嘘」、「折鶴の夢」と、徹頭徹尾折鶴にこだわった6連作の外、巻末には「折鶴余話(あとがきに代えて)」と題する、著者自身の折鶴への思い入れを語った一文が収録されています。
 おりがみ好きの各位にはぜひお勧めの一冊ですが、「折鶴の夢」の中に、本稿筆者の印象に強く残った、部長の独白がありました。
 <普通の人にとっては、折鶴なんて、それほど興味の対象になるものではないしね……>
 そうなのです。折鶴だの折紙だの、そんなものにいちいち注目する人は、なるほど多くはないでしょう。しかし、数はさておき確かにそういう人もいるのです。そして、この本の登場人物ほどではなくとも、それを媒介に、さまざまな生活劇を演じているのです。この本の作中でも、「サークル紙ふうせん」でも、そしてあなたの周りでも。もしかしたら、このサイトにアクセスしてくださった、あなたもそのお一人ではありませんか。

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「喪服の折鶴」

  佐野洋 文春文庫 平成13年


 かつて、N県警の刑事部長として、折鶴に絡む数々の事件を解決した「折鶴さん」末次も今は退官、学習塾の顧問としてゆったりと暮らしています。しかし、折鶴に絡む事件は相変わらず絶えることなく、その度に事件は末次のもとへと持ち込まれてきます。
 この本も、「『立ち鶴』の迷い」、「逃げたキリン」、「折り置きの鶴」、「折鶴の恩返し」、「折鶴の過去」、「龍の餌」、「喪服の折鶴」、「折鶴の訊問」、「折鶴の入院」の9連作に、著者と折り紙研究家・笠原邦彦氏の対談「折り紙というミステリー」が収録されています。そしてもちろん、各作品とも(一編を除いて)事件の鍵は「折鶴」が握っています。
 警察に任意提出された「立ち鶴」の中に何かが隠されている。しかし壊してはしまえない。ぜひ原状回復して返却する必要がある。というので、外科医の協力を得、手術よろしくゴム手袋にメス、ピンセット等を使って慎重に作品を「開腹」するという場面(「『立ち鶴』の迷い」)、本稿筆者も読んでいて思わず息を詰めました。また、店頭に大きな折り紙の龍を展示している文具店が、「龍の餌」に見立てた折鶴を募集するという場面(「龍の餌」)では、「なんちゅうことを思いつくねん」と、思わず憮然としたものです。
 本稿筆者に限らず、おりがみ好きの各位にはそれ位のめり込んでいただける一冊です。

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「折鶴の証言」

  「紙幣の散歩」 佐野洋 朝日新聞社 昭和57年


 もう一編、この作者の「折鶴もの」がありました。但し、末次部長は登場しません。
 市役所職員の米山妙子が自宅で殺害された事件の捜査を始めた県警の刑事・立花は、顔馴染の新聞記者の従姉・山見律子と面会します。彼女は、「死体の側に折鶴がなかったか」と立花に尋ねます。心当たりのない立花が問い返すと、律子は妙子と共に「折鶴研究会」のメンバーであり、事件の夜、妙子から電話を受け、彼女がかねて研究していた「あやめをくわえた鶴」の創作が完成したことを知らされていたというのです。立花が改めて調べてみると、その折鶴はちぎられ、屑籠に投じられていました。
 この作品でも、本稿で既に触れた「千羽鶴折形」(本稿「その手は桑名の焼蛤」の項参照)が登場し、事件があった市内に、この文献の研究会が結成されていたとされています。
 律子は、屑籠から発見され、つなぎ合わされた紙に残っていた折り線からその折り方を読み取り、ありあわせの紙で作品を復元してゆきます。
 この作中には、折り図はもとより挿絵もなく、問題の折鶴の意匠は直接には判りませんが、鶴もあやめもそれぞれが<折紙の代表的なもの>であること、正方形が二つ並んだ形の紙(「千羽鶴折形」でいえば「寄木」の紙の取り方に近いでしょうか)を使い、あやめの方は<正方形の隅を折り込み、九十度回転した形にして使う>、つまりはざぶとん折りにして使うことが述べられています。
 ここまで解れば、即座にもこの作品を再現できるおりがみ愛好者各位も少なくないでしょう。もちろん、折鶴と何か別のものをつないで折るのはさして難しいことではありません。ただ、それが美しいかどうかが問題なのです。
 その点、この作品については作中< …いかにも可憐であった。あやめを口にくわえ、ちょっと小首をかしげている。その首をかしげたことによって、表情が出て来たという気がする。>とあります。
 また、<普通、折紙の鶴を見ても、すぐにそれが生き物とは結びつかない。 …ところが、その折鶴が花をくわえ、小首をかしげると、生き物らしくなってくる。>とも述べられています。
 確かに、これは千羽鶴の、もしかしたらおりがみ全般にわたっての魅力の一つであることに間違いはありません。
 もっとも、立花が「折鶴研究会」のことを聞いた時、<鶴ばかり折っていて、楽しいのだろうか、また研究するほどのことか>と思ったというのも、世間では普通の反応なのではありましょうが。

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「蒼穹の昴」(上・下巻)

   浅田次郎 講談社 平成8年


 清王朝末期。強まる列強の外圧、勢力を伸ばす軍閥、変法を語らう知識人たち、弱帝をしか戴けない帝室。斜陽の帝国で、事実上の女帝として君臨した西太后・慈禧と、貧しさゆえに自ら宦官を志し、宮廷に身を進めた少年を中心とした激動の歴史物語です。
 皇帝となったわが子が早逝、幼い甥に帝位を継がせた西太后は、自ら政事を聴き、尊大に臣下を睥睨して専横を極めながらも、民衆からは老仏爺=活き仏様として讃仰を集めています。しかしその実、彼女は人払いをしておいてから独りヒステリーを起こし、仏堂で亡き偉大な皇帝に心中を訴える位しかはけ口のない、絶え間ない緊張と自信喪失に苦しんでいました。辺境の後進国であったはずの日本までが、帝国を蝕み始めています。
 そんな西太后にも、ほんのひとときの、純粋にプライベートな時間はありました。
 <朝見を終え、宮殿に鳳輦を返すと、慈禧はひとりのつつましやかな、孤独な老女に戻った。中庭を埋め尽くした花を賞で、軒下にかけつらねた鳥籠の囀りに耳を傾け、折り紙をし、読書にふけった。>
 今から100年余の昔、日本では明治憲法が発布された頃、ここで中華の最高権力者が、僅かな自分の時間に折り紙を楽しんでいるのです。彼女がどんな折り紙を折っているのか、この描写にどんな考証がなされているか、それは本稿筆者には判りません。
 しかし、上巻も巻末近く、読み進めて既に緊迫の宮廷世界にのめりこんでいる時、突然現われるこの場面の印象は鮮やかです。(他にも当サイトとしては、下巻巻頭、ヨーロッパからの手紙の中、東洋の紙の強靭さに驚き、同等の紙がヨーロッパにはないことを恥じる件や、神戸近代史とも所縁の深い孫文の活躍がちらりと垣間見える件、初代の兵庫県知事を勤めた伊藤博文が首相辞任後の姿で登場する件等にも関心を持ってよいでしょう。)
 作中、折り紙が出てくるのは後にも先にもこの一言限りです。それでいいのです。彼女にしてみれば、全ヨーロッパに匹敵する広大な版図と、4億の臣民を統べる最高権力者として、折り紙を玩んでいる姿など断じて見られたくはなかったでしょうから。

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「折鶴七変化」

  角田喜久雄 春陽文庫 平成2年


 浅草・淡島明神に奉納されたたくさんの千羽鶴(ここでは糸でつなぐ形式のものです)を、夜半密かに物色、その一連を持ち出した女と、その従僕がいました。ところが、覆面の侍がその千羽鶴を脅し取ろうと抜刀、従僕は斬り伏せられてしまいました。逃れた女を助けたのは、大人気の歌舞伎女形・春之助でした。
 この千羽鶴、実は旗本・明石家の家督相続の行方を握る文書を折って作られたもので、春之助も否応なく御家騒動に巻き込まれてゆくのですが、やがて、意外な事実が明らかになります。
 この作品、千羽鶴自体の登場場面はそう多くありませんが、プロローグに、千羽鶴が奉納されている社殿の情景描写があります。時代背景は文久元(1861)年のようです。
 <…千羽鶴が所狭きまでに一面に天井から吊り下がっている。
 赤や青の折り紙や、…はては習字のほご紙でたんねんに折られた折り鶴が、…まるで満開の藤棚かしだれ桜でも見るように房々とゆれている。
 昼間見たらばさだめし可憐にも美しい鶴の群れであろうが、…赤や青のけばけばしい色彩が、なにやら不吉なことでも暗示するように毒々しい。>
 もとより時代小説のこと、これが史実かどうかは判りません。しかし、そういう場の不気味さはこの通りかも知れません。夜中、仄かな提灯の灯一つに浮かび上がる無数の折り鶴に囲まれることなど、日常的にはないのですから。それでも、本稿筆者は一度こういう幻想的な体験をしてみたい気がするのです。

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「折鶴秘帖-天保毒花撰-」

   高木彬光 春陽文庫 昭和58年


 副題で察せられる通り、男伊達のお数寄屋坊主・河内山宗俊をはじめ、「天保六花撰」の面々が活躍する時代小説です。
 謎の女が直侍・片岡直次郎を遊郭から誘い出しましたが、この女、途中で何者かに殺されてしまいました。その死体の足元には赤い折り鶴の折りかけが落ちていました。直次郎、何が何やら判らないままとにかく一計を案じ、手近の大店の軒先に死体を吊り下げて、まんまと店から10両の金を巻き上げます。
 この話を聞いた宗俊、今度は自分でこの大店に乗り込んで、娘に会わせろと横車。物語はどんどん大きくなって、十万両の宝探しに絡んでの騒動が起こります。
 大店の娘ながら、訳も判らずさらわれて、家を焼かれて、逃げたと思えばまた捕まって、という気の毒なこの物語のヒロイン・おきた、「折り鶴小町」と称されるほどの「折り鶴マニア」なのですが、店に持ち込まれた銀の折り鶴の置物を手に入れたのが災難の発端かと思いきや、おきた自身の生い立ちにも経緯があったのです。
 さて、作中、このおきたの部屋は<鏡台掛けも、座布団も、炬燵にかかった友禅布団も、すべて折り鶴の模様をあしらって、部屋全体に千羽鶴が舞い遊ぶような>と描写されています。その上、着ているものまで<着物も帯も、どちらも折り鶴を散らした模様>だとありますから、架空の人物とはいえ相当ディープなマニアだと思われます。今でも、折り鶴好き、おりがみ好きの人はいますが、さすがにここまでの自己主張をしている人には、少なくとも本稿筆者はお目にかかったことがありません。
 そのような部屋や着物となると、一つ間違えば「華やか」を通り越して「異様」な雰囲気になってしまいそうなものです。しかし、そこは大店の箱入り娘にして「小町」とまで呼ばれる美人、おのずから様になってはいたのでしょうが、それには本人にも相当なセンスが要求されることでしょう。おりがみ好きの皆さん、一度お部屋の模様替えに挑戦なさってみませんか。

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「とべ! おり紙トンボ」

   竹内恒之 偕成社 昭和57年


 折り紙作家・加瀬三郎氏(平成20年4月11日逝去・享年81歳)をモデルにした児童文学です。加瀬氏については、折り紙による国際交流に尽力する氏を紹介する、「折り紙の詩」(田島栄次・集英社・平成9年)という、豊富な写真の収録された素晴しいルポルタージュも出版されていますが、本稿の趣旨上とりあえず割愛し、こちらをご紹介することとしました。 
 小学生・川田道夫は、幼時から左目の視力を失っていましたが、その後、右目まで視力が低下してきました。戦前、見識のない障害者差別がまかり通っていた時代のことです。そのあからさまな差別を恐れて、盲学校への入学をさえ親が善意で二の足を踏まねばならなかった時代、道夫は目の不自由さゆえにかえって色彩への強い興味を持ち、絵を描いて展覧会に入選するほどにまでなりました。それでも視力は漸次悪化、母親は手探りでのおり紙を道夫に教えるのですが、道夫には慰めになりません。そして6年生の冬、道夫は失明しました。
 その後、川田は鍼灸の勉強を志し、戦争も、戦後の食糧難も必死で乗り越えて治療院を開き、鍼灸師として独立を果たしたのです。
 ある時、ひょんなことから改めており紙に関心を覚えた川田は、有名なおり紙作家の門を叩きました。しかし、返されたのは障害者への露骨な侮辱に満ちた、入門拒否の回答でした。憤激した川田は、独学でおり紙に挑戦する決意をしました。
 昭和56年、押しも押されぬおり紙作家となった川田は、アメリカへの機上の人となっています。おり紙の活動を通じて<「おり紙に国境はない! おり紙にことばはいらない! …ことばのちがいも文化のちがいもこえ、おり紙が世界の人びとと心を通わせてくれる」>と思った川田は、この年の国際障害者年を記念して、アメリカ横断おり紙キャンペーンに旅立ったのです。
 おり紙に限らず「作品」と名のつくほどのものは、どこの国のどんな境遇の誰が作ろうと、いいものはいい。そういうものでしょう。それでも作者のことを知らされれば、そういう作品にとっては背景に過ぎないことを過度に意識してしまう、よほど確かな見識を持たなければ、人間にはおのずからそういう所があります。その確かな見識をまず自分から持とう、この本はそう思わせてくれる一冊です。何しろ我々は、幸いにして既に「おりがみ」を手にしているのですから。

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「運命の旅路」

   斎藤栄 徳間文庫 昭和56年


 関東出身ながら近年は神戸に在住、神戸を舞台とした作品も数多いこの著者にも、おりがみの出てくる作品がありました。
 東京・霞ヶ関。政府関係機関のビルで、総理大臣用の椅子に腰掛けた、若い男性の死体が発見されました。そして、この男性の持物の中から、およそ本人には似つかわしくない、新聞紙を使った白鳥の折紙が発見されました。しかもこの男性、雑誌の懸賞に応募しようと、旅行記の取材に山陰・山陽旅行に出ているはずだったのです。そして問題の折紙は、元旅芸人の女性が、父のないわが娘にだけ教えた、彼女の考案になる創作折紙(はさみで切り込みを入れる点が、<折紙の研究家>に<邪道>と判定される件もありますが、その当否は本稿の論じる所ではありません)であることが判明しました。貧血症の持病を持つ幼い娘は、不幸な生い立ちから解放されるべく、悩みぬいた母の手で、篤志の医師の許へ里子に出されています。
 死んだ男性の姉は、弟の死の謎の解明を思い立ちます。そして、自ら経営する画廊の客でもあり、弟が応募を志していた懸賞の審査員でもある女性旅行評論家に協力を求め、共に山陰・山陽へと旅立つのです。
 三人の女性の秘められた過去、学功を焦る医師と、決して幸福ではないその家庭。東京と山陰・山陽を鉄道で結んで、やがて真実が明らかになります。
 逡巡しながらも幼いわが娘を手放す母は、自らの創作折紙「白鳥」を娘に教え、<「もしお母さんのことが好きなら、いつもこの白鳥を折っていてね」>と言い含めていました。娘が立派な医師の養女として幸福に成長し、それがいつか折られなくなるのを、半ば覚悟しながら。
 訳も判らず大人の都合に翻弄され、里親となった医師に連れ回された幼い娘は、結局、独り横浜の学生寮の一室にいる所を実の母親に発見されました。その部屋の様子を見た母親の目からは、涙がこみ上げます。
 <座卓の上には、新聞紙を千切って作った折紙が散らばっていた。そして、その折紙から折り出したいくつもの白鳥が、ところ狭しと並んでいたのだ。>
 本稿でも、これまでおりがみが使われる種々のミステリーに触れましたが、おりがみが単に「謎解き」だけではない、これほど重要な役回りを担った作品はなかったでしょう。侘しい座卓の上の、インクにまみれた新聞紙の白鳥の群も、力強く、純白に輝いています。

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「三毛猫ホームズの花嫁人形」

   赤川次郎 カッパ・ノベルス 平成13年


 明日、結婚式のためハワイへ飛び立つという女性が刺殺されました。死体の上には折紙の花嫁人形が。ついで、大女優の婚約発表の直後、その婚約者が斬りつけられて重傷。さらに、来月挙式予定の女性が崖から墜落死。いずれも、現場からは同じ花嫁人形が見つかりました。
 全部覚えている人は稀であろうとさえ思える大シリーズ「三毛猫ホームズ」の一作です。
 名猫ホームズ、刑事の片山と妹・晴美を囲んでの騒動は例の如く。女子高生と交際する会社課長、人の不幸をでっち上げてもネタにするタレント作家、小遣い稼ぎに釣られたブライダルコンサルタント、いろんな人のいろんな事情が次第に明らかになり、そして、片山「夫妻」が仲人を勤める結婚式の最中、最後の殺人事件が起こりました。
 この花嫁人形、<折紙で作った十センチほどの花嫁人形>という以上の描写はされず、また「現場に落ちている」という以上の役割も与えられないのですが、特に「花嫁」を扱った作品の多いこの著者のこと、いかにも思わせぶりなアイテムです。(折紙で「折った」とは記述されていない点は気になりますが。単に「素材が折紙用紙だ」というだけなら、この作品を本稿で扱うべきか否か、微妙な所です)
 作中、晴美がぽつりと言っています。<「毎日毎日、よくまあ殺人事件があるわね」>…それはまあ、ミステリーですから。しかしこの一言、あらゆる「ミステリーの主人公」共通の本音ではないでしょうか。

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 「新たなる旅立ち」

   「帰って来た木枯らし紋次郎」 笹沢左保 新潮社 平成8年

「折鶴に甘い露を」

   「木枯らし紋次郎 かどわかし」 笹沢左保 新潮社 平成9年


 

 破れた三度笠、色あせた合羽、草鞋だけが新しく、口には五寸の長楊枝。一時はテレビドラマのヒットで、「あっしにはかかわりのねえことでござんす」の名科白が流行語にもなった木枯らし紋次郎。この渡世人も、孤独な旅の中でおりがみに出会っていました。
 故あって、拠所なく上州板鼻宿の富豪の隠居所に草鞋を脱いでいた紋次郎に追手がかかり、急報を受けた紋次郎は榛名山麓の荒れ寺を頼りました。
 この寺で、紋次郎は浜蔵という男と相宿になりました。この男もまた渡世人ながら、生来の心臓病が悪化、最後の宿と覚悟してこの寺にひっそりと身を寄せていたのです。
 上州長脇差として名の知れた紋次郎に私淑していた浜蔵は、自分の余命が幾許もないことを紋次郎に告白、振分け荷物に忍ばせていた、押絵のように平たくなってしまった古い折鶴を一羽、紋次郎に託しました。
 とはいえ、<この時代、折紙はすでに鶴、蛙、(中略)百合など七十種の形に折り上げられることで世間に知れ渡っていた。しかし、紙というものがそもそも貴重品で、贅沢な折紙となるといっそう高価であった。
 そのため折紙は、一般庶民にはまず普及しなかったのである。>と作中に説明される時代のこと、もとより無宿渡世人には似つかわしくない持物です。
 この折鶴、かつて浜蔵と惚れ合い、周囲の厚意で所帯を持つことにまでなっていた娘の形見でした。勤めていた茶屋の客からもらった一枚だけの折紙で、大喜びで鶴を折ったのです。ところがこの娘、それから間もなく突然発病し、目前に近づいていた恋の実りを待たず、命を落としたのです。
 紋次郎の命を狙う役人の一群が、寺の眼前に迫っています。一か八か、宿坊を出て経蔵の天井裏に身を隠すべく腰を上げた紋次郎に、今や身動きもままならない浜蔵が縋りました。浜蔵は、野州今市にある娘の墓に、この折鶴を供えてほしい、というのです。紋次郎は、その頼みを引き受けました。
 やがて、役人が寺に踏み込みました。紋次郎と住職は経蔵の天井裏に潜伏、宿坊には浜蔵が一人、残っています。
 そして役人が寺中の家捜しを始めた時、突然宿坊が炎上、煙の中に立った旅姿の渡世人は、自ら木枯し紋次郎を名乗り、炎の中に姿を消しました。言うまでもなく浜蔵が、紋次郎の身代わりに命を捨てたのです。
 紋次郎さえ死んだならもう用はない役人は、引き上げて行きました。この壮絶な渡世人の死に様を目の当たりにした紋次郎は、住職と共に密かに浜蔵の弔いを済ませ、この地を離れて行きました。(以上「新たなる旅立ち」)
 日光に近い野州今市。浜蔵の願いをかなえるためにここへやってきた紋次郎でしたが、娘の墓の不自然な佇まいに不審を抱き、寺僧の止めるのも聞かず、その墓を発きました。そこには埋葬の跡などありませんでした。 
 流行病だったという娘の死に関わる土地の貸元の奇妙な行為を知った紋次郎は、貸元の悪事を見抜き、意趣返しに乗り込みます。
 そしてついに、紋次郎は浜蔵が最後に遺したささやかな願いを、叶えてやりました。(以上「折鶴に甘い汁を」)
  <紫色の折紙で、折られた鶴だった。だいぶ古いものらしく、一部が変色している。それに鶴のあちこちの折り目が、すり切れたように白くなっていた。>娘の死から十数年、浜蔵は、この一羽の折鶴を大切に持ち歩いていたのです。
  毎日、下手の横好きで多量のおりがみ用紙を浪費している我々には恥ずかしくなるような話ですが、さもあるべきことでしょう。しかし、安価な洋紙が普及した現在でも、このように特別な思いのこもった一枚の価値は、決して変わるものではありません。
 そう思えば、今手元にある、ありふれた一束のおりがみも、改めて大切なものに思えてくるのです。

 なおこの項に限り、同シリーズの2巻にまたがる2話をまとめてご紹介しました。



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「光る鶴」

   「吉敷竹史の肖像」 島田荘司 カッパ・ノベルス 平成14年


 警視庁の警部・吉敷は、葬儀に参列するため九州・久留米にいました。故人は元やくざながら、吉敷の影響を受けて立派に更生、地元の人々から絶大な信望を得るまでになった人でした。
 葬儀の席で吉敷は、恋人宅に侵入してその母親と姉を殺害したとして死刑が確定している昭島という男の養子・悟と出会います。故人は、昭島の無実を信じ、その再審請求の準備に奔走していました。悟は、常々故人が尊敬していた吉敷に、再審請求に必要な証拠集めに協力してほしいと懇願します。吉敷は、警察官としてむしろ検察側にある立場を乗り越え、ほとんど絶望的なこの活動に協力することを決意しました。故人の遺志に報いるために、そして警察の面子よりも、正義を守るために。
 昭島のアリバイを求めて調査するうち、事件当夜、現場近くの稲塚駅構内に放置されていた赤児(これが悟)を、跨線橋の上から発見した匿名の男(これが昭島)が、その旨を警察に通報していた、その正確な時刻が焦点となりました。とはいえ昔の話、警察や電話局の記録は既に廃棄されています。この捨て子の胸に置かれた大きな銀の折り鶴が光っていたため、昭島は捨て子に気づいた、というのですが…
 吉敷は、駅長の協力で実地に折り鶴を置き、当夜を再現してみました。ところが、なかなか折り鶴は光りません。それには、あるいくつかの条件が重なることが必要だったのです。そして、当夜、その条件が満たされた時刻こそ、捨て子発見の正確な時刻に他なりません。
 <見えた! やった! と思った。鶴が光っていた!><足の下に銀の鶴がいる。 …鶴を照らすこの明かりこそは、二十六年に及ぶ冤罪事件の真相を照らす神の光なのだ。>
 このお話は、現実にかつて発生した深刻な事件がモデルになっています。
 他にもこの本には、著者と弁護士・山下幸夫氏の対談「吉敷竹史と『冤罪の構造』」、「吉敷竹史と加納通子 事件史年表」等が収録され、著者の作品で数々の活躍を見せる名刑事・吉敷のデータファイルにもなっています。そして表紙カバーには、夜の線路敷で燦然と輝く銀の折り鶴が大きく描かれています。

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「折鶴忌」

   「秘め絵燈籠」 皆川博子 読売新聞社 平成元年
 

 明治元年の江戸、いや、東京。おれんは砂絵描きの大道芸人です。とはいえ、太股をちらちらさせては客の気を惹き、鴨がかかれば情夫と組んで美人局をもはたらくというのですから、まともな生業ではありません。
 ある日、法外な投げ銭をして、折鶴の絵を所望した上客がありました。客の素性を疑いながらも、おれんは折鶴を描きました。おれんは、ふと家で寝ている姉のことを思います。姉は、身体を張った稼業が祟り、梅毒に脳まで侵され、日がな折鶴ばかり折っているのです。
 客は、仕事を仕舞ったおれんについて来ました。おれんの肉体に用があるのですが、おれんにしてみれば美人局の鴨です。博打に熱中しているのであろう情夫はなかなか姿を見せません。二人は、床の中でついつい身の上話を始めました。
 この姉妹、元はある宿場町で、問屋場の元締の娘として裕福に暮らしていました。ところがある日、賭場に手入れの情報を漏らしていたとして父が捕らえられてしまったのです。そして一家は離散、姉妹は姉の女郎稼ぎで生計を立てたものの、姉は梅毒を患い、その上紐にまで付かれています。おれんに美人局をさせているのも、この紐の男なのです。 
 おれんは知らぬふりをしていましたが、客の男もおれんと同郷、やくざの息子でした。そして、彼の母の許へ、毎日のように折鶴を折っては持ってくる少女、これが彼の初恋の人でした。 
 <姉は聞き耳をたてているにちがいない。
  綱がよじりあわされるみたいに、二つの生が、こんなに長い年月を経てよじりあわされることもあるものなのだ。>
 折鶴が運んだ淡い恋、そして折鶴が壊した幸福でした。結末は悲しく、それでも夢見るように描かれます。
 <瞼の裏に、紅い鶴が舞った。>

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「霧越邸の殺人」

   綾辻行人 新潮ミステリー倶楽部 平成2年


 東京から冬の信州へやってきた劇団員一行が、小さなアクシデントから、吹雪の山道に迷ってしまいました。
 あわや遭難かというその時、偶然目の前に現われた湖畔の豪邸。一行は、よんどころなくこの邸に救いを乞い、何とか招じ入れてもらうことができました。やがて吹雪はますます強まり、道路も電話も不通となり、邸は完全に外界から隔絶してしまいます。
 世間との関わりを嫌う当主と、その使用人が住むこの邸は、骨董品の宝庫でした。骨董品店の経営者でもある劇団の代表は、その素晴しさに目を瞠ります。
 さらに、この邸には奇妙な暗合が見出されました。偶然迷い込んだに過ぎない筈の劇団員たちの名を暗示するものが、邸の随所に配されているのです。
 そんな中、団員の一人が殺害されました。死体には如雨露の雨が浴びせられ、側には木履、北原白秋の詩集。 
 もとより、警察を呼べる状況ではありません。当惑した邸の当主は、この迷惑な劇団の代表に、犯人探しを確約させました。しかし、また一人、また一人、団員が変死してゆきます。その都度、邸が示す「予言」と共に。
 この連続殺人の二件目、女優の変死体の下から、<紫色の折り鶴>が発見されました。 …<千代紙折りましょう、たたみましょう>… そう、前の殺人に引き続く、童謡「雨」の見立て殺人なのです。
 ここに登場する折り鶴、その「見立て」の小道具として以上の役割は与えられていません。
 作中、この邸の豊富な所蔵品について、絨毯の文様をはじめ、芥子雛、煙草盆に彫られた源氏香之図、詩集など、登場人物によってその都度解説が付けられています。
 ところが問題の歌詞にも出てくる「千代紙」については、<紫色の>紙で代用されたまま、解説は付いていません。それ以前に、その種の所蔵品自体についても特に述べられてはいません。この邸の当主は、前の邸で火災に遭ったということになっていますから、あるいはその時に焼失してしまったのかも知れませんが。
 実際、長年大切に使い込まれることによって古びや渋みが出てくるであろう調度や道具類とは違って、千代紙等という物は消耗品ですから、古い紙がそのままの形で遺されていることは稀有のようです。
 しかし、多彩な骨董が豊富に所蔵されているこの邸、せっかくなのですから千代紙のはしり、18世紀あたりからの古い千代紙のコレクションが綴られ、あるいは額にでも入れられて、並べられていて欲しかった、そして、死体に添えられた折り鶴も、そんな紙が惜しげもなく使われたものであって欲しかった、と思うのは、何を読んでもおりがみにばかり目が留まる、本稿筆者のわがままでしょうか。

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「おりがみ太平記」 

   黒岩琢磨 平成15年 


 室町時代末期、信濃の国の小さな城・白鶴城では、城主夫妻とその子供、家来たちが仲良く暮らしていました。ところが、家老の陰謀で城は乗っ取られてしまい、城主と家族主従は、散り散りになって城から落ち延びました。
 それから十年後。この城の姫君は、落ち延びた先のあばら家に侍女と共に潜み暮らし、十二歳になっていました。しかし、姫は落城時の恐怖が元で、言葉を話すことができなくなっていました。
 そんな姫が、殊に気に入っていたのが「おりがみ遊び」なのです。
 やがて姫は、数奇な運命の末に再会できた兄や旧臣たちと合流、皆で城の奪還に向かいました。その艱難の中、茜姫が身につけた神通力で操るおりがみが一同の強い味方となって活躍します。
  「空想冒険時代活劇」と銘打たれた作品ですが、読み進めるに連れ、著者が本当に訴えたいことは何なのか、次第に感じられるようになります。それは、冒険譚という枠も、おりがみという枠も超越した、著者から全人類に向けられたメッセージなのです。
 登場人物のネーミングや、それぞれのキャラクター設定にも、独特の凝り方がなかなか面白いのですが、何にも増して日本折紙協会理事という職にある著者の筆になる一編だけに、そのおりがみへの愛着は全編に漲っています。
 また、本編の物語以外にも、物語に登場するおりがみ作品の絵や折り図が豊富に収録され、知らず知らずにおりがみ自体に対する関心も高められる構成になっています。

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「百鬼夜行にカミは笑う」

  紙谷龍生 富士見ファンタジア文庫 平成15年

 上掲「桜の下にカミは眠る」の続編です。
 前の戦いから、かれこれ二か月。「紙」を使って怪異を祓う匠が、今度はある豪邸の主に憑いた<狗神>を祓う「仕事」をしています。そうして依頼主から報酬を得、匠は生計を立てているのです。
 匠が<狗神>と戦っている最中、周辺に張られた結界に迷い込んできたのは、…またもや菜々でした。二人は協力して、<狗神>を打ち返します。そこに姿を現したのは、百目鬼 -どうめき、と読みます- と名乗る古美術商でした。
 この少し前、全く別の場所で、幼い娘を連れた父親が、鎖鎌に背中を突き刺され、瀕死の重傷を負っていました。
 父親を、結局は殺された幼女から、「仕事」を請け負った匠は、今度は百年を経た古物に宿るという<付喪神>を操る百目鬼を相手に戦うことになりました。もちろん傍らには幼女と、菜々。
 今回も、匠はいろいろな折紙を登場させます。仕事の依頼を受け付ける携帯電話でさえ、用が済めばぱたぱたと折り目を伸ばし、一枚の紙に戻るのです。
 切り紙を操る男・貴大が蠍を放てば、折紙の孔雀がそれをついばみ、<付喪神>を宿した甲冑が太刀を振るって襲ってくれば、大きな紙を細長く折った<剣>で渡り合い… 相変わらずの華麗な折紙さばきが、読む者を捉えて放しません。
 さらにクライマックスでは、一枚の紙がひとりでに折れ、<"球"の形>を作り上げます。この「作品」が、<かりそめの太陽>となり、<まばゆい黄金の輝きを燦然と放>ち…
 しかし、 -切目を入れた様子もありませんから- 不切一枚折りで折り出す<球>というのは、どんな作品なのでしょう。この<球>は、<いくつもの稜を持つ>とありますから、金平糖のような形状なのでしょう。しかし、このサイトを運営するおりがみサークルの中には、これを折れるという者はいないようです。
 <いくつもの稜>が八つでよければ… そう、「紙ふうせん」そのものなのですが。

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「おかあさんの紙びな」

  長崎源之助・作 山中冬児・絵 岩崎書店 昭和50年


 「小説」ではありませんが、敢えてご紹介したい絵本がありました。扉には白いご飯をぱくつく女の子が、一枚めくると豪華な雛人形が描かれています。
 <おばさんは おり紙の おひなさまが/じょうずね、って。/そりゃあ、もう なん百も おってるんだもの/じょうずにもなるわよ。>
 この<おばさん>即ち<わたし>は、幼女期を戦時中に過ごしました。空襲で家は焼かれ、田舎に預けられていたおひなさまだけが残ったのです。
 やがて戦争は終わりましたが、食糧難の時代です。ひもじさに泣く<わたし>を見かねて、ある日おかあさんがどっさりと、白いご飯を食べさせてくれました。
 ところが三月、おひなさまの頃…
 おりがみのおひなさまは、豪華さでは本物のおひなさまにはかないません。それでも頑是ない娘のために、泣きながらおりがみのおひなさまを折り続けるおかあさんのせつなさ、まごころ。そんなおひなさまを折る千代紙ですら、手に入れるには苦労したであろう時代。戦地に赴いたおとうさんも、帰って来ません。
 それから何十年。いろいろな経験を重ねて、初めて本当に解る親の心が、素朴な紙びなを通じて次の世代に伝承されてゆきます。
 この、僅か27ページの絵本、ややもすれば技術や形だけに傾きがちな我々に、今日まで綿々と伝承されてきた「おりがみ」の心を改めて教えてくれる一冊です。

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「HEROES/ヒーローズ チャーリーを救え」

  オーリー・ウェリントン・作 富永和子・訳 角川文庫 平成20年


 アメリカで大ヒット、最近日本でも放映されたテレビドラマ「HEROES」。平凡に暮らしている人たちが突然、特殊能力に目覚め始めます。各自が得た能力の内容は様々ながら、世界各地で、同時に。最初はお互い、この特異な経験を共にしている仲間たちのことも知らない「能力者」たちは、それでも物語の進展と共に、核爆発の危機に立ち向かうべく、ニューヨークへと集まり始めます。
 本書は、この番組のストーリーから生まれたいわゆる「スピンアウト」です。本編中でも重要な役割を担っている、とはいえ、大企業の御曹司ながら風采も上がらず学校の成績も上がらず、ただ「サムライ」に憧れつつ漫画にばかり夢中、という「オタク」な日本人青年・ヒロが、ニューヨークを目指す場面から始まります。
 友人・アンドウと共にアメリカ大陸を自動車で旅するヒロは、偶々立ち寄ったテキサスの片田舎のダイナーで、ウェイトレス・チャーリーに一目ぼれ。ところが、チャーリーはその店内で殺害されてしまいます。
 何とかしてこの美女を助けたい。そして、仲良くなりたい。ヒロは、持ち前の(但し非常に頼りない)時空を操る能力を活かしてチャーリーを救うべく行動を開始しました。重大な<世界を救う任務>の途中であるにも関らず。
 曲がりなりにも時空を遡り、バスボーイとしてこの店に入り込むことになったヒロは、思いがけずも順調にチャーリーとの交際を始めることができました。しかし、迫り来る運命の日に何とかチャーリーをどうやってこの場所から引き離しておくか。恋のライバルも出現し、自分でも「能力」を制御できずにとんでもないテレポートをやらかしてしまい… 刻々と、「その日」が近付きます。チャーリーには、また別の宿命があることも判明しました。

 作中、日ごとチャーリーと親密になりつつあるヒロは、二人きりで閉店後の、自分たちの店に立ち寄ります。チャーリーが奥へ探し物に入っている間、ヒロは店内に落ちていた、レシートで折った紙飛行機に目を留めました。誰かが手遊びに折って、そのまま打ち捨てて帰ったもののようです。自分の「能力」を、チャーリーに理解してもらう方法に悩んでいたヒロは、いい方法を思いつきました。
 <「日本には、古い伝統があるんだ」><「折り紙と呼ばれてる。紙を折るんだ」><「シントーでは、鶴は聖なる鳥だとされている。折り紙の鶴は幸運のしるしだった」>
 チャーリーも、千羽の折り鶴に願をかける日本の風習を聞いたことがありました。ヒロは時間を止め、その間に店の中を折り鶴で埋め尽くして見せたのです。999羽。そして千羽目の鶴を、チャーリーに折らせました。そして二人は、初めてのキスを交わしました。
 終盤。残り僅かな、二人の大切な時間。二人はチャーリーの部屋で一夜を共にしました。翌朝ヒロが目覚めた時、チャーリーはもう起きていました。チャーリーがいるキッチンに入った、ヒロの驚き。
 <千羽の鶴がチャーリーのキッチンを飛んでいた。新聞や雑誌や古い手紙、電話帳、テークアウトのメニュー、あらゆる紙で作られた鶴が、奇跡のように神聖な折り紙の鶴に生まれかわっていた>しかしこの千羽鶴も、本当は1羽足りませんでした。<「あたしの願いはみんなあなたがかなえてくれた。今度はあなたの番よ」ヒロは彼女の目を見つめながらその紙を受け取り、折りはじめた。> 決して添い遂げ得ぬことを覚悟した二人の愛の濃密さ、そしてせつなさには、どこの国だろうと違いなどないのでしょう。
 「翻訳物」の常ですが、「おりがみ」をはじめ特に日本の文化や風習に関してはちょっと首を傾げざるを得ない記述は随所に出てきます。それでも立派に「日本的」な結末の描写が、我々の心を揺さぶる作品です。

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「売色鴨南蛮」

  「現代日本文学全集第十四編 泉鏡花集」 泉鏡花 改造社 昭和3年


 <…主人公と成ったのは、大学病院の内科に勤むる、学問と、手腕を世に知らるゝ、最近留学して帰朝した秦宗吉氏である。>おそらく大正初期の場面、当時としては「超エリート」だったでしょう。望みさえすれば当時まだ珍しかったであろう<自動車>にふんぞり反ってご通勤、というスタイルも叶ったでしょうに、質素謙遜の宗吉は毎日庶民に混じって雑然とした電車で通勤しています。
 長雨と、電車の故障停電に祟られたある日の退勤時。騒がず悠然と電車を待つ宗吉は駅の待合室で異様な風体の狂女を見かけました。
 思い出すのに時間はかかりましたが、この女、若き日の学資もままならぬまま国を出て、貧しい長屋の人たちの世話になりながら空腹を託っていた頃の宗吉にとって憧れの人、近所の怪しげな男の妾であったお千だったのです。
 夜学生とはいいながら近所の人には軽んじられ、小僧扱いで雑用にまで追い使われていた宗吉は、表を通る天丼や蕎麦の出前をまで羨まねばならぬ空腹の余り、ある時つい出来心を起こしてしまいました。とはいえ、使われて塩煎餅を買いに出た帰りにその中身をちょっとつまみ食いしてしまった、というだけのことなのですから、大したことでもない、むしろ微笑ましい程度の出来心です。
 それでも宗吉は、そんな自分を深く恥じました。そして、剃刀(これさえ自分の持物ではありません)を持ち出し、近くの神社でそれを咽喉に当てた時。ただならぬ様子に気づいて追って来てくれたお千が制止してくれたのです。お千は、神様の前で宗吉の将来を念じ、励まし、改めて塩煎餅を食べさせてくれ、そして二人は、手に手を取っていかがわしい長屋を逃げ出したのでした。
 束の間の、二人の暮らし。ところがしばらくして、宗吉の目の前でお千は踏み込んできた刑事に逮捕されました。おそらくは売春容疑だったのでしょう。お千は宗吉を庇い気遣いながら、引き立てられてゆきます。
 宗吉は、思わず後を追いました。するとお千は優しく振り向いて、白い懐紙の折鶴を宙に舞わせました。<「姉さんが、魂を上げます。」>腰縄を打たれ、引かれながら折ったのです。<ほつと吹く息、薄紅に、折鶴は却って蒼白く、花片にふつと乗って、ひらひらと空を舞つて行く。・・・・此が落ちた大な門で、はたして宗吉は拾はれたのであった。>

 待合室のお千は、女郎稼業の果てに発狂、精神病院へ送られていく途中でした。宗吉は付添の女にその堂々たる身分を明かし、自分の病院の特等室にお千を入院させました。宗吉がその特等室へ足を向けようとすると、助手や看護婦が慌てて宗吉のお供に集まります-それほどの大先生なのです-。それを丁寧な口調で押し留め、ただ一人お千を見舞った宗吉は…<膝も胸もしどけない、けろんとした狂女に、何と、手に剃刀を持たせながら、臨床に跪いて、其の胸に額を埋めて、犇と縋って、潸然と泣きながら、身も世も忘れて愚に返ったように、だらしなく、涙を髯に伝はらせていた。>

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 本稿は、「小説」の中に登場する「おりがみ」をご紹介しようというものですが、ここまで見てきた限り、どうも「ミステリー」の中の「折鶴」が目立っています。
 本稿筆者は、特にミステリーの愛読者だというのではありません(さりとてあらゆる本に目を通しているということでは決してありませんが)し、特に「折鶴」に思い入れがあるのでもありません。結果としてこういう状況だ、ということです。
 題材として、というのではなくとも、単に小道具の一点としておりがみが描写されている程度の小説というのも、なかなか思い当たらないものです。
 引き続き思い当たった、あるいは目に留まった作品があれば、逐次ご紹介してゆきたく思います。


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