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| わたしたちが活動しているまち、わたしたちが暮らすまち・神戸。このまちの魅力やみどころなど、雑誌やガイドブックでもたくさん紹介されています。 でも、せっかくこのさいとにお越しいただいたみなさまに、たぶんガイドブックには出ていない、どーでもいいような(?)ローカルスポットをご紹介します。 神戸へお越しの時には、きっとお役に立つ… かな? |
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中央区・メリケンパークの東入口「みなと公園」にある小さなお地蔵さま。その名も「メリケン地蔵尊」。かつてははしけ溜りだったこのあたりには、船の上で生まれ育った、いわゆる「水上生活」の子供たちもたくさんいたとか。そんな子供たちのためのお地蔵さまが、今も港の岸壁に、ちょこんとまつられています。以前は「いかり地蔵」と呼ばれていたのが、昭和62年、「メリケン地蔵」と改名されました。 このお地蔵さまはデュオ地蔵さま。お一人は港に向いて、お一人は町に向いて、わたしたちを見守ってくださっています。 下の写真のように、すぐ目の前に海が見えていたこのお地蔵さまでしたけれど、平成16年、このあたり一帯が高潮で水没してしまったあと、岸壁には防潮壁が作られて、このながめは上の写真のとおり、ちょっときゅうくつになってしまいました。でも、安全第一ですものね。防災のためならしかたがないか… 毎年8月には、日曜日を選んで「メリケン地蔵盆」も。公園をいっぱいに使った盆踊りやアトラクションのあと、クライマックスにはろうそくを灯した手作りの精霊船が、実際に港の波間に流されます。 (地下鉄三宮駅前から市バス90系統・中突堤中央ターミナル前行・メリケンパーク下車。東へすぐ) |
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わたしたちの足・市バス。これがベーシックデザインです。昭和28年からこのデザインなんだそうです。近頃は、ハデな広告デザインのも増えたけど。 清潔感を表す純白、六甲山地の緑を表すローングリーンで、中央区の湊川神社に祀られている南北朝時代の武将・楠木正成の家紋「菊水」に因んで水の流れをイメージしたんですって。うーん、由緒ありげ。キレイなだけではだめなんですねぇ… 神戸へお越しの時は、乗ってみてくださいね。便利ですよ。(均一区・運賃200円) |
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これ、なんでしょう?べつにカメラにしかけがあるわけではありません。三宮のフラワーロードにある彫刻「スペース・アイ」(多田美波・作)です。透明アクリルのすっきりした作品ですけれど、神戸っ子なら一度はのぞき込んだことが…え、そんなことしないって? そんなこといわないで。のぞいても誰も怒りませんから。(三宮・市役所を南へ。東遊園地に沿った遊歩道上) |
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これ、なんでしょう?ビルの玄関前に銀色のどろりとした物体が。 これは、ポートアイランド、UCCコーヒーの本社正面玄関前にある、阪神大震災を記録するモニュメントです。 平成7年1月17日の震災で、人工島・ポートアイランドでは液状化現象による大規模な泥砂の噴出と地盤沈下が発生しました(島中がまるで田んぼみたいだった!)。そこで、この地盤沈下の跡を石の段差として留め、液状化で噴出した泥砂の様子をステンレスキャストに写し取って保存してあるのです。ステンレスですから、見た目は「どろり」でも触ると固くて、これなら永久保存できますね。石段の上には、同じくステンレスの銘板がついていて、詳しい説明が刻まれています。 モニュメントといえば記念碑タイプが多い中、とてもユニークな、それでいて説得力のあるカタチです。でも、さりげなさすぎて全然気づかない人も多いような…?(ポートライナー南公園駅下車。東へすぐ) |
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ただの樹? まあそうなのですけれど。湊川神社の境内・宝物殿前のこの樹、「日本最初のオリーブの樹」なのだそうです。 明治10年のパリ万博・日本館の館長さんだった前田正名という人が、帰りにオリーブの苗3千本を持ち帰り、それが東京、和歌山、愛知などに配られたうち、神戸にも600本、今の県庁あたりに植えられたといいます。もちろん、もともとオリーブなんて日本にはありませんでした。 このオリーブの樹、詳しい来歴は不明だそうですが、樹齢などからきっとそのオリーブを移植したものだといわれています。有名な小豆島のオリーブも、元をたどればその神戸のオリーブを移植したのが最初とか。 ただ、最初に造られた県庁あたりの「オリーブ園」は、明治29年に廃園になり、僅かに一本だけ、戦後も残っていたそうですけれど、いつの間にか切られてしまったのだそうです。 でもその頃は、そんなに広い土地が県庁あたりに空いていたんですね。 秋の頃、この樹を見上げてみると、写真のようにちゃんと実をつけています。落ちていた実を、てのひらいっぱい拾ってきたけれど、オリーブ油が取れるかな。それとも、蒔いておいたらいつか大きく育つかな。(高速神戸駅・東口を出て目の前) |
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小さなトンネル。頭の上にはJRの高架線が。珍しくもない眺めですけれど、実はここ、「日本初の鉄道トンネル」の跡なのです。このトンネルの上には、石屋川が流れています。 明治7年、大阪―神戸間に開通した鉄道を建設する時、ここは難関でした。当時の線路は高架ではなく地面に敷かれていたそうで、その予定ルートを横切って流れる石屋川ときたら、水こそ少ないものの、高い土手の上、川底が民家の2階ぐらいの高さにあるという「天井川」だったのです(今でもそうですけれど)。そんなに高くては地面から橋をかけるのも一苦労、そこで、川底の下にまっすぐトンネルを掘ろう、ということになったのだそうです。 イギリスの技師の指導で完成したトンネルは、長さ61メートル。つづいて、近くの住吉川や芦屋川にも同じようなトンネルが掘られました。 でも昭和51年、写真(いちばん上)のように、線路が高架になって、当時のトンネルは埋められてしまったのだそう。 写真のトンネルは、今の高架の真下にあったという当時のトンネルとは少し位置がずれていますけれど、やっぱり頭の上には石屋川が流れています。写真(2枚め)が、トンネルの上の石屋川です。そういえば、住吉川や芦屋川の下は、今でも電車が川底をくぐって、トンネルを走っています。 平成15年になって、トンネルを記念する「日本で最初の鉄道トンネル 旧石屋川隧道跡」という記念碑(3枚め)が、JRさまの手で建てられました。といっても、堤防の歩道を歩いていても気づかないような斜面の柵の中、もちろん、入ってみるわけにもいきません。そりゃあまあ、ここがもとのトンネルのま上、なのでしょうけれど。 それで、なのかどうか、いまのトンネルの西口には、灘区役所さまによる記念碑(4枚め)も建っています。記念碑なんて二つもいらないような気もしますけれど、JRさまの記念碑は由緒の説明なんかはいっさいないシンプルなものですから、こんなのがあるとわかりやすいですよね。 ところで、このスポットのことをおしえてくれた鉄道マニアくんによれば、熱烈な鉄道マニアさんのことを「鉄ちゃん」というのだそうです。「だから、おりがみマニアは『おっちゃん』だ!」って… ちがいます!そんなこといいません!! (JR住吉駅から西へ約1.3km) |
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