休眠中ですが
 まだ、休眠中ですが、このところ、閲覧者がおいでのようで、カウンターが少し上がったようです。  話は変わりますが、毎月アンケートですが、近々性別の支持率が無くなる予定です。これまで、性別の欄に○を入れてもらっていたのですが、少なからぬ人が性別欄を記入して頂けません。回答率も余り高くないのに、無効票にするのは忍びがたいものがあります。  ということで、集計の手間を省く意味からも性別を無くしてはという提案がありました。考えてみると、これまで、性別の記入率を上げるためデザインを工夫したりしてきたのですが、性別にはこだわりたくない方も多いようです。
2003年06月07日 01時40分18秒


休眠中です
 E-list落選のショックで更新を怠っていましたが、再び気候も良くなり書き込む気力が芽生えようかという今日この頃です。  この間、ブッシュのイラクへの戦争もとうとう開始され、心痛むニュースが続いています。  人間の愚かさを見せつける出来事ですが、理性を持ち行動する人々にエールを贈りたいと思います。
2003年03月30日 13時27分04秒


E−list 落選ですね
E-list 応募しましたが、選ばれなかったようです。このところ私も元気ありませんからね。
年頭調査のグラフをやっと今日アップしました。文中でクリックすれば観ることが出来ます。
2002年03月30日 13時01分29秒


ジオシティーズのE−List に応募しました
 先日、代表者会議に出席しました。委任状ばかりが多い会議でした。今後の活動について真剣に討議されましたが、現在の高齢化・先すぼみの流れをくい止める名案はでません。

 ここのところは、老人が老人の楽しみを守り育てるためにも老人自らが活動することが求められているようです。80ん才の岡田事務局長を先頭に……。

 若い人々とは経験も違います。感動するお芝居も少しは違うでしょう。若者との違いを認め、私たち50代はその他大勢の50代のために、一緒に助け合って行かざるをえないのではないでしょうか。

 会員が出来る最も簡単なボランティア。それはお芝居を見続けることだと思います。例会場へ足を運ぶことが出来なくても、代わりの方に観てもらうことはできるかもしれません。もう少し元気な方は運営の場へ出かけていって、とりあえずパンフレット渡しなどで体を使ってみませんか。

 お芝居が終わったあと、一緒にお茶、お酒を楽しみましょう。

 ナイスシニアの一員でありたいと思い、ジオシティーズのE−Listに応募してみました。リストに掲載されることによって、会員の交流の環が広がればとおもいます。

 お芝居の会場へ足を運ぶことが出来ない方も参加でき、演劇を楽しみながら支えていくことが出来ればと思います。
2002年02月23日 21時55分21秒


模様替えしました
 多分、お気づきの方はおいででないと思いますが、今年になって模様替えしています。
 大きな変更点は例会案内を思い切って削除してしまいました。おかげで、メンテナンス不要になり気分がいっぺんに楽になりました。
 このページを開設した最初の目的は、peipei倶楽部では舞台写真が全く掲載されておらず、その隙間を埋めること、あわせてイメージスキャナの使用法の修得の目的があったのですが、各劇団のホームページが充実してきた今となっては、その必要性も薄れてしまいました。
 いま、大阪労演では公式ホームページ立ち上げの話が出ています。公式ページが立ち上げられたあとは、公式ページを核として、会員の方々の思い思いのページがリンクで結ばれるようになればと思っています。大阪労演会員でHPを開設されている方、相互リンクしませんか。掲示板にURLをお書き込みくださるようお願いします。
2002年02月03日 10時10分10秒

1月例会は「払えないの?払わないのよ!」でした
 日記帳はサボリにサボリましたが、今、久しぶりに開いています。12月例会の「罠」はすっかり罠にはまりました。悔しい思いをしましたが、楽しかったです。久しぶりに独身女性と一緒に観ることが出来てそれだけでも(というと怒られるか?)楽しかったのですが…。
 罠のかけ方にはアンフェアーじゃないかと文句もありますが、それはそれで良いと言うことにします。役者さんの演技にすっかりだまされてしまいました。何かおかしく、嘘があるのは容易に分かるのですが、真実と嘘の境界見抜けなかったです。
 装置もしっかりとしていて良かったです。今回は珍しく前の方の席で観ていたので、窓の外の背景はよく見えませんでしたが、ちゃんとみた人には公表でした。
 山本學さんが舞台でウイスキーをしょっちゅう飲むのを見、刺激されて帰り途、私も寂しくお酒を飲んでおりました。

 この1月例会は、息子と見ました。インフレの時代など知らない息子には少し分かりにくい点もあったようですが、楽しめたようです。
 私は前回の公演をみていますので、狂乱物価と言われたあの時代を懐かしく思い出しながら見ておりました。が、不覚にも2幕目は熟睡し、場内の笑い声で目を覚ました頃には話の筋が分からなくなっていました。
 リストラが声高に叫ばれる現在、行き着く先にはなかなか希望が見えてきません。この急激な世界的標準化はなにか間違っているのではと思えたりします。日本で辛くなった人数以上の方が他の国では仕合わせになっているのでしょうか?
 芝居の後、大阪城公園を歩きました。青色テントの群をみながら、そのうち、私も仲間に入れてもらわねばならぬ日が来るのではないかと漠然とした不安に包まれてしまいます。
2002年01月21日 00時42分56秒


掲示板への書き込みありがとうございます
 新劇通信簿さん、掲示板書き込みありがとうございました。掲示板を設置して、半年ぶりの初めての書き込みに感激しております。  ここは私的な部屋ですので、とくに宣伝もしていませんので分かりにくいのでしょうね。それでも、peipei倶楽部からの秘密のリンクをはったせいで偶に訪問者があるようです。
 本日500カウントのキリ番でした。自分でゲットして初めてキリ番と気が付きました。しかし、500カウントといっても内実は400カウントくらいは私自身ではないかと思ったりしています。
2001年11月14日 22時52分27秒


秋になりました
 訪れる人が少ないことを幸いに、またまた長らく休憩しておりました。

 昨日、くしろ演劇みたい会ホームページを訪問してみました。若い息吹に溢れる様子でとてもうらやましく思いました。今後のご活躍をお祈りします。
 IT講習会は大にぎわいというのに、中高年の多い大阪労演では、講習の成果もここへは及ばず、ここへ間違って迷い込む人も皆無に等しいというのは寂しい限りです。内容の問題といえばそれだけなのですが…。(笑)

 話は変わりますが、大阪労演の支持率一覧表が82年分から完成しました。舞台を作る側からはいろんな意見があるでしょうが、会員が下した、労演執行部を含めて上演する側への評価であり、記念碑的なものだと私は考えます。ただ、後ろ向きに評論しても何の実もありませんから、なんとか将来への展望へと繋がればと思うのですが……。
2001年10月24日 21時09分10秒


毎月アンケート、過去分を一部追加入力しました
 突然の空白の3日間ができ、思い立って毎月アンケートの手入れをすることにしました。手元にあるデータだけを入力していましたので、過去のデータが未入力になっているのです。ひまにまかせ、物置部屋から段ボール箱を捜してきましたが、あと5年分ほどが現在の処行方不明です。  出てきた分を2日がかりで入力しましたが疲れました。まだ、途中に空白部分があり、奥歯に物が挟まったような気分ではありますが今回はここまでです。  機関誌400号記念として対談記事がありました。約20年前の記事ですが、懐かしく読みました。歴史的文書の部類に入るかと思いそのうちに入力しUpload予定です。関係者の皆様、ふた昔前のことですのでご了承ください。支障がお有りの方はメール下さい。(といっても、誰もみていませんよね)
2001年09月24日 16時13分14秒


「神社ってそんなものだったんか!」 『闇に咲く花』観ました。
 こまつ座の『闇に咲く花』を職場の新人さんとみました。「とてもおもしろかったです」といってくれましたが、来週にでも、どこがおもしろかったか聞いてみようと思ってます。
 今日は、結構暑かったですが、秋になりましたね。夏の間、仕事の方で手一杯で開店休業状態が続いています。ただ、資料集は2つほど増えています。掲示板への書き込みも全くなく、アクセス0を更新しています。この文章を読まれた方は掲示板に足跡だけでものこしてください。お願いします。

 近所の神社へは子供の頃から、夏祭りなどでいってましたが、今回の芝居を観て、「へーそうだったんだ。」状態です。神社へ立ち寄っても、大それたお願いもせず、たいして賽銭もあげずのお付き合いですが、芝居を観て神社を身近に感じました。過去の歴史を忘れてはいけないのでしょうが、日本人の宗教観を素直に受け止めてくれるような神社であって欲しいと思います。
 井戸の神様、かまどの神様、納屋の神様、裏山の大木の根本の神様、便所の神様、座敷の神棚、農機具の神様。それらの神様が私の子供の頃、我が家の神様の居所でした。
2001年09月09日 14時26分41秒


暑中お見舞い申し上げます!!

 民芸公演の『アンネの日記』を見ました。私にとっては2回目ですが、こんなお芝居だったのかと言う思いが残りました。でも、とても人間くさくて好感がもてました。きっと、こんな生活だったんだろうなと思わせます。少女の成長ぶりが見えてきて好感がもてました。
 中1(13歳)の息子を連れていったのですが、「今日は若い人が多いね」と言ってくれました。何度か連れて行ってるのですが、いつもは若い人を見かけず、何となく肩身が狭い思いをするのだそうです。アンネの生き方には感動したみたいです。ただ、まだ幼いせいかペーターを理解する処まではいってないような気がしました。
 昨日は、「『アンネの日記』6回目です」とおっしゃる、『アンネ』大好き人間のHさんのお話を伺うことができました。4〜5人でビールを飲み交わしながら、脇のベテランも良かったね、など話はつきません。私だけが、少しのアルコールでのびてしまい、ウトウトでした。
 「劇場通い THEATRE GOERS' REVIEW」という小雑誌(新聞)があるそうです。在阪の劇団への劇評を集めたものですが、年会費1000円で購入できるのですが、ご厚意で頂いたのを読んでいると
次のURL http://plaza5.mbn.or.jp/~kazuakikamizawa/ に編集者のメッセージがあるようです。
あまり積極的に宣伝されていないような気がしますので、こんなところで紹介して良いものか考えましたが、「劇場通い」は検索サイトで検索できましたので勝手に紹介しました。
 いつものことながら、まとまりのない文章になりました。
 みなさん、暑い日が続きますが、夏バテにならない程度に頑張りましょう。
2001年8月3日 23時43分14秒


暫く休憩していましたが・・・・・・・!!
 訪れる人が少ないことを幸いに、暫く休憩しておりました。ただ、この間何もしていなかったかといえば全く逆で、子供にまで「過労死」するのではないかと心配されるほど新しいページの立ち上げに没頭しておりました。
 今度の新しいページは、私の本業の分野に関するものです。掲示板形式で始めたのですが、私自身に負荷をかけ勉強を強いるものになってしまいました。無料ホームページですので、時々、つながらなくなるし、邪魔な広告は出るわで、訪問者に見限られそうです。始めてしまってから計画の甘さと、ネット世界の研究が足らなかった事を後悔し、運営の難しさに半分匙を投げ出したい気分でもあります。
 ただ、このページに比べると、一般向けのテーマのため、訪問者はある程度あります。
 当初のスタイルを捨て続行すべきか悩むところですが、もう暫く続けていこうかと言ったところです。

 なにか、書くべき日記帳を間違えてしまったようなことを書いてしまいました。
 こちらのページについて言えば、あまりの訪問者のなさに(一ヶ月くらい訪問者ゼロが続いていたんじゃないですか)、peipei倶楽部からリンクを張ってもらいました。お陰で週に何人かはこちらのページも覗いてもらえるようになったようです。そうなるとなったでコンテンツの充実も必要になるし、痛し痒しの状態です。
2001年06月30日 00時38分34秒

青年座の「無法松の一生」ほろりとしました
 殆どの方が感動した(約一名だけは良かったとは言えなかった)の青年座、殆どの方がほろりとしたみたいです。でも、きっと、そのホロリの中身は微妙に違っているのだとおもいます。  私の場合は、芝居では夫、私は妻で逆なのですが、亡妻のことが思い出されてしまい、つい涙ぐんでしまいました。  奥さんの心情、無法松の想いなど、涙腺にふれる材料豊富で、その人なりの涙を流したれいかいでした。
2001年06月01日 00時11分24秒

文字コードをEUCに変更しました
 先日、このHPを検索サイトのgooへ登録しようとしたところ「異なった文字コードが混在します」ということで断られてしまいました。改めて各ファイルを覗いたところ、s−jisとEUCが混在しておりました。お助け合い広場などを参考になおしてみましたがどうでしょう。ブラウザ上ではちゃんと見えていたのですけどね。
2001年05月15日 23時08分17秒

とうとう携帯電話を買いました

 とうとう、私も携帯電話を購入しました。世の中、公衆電話も少なくなるし、プライベートの連絡にも便利かなと思って……。
 ただ、劇場などでは携帯は嫌われ者です。観劇中、盛り上がってきた場面で、携帯の呼び出し音がすると腹立たしくて、気持ちが一気に冷めてしまうといった経験をしてきました。つい先だっても、京都の「新劇通信簿」のHPにもでていましたが、『瀋陽の月』の公演の際そんなことがあったようです。このときは、私の知り合いも偶然その場所に居合わせたそうで、その時は、たまたま、原作者の水上さんが来ておいでだったとかで、知り合いまで恐縮したと話していました。
 私も、このようなトラブルを起こさないためにもきちんと管理せなあかんなと思いつつ購入した次第です。ただ、私も物忘れが酷くなってきましたし、下手をすると同じことをやらかしそうで怖いものがあります。
 観客がいくら気を付けても必ずトラブルは生じると思いますので、一部の劇場でなされているように、バリヤーを巡らすといったことが必要なのですかね。
 こういったことはさておき、やはり便利ですね。番号を電話帳に記憶させ、メールも送れるなど、周囲でそのような使い方をする人を見てきたのですが、自分でも実感してしまいました。
2001年05月13日 22時08分14秒

連休を利用して模様替えをしました

 息子の力を借りて、最初の画面を模様替えしてみました。何となく、無機的で親しみにかけるかも知れませんが、機能的には良くなったと管理人は思っています。
 ページのタイトルも「労演交流の環」としました。気持ち的には、個人的な日記帳であり、「peipei倶楽部」のサポート役的な役割を考えています。向こうのHPは容量も限界に近づいているということで、ファイルサイズの大きな物などを預かっています。つまり、労演の盲腸的な立場ながら、いくらかは社会につながっているといったところです。
 掲示板を用意しました。まだ何も書き込んでいませんが、書き込みを勝手に消去してしまったわけではありません。常識を逸脱しない範囲で、どんどんご利用下さい。管理人にご用の方も掲示板に書き込んでおいて下さい。

2001年05月04日 07時27分08秒

6月、例会のない月は小笠原町子さんの「出前芝居」

 大阪労演4月例会の会場で小笠原さんを見かけた。小笠原さんといえば、1月例会の『予は危険人物なり』で教誨師の役をやった人だ。良く通る声で記憶がある。確か、その時実施のアンケートで「…声が聞き難いなか、よく聞こえる人が…」といった回答があったことを併せ思い出す。このひとが、朗読なども得意としているのが頷ける。
 6月21日の出前芝居、『花ごよみ』公演では、劇団大阪の多大なご協力を頂いているという話を聞いた。会場費を極力安くしていただいた上、会場設営までお手伝い頂けるとのことだった。
 この、出前芝居のリーフレットが労演事務所に置いてある。Peipei倶楽部のHPにイメージ図があるにはあるが。
 ついでに一言。労演事務所に足を運ぶ人はあまり多くないが、せっかくの会員のための事務所なのだから、もっと利用できたらと思うのは私だけではなく、時折話題になる。部屋の構造上、どうしても職員との距離が近すぎて、又は中途半端に遠すぎて、そんなに居心地がよくは感じられないが…。ただ、事務局も幹事も会員もお互いに交流したいと思っているのは間違いないのだが。

2001年05月04日 13時37分08秒

4月例会『瀋陽の月』、好評のうちに終わる

 松山政路の一人芝居『瀋陽の月』をみた。松山は達者な人だ。観客を、芝居の登場人物(日本からの観光客」と見立て芝居は進行していく。いつの間にか、私が観光客になっていた。
 「20世紀の積み残した問題」を後世に伝えていきたい。「戦争の時代が引き起こした悲劇」をお客さんに伝えたいという作者の思いが芝居に溢れていた。まさに、今伝えなければ、関係者は寿命が尽きてしまうという、微妙な時代に私たちはいるのだという作者の思い、あせりが伝わってきた。
 芝居のあと、お酒を飲みながら松山さんのお話を聞く機会を得た。大阪の後すぐの京都の公演を控え、話に熱中する松山さんは、今、演じた刀根剛でありつづけていた。
 演出の木村さんは語り言葉で、具体的で分かりやすい「語る歴史」を上演し、若い人にも観ていただきたいと願っているという。私は、息子達を連れてこなかったことを悔いた。
2001年04月17日 00時27分08秒

瀋陽の月

 4月例会は『瀋陽の月』。満蒙開拓団にまつわる話らしいけど、開拓団という言葉を耳にするたび、父方の祖母の一族を思い出す。折に触れ、父が語るところによると、平地に恵まれない山間の村に住まいしていた一族は満州へ渡り、音信不通となったということだ。
 ある日、突然、彼らが帰って来ることを想像することもある。だが、今となっては、誰も彼らのことを知る人もいない。一人、日本に残っていた僧籍のおじさんも亡くなって久しい。
 随分前になるが、父に連れられて、その、山間の村を訪ねたことがある。そこは、昔は開拓地だったということだが、今では何の変哲もない雑木林で、人が住んでいる気配もなかった。今更、帰ってきてもすむ場所もないのだ。
 「残留孤児」、それは、私の遠縁かもしれないという思いが常につきまとう。
2001年04月09日 23時58分46秒

ただ今、春休み中です

 このページを訪問してくれた方が約1名有った模様です。私、このところ長い春休み中です。この間、「チーズはどこへ消えた」を読みながら、演劇について、現在の状況を考えたりしていました。
 このページは特に宣伝もしていませんので訪問者がないのは当然かも知れませんが、いくつかの検索サイトからはたどり着くようにしてあります。しかしながら、「全くアクセス無い」状態が開設以来続いています。他の演劇関係のメジャーなHPはアクセスが有るようですが、新しいHPを探し出したり、鑑賞会などでやっているお芝居を演目名や役者さんで探そうとしている方が皆無に近いのではと思います。
 演劇界とくに労演などの鑑賞会の現在の状況を招いた原因は様々でしょうが、不良債権と同じで早めに償却されるべき存在なのか、再建されるべき存在なのかと考え込んでしまいます。
 私的には、一般の人々の話題になるような作品がたくさん有ったらと思うのですが……。熱気のあふれるライブにたいし、不満顔で劇場を後にする観客との落差を考えると辛くなります。
2001年03月25日 21時39分54秒

假名手本ハムレット見ました

 今日は2つ良いことがありました。  一つは 木山事務所の『假名手本ハムレット』が面白かったことです。これまでにも、『ハムレット』は観たことがあるのですが、見栄ばかり切っているハムレットをみて、『ハムレット』とはこんな芝居だったのかと何となく自分で納得して帰ってきました。『忠臣蔵』と上手く融合させた堤春恵に脱帽です。内田稔さんはじめみなさん好演でした。  二つ目は、このHPへアクセスがあったこと。カウンタが上がっているのは感激でした。といっても今日の芝居の後、「HP覗いてや」とお願いしたのが奏効したんでしょうが……。  できたら、「ゲストブックにイニシャルだけでも」残してくれたらもっと嬉しかったのに……。
2001年02月24日 01時57分53秒

久しぶりです

 このところ、ずーっと放置してありました。が、訪問者もなく誰にも迷惑をおかけした様子もありません。しかし、アクセス0ではあまりにも寂しすぎますので、少しだけPRをし、また、DATA集を充実させてみました。  各地のHPを覗いていると「例会数が減りました」との報告が寄せられているようです。楽しい例会が続くと芝居を見てくれる人も増えるんでしょうが、家族の介護に追われたり、働く環境も厳しくなり、給料も減るでは厳しいですね。
2001年02月15日 23時52分21秒

希望調査では、こんな記事もありましたっけ

 大阪労演では毎年、年頭調査と称して、会員に昨年1年間の例会の中から「ベスト3」をえらんでもらっていますが、また、この時期が訪れたようです。古い機関誌をひもといていましたら希望調査に関する記録がありました。朝からかかりっきりでhtml文書にしましたので紹介します。本当は、もと代表幹事の記事で、会員の演劇に関する嗜好の話を探していたのですがまだ見つかっていません。ご存知の方教えて下さい。
 なお、毎月アンケートの結果も一覧表にしてみました。興味がお有りの方はご研究ください。ただし、現在入力途中です。
 また、リンクとこれらの資料へのジャンプボタンをトップページ下部に設けました。

 
2001年01月08日 12時45分50秒

あけまして、おめでとうございます

  この日記も、書き始めて何日かたちますが、来訪者もなく殆ど独白のページとなっています。驚くべきことに全く来訪者がいないので、また、タイトルを変更しました。どなたか、発見された方ゲストブックにアドレスも要りませんから「来たよ」くらいお願いします。
2001年01月05日 01時07分56秒

クリスマスも終わり、もうすぐ新世紀
 忙しく毎日が過ぎていきます。風邪とか大丈夫ですか。今年はSRSV(小型球形ウイルス)が蔓延しているようです。みなさん、これって知っておいでですか。人によってはおう吐、下痢に苦しめられます。2日もすれば、直るのでしょうがかかると大変です。気をつけようも有るみたいですが……。  ところで、ゲストブック(ここでは、なぜか掲示板とはいわないんですね。デフォルトがこれだったもんでそのままにしています)については息子から、「恥の上塗りになるから止めたら」といわれています。個人的な日記なども限られたインターネット資源の無駄遣いだといわれていますが、これも、「確かに」と自分でも納得している次第です。 このページのタイトルももう少しましなタイトルに変えようか(実体を表していませんから)とも思っている次第です。今、思いつきましたが、「ある労演会員のヒトリ言」の方が良さそうですのでそれにします。では、作業開始。
2000年12月26日 00時27分22秒

来年の前期分の会費を払いに事務局へ
 夜、事務局へ顔を出したら、今日は批評研究会であったとのこと。数人で「裸足で散歩」について、いろんな感想が語られていました。ポール役を急遽渋谷哲平さんが代役で努めることになったこととか。主人公が夫のポールなのか妻のコリーだったのかなど。また、人によってポールの妻に対する態度なかでも、「寒い公園を裸足で散歩するなど男として嘆かわしい」など、一方、「今はみんなあんなではないの」など様々です。「登場人物を対比させる手法は観客に非常に分かりやすく楽しかった」などの声も聞こえました。時間的にちょっとだけだったので、機関誌でどのようにまとめられるのか興味深いところです。
 ページの立ち上げはなかなか大変です。手違いでアクセスカウンターを消去してしまい、なんとか貼り付けたと思ったら表示されていなかったりと散々でした。初期化せねばと思いヘルプを頼りに修復しました。ついでにカウンタの桁数を入力する場面があり欲張って桁数だけは多くしましたが実数が1桁ではあまりにも寂しいので、数字のバランスをよくするため当分1000を足しておくことにしました。ということで引き続き工事中の表示を出しておくことにします。
2000年12月20日 02時43分38秒

 
2000年12月16日 11時33分 仮立ち上げ、イメージスキャナ読み込みに苦労する
 私、51才になったばかり。息子二人との三人暮らしです。労演の承認を得たわけではありませんが、労演からお叱りを受けない程度でボツボツと維持していけたらと思います。
 できたら、私と同年齢またはそれ以上の労演OBの方が50の手習いで「まだ労演ってあったのか」と懐かしく思いこのページを訪ねていただいたらと思います。そして、ゲストブックに足跡を残し、また、「労演の芝居も変わったな」と再び劇場へ足を向ける方が一人でも増えたら大きな喜びです。
2000年12月17日 13時44分50秒

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