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Love and Peace 2014年 その時々のオサムカラムコラム
Imagine all the people living life in peace John Lennon
               
赤字はワンポイントイメージのためで、リンクではありません。) 

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 小さい写真クリック

9月26日(金)
下の続き
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いつもの尾根と違うところを歩いたらちょっと遅めだが舞茸があった。盛りの状態ではなくても舞茸は舞茸だ、ラッキー!


この日の収穫。裏紅布袋占地岩茸等。


舞茸、箒茸の仲間、椎茸等。


これは夏の茸でちょっと遅めで硬かったが鳶舞茸(トンビマイタケ)があった。
茸料理は省略。
9月24日(水)その2 21日(日)、5人で茸採り、黒川金山まで行って来た。本当は6人だったのだが、もう一人は日頃の仕事のし過ぎがたたって寝坊して遅刻したのだ。後から来て山の中で合流した。
山道を歩いていたら後ろから3人連れが来た。私めを知っていて、このページも見ているという。おまけに若者の一人は東町在住だと言う。世の中広いようで狭いとビックリした。
いよいよ舞茸も最盛期に突入だ。それにつれて茸採りの人数も増え、よほど運がいいか誰も行けないような所でないと採れない。

岩茸が岩盤に張り付いている様子。雨が降ってないので乾いていた。
1年で一ミリしか成長しないと言う。10年で1センチか、オーバーでなくうなずける。


上質の椎茸があった。
そう言えば、メンバーの一人が椎茸があったと言って袋一杯ぶら下げてきた。ところが見てみると、月夜茸であった。この男は毎週来ていて山男の猛者だ。もう茸歴もかなりで、そんな者でも間違えてしまう。
もちろん私めは一瞬で椎茸と月夜茸を判別できるが、似ているのは確かだ。
3大中毒茸は、月夜茸、柿占地(カキシメジ)、草裏紅茸(クサウラベニタケ)だ。間違えちゃ、ダメよ〜ダメダメ!


多摩川源流水、黒川金山の清流でコーヒー用の清水を汲む。冷たい!微小な金もこの水のうまさに一役買っているのかもしれない。


武田信玄の隠し金山には当時1000軒もの家があったと言う。こんな山奥に驚きだが、往時を忍ばせるテラスと呼ばれる平らな屋敷跡があちこちに残っている。


で、茸に戻って、これはご存知卵茸(食)。またまたそう言えば件の山男、卵茸があったと言って持ってきたのは見ると似ても似つかない(私めが見ると)毒紅茸であった。毒紅茸は赤の色調が全然違うし、茎とヒダは白だ。卵茸は黄色。間違えちゃ、ダメよ〜ダメダメ!
続く。
9月24日(水)その1
下の続き
15日の画像を載せきらないうちに21日の画像がたまってしまった。
PCの調子が悪いのですばやく更新できないのだ。

鱒茸を紫蘇で巻きそれをさらに鶏肉ささみで巻きフライにした。これもおいしいが鶏肉は油が少ないのでやはり豚肉で巻いたほうがいいかも。豚肉がなかったので鶏で代用したのだ。


舞茸酒楢茸の煮物。
他のメンバーはすべて運転して帰るので酒は×。みんなが帰った後ちょっぴり楽しんだ。
やはりこれがないと秋が来た気がしない。


珍味岩茸のてんぷら。これと言った特別の味ではないが、そうそう味わえないまさに珍味。
ボキャブラリーが貧困なので(財布の中身も貧困だが)、この奥深い味をどう表現していいか分からない。
9月19日(金)
下の続き
例によって今日の茸料理。
とってきてすぐ短時間で調理してもらうので簡単なものになってしまう。メンバーはかなり遠くから来ているので帰りの時間があるのでそうゆっくりもしていられないし。

まずすぐできる楢茸と舞茸の茎の炒め物。舞茸の茎が結構いける。楢茸は煮ても歯ごたえが良く味もいい。


茸だけではなんなので、茗荷と胡瓜の酢味噌和え。


卵茸と玉葱、ジャガ芋の油炒め。前回はジャガ芋を入れなかったが、やはりジャガ芋を入れるとふた味違う。


毎回味が違うような気がする舞茸のてんぷら。
今回のは甘みがあって先週に比べてよりおいしかった。個体によって味も違う。揚げ方の違いかな?
続く。
9月18日(木)
下の続き
同行の舞茸取材班E氏がビデオから落とし仕込んだ画像を送ってくれたのでちょっと不鮮明ですが現場写真を載せましょう。

卵茸(食)。なかなかおいしい茸。この色なのでとにかく薄暗い山中でも良く目立つ。


鱒茸(食)。ボソボソした食感なので料理の仕方によっておいしくなる。油性に合う。


黒舞茸の良型。


同じく。
こういうのに出くわすからキノコ採りはやめられない。仲間の誰かが見つければ今日も舞茸料理にありつけるというわけだ。


昨年と同じところに出ていた楢茸を帰路にN氏が採取。往きにとってしまうと重いから山中難儀だからだ。
何気なく採っているようだが既に疲労困憊だしかなりの急勾配なので慎重に採取しないと転落の危険がある。

楢茸と共に私の顔の一部も公開しましょう。ちょっとしか写ってなくて美男子をお見せできなくて残念。
いや実は全面は恥ずかしいのでカットしたんだけどね。

それはそうと、スコットランドの英国からの独立を決める住民投票は1票でも多いほうが勝利で、投票率も関係ないというけど、そんな大事なことをそんなに簡単に決めてしまっていいものかね。正反対の意見がほぼ半分ずついるわけだからね。3分の2以上の票数で可決とかしないと後々禍根を残すと思うよ。
茸は続く。
9月16日(火)
舞茸採り
アチャー、カメラを忘れてしまった、と日曜日の獅子舞に続いて昨日(15日)の茸採りでも気付いた時には遅かった。
原の獅子舞も好天気に恵まれ無事終了しました。そのうちメンバーから画像が送られてくると思うのでその時UPしましょう。
お山の中も先週とは打って変わった好天気で爽やかだった。一緒に行った4人は別にして・・・

採取現場写真がないので家に帰ってからの茸の集合写真です。これは舞茸、白、黒。
我が家の庭は蚊がワンサカいるので蚊取り線香は欠かせません。大きさ比較にもなるし。

今年は舞茸や他の茸の出も早いようだ。急に涼しくなったせいかも。

卵茸(食)と紫風船茸や各種箒茸。最近は動植物名漢字表記運動をやっているのでなるべく漢字で表記します。

東北ではボリボリとかサワモダシ(漢字表記不明)と呼ばれて人気のある楢茸(食)。昨年と同じところに良菌が群生していた。最近は我々も語呂がいいので楢茸というよりボリボリと言っている。
株になっている物を採る時にボリボリと音がするのでそれが地方名の由来か。あるいは食べる時の食感がそうだからかもしれない。
おいしくて優れた食菌だがまれに中毒することがあるので注意が必要だ。大量に食べたり古いものは食べないようにしよう。体調の悪いときも要注意。

鱒茸(食)も群生していた。魚の鱒の色に似ているので付いた名だという。
まだ若い状態だったので採取してきた。これは古くなるとコルク化してとても食べられないのだ。もっとも茸はどれも古くなると食べられないが。
続く。
9月11日(木)
茸続き
下の続き。

今回の全収穫。シーズン始めだし雨で途中で引き返してきたのでこんなものか。
右上はたぶん布袋占地(ホテイシメジ)だが、この茸はアルコールと共に食すと悪酔いすると言うので食べなかった。

舞茸と卵茸(食)と右上は花箒茸か。花箒茸も黄箒茸も図鑑によると毒となっている。

卵茸と玉葱のバター炒め。卵茸はおいしい。

埃茸の幼菌の塩胡椒油いため。誰も採らない茸でもおいしいものはある。

茅茸(カヤタケ・食)のちょい煮。食べられる茸によく似た毒キノコがあるので注意しよう。

花弁膠茸(ハナビラニカワタケ・食)と胡瓜の酢の物。これもほとんどの茸採りが無視するがおいしい茸だ。

トリは今季初物の舞茸のてんぷら。味は言うまでもなし。今年も食べられて良かった。
9月9日(火)
初キノコ狩り
茸シーズンの開幕だ。
昨年は初回茸行きは9月22日だったが、今年ははやる気持ちを抑えられず7日に行って来た。
まだ舞茸の初期でどうかなと思ったが、それでも小型を1つゲットした。

↑はカヤタケ(食)。天候は雨。このところの雨模様の気候で、名前の知らないキノコもたくさん出ていた。
今年はいわゆる雑茸は当たり年かも。

細かい名称不詳の茸が倒木にビッシリ。

臼茸(ウスタケ・毒)。ゆでこぼせば食べられるが過食すると中毒すると図鑑にあった。
いつも食べているが中毒したことはない。でも良い子も良い大人の皆さんも食べないようにしましょう。

雨中の山行で気合が入らなかったが、これを見つけて元気百倍。
15センチくらいの小型だったがこれ以上成長は見込めない個体だったので採取。
このミズナラは染谷株と命名してあって、たまに舞茸が出現する木だ。命名の本人は不参加だったが。

雨中の山中午餐。雨の降る中の焚き火はなかなか点かなくて難しい。
高級和食と中華料理で空腹と寒さを凌いだ。
高級和食と言ってもコンビニで買ったおにぎりと、中華はカップラーメンを2種ボコボコ鍋にぶち込んだだけだけど。
お昼を食べていたら雨はますます激しくなり、防水ウエアを着ていてもびっしょりだ。
これ以上キノコ採りを続けるのは危険と判断してここで山を降りた。
続く。
9月4日(木)
秋来る
あの炎熱地獄のような暑さは去り、このところ特に夜などは涼しくなったので中断していたジョギングと外での炊飯を再開した。
外はすでに秋の虫が合唱している。季節は移るんだなあ、日本だもの。

職住接近なので家に帰るとまずジョギング、それから飯炊きだ。
燃料は夏の間やっておいた庭木の剪定の屑だ。
ジョギングはまずは無理せず近くの県立公園をゆっくり1周1580メートル。思ったほど疲れなかった。
↓おまけ。玄関を入る前、ふと見上げると我が家を守るヤモリ君が。
大きさ10センチくらいかな。蚊なんぞを食べてくれるといいなあ。
9月2日(火)
8月28日の続き
朝食は外のウッドデッキで。前の日スーパーで買ってあった食材で作ったヘルシーな料理が並ぶ。
オラにとっては非日常的な種類の朝食だ。

朝食を終えてのんびり出発だ。山梨は近くてゆっくりできるからいい。
行った先は子宝に恵まれるという夫婦木(めおとぎ)神社
巨大なケヤキがご神体になっている。下はその石垣だ。



お参りしたので子宝に恵まれちゃったらどうしようと本気で心配、してないみんなでした。

庭には夫婦道祖神だろうか、仲良く鎮座ましましておられました。
お次の写真はご存知昇仙峡





というわけでどうもパソコンの調子が悪いのでここまで。
8月28日(木)
下の続き
ありがたい薬師様にお参りして(薬師様の真言は おん ころころ せんだり まとうぎ そわか と言うんだそうですが、こりゃドイツ語より難しいぞ)、すっかり清められた我らは国道沿いのビストロ何とかで俺にとってはすごく不味い昼食を済ませ、神の湯という温泉につかり、とんかつやさんで夕食をとり別荘に向った時はすっかり暗くなっていた。
行く途中の山道は街灯もなく車のライトがなければ真っ暗闇だ。
別荘地は標高1400メートルくらいに位置するんだそうで、下界の気温と雲泥の差で、涼しかった。
途中のオートキャンプ場やワゴン風コテージ場などは大層賑わっていた。

というわけで涼しく快適な夜を過ごして早朝、俺は散歩に出たのでありました。
人っ子一人いない別荘通りは熊でも出るんではないかと気の弱い俺様は怖かったなあ。
この道はかなりの傾斜で、あまり下まで行くと戻るのがつらいけど、どうせ他のやつらはまだ寝ているんだろうからと、頑張って相当下まで行ってみたら、乗馬センターがあった。もちろんまだお馬さんもお出ましではなかった。

帰途ちょっと立ち寄った幌馬車風コテージ。バーベキュー場もティピーも完備していた。

メーメー山羊さん元気かい?山羊さんを見るのも久しぶりならこんな模様の山羊さんも初めて見た。
のんびりムードの別荘地でした。

何年も来ていないと思われる家や家の周りが雑草だらけで家の中への出入りも大変そうな別荘がかなり存在していた。
我らが泊まった家の隣にはこんなスズメバチの巣があった。
おまけにこのログキャビンの目地の漆喰にはスズメバチが穴を開けて内部と出入りしているのが見られた。
持ち主は次に来るときは室内にスズメバチの巨大な巣があってびっくりするだろうなあ。
びっくりするより危険だ。
続く
8月27日(水)
下の続き
暑いので山梨の別荘へ行ってきたのだ。
別荘といっても犯罪を犯して無理やり行かされたわけではない。
もちろん我が家に別荘などあるはずもなく、お金持ちの同級生の別荘なのであります。
例によって神社仏閣のお参りもしてきた信心深い我らなのでありました。

大善寺山門の周りにはブドウがたわわに実っていた。ぶどう寺というだけのことはある。

国宝薬師堂の手前にある楽屋堂からは甲府の町並が眺められる。

国宝薬師堂であります。
説明はhttp://katsunuma.ne.jp/~daizenji/bunkazai.html
 http://katsunuma.ne.jp/~daizenji/butsuzou.html を見てください。
内部は残念、撮影禁止です。ありがたい仏像が拝めます。
続く
8月25日(月) 山梨は暑さ寒さの2日間だった。

仲間7人と国宝薬師堂、重要文化財12神将立像がある 山梨県甲州市、ぶどう寺柏尾山大善寺http://katsunuma.ne.jp/~daizenji/ にお参りして来た。
上はその山門である。県指定文化財だ。重厚壮大な見事な門構え。

こらー!しっかり仕事せんかい!って言われてるような・・・合掌。
8月20日(水)
下の続き
渋柿をしぼってその液を2年くらい寝かせるのがいいらしいが、しぼりたてで布を染めるとどうなるかやってみた。

一枚は白い物、もう一枚は若干色の付いている布のバッグだ。

初めてなので勝手が分からないが、ネットで調べて原液のまま浸けてしぼったり、日陰で乾かしたり、日光に当てたりそれをまた染めたり、更に水で薄めたものに浸けたりいろいろしてみた。
結局5回ほど浸けては乾かしたりした。

左が白い布地、右が薄茶色だった布地のバッグだ。バッグ製作は友人のT女史だ。
左のはリトアニアの麻だということだ。布地によって染まり方が違う。
最初は薄いがだんだん濃くなってくる。出来立て生の液でも染まることが分かった。

初めての柿渋染めに気を良くしたオラは他の渋柿で更に柿渋作りだ。
前のはビニール袋に入れて潰したが、袋がすぐ破れて中身が飛び散るのでこね鉢で潰すことにした。
これでも飛び散るがビニール袋よりやりやすい。
それにしてもこの姿は兄貴に良く似ていると自分でも思う。いやになっちゃうよ。

というわけでこれを水と混ぜて1週間ほど置き、それを絞ってその液を今度こそ2年くらい寝かせて正当な柿渋染めを作るつもりなのだ。
以上柿渋とその染物でした。
8月19日(火)
下の続き
おやまあ、光陰矢の如し、前回の記入から早くも1ヶ月も経ってしまった。
柿渋のその後であります。

↑5日ぐらい寝かした、潰して水を入れた柿をターラタラと金網で濾します。

これがその液。それほど匂いもきつくない。

垂らしただけではもったいないので布に入れて更に絞る。

このくらいできました。
このまま放置して置いたらカビが出てきたので掬ったりかき混ぜたりした。
さらに続く。
7月17日(木)
柿渋
団塊の世代は節約ともったいない精神が身についているから、普通なら捨ててしまうようなものまで、もったいない何か役に立たないかなと思ってしまう。
世代でなく、俺だけかな?
我が家の柿が成長しすぎて道路に覆いかぶさってしまったので、意を決して、それほどのこともないが、枝をバシバシと伐採した。今年はどの木も柿は実がたわわになってるのがこの木も例外でなく鈴なりなので、当然実も一緒に落としてしまったのだ。

この木の実は甘いのと渋いのが混在している柿で、間違えて食べようものなら口中シブシブゴワゴワになってしまう。今はまだ小さいのですべて渋だ。試しに齧ってみたらやっぱり渋かった。ちなみにこの柿の熟柿で作る柿酢は絶品だ。
その大量のまだ小さいが実を捨てるのはもったいない、何かにならないか、柿酢にはまだ早すぎるし、そうだ柿渋を作ろうとなったのでした。渋柿じゃないよ、柿渋だよ。

            ざっと洗った柿のヘタのビラビラ部分だけ取った

柿渋は最近ではあまり作られないのでなかなか貴重らしく、高価だという。防水効果もあるので、出来上がれば鮎タモの柄の塗装に使ってやろうと考えたのでした。
ビニール袋に入れて木槌で叩いて潰す。それを樽に入れて水を足し、1週間ぐらい寝かしてたまにかき混ぜ、そのあと絞って渋液にし、それをさらに1〜2年寝かすとできるらしい。

ミキサーを使うと早いがあとの掃除が大変らしいので木槌にした。それほど細かくは潰れないがまあいいや。団塊は適当流の高田純次が手本だからね。

朝晩潰す要領でかき回して1週間もしたら濾してビンに詰めて2年くらい放置しておくと出来上がるらしい。さてどうなることやら、2年後が楽しみなスローライフだ。塗装素材も用意しとかなきゃ。
7月9日(水)
下の続き
入間市民大学
すべて自分で書き下ろしたテキストを使用して、画像の説明で補足した。

汚い靴を持って何をしているかというと、鉄板・スパイクつきの作業用安全靴をアウトドア用に転用しているということを説明しているのだ。

アウトドアの話をインドアでやるのはどうかなと思ったが、聴講生の皆様は熱心にメモをとったりして真面目に聞いてくれたようだ。
次の機会にはアウトドアで実践しましょう。
というわけで何とか講義終了。自分で言うのもなんだが、おおむね好評だったようだ、としておこう。
7月8日(火)
下の続き
入間市民大学

講義開始前の聴講生のリラックスのひと時。

雨の悪天候もあり参加者は150名くらいだった。
続く
7月7日(月)
入間市民大学
7月5日(土)入間市民大学が開催された。

講師の肩書きのアウトドア実践家というのが笑っちゃうのだ。
続く
6月26日(木)
週刊醜聞
都議会で女性議員に対する悪辣女性差別、女性蔑視、セクハラヤジが問題になっていたのが、スケープゴートを一人仕立てて幕引きになりそうだ。
日本社会の悪しき伝統で、男性の内部には知らず知らずのうちに女性蔑視思想が植えつけられているから、気づかないうちに女性を差別していることがあるので自戒しなくてはいけない。
女性差別だ蔑視だと言っているそばから、さっそく今朝の東京新聞朝刊の週刊誌広告欄には件の女性議員の私生活を暴き立ててスキャンダルに仕立て上げた下品な見出しが載っていた。「週刊新潮」と「週刊文春」だ。内容は読んでないのでわからないが、見出しそのものが売らんかなの扇情的で差別的表現に思える。これも表現の自由だと主張するのだろうか。こんなことでは差別はなかなかなくならない。
まるで週刊文春でなくて週刊醜聞だ。
6月24日(火)
下の続き
本日の参加者は4人。雨の中よくやってきました。
雨具を着けても汗をかくので内部からびっしょりだ。
これで収穫がなかったらがっかりだったが、大収穫で疲れも吹き飛ぶ。



梅雨を集めて奥多摩湖は満水だ。



本日の収穫。これで3分の一くらい採っただろうか。完全無農薬ほったらかし梅だ。
せっかくこんなに実ったので来週も収穫予定。なんでも収穫っていいもんだ。
でも梅ってあとの処理に結構お金がかかるんだよねー。砂糖、塩、焼酎、蜂蜜とか。それに大量の砂糖や塩を使うので、本当に健康にいいのか疑問に思うときがある。
6月23日(月)
梅豊作
昨日、いつもの山仲間から世捨て村修復工事に行こうと呼びかけがあったので出かけては見たものの、天候は雨。小屋が大雪で壊滅後は雨宿りするところもないので、世捨て村行きは中止して急遽梅の様子を見に行った。
どちらにしても雨に濡れたけど。この時季は仕方がない。
行ってみると、ここ何年かほとんど実らなかった梅林が、なんと、すごい豊作!一体突然どうしたんだ。剪定を2年サボったのがかえって良かったのか?それともミツバチが復帰して受粉がうまく行われたのか?

雨で余計滑る急斜面を登ってくる山男たち。帰りには背中に重い梅を背負っていたのでオイラも2、3メートル滑落して泥だらけになった。

数も多いし型も良い梅がビッシリ。全くほったらかしとは思えない実り。

足場の悪い急斜面で梅もぎに励むT氏。苦労しながら収穫のあるこういう作業をすると帰ってからのアルコールがうまいんだよねー。
続く。
6月22日(日)
下の続き
まだ解禁間もないためか、相模湖からの天然遡上鮎だからか、釣れる鮎は小さい。小さいのでかかっても途中で空中落下するものが多い。
本日の俺の鮎釣果、10尾。大きいのはヤマメ。
深場へオトリを入れたら何か追っているのにかからない。2、3回それを繰り返したらググッと引きがあった。かなり暴れられて下流へ持っていかれたが、何とか抜いてみたらヤマメだった。



てなことで例によってずりだし。一緒に行ったおじさん、運動して腹へこめなよ。
6月19日(木)
初釣行
今年の鮎初釣行は6月17日(火)2人で山梨県鶴川へ。
オトリ屋のあばさんが「ずいぶん人が来てるよー」というからこりゃ大変だ、竿出すとこ無いかな、なんて心配していたがそれほどでもなかった。
先頃の大雨の影響で石にまだ垢がついてなくてベストコンディションではなかったが、水量はほぼ平水、濁りもなしのまずまずだった。
朝8時頃の水温17度くらい、日中は20度くらいになったと思われる。

↑上流
↓下流

朝早いのでまだ釣り人は少ない。

鴨さんも一休み。
続く
6月12日(木)
下の続き


階段も歴史を感じさせる。

階段脇のギザギザ柱は、女将によると飾り柱だそうだ。
ここのお店の名前?忘れました。
肝心の蕎麦の味?もちろん美味しかった。

蕎麦の次はソーセージだ。
といってもここは守谷市、ドイツハムソーセージの店ハンスホールベックへ帰路立ち寄った。
店主はわが中学時代の同級生で、若くして単身ドイツに渡り技術をマスター、本場ドイツで数々の受賞をしているマイスターなのであります。
翌日から渡独ということでこの日は運よく在店、快く対応してくれた。
日本を代表する技術者で、テレビにもよく出ています。
各種取り寄せもできる。お勧めです。
というわけで今回の気持ち復興支援旅行報告終わり。
6月11日(水)
6月5日の続き


広島カープはちょいと休むとして、神社めぐりの次なるは笠間稲荷神社。
日本3大稲荷様の1つであらせられます。他の2つは豊川、伏見。(諸説あり)

笠間稲荷前には歴史ある蕎麦屋がありました。古い時計に趣のある食器棚、
続く
6月8日(日)
広島カープ
アレレ、どうしちゃったのかな広島カープは。昨日も負けちゃったぞ。しかも前日に続いて大量失点。
交流戦最下位、どうも交流戦は分が悪い。鯉の滝登りに疲れちゃって、流れの緩いところで休んでるのかな。
そろそろまた本気ださないと他の雑魚が滝登り始めちゃうぞ。
好き勝手なこと言えるファンでもやきもきしてるのに、監督のストレスは大変だろうなあ。野村監督の心中お察しします。
そういえば野村監督は試合の最中かなり頻繁に何か飲んでるようだけど、胃薬かなんか配合してある水かな。
6月5日(木)
下の続き


風光明媚な長浜海岸だが早朝とはいえ訪れる人は少ない。

宿を後にして向った先は出雲大社。
茨城に出雲大社があるのを知らなかった。
大国主命も鎮座ましましていた。

格式が高いからか4拍手であった。

おめでたいことにちょうど結婚式であった。
幸多かれと祈る。

巨大注連飾りを下から撮影。
島根の本社はコイン投げを禁じているらしいがここはOKらしかった。
よく見えないがたくさんのコインが刺さっていたのでオイラもやってみたら見事一回で成功。
何かいいことがありそうな予感。

6月4日(水)
下の続き


豪華、宿の夕食なのだ。
私たちは若いけど食べ切れなかったのだよ。

日の出。今日も暑そう。(前日に続きこの日も真夏日だった)

津波で破壊されたままのガードレール。

この辺は長浜海岸といい鳴き砂があったらしいが、砂の上を歩いてみたが別段変わった音はしなかった。津波で砂の組成が変ったのだろうか。
↑砂浜にあった小砂利や小貝の殻。

太平洋戦争中、日本軍はここから米本土へ風船爆弾を飛ばし爆撃した。実際300個ほど米本土に到着したらしい。その碑「わすれじ 平和の碑」がこの地に建立されている。
そう言えば、いつか太平洋を飛んでいった風船おじさんはどうしちゃったんだろう。
6月3日(火)
下の続き


宿へ向かう途中の海の中に突き出ている岩には海鵜らしき鳥が。川鵜か?
これから夕食の準備だろうか、それとも満腹で休んでいるのだろうか。

海岸のすぐ脇に立ち被災したが復興した今夜の宿、旅館味処「浜庄」
食べきれないほどたくさんおいしい料理が出て低価格、お勧めだ。

旅館のすぐ下の海水浴場計画地の駐車場だったところにある壊れたトイレ。
被災した時のままらしく内部もめちゃめちゃだった。もちろん水道は止まっている。

おじさんがのんびり釣り糸を垂れていた。

釣果は今のところ大きな鯵が1尾。小さなフグも釣れていたがすぐ廃棄処分だ。
6月2日(月)
復興支援旅行
5月31・6月1日、恒例の同級生旅行は10名で北茨城に行ってきた。ささやかな復興支援旅行だ。
時期的なものなのか、観光地は閑散としていた。福島県に近くなるほど空いていた。高速道路の割引がなくなったのも響いているのかもしれない。休業している温泉や民宿も目立った。震災と原爆の影響がまだまだ尾を引いているのだ。先週に引き続いて国営の公園、ひたち海浜公園にも行ったが、花もあまり咲いてなく、それほど人はいなかった。
津波で消失し再建なった岡倉天心ゆかりの六角堂を訪れる人も少なく、辺りにも観光客は歩いていなかった。
何より、大型観光バスをほとんど見かけなかった。
続く


5月28日(水)
壮行試合
5/27(火)のサッカー日本代表壮行試合、対キプロス戦はW杯を前にして不安だらけの一戦だった。
本田は明らかに調整不足というより実力不足だ。スピードはないしシュートの精度も決定力もない。本田をフルに使うより途中からほかの選手を試したほうがよかった。監督は実力や現在の調子より「本田」というビッグネームに捉われているのではないか。それなら小野や闘莉王や俊輔や中沢も選べばいい。ついでにヒデにも復帰してもらうか。
遠藤長谷部も存在感がなかった。遠藤はすでに過去の人か?その遠藤にいつまでも頼らなくてはいけないのが今の日本代表だ。
長谷部と吉田はケガから復帰して何とか使えるということが確認されただけ。内田は回復をアピールして唯一の得点なので結果OK。
それに絡んだ香川はそこそこの動きだったが、本番までにさらに本来の試合勘をとりもどせるかが課題だ。柿谷なんて出ていたの?という感じだった。
柿谷ももっと早くはずして大久保を長い時間使ったほうがよかった。
結局この時点で先発した中で頼りになるのは長友、香川、岡崎、内田くらいだ。しかし途中交代の長友は膝だか足に爆弾を抱えているらしいので心配だ。
ザッケローニ監督は練習の疲れがピークなので体を使えないので頭を使うみたいなことを言っていたが、それもできていなかった。得点の決定力がない日本が壮行試合でひたすら得点を狙わず後ろへパスを回す場面が多くては最少得点もうなずける。
東京新聞のスポーツ欄の解説でかつてはかなり辛口の評価をいつもしていた大住良之氏はなぜか最近は大甘の評価ばかりしていて、昨日の試合も相当な高評価だった。あの試合を完成間近と評価してはサッカージャーナリストとしてどうなのか。一方辛口評論で知られるセルジオ越後氏は相変わらず内容も個々人も全くいいところがなかったと徹底的にこき下ろしていた。セルジオ氏の評が適切だと思える。
素人のオラの目でも、どう贔屓目に見てもいい試合ではなかったと思う。
昨日の試合の不出来は監督・代表が一番よく知っていると思うが、もし6万人近くのサポーターの応援に満足してしまっているようではW杯ではどうにもならない。
開催が間近だ。修正してさらに進化させるのはザック監督の手腕にかかっている。本番では今までで最高のパフォーマンスを見せてもらってベスト8を狙ってほしいのだ。
5月27日(火)
公園散歩
24日午後、在米およそ45年の中学時代の同級生が来日したので、その歓迎会の時間まで米軍立川基地跡地にある国営昭和記念公園(立川市・昭島市)を案内した。案内といっても初めて行ったのでその広大さに驚いた。日頃は近所の県立彩の森公園でジョギングだが、そこに比べて広いのなんのって。さすがは国営だ。いろいろな見所があるので一日かかっても回りきれないかもしれない。
ちょうどフラワーフェスティバルのイベント中で、ポピーなどが咲き乱れていた。
土曜日なのでもっと混んでいるかと思ったらそうでもなかった。






5月26日(月)
下の続き
梅林でワラビを採っていた四茂野氏がなにやらおどろおどろしい頭蓋骨を拾ってきた。
握り拳よりちょっと大きいくらいだ。多分猿ではないかと思うがよく分からない。
持ち帰って我が家の魔除けに庭に飾ってある。


5月21日(水)
下の続き
迎賓館(享楽氏命名:下品館)上棟式のお客様。
↓ヤマカガシ(山棟蛇・毒)

↓幻の蛇シロマダラ(白斑)らしい
雨除けのシートを取ったらその下のヨシズの上にとぐろを巻いていた。
しめた、マムシかと思って捕獲したら違った。写真撮影のためにウッドデッキの上に放したのがこの写真。
相棒の四茂野氏から指摘があって、どうもこれは幻の蛇シロマダラらしいと。
もちろんこの2種の蛇様を食べたなんてことはありません。
倒壊して瓦礫の山になっている所が格好の住処になっているらしい。
5月20日(火)
下の続き
迎賓館の上棟式に先立ち、久しぶりに梅林に様子を見に行った。冬の剪定を行わなかったにも拘らず、去年よりは実が多かった。日本蜜蜂の群れが回復して受粉が増えてきたのかもしれない。これから落下するのが少なければある程度の収穫は見込まれる。
途中にある世界最強の登山家山野井泰史氏の畑は相変わらずゴルゴ14が守っていた。
続く


5月19日(月)
棟上式万歳
18日(日)に、2月の大雪で倒壊した世捨て村の自称迎賓館(実は山林管理道具刈置き場)とダイニングキッチン(実は自炊用焚き火場)のうち迎賓館の棟上式を行った。
4月6日に倒壊した現場を苦労して大雑把に片付けたので、その跡に仮設道具置き場を建設だ。
いろいろな邪魔な物が散在している中、2人で使えそうな残材をかき集めて何とか柱を8本立て、棟まで上げてきた。
当座は山林管理の道具が濡れなければいいので、来週あたり屋根をかけ、周りも囲う。
続く


↓記録にないような大雪だったとはいえ、あのふわふわした雪も大量になるとその破壊力は凄まじい。
5月16日(金)
無識者会議
あまりこの欄を書かずにいたら日本の政治の世界は大変なことになっているぞ。どんどん右寄りになっていて、戦争のできる日本になりそうだ。
その政府のいうことをよく聞くお利口さんの私的諮問機関とか有識者会議とか各種懇談会とかいうのは一体何だ。
私的諮問機関というのは文字通り公的ではない。首相が私的に自分の意見のあう者どもを集めてやりたいことを諮問するのだからなんでもできる。それでいいのか。
よく耳にするいわゆる有識者というのは時としてこちらから見ると無識者に見えるが、そんな人たちに日本の行く末を任せていいのか。
懇談会というのは辞書によると、打ち解けてざっくばらんに話し合う会合ということらしいが、国家の命運をお友達同士のこんな会合に委ねていいのか。俺のお友達だって俺の言うことになんでも賛成でなく反対したりするぞ。
なんて書いても選挙もないしどうにもならないので、何かむなしくなる今日この頃だ。
5月14日(水)
♪鯉の季節よ〜♪
今までどうしようか迷っていたのだがこれが書かずにいられようか、もう我慢の限界なのだ。というのは、過去、今年こそ優勝だと開幕ダッシュに成功してすぐ書くと5月晴れと共に下降して行き、結局終わってみれば下位に低迷していたからだ。
そうです、わが広島カープの快進撃のことです。進撃の巨人ではなく進撃のカープだ。
今年はいつもと違うよ。去年のAクラス入りで自信を持ったのか、投打がかみ合って理想的な勝ち方が多い。投の方はもう言うことなし。12球団随一と言っていい投手力だ。打の方は低打率ではあるがチャンスには必ず打つので心配はない。それが5/14現在の貯金12に表れている。貯金12なんて久しぶりで、俺の貯金はなくてもカープに貯金があればうれしい広島ファンの気質なのだ。
昨日なんてもう最高の勝ち方だ。延長12回、さすがは阪神の投手陣に1点に抑えられていたけれど、今年のカープの底力はこれまでと違う。選手会長の梵が一振りでサヨナラ勝ちを決めた。もう遅い時間だったけれど思わずおじさんはテレビに向かって「行った!」と大声を出してしまった。
現在、巨額補強優勝予想巨人に3ゲーム差をつけて首位独走だ。今年こそ優勝間違いなし!
いつもはテレビを見ないおじさんも、今年はカープが強いおかげで昨日なんて4時間以上もつけっぱなしだった。電気代が高くつくがそれでもいいのだ。
おじさんの生まれ月の鯉の季節、今年は一段と爽やかですなあ。
え、今夜の負け試合?まあたまには負けてやらないとペナントレースがつまらないからね。2勝1敗でいいのよ。(でもエルドレッドの不調がちょっと心配。)
5月13日(火)
医療カルテ

このところちょいと腹部違和感があってこの欄を書くのも億劫になっていた。
3年ほど前に注射で肝臓内に蓄えたビタミンB12がそろそろ枯渇するころかもしれない、それと関係あるのかと思い、前回いろいろと検査してもらった病院へ行った。

前回の検査は舌が荒れている原因を探るためで、それもどこの病院・医院に行ってもわからず、結局自分で調べて分かり、それを医師に指摘して治癒したのだが、今回も驚くべき事態に遭遇した。
前回と同じ病院に行ったのは、当然前回のカルテがありこちらの状態を把握してくれていると考えたからに他ならない。ところがだ、何てこった、3年前のカルテがないというではないか。電子化に伴い紙カルテは廃棄したのか、ないというのだ。胃カメラなどの画像はあるがいろいろと記したカルテがないという。印刷屋だって10年前のアナログデータを保存してあるぞ。それが命にかかわる仕事をしている病院でわずか3年前のカルテがないとは何たることだ。まさに医療の崩壊を目の当たりにした。
仕方がないので話せば長い前回の病状をかいつまんで話す羽目になってしまったが、医師はこちらはほとんど見ずにパソコンの画面に向かってこちらの言う内容を打ち込んでいくだけだ。あんなことなら医者じゃない俺だってできるぞ。
最近の医者は自分の専門分野以外はほとんどわからないようなので、自覚症状がある人は自分でいろいろとネットで調べて、それを医師に訴えるほうが正確な診断をしてもらえるような気がする。
今回もネットで調べたのは、前回ビタミンB12不足からくる血液異常の治療を筋肉注射で行った(それも結果的に過度量を注射された)が、錠剤での経口摂取は本当に無効なのかということだ。
どうやら完全に効果がないわけではなく、経口投与でもある程度吸収されるらしいことを知った。今回はほかに異常がなく、予想通りB12だけが標準値より少なかったので錠剤を処方してもらった。注射に一日おきに病院に通うより錠剤を食後3回飲むほうがずっと楽だ。ただし腹部違和感との関係は不明だ。

患者があれこれ調べて医者に相談するのが適切なような気がするこの頃の医療現場だ。

4月1日(火)
日本毛髪再生会議
いつものことながらこの時期は年度末初で、さらに今年は世間も消費増税という政府の悪政策に踊らされて駆け込み需要のせいもあって景気が悪いなりにも忙しく、(それにしてもなぜこの時期に増税なんだ、8月あたりの暇な時にしてくれればよかったのに)、おまけに先日の最初の大雪の際の雪かきで腰痛、それが治らないうちにさらに大雪で腰痛がわが体に停滞してしまい、HPの更新もやる気が起きずとうとう早や4月になってしまった。
しかしたまには書かないと忘れられるし、ちょうどいいタイミングにビッグニュースが飛び込んで来たのでこれを書かずにいられるかということなのだ。

政府が援助する日本の毛髪に関する専門家の集まりである日本毛髪再生会議1日、簡便な方法で誰でも薄毛の悩みを解消できる治療法を発見したと発表した。
その方法は、自分の残っている毛髪(1本でいい)の周りの皮膚を直径1センチほど薄くはぎとり、その細胞が死滅しないうちに柿酢黒にんにくを入れた溶液に1週間ほ浸しておく。それをはぎ取った個所に戻して貼り付けておくだけで約1か月後にはその剥ぎ取った面積の5倍は毛髪の発生がみられるという。しかも面積だけでなく本数も密集してくるというから驚きだ。
日本毛髪再生会議の広報の説明によると、毛髪細胞がある種の柿が発酵した際に発生する物質とニンニクが発酵した際に発生する物質と化合して新しい細胞が出現して毛髪を再生させるらしいことが分かったという。会議ではそれを脱毛の進行を遅らせ薄毛を止めるという意味でSTOP細胞と名付けた。柿の種類によっては効果がないこともあり、現在分かっているのは甘柿3種、渋柿5種類という。ニンニクは発酵したものなら何でもよい。
ただし、毛髪の周りの皮膚をはぎ取るのは危険も伴うので医師の執刀が必要だとのことだ。医者に行きたくない人や行く時間がない人が自分でやるには、夏の日差しに頭部を適度に焼いてその日焼けして剥がれた薄い皮膚を利用するのが安全だという。
剥離した面積の5倍の再生が認められるので、10か所でも20か所でも剥離して再び貼付する箇所が多ければ多いほど毛髪発生の効果も高く早い。
命にかかわらない問題とはいっても、薄毛に悩む人はそれこそ切実な問題で、外出もままならず、例えば同窓会等への参加でも、過去の姿が他人に記憶されているので相当の勇気がないと出づらいなどという人も多い。こういう人にとっては近来にない朗報だ。
なおこの方法は今後さらに人種、年齢、性別、体質等を詳細に分類して実験を重ねる予定で、先のSTAP細胞の疑惑悪例を排除するため、一般人に適用する例を詳しく公開するのはまだ先になりそうだ。

今年のエイプリルフールはなかなかいい記事が書けた、かな?
3月13日(木)
カタカナ表記

日本人が英語などの外国語に弱いのはカタカナがあるからだという説をなにかで読んだ。確かにそうかもしれない。
車のカタログを見ていたら性能、仕様その他書かれているものがほとんどカタカナで、これは多分英語だろうが、俺には何が何だかわからない言葉ばかりだ。たまに「減税対象車」とか、「標準装備」なんて日本語が出てくるとホッとする。

2ちゃんねるなんかの書き込みを見ていても、たぶん若者だろう、カタカナの専門用語らしい言葉を駆使して書いている。日本人はこんなに英語に強くなったのかと一見思うが実はそれが曲者だ。
カタログでは簡単な言葉もカタカナにしている。泥除けはマッドガードだ。荷室はラゲッジ、もちろん前照灯はヘッドランプ、ヘッドライトだ。これなどはもう日本語になってしまっているが。
ではこんなのはどうだ。アクティブライドコントロール、コーナリングスタビリティアシスト、アドバンストヒルディセントコントロール、アドバンスドドライブアシストディスプレイ。パソコンで入力するだけでも難儀してしまうし読み難いことこの上ない。。簡単に説明すると、乗り心地向上制御、カーブでの自動ブレーキ制御、下り坂車速制御機能、車両情報画面、のことらしい。
車やコンピュータ等々もともとあちらから来たものはいまだに適切な日本語に訳せないものもあるのはわかるが、あまりにもカタカナ使用偏重ではないのか。特に車なんて物は日本の基幹産業、世界初なんて装備がいくらでもあるのだから日本語にできないわけはない。輸出用は外国語に訳せばいいだけのことだ。
カタカナは便利なので、カタカナで似て非なる外国語を表現してしまうのでいつまでたっても本来の外国語に慣れないから日本人は外国語に弱いということだ。Girlをガールなんて言ったって通じるわけがない。外国人が言うのを聞くとむしろギヨとかギャルとか聞こえる。
車のカタログも「コーナリングスタビリティアシスト」とカタカナで書くなら、原語でcornering stability assistとすればよい。よけい分からなくなるか?でもそれが習慣化すれば日本人の英語は格段に進歩するだろうと思うのだ。
ついでに動植物名もカタカナ表記はやめてなるべく意味のある漢字で書こう。
中国ではすべて漢字で表現するのだろうか。すごい。

2月18日(火)
大雪

自宅庭の紅梅も幹から折れた

夏蜜柑の枝も地面に付いた

早朝の入間市東町通り
各地で観測始まって以来の記録的大雪が降った。熊谷では62pというから、ここ入間市でも50pくらい、あるいは60pも積もったかもしれない。陸の孤島と化した地方も多くあって、東京でも奥多摩や檜原は孤立したという。
昨日(17日)、小河内と檜原村の親戚に電話して安否確認したら、積雪はおよそ1m、小河内は道路は雪に埋まっているので車はもちろん人も通れず、ちょっとの外出もままならないということだった。やれることは家の周りを人一人通れるくらいに雪かきをすることくらいだ。高齢者が多いのでみんなもう疲れていると言っていた。
現在は幹線道路は自衛隊が出動して雪の除去その他に活躍しているということだった。自衛隊さんありがとう。やはり戦争放棄の日本国憲法下では自衛隊は銃でなくスコップが似合うのだ。

檜原は救急車は何とか通れる道は確保したらしいが、両地区とも雪崩が所々で起こっているので今後も危険な状態が続くという。
もともと過疎地なので食料品店は少ないので日常的に食料は備蓄しているらしく、今のところ食料は確保できているという。電気や電話は異常ないという。何かの時は隣近所連絡を取り合って助け合っていこうと自治会長さんから連絡がきたと言っていた。

小河内では道路が使えないので、病人や人工透析患者は湖を小河内ダムまで船で行きそこからヘリで病院まで移送するということだ。湖まで下りていくのも大変なことだ。たまに行く蕎麦屋さんでは倉庫が倒壊し、中にいた男性が負傷したのでヘリで病院に運ばれたとも言っていた。
さすがに今回は雪国の人も笑えないような想定外の記録的大雪だから、関東地方の人は手も足も出ない。
情けないのは、わが
上田・埼玉県で、秩父市からの自衛隊出動要請を断ったという。自衛隊は戦争以外には出動しないと思っているらしい。
国も集団的自衛権容認で米国を助けるより、まず災害から自国民を救え
1月31日(金)
1月29日の続き
キウイの剪定を何とか終えて、伐採枝も下で待ち構えていた2人が手斧で細かくしてくれたので後は縛ってゴミに出すだけになった。
キウイは終わったけれど、それだけではホタテはご馳走しないよーだと、オラは過酷な要求を3人にしたのだった。そうです、わが社屋、斜屋か、の脇にある花梨(カリン)紫陽花(アジサイ)の剪定もやってもらおうという魂胆なのでありました。
団塊の世代は全くよく働く。4人で、梯子に乗って伐採したり、枝を細かくしていたら若手のN氏も川越から駆けつけてくれて総勢5人になった。作業が一段とはかどった。ありがたいことでございます。
他のメンバーは川口、相模原、新座各市から駆けつけてくれたのであります。
この花梨は10年ほど前に自然に出てきたもので今では毎年実も生る。しかし道路標識があって葉が茂ると見えなくなるので剪定と相成ったのだ。
下欄にある軽トラックの荷台も満杯になるほど切り取った枝が出ました。
ということでここも無事終了し、午後からは待望のホタテ高級和牛のステーキと天然氷のオンザロックで例によって宴会となったのでありました。
頂いた北海道直送のホタテの美味なこと。両面魚焼き器に2枚で一杯になるほどの大きさのホタテにバターと醤油を少々かけて蓋をし、しばし待つのだ。おお、香ばしき香り。いっただきまーす。
1月30日(木)
NHK
キウイだのホタテだのと言っている場合ではない。
NHKラジオ第1放送の朝の番組のラジオ体操の次あたりに流れている番組「ビジネス展望」は経済の問題を分かりやすく解説し、現在の経済状況やら展望、批判を展開しているなかなか聴き応えあるコーナーだ。金子勝氏や内橋克人氏、森永卓郎氏等々錚々たるメンバーが毎日日替わりでいろいろな切り口から経済を論じて、どちらかというとアベノミクスに批判的な論が多いので、さっぱりその恩恵を享受できない貧乏印刷屋としては「なるほど」と納得することがほとんどで、ほぼ毎日聴いている。
それが今朝は何の予告も理由も告げないまま、今朝のビジネス展望はありませんので視聴者からのお便りを紹介します、ときた。出演者がインフルエンザとか急病にでもなったのかなと思っていたのだが、今日の東京新聞夕刊1面トップにその問題が報じられていた。
それによるとNHKから論者に「都知事選の最中は原発問題は絶対にやめて欲しい」と求められて、「即時脱原発か穏やかに原発依存を減らして行く」趣旨の原稿を既に提出していた中北徹東洋大学教授は「趣旨を変えることはできない」として拒否、結局20年間出演していた同コーナーを降板することにしたという。
日本に表現の自由はあるのか。
都知事選は原発の可否が最大の争点だが、もちろんそればかりではない。経済も防災も教育も福祉もそれこそ都民、いや日本国民の生活のあらゆることが争点だ。ということはどんなコーナーも一言も語れないということになるではないか。しかも原発は人間生存にかかわる大問題だ。それを語らずして何を論じろというのか。いや、おバカなタレントの話題くらいは可能かも知れないが。
NHKは新会長の記者会見での「どこの国でも従軍慰安婦はいた」という問題発言も一切報道していないので、新聞は読まずNHKだけ見たり聴いたりしている人には新会長の言動は伝わってこない。新会長になったとたんにこれでは、偏向放送局を目指していることは明白だ。
そのうち「原発に反対の人の家庭にはNHKの電波は届けません」なんて事も言い出しかねない。
誤読が多いが我慢して毎朝毎晩聞いているNHKラジオ第1、これからどうしよう。ちなみに今21時50分、「5番街のマリー」が流れている。
1月29日(水)
下の続き
キウイの剪定は毎年行っているが、かなり切ったつもりでも1年経つと蔓がすぐ近くにある電話線やら柿の木やら琵琶の木に絡み付いて始末に終えない。
そこで毎年今年こそは思い切って強剪定を行おうと思うのだが、そこは素人、ネットで調べてもやり方がよく分からない。
おまけに屋根の上に張り出した枝は真夏の日除けのために残しておこうというのだから虫がいい。
5人でやると作業も格段にはかどる。剪定よりも切った蔓や枝の片付けのほうが面倒なので、下で待ち受ける作業員は枝を細かく切る作業だ。お蔭で思ったより早く作業終了。
屋根の上で作業する多毛症瞬間
爆睡男
最近あまり眠らない、ど
こか悪いのか。
 お蔭できれいになりました(中央)。
 左右は柿。
キウイの次はカリンの剪定。
つづく
1月28日(火)
アウトドア仲間のお母様から、いつもお世話になっているからと北海道直送でホタテが一箱届いた。いつもありがたいことでございます。
そこで、我が家ですべて食べてしまうのもなんだし、幸せはみんなで分かち合いましょうと、26日にホタテパーティを開いた。パーティといったって、ホタテを食べる会だけどね。
ただし、ただでホタテは食べさせないのだよ。我が家のキウイが伸び放題なのでそれを剪定してもらい、終わったらみんなでワイワイ食べましょうということになったのであります。
参加者は5名。なぜか知らないがホタテをかぎつけて集まって来るから不思議だ。
オラはキウイに乗ってへっぴり腰で剪定
こんなに働いたことないぞと言いながら黙々と枝を切るT氏

名誉の負傷から癒えたE氏も撮影を兼ねて活躍
続く
1月22日(水)
ダボス会議に狭山茶
茶業に携わる友人がフジテレビの取材を受けて今朝(22日)の「めざましテレビ」という番組で放映されるというので見た。
安倍総理が出席するダボス会議に世界各国の要人にお土産としてわが狭山茶を持参するというので、政府依頼でそれを製造した狭山茶商工業組合理事長繁田収作君がその人だ。
普段バカ言って飲んでいる友人が神妙な顔をしてインタビューに答えているのを見て、「おお、まじめに答えてるな、やればできるジャン」なんて思わずテレビに向かって言っちゃったのだった。
普段テレビはほとんど見ない。たまに見るのはNHKBSくらいだ。朝5時半から8時までの間のどこかでやるらしいくらいしか情報がないので、仕方なく6時頃から見ていたら7時過ぎの安倍総理がダボスに出発のニュースの後に流れた。
朝の民放の番組を久しぶりに見て、なんとCMが多いんだろうと思った。CMによって経営している民放では仕方ないのかもしれないがたまに見る者にとっては鬱陶しいことこの上ない。結局7時半頃まで見るとはなしに点けっぱなしにしてしまった。なんだか電気代をすごく損した気分だ。
それに、朝は若者向けなのか、あるいはテレビ界全体が若者志向なのか、やたらと若者向けのどうでもいい情報が多い。その中で狭山茶の情報をやったのはなんて良心的なんだと感心してしまうくらいだ。
原発事故の風評被害で打撃を蒙って失地回復に努めている狭山茶にとっては近来にないGOOD NEWSだった。
なお、地元の入間ケーブルテレビではすでに独自取材で放映されている。他に東京新聞でも埼玉版に記事が載った。あと23社取材があったらしい。繁田収作君も時の人になった。お祝いにどこかで奢らせようと企んでいるこの頃なのである。
1月21日(火)
アクセント
普段何でもないことでも気になりだすともうどうにも気になって仕方がないということがある。
NHKラジオのニュース読みがそうだ。
前にも書いたが読み間違いが相変わらずひどい。読み直しは頻繁に行われる。「情報」を「情勢」と読むなんて類はしょっちゅうあってまだ序の口だ。先日は5000万を5000と読んで、読み間違いたのを気が付かなく終わってしまったので、その後訂正があった。
読み間違いの他に、単語のアクセントにもどうも違和感がある。例えば「」を「」と発音する類だ。単語のアクセントは関東と関西では逆になる例が多くあるので文脈から判断すれば意味は通じるのだが、関東に住むオレにはどうも気になって仕方がない。

ほとんどのアナウンサーが間違える?のが「暑い・熱い」と「厚い」だ。これはもうほとんどと言っていいくらい逆に発音している。気になって仕方がない。「厚い日が続くでしょう」なんて言っている。
今日の昼のNHKラジオで聴取者からの便りを読むコーナー、「年末にいただいたがあるので、今日は寒いので柿鍋にした。体が温まっておいしかった」なんて読んでいた。ン、柿鍋?なんじゃそりゃ。そんな鍋物があるのかいな、世間は知らないことばかりだ。なんて思っていたがああそうか、これは牡蠣のことだなと。牡蠣を柿と発音してくれるなよな、NHK!
最近気になっているのが「小学」だ。「小学5年生」の読みが「少額5年生」になっている。これはそう発音するように決められているのか、またはそれが正しいのかもしれないが、例外なく「少額」の発音だ。オレにはどうも気になる。「小」の方にアクセントを置いてもらいたいのだ。
正しいかどうかは別として、気になるものは仕方がない。そんな些細なことが気にかかってばかりいるので、今日も俺の頭から神が、いや髪が56本去っていく。
1月20日(月)


(シートはまだです)
猪瀬氏ピンチ! 50,000,000受領した猪瀬氏が知事当選後仲介者にお礼として500万円渡していたという報道があった。これって明らかに公選法違反じゃないの?どうやって逃げるのだろう、逃げ切れるのだろうか、興味津々だ。
しかし世の中には随分とお金を持っている人がいるもので、先日のニュースでもやっていたが、株の購入云々で6,500万円騙された人がいた。6,500円じゃないよ、万円だよ。
俺なんて自慢じゃないが、いや自慢か、出費はかなり慎重だ。アマゾンで軽トラの荷台シートを買うのに1日考え躊躇し、でも思い切って買っちゃおうと清水の舞台とは言わないが階段の3段目ぐらいから飛び降りたつもりで申し込んじゃったよ。配送料が掛かるのが気に入らなかったけど、まあいいかと。慎重というよりただのケチか?
その値段はシートが766円、配送料が350円、しめて1,116円もした。これでもいろいろと別のものを探したりもっと安くていいものはないのかとか悩んだんだよ。ホームセンターに行くと時間とガソリン代が掛かるし、他の物も買いたくなっちゃうんでネットで注文だ。
あ、そうそう、軽トラは前に乗っていた(スズキ・キャリー、かなり前に友人から古くなったので買い替えるからとお下がりで貰ったもの。ずいぶん重宝しました)のが初年度登録から32年もたっていて、さすがに今度の車検は部品がないからなかなか難しいので替えたらと言われて泣く泣く手放して、昨12月にスバルサンバーに替えたものだ。もちろん中古だ。もちろんというのはおかしいか。価格は車体本体価格が7万円、その他に車検代やら税金やらが車体価格より多くかかってしまった。でも前のと比べるとまるで新車同然だ。
詳しいことはわからないけど、6,500万円もあったらそれ以上株なんかで儲けようと思わなくてもいいと思うけどなあ。俺の軽トラが何台買えるんだろう。
1月9日(木)
都知事選
明けましておめでとうございます。本年もよろしくお願いいたします。
今年が皆様にとって良い年でありますように。
突然ですが、50,000,000受領した猪瀬史上最高得票最短辞任前東京都知事の後任の知事選、19日現在立候補予定者が宇都宮健児氏、舛添要一氏、ドクター中松氏、山口節生氏、吉田重信氏、田母神俊雄氏等だが、今後も続々と出馬表明するとみられる。現に細川元首相の名も挙がっている。
選挙は公的には完全に平等が建前だ。立候補届け出番号もポスター掲示板の欄も広報もくじ引きだ。もちろん欄の面積も平等だ。
公的にはそうだが、私的なわがマスゴミは候補者を差別して不平等報道するが、これっておかしくないか。
昨夜のNHKラジオでも「・・・ドクター中松氏の他にも2人出馬表明している」としてほかの2人の名前を出さなかった。今夜のニュースでも細川氏の名前と宇都宮、舛添氏の名は出したが他に4新人が出馬予定と言っていた。
選挙が始まる前からこんな具合だから、選挙戦に突入するとさらに報道差別はひどくなる。報道は公的機関と同じように巷間ささやかれる有力候補だろうが泡沫候補だろうがすべての候補を報道時間等で完全平等を図るべきだと思うがいかがか。
というのは選挙というのは、特に都知事選ともなると知名度のみで当選が決まると言っても過言ではないからだ。本人に知事としての能力があろうがなかろうが知名度だ。金を裏でもらっていても知名度があれば当選だ。もっとも、裏金があるかどうかは有権者はわからないが。
マスゴミは知名度のある候補を重点的に報道するからそれらの候補はますます知名度が挙がる。ほとんどのメディアは候補者の政策を吟味して一票を入れるべきだと一応言っているのだが、やっていることと違う。

全候補者完全平等に報道すれば知名度のない候補者で知事に最適の人が当選する可能性が少しは増すのではないか。無理か?

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