勉強ができなくても恥ずかしくない 1 どうしよう…の巻2005


【概要】
 小学校入学後4年間友達ができなかった橋本治の、自叙伝。能力と役割によって居場所を獲得してゆく児童の成長物語。

【内容紹介】
 ケンタくんは、小学校に入学してから友達ができない。勉強もできない。気後れの せいか体育も苦手になった。家では、お母さんに、幼稚園時代のオモチャを捨てられ てしまい、遊べない。ボーッしていると「外で遊んでこい!なぜ友達がいない!」と 責められ、また、自宅学習の時はモノサシで叩かれるのだった。
 そんなケンタくんは、近所の友達との交友関係を細々と続けている。また、積極的 に家業を手伝ったり、近所の大人と交流したり、学校外の読書経験を積む。やがて、 ケンタくんは学校の勉強以外の能力によって、家や学校に居場所を獲得し始めるのだった。

 本巻は、ケンタくんの小学校四年生で終わる。小学校五年生まで学校で友達ができ なかったという橋本治の、自叙伝三部作の第一部。

   小学校という集団生活に入り、孤独という未知の感情を知った6歳。忍耐という言葉 を知らないままの忍耐を可能にした、若さ。孤独の闇と交錯する光は、日々の小さな幸 福。幸福な未来への希望が、微風となってそよぎ、柔らかな頬に触れた。
 この本は、読者にそんな幼い自分自身を思い出させ、いとおしく思わせてくれる。


【感想】
 15分で読了。100ページくらい。薄い。
 内容もページ数も薄いのに、胸がズキズキ痛んだ。

 『浮上せよと活字は言う』(1994)「変貌を論ず」には、「他があって、人は初めて孤独という事態を知る」という論理がある。この論理は、小学校で友達ができなかった時の困惑が下敷きだったのだろうか。大人の論理が、子供時代の困惑から生まれうる、というメカニズムに感動。

 橋本治の孤独な子供時代は、『子どもが子どもだったころ』(1998)や『恋愛論』(1986)や『ぼくたちの近代史』(1988)で書かれていて、ネタ自体は出がらし。しかし、それらの本は小学生は読まない。よって、橋本治は、自分の孤独な小学生時代を、リアルタイムで小学生やってる人間たちへ送信するため、この本を書いたのであろう。『貧乏は正しい!』(1993)以降の橋本治って、ホント啓蒙家。ド根性。




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