勉強ができなくても恥ずかしくない(3) それからの巻2005
【概要】
40歳代のケンタくんは、17歳のケンタくんに言ってやるのだった。「よかったな、おまえはバカじゃなかったんだぞ。だいじょうぶだから、そのまま歩いて来いよ」
【内容紹介】
橋本治の自叙伝三部作の最終巻。
本巻のスタート時点、ケンタくんは小学校六年生。友達も増えたところで、小学校生活の終わりが近づく。
中学受験。
ケンタくんは友達と一緒の公立中学に行きたいので、私立中学などを受験するのがいやだった。しかし、
母親の要望で受験。ちゃんと受けたが落ちた。
本文より・・・
合格発表を見に行ったお母さんに「落ちた」と言われて、ケンタくんは、古くて大きな建物から
「バカ」と言われたような気が、ちょっとだけしました。でも、知ったこっちゃありません。ケンタくんは
、行きたくない中学に、行かなくてすんだのです。(以上、本文より)
このあたりは、石川達三の自叙伝の、中学受験での失敗経験を連想させる。ただ、石川達三は実母と早く死別したので、受験を薦めたのは都会の親戚であり、この親戚への怨恨があるが、橋本治のほうは怨恨ゼロ。「友達がいる」というのは、強い。
中学生活。
クラスのグループを渡り歩くケンタくんは、中学三年生になった時には、一学年全部が知り合いみたいになってしまう。
本文より・・・
体の中がずっと幸福で、生きてるだけで忙しくて、勉強なんかしてるひまはなかったのです。(以上、本文より)
オミカンヒメの遠い少女時代にも、そういう子は確かにいて、少女オミカンヒメはそういう子を遠く羨望して、「勉強なんかしていないが、ああいう子こそが正しい子供時代を生きているのだ」と悲しくもなったりした。
そんなケンタくんを、番長の菅原くんが薄暗い教室へ呼び込んで「お前、でかい顔してるんだってな」と言う。ケンタくんは「なにが?」と問い返す。
そして、高校入試の勉強をさぼっている菅原くんの、寂しさを感じ取る。しかし、菅原くんと友達になる発想
は捨てる。
本文より・・・
友達になるのには、なにかのルールがあるのです。そのルールを無視して友達になるのはぜったいにうそだと思いました。「菅原くんだって、さびしいんだったら、人を脅かしたりしないで、自分でそのルールを発見しなくちゃいけないんだ」(以上、本文より)
この菅原くんとのエピソードは、かなり重要である。不条理な相手に対しては問い返しをもって毅然と応じ、不必要な対立を回避する、というテクニック。子供時代の濃厚な人間関係に、一生モノのテクニックがある。と堂々と考えていいのね。
高校入試。
担任の先生は、クラスで成績がトップの熊本くんが志望校のランクを下げてケンタくんと同じ高校に変えたことを話す。そして、「きみは志望校を変えたらどうかな?」と言う。しかし、ケンタくんと熊本くんは同じ志望校に合格してしまう。志望校のランクを下げた生徒が増えたおかげで、ケンタくんの志望校の競争率が低下していたのだった。
本文より・・・
「人間なんて、ほんとはどういう人間かなんて、わからないじゃないか(中略)ぼくだって、昔はぜんぜん今みたいじゃなかった(中略)先生は僕のこと、熊本くんより成績が悪いと思ってるらしいけど、人間なんてわからないじゃないか」(以上、本文より)
『貧乏は正しい!』(1993)の名言「どんな人間も、100%その人間であるわけはない」を思い出させる。
高校生活。
一年生のケンタくんは、クラスのじっとだまっているだけの子にも話しかける。
本文より・・・
いくら話しかけても、のってきてくれない子はいます。ケンタくんは「自分がきらわれている」とは思いませんでした。(中略)「仲よくなる」ということができない子だっているのです。自分がそうだったので、ケンタくんはそういう子のこともよくわかっていました。(以上、本文より)
あれっ。オミカンヒメも暗い少女時代に、ケンタ君のような子に話し掛けてもらって、でも話にのれなかったが。ああいう子は、こっちの臆病な内心もわかっていたのか。時空を超えて照れるワ。
高校二年の三学期。クラスは大学受験を意識し、冷たい空気。
高校三年。ある昼休み、ケンタくんは大学受験の話しかない教室を出て、鉄棒に飛びつき、十二年目にして逆上がりと懸垂ができるようになった自分に驚く。
本文より・・・
「どんなことだって、できるようになりたいと思ってそのことを忘れなかったら、いつかできるようになるんだな」(以上、本文より)
クラス全員でやるべき体育祭のはりぼての制作を、ケンタくんは放課後ひとり残ってする。
大学受験。ケンタくんは受けた大学がみんな不合格。でも平気。体育祭の準備を手伝ってくれなかったクラスの男子のほとんども不合格。
一浪後、ケンタくんは大学に入る。
後に作家になった40代前半のケンタくんは、ひとりぼっちで信念を
貫いた高校三年生の自分が、バカじゃなかったという決定的確証を得る。
この確証のエピソードは、『ああでもなくこうでもなく』(2000)第二十二回「淀川さんさようなら」に既出。
本文より・・・
ケンタくんは、遠い昔の自分に向かって、「よかったな、おまえはバカじゃなかったんだぞ」と声に出さずに言いました。(中略)遠い未来で、大人になったケンタくんは、また昔の自分に言いました。「だいじょうぶだから、そのまま歩いて来いよ」(以上、本文より)
自分の過去の傷に拘泥する必要はない、未来にたどり着いてから過去の心細い自分へ招待状を書けばいいのだ、という『シンデレラボーイ・シンデレラガール』(1981)のテーマが再び。