ちゃんと話すための敬語の本2005
現代の敬語は、人と人との間に適切な距離をとり、自分がちゃんと生きてゆくために必要なのである。
【内容紹介】
本書の内容は、オミカンヒメの整理するところ、三つ。
本書は第一に、敬語の難しさの理由を、明快に説明する。すなわち、敬語は「身分」
「人のランクづけ」があった時代に作られた。しかし、現代にはそういうものがないた
め、敬語の使い方が非常に難しくなってしまった、と。
本文よりー敬語というのは、古い時代の言葉なんです。だから、これをちゃんと正しく
使いすぎると、時代劇になってしまうのです。「正しく使い過ぎると時代劇になる。だから
いいかげんにテキトーに使え」というのが現代の敬語なんです。「いいかげんであるほうが
正しい」(中略)からこそ、敬語はとてもむずかしいのです。
(中略)大人の社会はいまでもまだ「ランクづけのあるえらい人の世界」の痕跡を残してい
ます。だから(中略)「敬語が乱れている」と怒る人はいます。でも、(中略)「社会の決め
た“えらい人”のランクに入っている人は尊敬しなければならない」という考え方は、もう
古くて、成り立たなくなっています。ところが、そのことをよくわかっている人は、そんなに
いないのです。(中略)たとえば、「学歴」をしつこく問題にする人は、今でもいます。そういう人にとっては(中略)「大学を出た人」が「身分のある人」で、「大学を出ていない人」が「身分のない人」だと、そんなふうに考えているのです。そして、「大学を出た」ということになると
「どこの大学を出たのか?」と大学の偏差値を問題にします。「日本人は“身分のある人”と
“身分のない人”に分かれて、“身分のある人”の中には細かいランクづけがある」という考
え方は、今でもまだそのようにして生きているのです。
(中略)半分「しょうがねェなァ」と思いながらも、昔の人は(中略)敬語を使っていたの
です。別に「尊敬していたから」ではありません。
(中略)どうして「年上の人」はえらいのでしょう?(中略)インターネットも本もない時代に
は、「生きて経験を積む」ということ以外に、生きる方法を知ることはできなかったのです。
第二に、敬語の難しさを含む日本語の難しさを、めんどうなものとして否定しない。
肯定的に捉えて、日本語の豊かさを指摘する。
本文よりー日本語には、英語の「YOU」にあたる「どんな相手にも仕えるニ人称の代名詞」
がありません。だから人と話をする時は、「この人をなんと呼べばいいんだろう?」といつもそのたんびに考えなければなりません。(中略)つまり、日本語にはそれだけの選択の余地があるのです。
第三に、現代における敬語についての指南。すなわち、現代でもやはり敬語は必要で
ある。だがしかし、主に必要とされる敬語は、かつてとは非常に違って、尊敬・謙譲の
敬語でなく、丁寧の敬語である。そして、丁寧の敬語は、人と人との間の適切な距離を取る
ためにある。
本文よりー「丁寧の敬語」(中略)は、江戸時代になって本格的に発展します。(中略)
江戸時代は「身分のない町人たちの文化が盛んになった時代」だからです。
タメ口は「ひとりごとの言葉」でもあります。(中略)敬語を知らなくて、タメ口しか
使えなかったら、あなたは知らないあいだに、「他人を無視してひとりごとを言っているだ
けの人」になってしまうのです。
世の中の(中略)人たちとの間には、それぞれ「いろんな距離」があるのです。だから、
そういう世の中でちゃんと生きていって、自分の考えを伝えるためには、(中略)「敬語」
というものを知っておく必要があるのです。
たとえば(中略)あなたは一人で道を歩いています。(中略)全然知らない人が近づ
いてきて(中略)いきなり声をかけます。「何してるの?一人なの?一緒にどっか行かな
い?」(中略)あなたは(中略)「え?」とか、「なァに?」とか、「やだ」とか言うかも知
れません。(中略)それはとても危険なことです。(中略)見知らぬ人からいきなりタメ
口で声をかけられたら、「なんですか?」と答えなければなりません。(中略)丁寧の敬
語は、「あなたと私の間には距離がある」(中略)「近くに来るな」(中略)という警戒
警報の意味さえも持っているのです。
【マニアのひとりごと】
よく練られた、世のためになる本。橋本治マニアの私にはやや物足りない。