三日月物語1996

【内容紹介】
 平安時代。左大臣家の末娘・葉桜の姫君は、東宮の女御に入内を予定されていたが、右大臣の庶子・徹と恋に落ちた。二人の仲は正式に認められる。しかし、この経緯により東宮は徹を憎むようになり、新帝の即位後、徹は宮仕えに心労が絶えない。徹は身分劣る女たちに慰めを求め、葉桜の姫君には夜離れの日々が続く。
 そんなある日、徹に若き叔父・逸駒が現れ、葉桜の姫君をさらって匿う。徹は妻たる葉桜の姫君を探し出し連れ戻したが、葉桜の姫君は野性的な逸駒に惹かれていた。逸駒と葉桜の姫君は都をひそかに落ちのび、逸駒の故郷・東(あずま)の国へ向かう。が、道中、早駒は盗賊に殺されてしまう。
 放浪する葉桜の姫君は、伊勢の長者の使用人に拾われ、長者の邸の女房にされる。逸駒の死の悲しみで言葉を失った葉桜の姫君は、月満ちて男女の双子を産み、長者の末娘の乳母になり、琵琶の名手である物言わずの乳母」と呼ばれるようになる。
 伊勢の地で幼な子たちを養育するうちに葉桜の姫君の心は癒されていき、やがて声を取り戻す。幼な子たちと共に海岸を散策する葉桜の姫君を、新任の伊勢の国の守が見初め、葉桜の姫君は双子を連れて国の庁の館へ移るのだった。

【考察】
 葉桜の姫君には平安文学のあらゆるヒロインの要素がぎゅうぎゅう詰めである。中でも『夜半の寝覚め』の寝覚めの上と、『源氏物語』の浮舟の要素が大きいと思う。琵琶を奏でる幻想的に美しい姫君が、試練に鍛えられて、逞しい女性・母へ育つ点は、寝覚めの上と似ている。放浪する点は、浮舟と似ている。
 しかし、葉桜の姫君の最大のモデルは、美智子皇后かもしれない。美智子皇后も葉桜の姫君も、深い悲しみによって一時的に言葉を失ってしまうからだ。
 平成5年(1993年)、自民党の一党独裁が終った年のことである。マスコミによる皇后バッシングに悩まされた美智子皇后は、急病で倒れ、言葉を失った。原因は"深い悲しみ"だった。
 この経緯は橋本治の『浮上せよと活字は言う』にも詳しい。
 その後数ヶ月間、美智子皇后は公務を減らされ、静養する。静養中の美智子皇后の姿は時々テレビに映った。その表情は、公務に多忙だった時よりも、安らいで見えた。数ヶ月後、美智子皇后は言葉を取り戻す。そして「言葉を失うという経験は自分自身にとってもまったく意外だった」旨を語ったのだった。そう、葉桜の姫君が口をきこうとしてきけなかったのと同じように。
 『三日月物語』の連載開始は、平成6年(1994年)である。

 毎日新聞日曜版連載中の副題は、オミカンヒメの記憶によると”雅な恋絵巻” であった。
 その前年に『窯変源氏物語』を完結させていた橋本治は、平安時代とは、女の住居に侵入し女を強姦することが犯罪として成り立たたず、雅な恋の出来事とされてしまう時代だったと分析していた。この『三日月物語』は、そのような時代にそのような目に遭ってしまった女が、真実の恋にたどり着くまでのさすらいの物語である。
 そして、どんな残酷も美学にすれば美学になることを実験した、野心作でもある。

【感想】
 平安文学を読むと、女というものが、無限に不幸になりうる弱い生き物であることが、身に沁みる。反対に、女というものが、些細な事で心が慰められる原始的な生き物であることも。




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