秋夜小論集1994
自分がいつ生まれたか自分がいつ死ぬのか、それがなんだというのだろう?人はその意識のなかで、風のようにいつのまにか生まれ、いつのまにか死んでいる。
【内容紹介】
格調高い雑文集。『窯変源氏物語』完結の約1〜2年後に書かれた雑文が中心。
平安文学の美を征服した橋本治が、現代日本へ戻ってきた。平安時代へ旅立つ前の大胆さはそのままに、その上に、日本の洗練を備えて。源氏物語をはじめとして、戦記・講談・歌舞伎・時代劇・江戸の町人文化・日本画など、日本の文化を面白く教えてくれる。
また、作家論も充実している。山田風太郎の品格。久生十蘭の残酷。三島由紀夫の説明の多さが照らし出す、彼の生きた時代の読者達の無知。「遂に出会えた最も懐かしいもの」のように「死」と向き合ってガス管をくわえた川端康成。文壇でのいじめによって自殺へ追いやられた美男・芥川龍之介。
【感想】
意識を持ってしまった生き物、人間。人間の苦悩や命は重苦しいが、破綻や死はあっけなく訪れる。この、人間という生物の不条理を受け容れるために、人は人を風にたとえてきた。形に残らないが、確かに身に触れた暖かく優しい風。人は、共に生きた人と別れた苦痛を受け容れ、思い出を抱きしめるために、「あの人は風だった」と言ったのだろう。自分自身もいずれは同じく、風となる身であることを思いながら。
人は風。この古典的な比喩を、本書で、生きた人間の自己解放のために、歌い直した。生きることは風に乗せて自分のメロディーを歌うことある、と。
本文より・・・
「人の誕生の日時と死亡の日時は(中略)明かに確定出来る。でも、それがその当人にとって、なんだというのだろう?誕生の日時を確認するのは、当人ではない。死亡の日時を確認するのも。人はその意識のなかで、いつの間にか生まれて、いつのまにか死んでいる。風がいつの間にか音を立てて(中略)いるように。」「生きるということは歌うこと」。「風はやんで、そしてそこに大気がある限り、風というものは再び生まれる。(中略)生まれた歌は、新しい“人”という新鮮な別の音色を持つ“生きた楽器”に働きかけて、消えてしまったメロディーを含む風は、更にまた新しい歌を生む。」「風になって消えて行く為、僕は進んで歌になる。」