双調平家物語4巻1999

 聖武天皇を巡るエピソードが、周知のものと未知のものとに極端に分かれる。
 聖武天皇が仏教の力で国を守ろうとしたことは歴史に名高い。しかし、聖武天皇が行った多くの愚策は理解しにくい。
 たとえば、聖武天皇の御世に発せられた墾田永世私有令は名高い。橋本治は、土地の私有が日本という国家の最大のネックだと主張している。なぜ土地の私有というものが起こってしまったかの歴史的分析が、本巻でなされる。その分析は、農業というものの不安定さ、国家運営というものの難しさ、人間の私欲、聖武天皇の無知、などを縦断した多面的なもの。勉強不足のせいか、私にはあまり理解できない。
 ともあれ、両親との縁が薄く、学問に造詣の深い聖武天皇。信じる人を得られず、精神不安のため仏教に傾倒してゆく。その姿は、平成7年に日本を震撼させた犯罪カルト教団・オウム真理教にはまりこんでいった高学歴エリートたちを連想させる。
 

 さて、藤原氏は権勢の家系だが、謀反人の家系でもある。
 第4巻で、天皇に対する謀反人となる者は3名。内2名が藤原不比等の孫である。
 まずは、藤原広嗣の乱。憂国のスローガンを掲げて、その結果、謀反人とされた彼は叫ぶ。「我は謀反人ではない!大忠臣である!」
 本質論や理想論を大声で叫ぶ人間が、実は自分個人の欲求不満を原動力にしていたりする。その危うさを普遍の真理として伝えてくる、広嗣の乱。
 次は、橘諸兄(光明皇后の異父兄)の嫡男・橘奈良麻呂の乱。橘奈良麻呂は藤原不比等の外孫。橘奈良麻呂の反乱の動機は、当時の政治体制と人間関係だけでは説明できないものとして描かれる。“息子であることをやめないままで父に反抗しようとする息子”だの“鬱屈しているゆえに理由は何でもいいからとにかく拳を振り上げたがる若者”だの“自分の既得権は手放さないままで憂国の志を振りまわす、トウの立った若者”といった普遍の人間心理も、動機の中に盛り込まれている。
 藤原広嗣と橘奈良麻呂については、まるで全共闘について読んでいるように疲労した。思えば橋本治は、全共闘が嫌いな全共闘世代であった。


【誤植?】
 117ページ誤植「異腹」は「異父」の誤りか?




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