双調平家物語5巻1999
【スポット要約】
怪僧を愛した女帝。1300年の昔の「女のマザコン」「優等生女の悲劇」の生涯。
藤原氏の栄華の後は、「父と息子の愛憎」の前奏曲。藤原氏の勢威を滅ぼした名君・後三条天皇が未熟な父、愛されぬ息子は暴君・白河天皇。
【内容紹介】
双調平家物語(2005年現在12巻まで刊行)の中で、私はこの第5巻と次の第6巻が傑作だと思う。まだ完結していない物語の中から傑作の巻を選ぶのは失当だと思うが、第5巻は「女のマザコン」「未熟な父と不安定な息子」という現代的なテーマであるため、本巻は独立した小説として読める。
序盤は、古代史最後の女帝・孝謙女帝(称徳天皇)の生涯。
本巻を読むに、我が国で女帝の制が忌避されてるようになった理由は、孝謙女帝であろう。
聖武天皇の娘・孝謙女帝は、藤原氏である母后(光明皇太后)の希望により、日本史上初の女性の東宮となる。学問専一で聡明な女帝は、淳仁天皇への譲位後、母后の死によって心の支えを失い、怪僧・道鏡を寵愛する。これを淳仁天皇と藤原仲麻呂が批判すると、上皇は、天皇の実権を奪って藤原仲麻呂の乱を招き、淳仁天皇を廃し、再即位する。道鏡への譲位を望む女帝は、異母姉妹の内親王達を遠ざけ、東宮候補の王達を罪に落とす。が結局、道鏡への譲位を断念し、東宮を定めないまま崩御する。
橋本治は、『’89』(1990)の「女のマザコン」美空ひばりと同じく、孝謙女帝も「女のマザコン」の悲劇として描いた。母の死によって抑圧を解かれた後、権力の座にしがみつき、邪恋と宗教に狂う生涯。男たちは女の権力者を引きずり下ろせず、彼女の崩御でホッとする。
余談だが、孝謙女帝と道鏡の恋愛について、坂口安吾『道鏡』との相違に述べておく。
共通するのは、孝謙女帝が両親の死後、急速に「女」になっていく点。天武天皇系の皇統を、女帝達は女としての自由意志を殺して守り続けた。しかし、その流れが、女としての自由意志を持ってしまった孝謙女帝によってピリオドを打つ、という視点。
異なるのは、坂口安吾の道鏡が、ごく純朴な人物である点。女帝を熱愛し、藤原氏の謀略によって位打ちのように優遇され、女帝の死後は進んで隠遁生活に入る。
中盤。
孝謙女帝の崩御によって天武天皇系の皇統は衰退し、皇位は天智天皇系の男子へ移る。しかし孝謙女帝の異母姉妹の内親王達が謀反を起こし、やがて女禍は藤原の女達に移る。
女禍のなか藤原京家・南家・式家が衰退し、残る藤原北家の男達は、娘を用いて天皇の外祖父となり、摂関政治を始める。藤原氏の栄華は、日本社会のファザコン構造の原点。
終盤。
210余年の藤原氏の勢威も滅ぶ。内親王腹の後三条天皇が即位し、藤原氏の経済的基盤を崩すため、荘園整理令を出したのだった。
しかし、名君・後三条天皇は、父としては未熟であった。晩年に生まれた第二皇子・第三皇子を偏愛する。愛されぬ長子・白河天皇は、父上皇を敬愛し、その遺詔に従おうとするが・・・
長大なる「父子相克」組曲の、序奏(プレリュード)。
【感想】
双調平家物語(現在12巻まで刊行)の中で、私が熟読したのは、この第5巻と第6巻である。特に、第5巻の巻末60ページほどに夢中になった。藤原道長から後三条天皇までの時間が、まるでワーグナーの楽劇のように流れる。楽劇の気に入りの箇所をCDで繰り返し聴くように、第5巻の巻末を繰り返し読んだ。
本巻は、新しいテーマ・日本の「父と息子の対立」をスタートさせる。父と息子の骨肉の争いは、第6巻以降、天皇家・藤原氏・平氏・源氏へと延焼してゆく。