双調平家物語7巻2000
【内容紹介】
橋本治自身の表現を借りれば、第7巻は人と歴史がゴチャゴチャと動く、ベルトルッチ映画
に似ている。
保元の乱の直前期。保元の乱への道程。貴族社会の整然たる秩序が崩れゆくプロセス。腐敗直前の果実のような爛熟の輝き。
爛熟の主旋律は三人の男たち、副旋律は二人の女たち。
一人目の男は鳥羽天皇。院政を始めた白河天皇(法皇)の孫である。
帝と女を共有するプラン。源氏物語の光源氏は、養女に手をつけたくなったが、彼女を日陰者にはしたくなかった。そこで、光源氏は、養女を帝に差出し、里帰りの彼女を寵愛することを考えた。
この光源氏の思惑は、養女が入内直前に別の男に奪われたため、実現しなかった。実現してしまったのが、白河法皇である。
白河法皇はお手つきの養女を、なんと孫の鳥羽天皇に、中宮として押しつけた。そればかりか、中宮璋子(たまこ)を白河法皇は寵愛し続け、男御子(崇徳天皇)が誕生した。17歳の鳥羽天皇は叔父を第一皇子として押しつけられ、20歳で退位を迫られた。
鳥羽上皇は、白河法皇の存命中は、この偉大なる祖父の意志に従った。ちょうど、
若き日の白河法皇が父・後三条天皇を絶対視し盲従したように。鳥羽上皇は祖父の
お下がりの璋子(待賢院)との間に5人ないし6人の皇子皇女を儲ける。
やがて白河法皇が崩御。祖父の死によって抑圧を解かれた鳥羽天皇は、璋子を捨
て、男色と若い女に走る。そして、祖父の有り方に倣い、上皇として実権を奮い、
“叔父子”である崇徳天皇に退位を迫るのだった。
15歳の心優しい少年王は、璋子の美しさに魅せられ、祖父の横暴に耐え、祖父の死を待ち忍びながら、思慮深い権力者へと成長していく。
鳥羽天皇の主旋律と同時進行で流れる副旋律は、二人の女。前半の副旋律は、待賢院璋子。
璋子は、白河法皇の養女にして愛妾で、その孫・鳥羽天皇の中宮。絶世の美貌により祖父と孫両者の寵を得て、崇徳天皇と後白河天皇の生母となる。
璋子はエミール・ゾラのヒロイン・高等娼婦ナナのように、暴君の褥から飛び立ち、皇統をかき乱し、藤原氏の頂点である摂関家を揺るがす。それは、彼女の生家・藤原氏閑院流のための復讐劇でもあろうか。
やがて彼女もナナのように疱瘡で美貌を失うが、彼女の血は後白河天皇を通して脈々と流れ、貴族社会を腐蝕させ解体していく。
毒々しいまでに華やかな副旋律が消え、うってかわって、地味な副旋律。後半の副旋律は藤原得子(なりこ)(=美福門院)である。橋本治の造型した得子は、若さと慎ましさだけで寵愛を得た平凡な女である。橋本治は、璋子と得子を好対照に描いた。
二人目の男は藤原忠実。藤原氏の長であるこの関白は、鳥羽上皇を重んじ崇徳天皇を軽んじ、また、長男を愛さず次男を偏愛する。よって、藤原忠実は我知らず、上皇対天皇、兄対弟の対立を煽り、自身の所属する貴族社会の没落を促してしまったのである。
十代の藤原忠実は大恋愛に憧れて源氏物語の夕霧を自称し、白河上皇が捨てた寵妃に恋をし、これを終生正妻として遇する。しかし、この誰よりも愛した妻・源師子から誕生した長男・藤原忠通とは骨肉相食むこととなる。長男との不仲が、藤原忠実を老獪な隠居へと変貌させてゆく。藤原氏のトップでありながら、人間臭い出家者・藤原忠実を、橋本治は特に愛しているようだ。第6巻から第11巻までの随所で「藤原忠実の旋律」がひっそりと流れる。
三人目の男は藤原頼長。藤原忠実の妾腹の次男で、異母兄・藤原忠通と関白の座を争って破れ、保元の乱で戦死する。学才には優れているが、狂暴な人物。その不安定な性格ゆえに「悪左府」と称された左大臣である。藤原頼長の三十七年の生涯は、自負心が陥穽となって自滅してゆく「優等生の悲劇の物語」である。橋本治が下敷きにしたのは、おそらく、手塚治虫『きりひと賛歌』や『アドルフに告ぐ』などに見られる「優等生の変貌」であろう。また、藤原頼長には、『窯変源氏物語』第9巻の柏木の面影もある。
【感想】
オミカンヒメが第7巻で一番好きなのは、政局から取り残されかかってぼんやりとする左大臣・藤原頼長を、父・藤原忠実の使者である源成雅が訪問するシーンである。
美貌の源成雅は、藤原忠実の男寵を得て、よって藤原頼長に嫉妬されて官を剥奪された過去を持つ。その源成雅が今や官に復して、かつて自分を逐った左大臣のもとへ、その老父からの文を託されてやってくる。
このシーンは一行一行に感動してしまう。
驕慢だった美貌の源成雅が、今では別人のような落ち着きを顔に宿し、「宇治なる禅閤(御父上)は左府(あなた)を心配していらっしゃいます」と伝える、その成長振り。それを受けて藤原頼長も素直になる。「少将殿(源成雅)は(かつてあなたを逐った)私を恨んでおいでではないのか?」すると、源成雅にも藤原頼長の心情が移り、「左府はいまだに私を憎んでいるのだろうか?」と怯える。が、源成雅は、藤原忠実の言「左府が何を思おうと、過去は過去。うかつに人を憎む、その悪弊が左府の現在の窮状を招いた」を思い出し勇気を出して「お恨みなどとんでもない」と泣く。
藤原頼長が源成雅と和解し抱き合うくだりは、しんみりする。父の元から訪れた父の愛人を抱きしめて、藤原頼長は、ひとときやすらう。このシーンは、悪左府・藤原頼長が辿ったのとは別の、もうひとつの平穏な人生時間の流れである。
【少女漫画的な雑感】
男色、男色、男色のオンパレードで、サド公爵の『ソドムの市』も顔負け。史実はやおい小説よりも奇なり。やおい趣味のオミカンヒメも、さすがに降参しました。
しかしオミカンヒメは後に、男色の栄えが貴族社会の崩壊を象徴していたことを、『院政の日本人』で知ることとなる。