窯変源氏物語14巻1993
 宇治十帖編に入ってから窯変源氏物語は、大和和紀による漫画化『あさきゆめみし』に追いついてきた。そして、なんと、『あさきゆめみし』よりも先に完結してしまったのだ。1ヶ月か2ヶ月のタッチの差だった。浮舟の孤独を強調した『あさきゆめみし』の最終回に、橋本治愛読者の私はどうしても窯変の影響を見てしまうのだった。

 本巻は、犯されてひとり月明かりの下にポツネンと漂う女・浮舟の心理描写が圧巻である。受験生の深夜の孤独感にも通じる、浮舟の独白。
 往々にして女のモノローグは聞こえよがしの愚痴だったりする。なんであんな学校や会社に入っちゃったんだろう、だの、なんであんな男と付き合ったりしたんだろう、だの。
 しかし、橋本治の浮舟のモノローグは違う。浮舟はただただ自問するのだ。なぜ私は父宮に認知されなかったのか。なぜ私は薫から逃げたのか。浮舟は自身の存在の根幹を揺るがす疑問を、自身に突きつけてゆく。
 過保護な母や、恋仲の男たちと共にあったころには、可憐な美女を演じることが第一の任務であった。自身の存在の根幹を疑問視することは、自分を求める者たちを拒絶することになりかねないので、それは禁忌だった。
 自殺未遂を経た浮舟は、その苦痛に鍛えられカタルシスを得たので、人に背くことも自分自身の存在の無意味を考えることも恐れない。浮舟は自身を他人のように見据え、また、自分の悲しみに没頭して泣き明かす。この、客観と主観の間を行き来する浮舟のダイナミズムに、読者は自分の心を重ねるだろう。

 また、浮舟と大君の対照が鮮やかだ。異母姉の大君は、宇治の山荘が全世界で、姫宮としての誇りが強く、乙女のままだったので、観念過剰でやや傲慢だった。これに対して、東国・都・宇治・小野を転々とし、父宮に認知されず、恋に身を焦がした浮舟は純真で謙虚だ。浮舟の可憐さは、大君の息苦しさを拭い去る。

 (それにしても、窯変とは関係のない疑問だが、浮舟や大君にとりついた物の怪の正体はなんだろう。生前は身分の高い僧だったが、女性への執着が残って死霊になったという男。六条御息所の男版ともいえるが、六条御息所は関係のあった光源氏に災いをなす分、まだ理解できる。しかし、この僧は自分と関係もない美女達にとりつくので、ストーカーのように気味が悪い。また、この僧は八の宮とも共通点があるので、正体が八の宮にも思われ、そうなると憑依は近親相姦になり、ますます襟首が寒くなる。おまけの話でした)

 本巻のラストはまたまた紫式部の一人称である。物語を書き終えた紫式部は物語世界を出て、現実を生きようとする。千年後の女たちへ語りかけながら。
 この希望にあふれたラストは、まことに、前人未踏の超大作・『窯変源氏物語』の締めくくりにふさわしい。
 



橋本治愛読エンサイクロペディアトップページへ