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気の実験(あと書き)
2010.5.5
命の見えない次元を体感する気の実験は一応終了しました。 私が自分の感覚から培った自分自身の言葉で表現しましたので、他者から観て分かり易いかどうかは、私自身では分かりませんので、内容については今後、修正を繰り返すことになるかもしれませんが、私が伝えたかったことの主要な事柄は盛り込まれていると思います。 私は”霊感おやじ”という自称名が示すように、霊的な事象に関わり続けてきました。 私が活動から得た結論は、霊的な事象を解決するために必要なことは、見える、あるいは感じられる霊的な事象にこだわってはいけないということです。 実験−2でも書いたように、命(気)は実在のモノではなく、我々の存在の根源のもつ”ゆらぎ”そのものだと私は感じています。そして、そのゆらぎの内に調和点を感得することが重要であり、そうした調和した魂(命あるいは気と呼んでも良い)を、私は「開いた魂」と呼んできました。 私が関わってきた鎮魂という、未成仏霊魂を行くべき次元に導く行為にはその「開いた魂」が必要なのです。 実験という言葉を使いましたが、もちろんこれによって気という見えない次元の何かが証明されたわけではありません。老子も言うように、気は定義できるなにものかではなく、無限の多様性を受け容れる意識をもってこそ感じられるものだからです。 物質や肉体に物理的に働きかける超能力的な目に見える結果を追及することは、むしろ見えない気の本来のゆらぎという働きを、”調和”から遠い位置に引きずり降ろして固定させようとすることです。 実験には気の不調和点を修正するという行為もありましたが、気の調和のみが即時に病気治癒に結びつくわけではありません。しかし命の調和を知ることが、自然体で生きることの第一歩であると思いますし、それこそが身体の調和を得る基本だと思います。
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