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諸葛孔明から盗み取る |


p207~209

---青・徐の驕児が、われらの郷土を踏みにじろうとしている!
 全軍を前にして、周瑜は叫んだ。

---中略---

諸君、諸君の妻、諸君の姉、妹、いや、諸君の母親でさえ、青・徐の獣兵たちに暴行されるかもしれないのだ。われらは、どんなことがあっても、彼らを粉砕しなければならない!
 全員が水を打ったように静まりかえっていたが、やがて怒濤のような雄叫びの声があがった。
 夏口の司令部のなかで、諸葛孔明は劉備と対座していた。孔明は周瑜より一日遅れて樊口に着き、そこから劉備とともに夏口にやってきたのである。
「声涙ともにくだる大演説だな」
 劉備はそう言って、べろりと舌をだした。いまだに庶民の生地がのぞいて、行儀はよくならない。
「あの顔だから効果があるのです」
と、孔明は言った。
「あの顔とは?」
「周郎と呼ばれる優さ男。美しい顔をしているでしょう、彼は。そんな美男があのような悲愴な演説をするので、みんなが興奮するのです。奮い起つのです」
「あれが美しい顔か」吐き捨てるように劉備は言った。---「我が諸葛孔明のほうが、よほどりっぱな顔をしているわ」
「話を戻しましょう」
 孔明は卓上の紙に目をやった。
「すこし早すぎるように思うが」
 劉備はあまり気が進まないようだった。
「準備であります。準備はどんなに早くしても、早すぎることはございません」
 と、孔明は言った。
 彼は早くも先後の方針を検討していたのである。
「そうだな。・・・・・・」
 劉備はあっさりと納得した。
 彼が三顧の礼を尽くして孔明を迎えたのは、自分に欠けているところを、男びなってもらうためであった。劉備は目前のことについて、神経を集中することはできた。だが、長期の展望はにが手であった。不得手というよりは、はじめからしようとしたことがないのだ。いま、曹操軍と戦って、かならずしも勝てるとはかぎらない。兵数についていえば、曹操軍のほうが圧倒的に多い。負ける公算のほうが大きいといわねばならない。
「しかし、孔明がここに書いたのは、勝ったあとのことだが、負けたらどうするのか? こんなことを考えてもどうにもならないじゃないか」
 卓のほうに身をのり出しながらも、劉備はそう言った。
「負けたあとのことも考えています。それは・・・・・・」
 孔明は書類函のなかから数枚の紙を抜き出して、
「これですが、あとで検討しましょう。さまざまな場合を考えて、一つ一つ吟味するのですが、景気のよい話からはじめるのです。勝ったあと・・・・・・」
「わかった、わかった」
 劉備は首をすくめた。
 戦勝後の基本方針の検討を、さきほどからやりかけていたのである。
 孫権との同盟を続ける。---これが基礎であった。
 だが、そのためには、戦勝後の分け前はかなり遠慮しなければならない。
 ---遠きを取る。
 長江沿岸の肥沃で人口の多い地域は、孫権軍営に取られるのはやむをえない。その地域に若干の拠点を確保するのは望ましいが、長沙、桂陽、零陵など辺境諸群を手に入れるべきである。・・・・・・
「諸群にはあるじがいるではないか。長沙には韓玄、桂陽には趙範・・・・・・、零陵は劉度だ。」
 と、劉備は言った。
「切り取るのです」
 孔明はきっぱりと言った。
「ほう、なかなか威勢がいいのう。・・・・・・は、は、こんな話なら退屈はしない」
 劉備は身をそらした。
 孔明は籌をとって、卓上の紙のうえを指した。だが、劉備は風に乗って流れてくる周瑜の訓辞に気を取られていた。

(周瑜の民衆心理を的確に把握した演説と、孔明の用意周到さ、劉備の君子の威がよく顕れています。戦に望んでは、あらゆる策を講じたうえで過信せず、負けた時の身の振り方もあらかじめ幾通りか考えておく。負けたときの事から論じると気が重くなって可も不可とするような空気になるので、まずは景気のよい話から始めて建設的な思考の流れを作る。細かいところまで、非常によく考えられていますね。準備はどんなに早くしても早すぎることはないなど、これらのノウハウは、現代のディベートにおいても利用の幅は広いはずです。)

p213~

(曹操から)内応の誘いをうけた黄蓋は、そのことをすぐに周瑜に告げた。周瑜が賛軍校尉の魯粛に相談したのはいうまでもない。これをどうするかは、参謀に判断を仰がねばならない。
 ---好機である。
 と、魯粛は判断した。「佯降」によって、勝利の契機をつかもうというのである。周瑜もそれに賛成したが、
「曹操のことだから、佯降にたいする警戒も怠らないであろう。あの老賊、一筋縄では行かんぞ」
 と、つけ加えた。
 魯粛は周瑜と別れたあと、劉備の営舎に馬を走らせた。孔明に会いに行くのである。
「佯降作戦ですか」
 孔明は魯粛の顔をみると、いきなりそう言った。魯粛はそれをきいて、一瞬、蒼ざめた。黄蓋は曹操の誘いを、極秘にして、幕僚の誰にもしらせていないと言った。それなのに、孔明は知っているのだ。孔明が知っているということは、ほかにももれたおそれがあることを意味する。
「ご安心ください」と、孔明は微笑をうかべて言った。---「私は曹操の身辺から、このことを知ったのです。我が陣営では、ほかに知る者はいないでしょう」
「驚いた。・・・・・・」
 魯粛は額の汗を拭いた。
 曹操の身辺まで孔明の情報探索の触角がのびているのは、徐季の浮屠集団の線に頼ってのことであった。彼らのなかには、死体の処理をする人たちもいた。疫病で斃れた将兵の数は、あるいは曹操よりも孔明のほうが正確に知っているかもしれない。
 死体の山のそばで、曹操軍の首脳たちが、
 ---どうなることやら。明日は我が身かもしれぬ。いつになったら戦さは終わるのか?
 ---いますこしの辛抱ぞ。丞相には必勝の妙案がおありだ。
 ---それならばよいが。・・・・・・
 ---これは大きな声では言えぬが、丞相は東呉陣営の奥深く、鋭い楔を打ち込まれている。・・・・・・ひょいと引っ張ると・・・・・・、ふ、ふ・・・・・・相手の陣営はひっくりかえる。戦さはもうそれで終わりじゃ。・・・・・・
 ---まことかな?
 ---まことじゃ。誰にも申すな。・・・・・・じつはな、その楔とは、敵の有力将軍が降ることじゃ。・・・・・・いや、いや、その将軍の名を言うわけにはいかんが、・・・・・・零陵の男じゃよ。・・・・・・いや、いや、わしはなにも申しはしなかったぞ。・・・・・・ふ、ふ、ふ・・・・・・
 といったやりとりをしていたという。彼らにとって、死体の埋葬にかり出されている人たちに格別の注意を払う必要はないのだった。そのあたりの草や木とおなじようにおもっていた。だが、そのなかに、人間としてもっとも繊細な感情を持つ信仰者がいたのである。彼らには教団の指導者がいて、それを通じて、孔明に情報が流れてくる。孔明は人間として信頼され、俗世をよりよいすがたにするために努力していると認められている。
 魯粛は驚いたというだけで、孔明にその情報の出所をきくような野暮なことはしなかった。荊州から柴桑まで行動をともにした魯粛は、孔明の人間に傾倒したのである。だから、こうして相談に来たのだ。
「佯降を気づかれると、公覆の命が危ない」
 と、魯粛は言った。
「曹公はもちろん佯降ではないかと疑うでしょう。けれども、烏林の陣営は誰もが、ほんとうの内応であれかし、と祈るような気持ちでいるはずです」
「それで?」
「時間はあまりありませんが、公覆どのが東呉陣営で孤立し、あまつさえ辱めをうけたといった話を、相手の耳にはいるように伝えることです」
「噂ですね」
「ただの噂以上の話に仕立てなければなりません」
「孔明どのには、おできになりますね?」
「できるだけやってみましょう」
 孔明はそう言って、ていねいに、深くうなずいた。魯粛はそれ以上なにをすることもないのである。
「この同盟、いつまでもつづき、私たちの関係も、このまま変わらないことを、心から願っていますよ」
 魯粛はそう言って席を立った。
 さきほどから、急に雨が降りだし、それがしだいにはげしくなった。
「よい塩梅に」
孔明は呟いた。
「この雨が?」
 魯粛はそう訊いたが、孔明が軽くうなずいたのをみて、それ以上なにも言わなかった。

(赤壁の戦いにむけて、裏のかき合いが展開する場面です。孔明の神懸かり的な才能を支えたタネが、ここに明かされていますね。浮屠という仏教集団の情報伝達速度はとてつもなく速かったらしく、孔明は彼らの心をつかんでいたのです。人数が途方もなかったのでしょう。そして、その情報の信憑性を、魯粛にカマをかけて顔色から判断するというかたちで確認します。そして、謀略の士・曹操の裏をかくための読み合い。これほどおもしろく、学ぶべき点のおおい作品が他にあるでしょうか。)

誡子書

夫君子之行、静以修身、倹以養徳。 非澹泊無以明志、非寧静無以致遠。 夫学須静也、才須学也。非学無以広才、非志無以成学。 滔慢則不能励精、険躁則不能治性。 年与時馳、意与日去、遂成枯落、多不接世。 悲窮盧守、将復何及。

それ君子の行ひは、静以て身を修め、倹以て徳を養ふ。 澹泊にあらざれば、以て志を明らかにすることなく、 寧静にあらざれば、以て遠きを致すことなし。 それ学は須く静なるべく、才は須く学ぶべし。 学ぶにあらざれば、以て才を広むるなく、志あるにあらざれば以て学を成すなし。 滔慢なれば則ち精を励ますこと能はず、険躁なれば則ち性を治むること能はず。 年は時と与に馳せ、意は日と与に去り、遂に枯落を成し、多く世に接せず。 窮盧を悲しみ守るも、将た復た何ぞ及ばん。

人の上に立つ者となるべき行いは、じっくりと構えて自分を練磨し、何事にもよらず控えめに振舞い、人の模範となる行動を身につけることである。 無欲でなければ、大志を抱き続けることはできないし、 また、じっくり構えなければ、大きな仕事は成し遂げられないものだ。 じっくり構えるだけで、自分を磨く努力を怠ったのでは、能力を高めることもできないし、 大志を失ったのでは、自分を磨く努力を継続できない。 人を見下す気持ちがあったのでは、自分を奮い立たせることもできないし、 心に落ち着きが無ければ、性格も浮ついてくる。 時が経つのは早く、あっという間に歳をとる。 それとともに気力・体力ともに衰えて、世の中の関わりも少なくなっていく。 そうなってから慌てても、どうにもならない。

 もし君が「いつか人の先に立って大仕事をこなしたい」という大志を抱いたなら、私は君のために次のように助言するでしょう。
 人の上に立つ者となるための日常的な行いは、じっくりと構えて自分を練磨し、何事にもよらず控えめに振舞い、人の模範となる行動を身につけることですよ。(怠惰的にゴロゴロしていて、浮ついて暴れて自分を制御できず、悪い手本ばかりしているような人間が人の上に立てば、下の人に軽んじられて捨てられる結果となりますよ。)
 無欲でなければ、大志を抱き続けることはできないし、(大志は万民の利益だから、我欲があると利他はできない) また、じっくり構えていなければ、大きな仕事は成し遂げられないものだ(急ぐにしてもじっくり構え、機敏に振る舞うべきである)。 じっくり構えるだけで、自分を磨く努力を怠ったのでは、能力を高めることもできないし(中心にあるものは自分を磨く努力であり)、大志を失ったのでは自分を磨く努力を継続できない(努力をし続けられるのは大志があるからこそだ)。人を見下す気持ちがあったのでは、自分を奮い立たせることもできないし(尊敬する人を見つけて近づきなさい)、心に落ち着きが無ければ、性格も浮ついてくる(余裕をもった考えをしていれば、小さな出来事に足下をすくわれたりしない)。時が経つのは早く、あっという間に歳をとる。それとともに気力・体力ともに衰えて、世の中との関わりも少なくなっていく。そうなってから「死ぬ前にあれをしておかなければ」と慌てても、どうにもならない。」(大志をなす準備は早くても早すぎることはないのだから)

(近年発見され、日本ではNHKで放送されて話題となった、孔明の子孫たちが暮らす諸葛鎮。そこに孔明が自らの子孫に残した戒めの言葉。言葉は苦く厳しく聞こえるが、とても丁寧な無駄のない説き方であることからも、字面の向こう側に愛の満ちていることが知れる。意図するところは近現代の世界の偉人たちの言葉とすこしも違わないから、特別珍しい感じはしないだろう。ただし、彼が2世紀の人間だということを忘れてはならない。)

以上以下-鋭意執筆/簡単明快化中 引用文献 -諸葛孔明 陳瞬臣中国ライブラリー15 陳瞬臣-