|
老子を呑み込もう | 老子 簡易版 <導入部> わかりやすくしたよバージョンです。めちゃめちゃ文字を削り口語調にしたうえに、軽い喋り口調にしてオチャメ老人を装ったあげく、三行解説でお茶を濁しました。 第一章 名前が付いてる。ってことはどっかに有るってことや。名前がない。ってことはどこにも無いってことや。名無しのまんまは可哀想やから、タオ、て名づけた。 第二章 矛盾なんて理屈の中だけの話で、現実にはそんなんないんやで。矛か盾のどっちかが壊れるか、矛と盾がどっちも壊れるか、どっちも無事かしかあらへんねや。 第三章 賢いことが善いこと、おもとるやろ。せやけど知ったかぶったらバカにされるやろ。ところが、ぼくは未熟ですと言うヤツは、一目置かれる。自然な素直さが無為や。 第五章 人間は万物の霊長で、命は地球より重く、神仏は愛で人間を救ってくれるおもとるやろ。ちゃうねん。あんたが害虫を見るような目。それが天地が人間を見る目や。 第七章 長続きしたかったら、タオに気に入られること。タオに気に入られるためには、率直さを持ち続けること。それだけ。 第八章 水なんてタダや、おもとるやろ。もし水がなかったら、なんも始まらへんねんで。ほんまに偉いヤツは、自分をしょうもないもんに見せかけるんや。それタオもいっしょ。 第十章 なんもたくらまへん。そんな人には、友達たくさん。すぐダマされてバカにされるけど、これっぱかしも気にしない。これ身につけたら、もう無敵。 第十一章 見物にいったのに、なーんもない。なんじゃつまらん、思うやろ。けどな、なんもない空間がいっこも無かってみ? あんた、息できんで死んでまうで。 第十二章 見た目がいいのと、味がいいのとは、べつやろ。おなじ理由で、おいしいことと、健康にいいこととは、べつやねん。味だけにダマされたらあかんで。 第十三章 いっぱい損した人は、次には必ず得するもんや。いっぱい得した人は、次には必ず損するもん。自分に予想できへんからって、やけになったらあかんで。 第十七章 アレいいなぁ、とおもったら、マネするやろ。あんたが自然で素直やったら、みんながあんたをマネしだすで。いっぺんやってみ。おもろいから。 第十八章 ゴメンいわれたけど、まだゆるされへんとしたら、あんたには余裕がたらんかったってことや。ゴメンいわれて即座に許せるほうが、楽にきまってる。どうしたらそうなれる? 第二十章 うちはいつもぼんくらで、どんかんで、のろま。そうや、好きなだけののしればええ。その通りなんやから、否定はせーへん。なんでかって?タオはよく見てるから。 第二十一章 リンゴにとって、いちばん大切な部分は、実じゃないねん。種やねん。実は腐って土になるけど、種は芽がでて大木になる。いつまでも生き残るってこっちゃ。 第二十二章 反抗しまくって、ぶつかりまくって、我を通すなんてことは、ぶっきらぼうな人間のするこっちゃ。賢いヤツは、我を曲げる。サッ、パッ。かすりもしないですり抜ける。 第二十三章 タオなんてあるわけない。老子なんておらん。みんなウソや。そう思ったってかまへんで。そしたら今まで通り、何も変わらんままでおれるわ。 第二十五章 偉い順番にまなえ言うたるわ。タオ、そら、地面、人間。 第二十七章 あのなぁ、善いとか悪いなんて簡単には決められへんねんで。無為(自然な素直さ)から来る行いは、みんな善いことや。ムカついたり怒ったりするのはあかんで。 第二十八章 善い悪いは簡単に決められへんけど、大人はみんな簡単に決めてまうやろ。素直さを失った大人がほとんどやねん。見る人は見てるから、あせることはあらへん。 第二十九章 人間の欲望はな、無限やねん。しまいには人を殺すとこまでふくれあがってまうねん。せやから、執着したらあかんで。なすがままにほっといたらええねん。 第三十一章 競争して相手に勝っても、わーい、なんて言うてよろこんでたらあかんで。あんたに負かされたヤツは、悲しんでるんやで。そいつのために悲しむのが人情ちゃうか。 第三十五章 タオはな、確かめられへんもんやねん。さわられへんし見えもせん。せやから逆に、ぜったい滅んだりせーへんねん。最初から無い物が無くなるわけないしな。 第三十六章 よっしゃ、ここで我を通すときの奥義を教えたろ。ええか。したいことの反対のことをどんどんやるねん。そしたら、その反対の結果に落ち着くから。これ内緒やで。 第三十七章 物事はほっといたって、ちゃあんと最後には落ち着くところに落ち着くようにできとんねん。不安になって変にちょっかいだすから、妙な不安定なことになるんやで。 老子 下篇 -徳経- 第三十八章 おじぎって、あるやろ。あんなん、めっちゃ不自然やんなぁ。ほんまの、無為の人徳ってのはな、そんなんせんでも相手に好かれる、素直な人の行動や。 第四十章 なんでも、永遠にいっしょってのはありえへんねん。いっつも新しく変わっていくねん。せやから変わったら、すぐに応じることに決めとけば、変に悩まんでええねん。 第四十一章 すごいから見てみって、誰かに言うてみ。そいつは大笑いしてこのページをバカにするで。けどそれがタオやねん。タオは自分をバカに見せかけるって言うたやろ。 第四十二章 漫画も映画も、結局は力やろ。けどな、力に力で対抗したらあかんねん。そんなことしたら、たとえそのときは勝ったにしても、最後はむざんな結果になるで。 第四十三章 自然はもの言わへん。せやのにすごさを伝えてくるやろ。ほんまもんの教えは、言葉なんかじゃないカタチで伝わって来るもんやねんで。 第四十五章 タオは自分をアホに見せかけるって言うたやろ。ってことはや、自分をアホに見せかけようとするヤツがおったら、そいつは絶対なんかすごいヤツってことやわな。 第四十六章 人間の欲望は無限やって言うたやろ。しまいに人を殺すとこまで行くって。それでもほったらかしたら、戦争とか大量殺人を起こすとこまで行くで。途中で歯止めかけれるんは、自分だけやで。 第四十七章 ねんどがあれば、これでなんか作れそうやなぁって、思うやろ。ハニワになれば、やっぱりなぁって、思うやろ。タオはそのコネる前のねんどみたいなもんや。ちょっとコネたら、地球になったわ、みたいな。 第四十八章 親も服も家も金も土地も損して損しつくせば、最後は無為の聖人になれるで。生まれたてのすっぱだかの時なんかと、よう似てるな。 第四十九章 聖人はえり好みなしにみんな大好き。聖人はウソつきでも信じる。みんなは変わった人やなぁと注目するけど、聖人はみんなを自分の子供みたいに思ってる。 第五十章 力がなかったら、いざってときにやられてまうやないかって? 力があったって、やられないとは限らんやろ。人生、相手のほうが強いことの方が多いんや。だから、始めからそんな危険なことに関わらんように気つけたらええねん。これなら負けること自体ありえへんから。 第五十一章 子供の頃はだれでも純粋な感動を持ってるのに、大人になるとかすれてすさんで忘れてまうねん。幼稚な感情やからって捨てたらあかんで。いつか思い出せるから。 第五十三章 あのな、えらい人ってのは、自分を犠牲にするからえらいんや。えらいからってふんぞりかえってるヤツは、ニセ者や、って覚えとき。 第五十四章 かけごと、ギャンブル、競馬とか宝くじはな、損するようにできてるねん。今回勝っても長く見たら必ず損してるんや。こんなんに手だしたらあかんで。 第五十五章 赤ちゃんはすごいで。虫や獣でもそうや。何がすごいって、なんも知らんはずやのに、やることはきちっとやるやろ。知らんはずやけど、なんか知ってるってことや。 第五十六章 自分から言いたがるヤツは、なんも知らんヤツや。言いたがらんヤツは、ほんまの事を知ってるヤツや。善いことだけやってるヤツは偽善者や。悪いことだけやってるヤツは悪党じゃない。善いことをして、そのけっか悪いこともやってるヤツが、ほんまもんや。 第五十七章 人は自分よりすごい人を見習おうとするもんや。ウソついてごまかしてすごそうに見せかけても、変な結果になるだけや。すごく見せるには、欲しがらなければええねん。 第五十八章 身分が高い人間と、その下の人間は、反作用するもんや。せやから、下の人間をはげましたければ、上の人間はガックリしたように振る舞えばええねん。 第五十九章 植物を育てれば、いちはやくタオに気づける。早くタオに気づいたんやから、それだけ徳をたくさん積める。そうすると人々に祭り上げられることになる。 第六十章 タオはこうやから、これはこうやないとあかん、なんてことは考えんでええ。タオは自分も含めて、大きく広く遠回りに働くから、ほっといたってかまやせん。 第六十一章 大きなパワーが頭を下げて、小さなパワーが図に乗れば、何も問題は起きん。大きなパワーは暴走せんし、小さなパワーが暴走しても止めるヤツがおる。 第六十二章 人間はみんな同じ。たまたまものの巡り合わせで悪さもする。だから罪人やからって捨てたりはしない。おおきな巡り合わせを感じていればこそできること。 第六十三章 1万と言ったって、100が100個あるだけ。100と言ったって、10が10個あるだけ。10は1が10個あるだけ。1つ1つやればいい。なんも問題ないんやから。 第六十四章 いざってときになってから、あぶない!って叫んでドタバタするより、いざってときに、こんなこともあろうかと、って準備してるヤツのほうが、カッコイイに決まってる。 第六十五章 いっぺん優勝してもうたら、もうそれより上はない。いつ王座を奪われるか、ビクビクになってまう。王座を奪われた時に初めて、自分が必死に守ってきた王座ってもんのくだらなさがわかるんや。自分がいかに狭い世界におったかに気付くんや。 第六十六章 存在感の無い、空気みたいな人。そんな人なら、自分の上に居ても邪魔にならへん。好都合や。そういうわけで、人々はその人を持ち上げたがるんや。 第六十七章 ケンカせーへん。ムダづかいせーへん。わざと出世しないこと。ほんで、楽しく生きること。これがうちの宝物の全部や。 第六十八章 ケンカする方法を教えたろ。ルールを使えばいい。ルールが無いと、殴り合って血を流すことになる。ルールがあれば、例えばジャンケンするだけで決着がつく。 第七十一章 知ったかぶりするんは病気や。だれだって、知らんことの方が多いんや。やのに、自分を賢者かのように錯覚することもある。錯覚に気付けば、病気は治る。 第七十二章 地球温暖化、メタンハイドレートの大量流出、さらに温暖化、さらに海底メタン流出・・・なんかは、タオを忘れた結果かもな。 第七十三章 タオは普段はほったらかしやけど、いざつかまえるとなれば、ぜったい逃さへん。善いことにしても悪いことにしても同じや。 第七七章 仏教にも似たような話があるんやけど、けっきょく、すぎたるはおよばざるがごとし。ほどほどが一番ちゅうこっちゃ。 第七八章 第七九章 うらみつらみはな、いちばんやっかいな問題やねん。解決したとおもてても、どっかで糸を引いてて、再発してくる。せやから、起こるまえに予防するんが一番や。 第八十章 さいごに、うちの理想を話そか。川ぞいの小さな田舎村で、ももの木がいっぱい実をつけてる。人口も20人ぐらいで、みんななかよし。めんどくさがりで、遠くに旅に出たりしない。武器もあるけどホコリかぶってて、村じゅう笑い声が絶えない。 このページは管理人 ktonの完全なオリジナル意訳コンテンツで、すでに完成済みです。ご意見、ご感想はメールをください。以上以下-簡単明快化中 引用-参考文献 タオ-老子 加島祥造 老子の新解釈 志賀一朗 (著者の幼少期の感覚の記憶) |