Vol.12

「QUIZ」の味方の「QUIZ」の見方?

「天気予報の恋人」はハッピーエンドでした
ということで、
メデタシ、メデタシと。

ところで「QUIZ」の最終回、
某掲示板でボコボコにされてたので、
擁護しときます。
特に好きなドラマってワケじゃないけど、
あそこまで言われることはない、
と思うので。

まず、前にも言ったけど、
最終回で犯人が割れる=テーマが明らかになる、
という構造を予め用意していたことを
評価したいと思います。
このドラマって、
この構造だけが「本質」で、
あとは「遊び」なんだよね。
エキセントリックな演出も、
非現実的なストーリー展開も、
リアルであることを拒否する異化作用を狙ったもの
と解釈できるし、
その線で読み説いていけば、
財前直見さんの演技も、
「迫真の演技」ではなく
「意図的なオーバーアクション」だし
すべてを戯画化する演出意図があったと
解釈するのは、好意的すぎるかな?
(リアルなドラマを狙ったとすれば、
「んなことないっしょ!?」
というツッコミどころが多すぎる、
前にも書いたけど)

しかし、こうした狙いが
スタッフの間で十分に消化されていたか、
というと、ちょっと「?」。
たとえば
最後にとってつけたような
「家族の平和な風景」とかは、
あまりに無自覚じゃないかい?

まあ、制作者側は、
最終回に「感動」を用意したつもり
だったかもしれないけど、
そこに「後味の悪さ」が残ったのは確かだよね。
でも、
またまた好意的に解釈するなら、
その「後味の悪さ」は、
このドラマが戯画化した
現実そのものの「後味の悪さ」じゃないかな。
だからこそ、このドラマは、
リアルには描き得なかった
という言い方もできると思うし。

してみると
それは、
予め決まっていたこと?
つまり、
その結末が提示するものが、
ドラマ的カタルシスであっても、
そこには、
ある種の現実的な問題を扱った場合に必然的に生ずる
「後味の悪さ」を伴うだろう、
ということ。
問題は
その“さじ加減”
だし、
そこにはある種確信犯的な冷徹な読みが
必要だったかもしれないですね。
(ワタシはここで映画「誘拐」を思い出しました。)
「QUIZ」のスタッフが犯した最大のミス
とは、
そのことに対して読みが
「ゆるかった」
ということではないでしょうか。

もちろん、 反対派の方の
言いたいことは分かるんですよね。
テレビというメディアの社会性を考慮した場合、
道徳的観点から、
あの結末はどうか、
というご意見はごもっとも。
でももし、
純粋に
問題の焦点はそこにある
ということなら、
「ギフト」のバタフライナイフのときと同じように
それはそれで別の議論が必要だと思いますね。

(JUNE.27)


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