Vol.165
幸福なイチゴ大福「恋文」
一見して明らかにユニークなドラマが
「すごい!ぜんぜん違う!」
って思ったりすると、
それはそれで、
分かりやすいですよね。
(たとえば「すいか」とか「天才柳沢教授の生活」とか)
でも、
この「恋文」って
むしろちょっと見は、
“ふつうのドラマ”の延長線上、
なのに、
「すごい!ぜんぜん違う!」
って思えてしまうのは、
なぜだろう?
ふつう、
ドラマって
エンターテインメントだから、
思いを寄せる二人が
うまくいくかと思うと
すれちがったり、
犯罪がバレそうになって
間一髪逃げおおせたり、
そういう
なんていうか
観る人を楽しませるアレコレが
ちりばめられてる
ワケじゃないですか。
それは、たとえば
「初体験」のようなラブコメでも
(同じ水野美紀さん主演、
テーマ曲Do As Infinity)
「白い巨塔」のようなシリアスものでも
いっしょ。
果たして財前は教授になれるのか?
みたいな。
ところがこの「恋文」には
そういうケレンとか、
もっと言えば
ダキョウとか、
そういうものが
ほとんどない!
みたいに感じられるんですね、
ワタシ的には。
(もちろん、この場合
ケレンとかダキョウとかって
“いい意味”で使ってます。
ドラマにあるべき要素として)
登場人物たちは、
あっちで障害にぶち当たり、
こっちで運命に翻弄され・・
なんてことは
ぜんぜんない。
ただそこにいて、
ただ深まっていくだけ。
(もちろん、
最初の設定自体が
障害っていえば障害
なんだけど)
そういうところが、
なんか
「ぜんぜん違う感」の
モト
のような気がするんですけど、
ワタシ的には。
それと
もうひとつ思うこと。
原作に忠実だなぁ〜。
これって
不思議
って言えば
不思議。
だってこれって
文庫本で
わずか50ページ足らず
なんですよ。
だからシーンやエピソードを
そうとう付け足してるはず。
もちろん、
計作(寺尾聰さん)と辻さん(いしだあゆみさん)は、
原作にはなかったけど、
それを差し引いても、
量的な差は
そうとうあるはず。
なんだけど、
なぜか
ワタシ的には、
原作そのまま
なんですよね。
不思議。
これって
思うんですけど、
なんていうか
原作と、
脚本と、
演出と、
演じる人と、
波長がピタッと合っちゃった
っていうか。
「アルジャーノンに花束を」
のときに書きましたけど、
岡田惠和さんて、
もともとご自身の中に
テーマを持っている方
ですよね。
それが今回、
原作とピタッときちゃった
んじゃないでしょうか。
たとえば、
原作が大福だとすると、
脚色でイチゴを入れてみたりしても、
それがピタッとくれば、
なんか昔から
そーゆーのあったように
思えてしまう、
ってこと。かな?
そういう意味では
この「恋文」、
すごくラッキー
っていうか
幸運な作品、
なんじゃないかな
と・・
思ったりするんですけど、
どうなんでしょう?
と、
いうわけで
このドラマだけは
「先が楽しみです」
って言えないんですよね。
だって、
江津子さん(和久井映見さん)死んじゃうんだし、
みんな深まっちゃうし。
原作のラストは
×××××××××
だったけど、
どうなるんでしょうか、
ドラマでは。
P.S.
優くん(泉澤祐希くん)
誰かに似てると思ったら、
稲本でした。でしょ?
november.21
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