Vol.179

テレビはメンチかムニエルか「砦なき者」

B級グルメって言葉があるくらいだから、
B級だって立派なグルメ
なわけで
B級とA級、どっちが高級?
なんてことは
意味のないことなのであってですね・・・
っていう前置きを
してから言うワケだけど、
「砦なき者」
面白かった、よかった、
やっぱり
これって
B級の楽しさですね。

もう
なんていうか
最初から最後まで
ケレンがたっぷり。
まあ、あんまり言うと
ネタバレになるから
ほどほどにしとくけど、
報道局長だったかの内野聖陽さんの
ぶっとんだ髪型といい、
主役の長坂キャスター(役所広司さん)の
意外な結末といい、
その後のどんでん返しといい、
最後の最後のオマケといい、
もう、
エグイ、エグイ。
野沢尚さんの脚本と
鶴橋康夫監督の演出は、
あの手この手で
視聴者を翻弄して
楽しんでもらおうと、
う〜ん、
もう、いくとこまで
いっちゃってますネ。

野沢さんは以前、
自作の小説「破線のマリス」でも
テレビ業界の視聴率主義と
その功罪について問題提起していて、
そのときに
「同じテレビ業界に身をおくものとして
取り組むべきテーマ」
みたいな意味の
コメントしていたと思うんですが、
(記憶違いだったらスイマセン)
今回もまた
視聴率と戦うテレビ業界が舞台で
まあ平たく行っちゃ言えば、
大衆に迎合して
視聴者受けする番組つくって
視聴率がすべてで
で、
それでいいの?
みたいな
問題意識が
やっぱりある
と思うんです。

で、
いきなり結論。
深読みなんだけど(笑)、
そもそも
このドラマそのものが、
その問題提起への
ひとつの答えになってる
んじゃないかって。
ケレン味たっぷりに
視聴者の目を惹きつけて、
意外な展開で
アキさせない。
「どうだ、面白いだろう。
これがテレビだよ。
このB級っぽさが、
良かれ悪しかれ
テレビの
たまらない魅力なんだよ。」
って長坂キャスター(役所さん)が
カメラ目線で
言ってそうな気がします。
で、
それはそのまま
野沢尚さん、鶴橋監督の
肌に染みついた
“テレビ感覚”
みたいなもので、
だからこそ
こういうカタチで
いつまでも「テレビ」に
こだわり続けざるをえない
のかなって?
(エラソーですいません・・)

でも、
ひとつだけ
残念なのは、
なんていうか
バランス欠いてたんじゃないかな〜
なんて。
これはべつに
社会派ぶって言うわけじゃなくて
エンターテインメントとして観て
いうわけだけど。
たとえば
八尋(妻夫木聡さん)が
テレビというシステムを使って
のし上がっていく怪物
みたいに描かれてたけど、
それって
八尋をヒーローに祭り上げていく
「テレビ」というシステム
にも責任があるだろうし、
そうさせているのは
けっきょく視聴者だ
(つまりワタシたちだ)
って構造が浮き彫りになって、
はじめて
ドラマとして
ゾゾッとくる
ような気がします
ワタシ的には。
(ま、テレビにゃ言えないよね〜そんなこと)
だから、
なんか
面白かったけど、
せっかくの
お寿司なのに
ワサビがない、
せっかくの
ラーメンなのに
チャーシューがない
って感じも
ちょっと・・・。
そういう意味では、
八尋のしくんだ
少女売春が○○だった
っていうエピソードのところで
「テレビを通してワタシが見てる
“現実”って
・・何?」
って、ちょっと
ゾゾッとさせられました、
八尋に、
じゃなくて
テレビに。

それはそれとして
こんな話をすると
どうしても
思い出しちゃうのが、
終わったばかりの
「白い巨塔」。
まあ新聞に書いてあったけど、
「質の高さが視聴率をつながることを証明した」
ってことで
業界的にもニュースらしいんだけど、
やっぱり
あのドラマ、
A級だったと思います。
なんか対照的ですよね。
ま、
あれはあれで
ひとつの答。
ひとことで洋食といったって
メンチカツもあれば、
舌平目のムニエルもある。
定食屋のハヤシライスだと思ったら、
実はしっかりとダシをとった本格ドミグラスソース
だったりする。
だから面白いんですよね、
テレビって。
あ、
なんか
まとめすぎ。

p.s.
妻夫木さんは「リミット」以来の野沢ドラマでの悪役
だけど、
なんか“好青年×悪役”な感じが
コワイ!
萩原聖人さん以来?


april.3


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