Vol.180

歴史なんてぜんぜんドラマチックじゃない?「新選組」

放送もとっくに10回を超えて、
なんでまた、
いま頃「新選組」なのか
というとですね。
正直いうと、
他のドラマが終わったので、
溜まってたビデオを立て続けに観た
からなんだけど、
理由はそれだけじゃ
ないんですよね。
実は、
ワタシとしては
どーもなんだか
ピンとこなかったんですよね、
最初は・・。
ことわっておきますけど、
ワタシはいわゆる歴史好きではないし、
新撰組ファンでもない、
大河ドラマだって
初めてみたぐらいですから、
近藤勇だって土方歳三や沖田総司だって
なんの予備知識もなければ、
思い入れもない。
だから
「そんなの史実とちがう!」
とか
「なんかイメージちがうんだよね〜」
なんて、
全然思わないわけです。
ただ
ドラマとして観ていて
「なんだかなぁ〜」
って思ってた
だけなんですね。
なんていうか、
幕末って
もっとドラマチックかと
思ったのに、
ぜんぜんドラマチックじゃない!

ところが、
最近、
気がついたんです。
あ、
ドラマチック
じゃなくたって
いいじゃん。
これ、普通の意味で言う
ドラマじゃなくてもいいじゃん、って。
じゃ、何かって?
う〜ん、
しいて言えば
環境ビデオかな〜。
ちょっと違うか。

話、ちょっと戻します。
なんで
ワタシ的に、
このドラマ、
ドラマチック
じゃなかったのか。
そもそも
ドラマ=葛藤
だとすると、
なんていうか、
百姓と武士がどうとか
とか、
お上のためにどうとか
とか、
この国の未来がどうとか
とか、
そういうのが
なんか
グッとこなかったんですよ。
それが、
たとえ事実だとしても
今を生きている
ワタシには
関係ないんだもん。
もしも
ワタシがタイムスリップ(?)して
あのドラマの世界に
入り込んでも、
それは共通の話題にならなかったろうし、
なったとしても
「その気持ち、わかる!」
とは言えないだろうな〜って。

以前書いたけど
木村拓哉さんが主演した
「忠臣蔵 1/47」
ってドラマ、
ありましたよね。
あれは、
観念に生きる(死ぬ?)ことと
現実を生きることの対立を描いていて、
それはそれで
今を生きることの問題にも繋がっていたし、
普遍性を獲得していた
と思います。
「その気持ち、わかる!」
って言えたと思います。
あれが「仇討ち」がテーマのままだったら、
そうはならなった
と思うんだけど。

で、
この「新選組」。
なんていうか、
そういうふうに
テーマが普遍化されたりしない。
幕末でいろいろたいへんね〜。
たいへんだけど、
みんな
笑ったり、怒ったり、
悶々としたり、困ったり、
汗かいたり、
酒飲んで寝たり、沢庵食べたり
してるんだなぁ〜
って思ったりして。
で、
実は
それが
すごく気持ちがいい
ってことに
気がついたんです。
環境ビデオって
今じゃ
「なんにも内容がないじゃん」
ていう悪口でしか
使わないけど、
そうじゃなくて、
幕末の一日を
切り取って
ぼおっと観てるような。
で、それこそが、
三谷脚本の
ねらいだったんじゃ
ないかと。
だいたい
小市民っぽい人間くささって
三谷さんの得意とするところだし、
原則として
一日のできごとに絞る
っていう
得意の手法も、
それを強調してるし。
あ〜、そうか、
これはそうやってみると
とってもいいなぁ〜
って
ピンときちゃたんですね。

まあ、
歴史に詳しい人に言わせると
「近藤勇はあんな男じゃない!」
とかいろいろ
あるんだろうけど、
ワタシは近藤さんと面識ないですから
そんなことは
知らないし。

で、
もうひとつ。
その幕末の日常と
現代を繋げてるのは、
香取慎吾さん
なんじゃないかって。
香取慎吾のキャラ
っていうより
なんていうか
肉体性?存在?
なんて言うんでしょうか。
すごくナマっぽくて
リアル。
それが、このドラマを
単なる「昔あったお話」
ではなく
今、ワタシたちの目の前に
引き戻している
ような気がします。
それはきっと
「HR」をやったときから
三谷幸喜さんには
わかっていたことだし、
三谷さんが演劇出身の人だ
ということと
無関係ではないと思います。


april.9


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