Vol.30

見逃さないでよかった!「乳房 THE BREAST」


以前、寺山修司の本かなにかで
読んだ記憶があるんだけど
「1+1=3にすべく日夜努力している数学者がいる」
とかいう話。
実話なのか
寺山の創作なのか
わからないけど、
そういう意味で、
ドラマは数学だ、
と思いますね。
えーと、つまり、それは
緻密な計算の上に成り立っている
エンターテインメントだということ。
考えてみれば
当たり前の話ですよね。
わずか「1時間」とか「2時間」のワクの中に、
一人の主人公の、
いや、何人もの登場人物の
「人生」そのものを
きっちりと入れ込まなくてはならなんいんだから。
それって
小さな旅行鞄に
家財道具一式詰め込もうとするようなもんでしょ。
逆に言えば、
それこそがドラマだし、
ドラマを観ることの醍醐味
だと思うんですよ。
もしも、
1時間なら1時間のワクの中で起こった出来事しか
描かれていないなら、
それはやっぱり
つまらないドラマ、だから。

市川森一氏と言えば
言わずと知れた大作家だし、
現役では最高峰の一人。
今さら褒めたり称えたりするのもどうかとは思うけど、
いやぁ〜「乳房」は
ほんっとにドラマの醍醐味を感じさせてくれました。

単発ドラマは
連続ドラマのように
初回で状況説明をゆっくりやろう、
なんてできないから、
ストーリーを進めながら、
同時進行で、状況の説明もしていかなくちゃいけない。
そこが脚本家のウデ(技術)の見せ所なんだろうけど、
こういうことに関しては
もう人間国宝のごとき
惚れぼれするような出来映えでしたね。

主役は宮沢りえで、
ある大学教授(小林薫)の助手をしている。
まもなく結婚して、
婚約者(小澤征悦)の故郷に嫁ぐことになってるんだけど、
先に故郷に帰った婚約者が、
突然「結婚できない」と言い出す。
そこからドラマは始まるわけで。
その婚約者の故郷は
今も隠れ切支丹の末裔が
その信仰を守っているという
長崎の生月地方。
その婚約者は、
実は聖母子像のような
女性の幻影にとりつかれている、
という
市川氏好みの幻想的なモチーフも絡んできて・・・。

まあ、詳しいストーリーとかは、
これから(再放送とかで)
観る人もいるだろうから書かないけど、
まず、話が進むにつれ
この三人(小林、宮沢、小澤)の
微妙な関係と心の揺れみたいなものが
ほんのりと見えてくる、
その筆さばきが見事。
そしてその中で
人間の欲望とか衝動とか罪の意識とか許しとかが
隠れ切支丹のご神体を巡る“ある出来事”と、
シンクロしてくる仕掛けが見事。
それでまた
江原真二郎の「婚約者の父=信仰の人」を配して
話に奥行きを与えたところが見事。

たとえば三人の人間関係も描くだけなら
才能さえあればできる。
でもこういう見事の仕掛けを見せてくれるのは
高いレベルの“技術”だと思いますね。

もちろん、
脚本だけではなく、
行き届いた演出や、
役者の方の熱演にも拍手!

演出の山本恵三という人は、
市川氏とは何度かコンビを組んでるベテランで、
前回のコンビ作「幽婚」では、
いくつもの賞を受賞しているようです。
確かに雰囲気が似ていると思ったよ。
でもワタシとしては
こちらの方が好きだなぁ。


(DECEMBER.5)


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