Vol.53

ドラマ界の異端児?北川悦吏子脚本の「Love Story」


ラムネって、あるじゃないですか。
今もときどき、縁日とかで売ってる
ビー玉で栓をしたサイダーみたいなやつ。
あれって、
飲むと、
どおってことないフツーの味なんだけど、
不思議と惹かれるものがあるんですよね。
なんか、
「Love Story」のこと考えてたら、
そう思っちゃったんですけど。

突然だけど、
北川悦吏子さんて
けっこう異端、ですよね。
普通、ドラマとかだと、
恋をして大人になる、
というのが常道、
基本じゃないですか。
ところが北川さんは、
子供のまま、
少年、少女のまま、恋をしよう。
キスもセックスも、
大人になるための階段ではなく、
子供のまま、
そこから地続きでいいでしょ、
という確信が、
あると思うんですよね。

あの「ロング・バケーション」がよかったのも、
子供のような二人が
そのまま、
つまり大人にならないまま、
ゴールインする、
という“テーマ”が、
結果、わかりやすいカタチで
見えていたからなのでは。
まず始まりからして、
結婚式=大人として認知される社会的儀式から
飛び出してくる(理由はともあれ)
わけだし、
(「Love Story」の優香さんもそうでした)
途中、
山口智子さんは豊原功輔さんと、
木村拓哉さんは松たか子さんと、
それぞれ大人の恋愛をしそうになるけど、
結局“子供のようになれる関係”に 戻ってくる。
でもって、
竹野内豊さんとりょうさん(こち亀か)の
“大人の恋愛”をバランスとして
置いておいたのもよくわかる。
そう考えると
屋上(=社会のエアポケット)で花火(=子供の遊び)
というのも象徴的。
いま、あの「ロンバケ」を思い出すとき、
甘く切ない何かが
胸をよぎるのは、
(ワタシだけ?)
予め自分の中で失われてしまった
少年少女へのレクイエムだったから
ではないかな、と。
(このへんちょっと文学的???
すいません、ここんところNHKづいてたもんで)

というわけで、
やっと「Love Story」の話。
今回、北川脚本が新しい何かを
見せてくれるのではと
ちょっと期待してたんです。
北川さんて素材を大切にする
自然体の人だから。
今回もプロデューサー氏から、
「豊川さんはミュージシャンか何かにした方が、
今風ではないか」と提案されて、
「いや、豊川さんは、ぜったい
小説家のイメージ!」って
譲らなかったと、
公式HPに書いてありました。
で、本来北川ワールドに似合わない
豊川悦司さんで、
どう展開するんだろう、と。

いままで北川ワールドに数多く出演したのは
やっぱり
木村拓哉さん
(「その時、ハートは盗まれた」
「あすなろ白書」「ロングバケーション」
「ビューティフルライフ」)

常盤貴子さん
(「愛しているといってくれ」
「最後の恋」「ビューティフルライフ」)
でしょう。
こういうのって別に
北川さんが決めてるワケじゃないんだろうけど、
結果的に
ああ、なるほどな
って感じ、しますよね。
木村さんは、少年らしいナイーブさを、
常盤さんは、少女らしい可愛らしさを、
それぞれ、
芯の部分に持ってる人ですよね。

それに比べて、
豊川悦司さんは?っていうと、
なんて言うか
「知ってしまった男の寡黙さ」
みたいなほうが
気分だったりするじゃないですか。
そういうところが、
たとえば、あの「ナイトヘッド」の
現実離れしたシチュエーションに
人間くさい深みを与えていたのではないかと。
まあ、少年っぽいナイーブさ、みたいな
トヨエツの新しい一面を引き出す、
というやり方もあるのかもしれないけど、
なんだか、それって、
極上のトロを焼いてみました、
みたいな。
それはそれで旨いだろうけど。

中山美穂さんの方は
ぎりぎりセーフ、
って感じなのかな、
ワタシにとっては。
で、今回のキャストの中で、
北川脚本と相性がいいのは、
香取慎吾少年、加藤晴彦少年
あたりだと思うんですよ。
だから、なんか、
加藤さんと中山さんのキスシーンは
とってもよかったかも。

今回は
「Love Story」
又は北川脚本の魅力を
書こうと思ってたのに、
なんかヘンな褒めかたになってしまいました。
でもやっぱり、
なんて言うか、
観てるときは、
どおってことないフツーのドラマなんだけど、
不思議と惹かれるものがあるんですよね。

(JUNE.1)


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