Vol.75
旨い寿司が食べられるかも「さよなら、小津先生」
それにしても
君塚良一さんて、
なんていうか、
とらえどころのない人ですよね。
(べつに、とらえなくてもいいんだけど)
たとえば、
あの
テレビドラマ史上にのこる名作「踊る大捜査線」。
ワタシもこれ、
毎週楽しみにしてた!
今じゃ有名な話だけど、
このドラマって
それまでの典型的な刑事モノの
(早い話「太陽に吠えろ!」です)
“アンチ”をやろう
というところから始まった
とても実験的な試みなんだとか。
登場人物をあだ名で呼ばない、
音楽に乗って聞き込みをしない、
主人公が犯人を逮捕しない、etc。
ワタシとしたことが、
そんなことゼンゼン気づきもしなかった。
後で聞いても
ああ、そういえばそうだったかな、
って思っただけ。
ただ、観てる間は、
すっごく面白いドラマ!
って思ってた。
君塚脚本作品には、
他にも
現代社会と少年犯罪をテーマにした
「TEAM」とか、
賛否両論だった
「ラブ・コンプレックス」とか
意欲作が多いですよね。
だけどワタシが
君塚良一脚本
と聞いて、
不思議と思い出してしまうのが、
何故か
「good news」。
(中居正広さんが映画製作会社の社員で、
鶴田真由さんが大手出版社の編集者で・・)
べつに優れた作品というわけじゃないし、
とくに好きだったわけでもないけど、
なんて言うか、
君塚さんってどんな感じ?
って思ったときに、
ああ、そうそう、
って思い浮かぶんですよ、
あのドラマが。
なんていうか、
君塚さんってテレビ的ですよね。
萩本欽一さんの弟子として
キャリアをスタートしたことも
きっと関係あるんだろうけど、
なんていうか、
とってもテレビ的な
“中庸さ”を
本来もってる人だと思うんですよ。
(「中庸」って、
「かたよらないで、ほどよいこと」
だそうです、
今、辞書ひいちゃいました。
自分で書いといて。)
うまく説明できないんだけど、
なんていうか
平凡とも陳腐ともちがう、
テレビ独特の
“気持ちのいい、ぬるさ”
ってあるじゃないですか。
そういう感覚を、
骨のズイにもってる感じがします。
でも
(というか「だから」というか)
同時に、
新しいことに挑戦する気持ち、
「これでいいのか?」
っていう問題意識を
いつも、もってる。
これって、
相反するみたいだけど、
考えてみたら、
両方とも
テレビ的
ですよね。
(欽ちゃんの仮装大賞って、
たしかに“中庸”だけど、
これより以前に
似たような企画があったかと言われると、
ワタシは知らない。
これって
最初は
とても斬新な企画
だったんじゃないのかなぁ。)
前置きが長かったですが、
「さよなら、小津先生」、
これっていいなぁ、
っていう話をしたかったんですけど。
このドラマ、
テーマは「TEAM」の延長なんだけど、
こっちの方が
ドラマとして面白く
なりそうな気がするんですよね。
まだ、わかんないけど・・。
「TEAM」のときは、
テレビ的に中庸なところと、
少年犯罪っていうエグいところが、
なんていうか
ネタとシャリがうまく一体化していない寿司、
みたいで。
この「小津先生」も
第1話では、
なんかそういう感じがあったけど、
(職員室のシーンと
子供たちのシーンでは
わざとタッチを変えてる
って話も聞いたけど、
もしそうだとすると、
その意図がワタシには
う〜ん、
わからない)
それが
ここへきて、
自然と収束してきた感じ。
だから、
「ちょっとアマいんじゃなの?
今の若い子たちの問題って
そんな簡単じゃないよ」
なんていう人がいても、
“だって、これはドラマ”
なんだし。
だからといって、
ドラマとして都合がいいような
「先生!オレが悪かったよぉ」
というふうな展開は、
注意深く避けてるし。
ドラマが、
現実的な問題を飲み込んで、
エンターテインメントとして
成立してる。
ネタとシャリが
しっかりと馴染んで一体となった、
名人級の寿司、
って感じ。
だから、
へんな言い方かもしれないけど、
ドラマはドラマとして楽しんで、
「現実はこんなもんじゃないよな」
ってことを
観た人が思い出せば
それでいいんじゃないかと。
あ〜〜〜
なんていうか、
べつに難しいこと
言うつもりじゃなかったんだけど、
よーするに
最近の君塚さんのドラマの中では、
素直に食べて旨い!という
ドラマになりそうな気がする、
ということです。
(ワサビも効いてるし)
それにしても
「7文字で、
白くてプルンプルンしてるもの」
「きぬごしどうふ」
「5文字で
目にも止まらぬ速さで、すごくいたいもの」
「まわしげり」
みゅー先生、すごい!
(NOVEMBER.2)
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