「み言葉から」 2008
主がこの者に語ってくださったみ言葉を、私はこのように受け止めさせていただきました。
同じみ言葉でも、主はお一人お一人に合わせてお示しくださいますことを思います。
(日本聖書協会発行の新共同訳から引用させて頂いております。)

| Uコリント | ガラテヤ | エフェソ | フィリピ | コロサイ | Tテサロニケ | Uテサロニケ | Tテモテ | Uテモテ | テトス |
| フィレモン | ヘブライ | ヤコブ | Tペテロ | Uペテロ | Tヨハネ | Uヨハネ | Vヨハネ | ユダ | 黙示録 |
| 創世記 | Tサムエル | Uサムエル |
2/12 |
Tペテロ2章9節 |
しかし、あなたがたは、選ばれた民、王の系統を引く祭司、聖なる国民、神のものとなった民です。それは、あなたがたを暗闇の中から驚くべき光の中へと招き入れてくださった方の力ある業を、あなたがたが広く伝えるためなのです。 |
| 神様のみわざをこの者が宣べ伝えるには何ができるか、「この者をどうかあなた様のために用いてください」と祈る中で、自宅でもできること、それはHPを通してたとえお一人の方にでも主をお伝えできたらという思いをいただきました。この小さなHPですが必要な方の目にとまりますように祈りつつ。ア−メン。 | ||
2/12 |
ヨハネ9章2・3節 |
弟子たちがイエスに尋ねた。「ラビ、この人が生まれつき目が見えないのは、だれが罪を犯したからですか。 |
| 元気に産んであげられなかったことで何度自分を責めたでしょうか。主は言ってくださいました「両親のせいではない」と。 神の業が現れるために息子を選んでくださったと教えてくださいました。重荷を下ろせました。 |
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2/12 |
ヨハネ15章5節 |
わたしはぶどうの木、あなたがたはその枝である。人がわたしにつながっており、わたしもその人につながっていれば、 |
| 神様に繋がっているからこそ、日々の霊の糧もいただき主にあって喜んで感謝して祈りつつ生きていけます。 神様から離れたら糸の切れた凧状態ですぐに落ちていきます。神様は命綱です。神様はいのちです。 |
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2/12 |
ヨハネ13章38節 |
イエスは答えられた。「わたしのために命を捨てると言うのか。はっきり言っておく。鶏が鳴くまでに、 |
| ペテロの弱さは私の弱さです。私はどれだけ罪をおかし主を裏切り悲しませたことでしょう。イエスさまはペテロを赦して 下さった。この私も赦され、愛されている。イエス様が十字架にかかり命をお捨てになられてまでもったいないほどに。 |
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2/12 |
Tテサロニ5章16節 |
いつも喜んでいなさい。絶えず祈りなさい。
どんなことにも感謝しなさい。 |
| すべて条件ぬきで「いつも」「絶えず」「どんなことにも」と言われています。自分の思いを捨て主にすべて委ねるときに 初めてできることでは、、、。イエス様のお支えなしには、この者はできません。ただみ前に祈ります。 |
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2/12 |
1ペテロ3章1節 |
同じように、妻たちよ、自分の夫に従いなさい。夫が御言葉を信じない人であっても、妻の無言の行いによって |
| 神様は男のあばら骨から女をお造りになり父母を離れて夫婦となった。このみ言葉のままに祈りつつ夫に従って いくことで主にある幸せをいただきながらも従えない時もあります、ごめんなさい。夫と出会わせていただけたこと感謝! |
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2/12 |
使徒 16章31節 |
「主イエスを信じなさい。そうすれば、あなたも家族も救われます。」 |
| 主に授けていただいた息子を通して父母、姉、そして祖母も主イエスさまの救いにあずかりました。 み言葉は真実です、主を畏れます。 |
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2/13 |
Tヨハネ4章10節 |
わたしたちが神を愛したのではなく神がわたしたちを愛してわたしたちの罪を償ういけにえとして |
| 私が、ではなく神様がこの取るに足りない者を愛してくださり御子が十字架にかかり、罪赦され救いに入れてくださった。 私は愛していただいていますのに、隣人を愛せない者です。愛せるようになりたい、祈ります。 |
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2/14 |
ヨハネ黙示3章20節 |
見よ、わたしは戸口に立って、たたいている。だれかわたしの声を聞いて戸を開ける者があれば、わたしは中に入って |
| なんと長い歳月、主をお待たせしていたか。自分は何もできないみじめな者とわかり降参した時初めてみ声が 聞こえました。罪赦され主の聖餐式にあずかる者とならせていただきました。 |
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2/15 |
マルコ9章37節 |
「わたしの名のためにこのような子供の一人を受け入れる者は、わたしを受け入れるのである。 |
| イエス様が居てくださりご愛があってこそ幼子や弱い立場の方を受け入れる思いや愛も生まれます。イエス様が いらっしゃらなければ愛は育たないことを思います。イエスさまにお仕えするように人に仕える者となりたいです。 |
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2/16 |
ルカ1章38節 |
マリアは言った。「わたしは主のはしためです。お言葉どおり、この身に成りますように。」 |
| 自分に起きるすべてのことを、あなたさまからのこととしてそのままにお受けしたいです。み心のままにと感謝しつつ。 | ||
2/17 |
ルカ5章31 節 |
イエスはお答えになった。「医者を必要とするのは、健康な人ではなく病人である。」 |
| 弱い者です。体の痛みだけではなく、心の疲れも主によって癒していただけています。 イエスさまという名医によって、救われてから平安の中で睡眠が取れるようになりました。 |
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2/18 |
ルカ8章50節 |
イエスは、これを聞いて会堂長に言われた。「恐れることはない。ただ信じなさい。そうすれば、娘は救われる。」 |
| 息子のいただいている障害はそのままでしたが主がそのままでいい、無言の振舞いの中から家族や周りの人に主を 伝えなさいという事なのだとはっきりわかりました。イエス様を信じたとき、息子は主に選ばれている者、そのままで すでに直っている者で逆に直していただけたのは私だったことを気づかせていただきました。 |
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2/19 |
ルカ9章59節 |
そして別の人に、「わたしに従いなさい」と言われたが、その人は、「主よ、まず、父を葬りに行かせてください」と言った。 |
| すぐに「はい」と言って、主に従っていく者でありたいと願っています。自分を捨てるとは自分の事情、置かれている 立場などすべてをそのままにして、すぐに主のみ声に従っていくこととあらためて教えていただきました。 |
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2/20 |
ルカ17章23節 |
『見よ、あそこだ』『見よ、ここだ』と人々は言うだろうが出て行ってはならない。 |
| 人を見て、あっちこっちとうろたえず、主だけを求め祈る者でありたいです。 日々の暮らしの中でもいつも、人を見ず、主だけにお伺いして歩むものでありたいです。 |
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2/21 |
ルカ19章10節 |
人の子は、失われたものを捜して救うために来たのである。 |
| 捜してくださりありがとうございます。自分で、自分の力で、と頑なに凝り固まっていた心をやわらかく解けるまで 待っていてくださいました。絶望の中から、完全なる希望のお方のみ元にたどりつきました。 |
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2/22 |
ルカ22章42節 |
「父よ、御心なら、この杯をわたしから取りのけてください。しかし、わたしの願いではなく御心のままに行ってください。」 |
| 十字架を前に「自分の願いではなくみ心の通りに」と祈られたイエス様のお苦しみとともに、こう祈れる信仰を思います。 この者も、どのようなところに置かれようと、どのような状況の中にあってもこう祈れるものにならせていただきたいです。 |
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2/23 |
ヨハネ4章14節 |
しかし、わたしが与える水を飲む者は決して渇かない。わたしが与える水はその人の内で泉となり |
| 主からいただいた水を飲んだ時、初めて「生きる」ことができました。根なし草の風来坊だったこの者をしっかり 捉えていただき、あなた様を見上げる目、み声を聞く耳、讃美する口を開けてくださいました。 |
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2/24 |
ヨハネ5章24節 |
はっきり言っておく。わたしの言葉を聞いて、わたしをお遣わしになった方を信じる者は、永遠の命を得、 |
| 目に見えているこの肉体はいつか朽ちますが、神様を信じる者は永遠の生命をいただき裁きにあうこともなく、 天国への希望をいただくことができました。 |
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2/24 |
ヨハネ6章37節 |
父がわたしにお与えになる人は皆、わたしのところに来る。わたしのもとに来る人を、わたしは決して追い出さない。 |
| イエス様のみ元に来た者をイエスさまは決して捨てない、追い出さないと言ってくださっている。 この放蕩娘をそのまま受け入れてくださるあわれみにただひれ伏すばかりです。 |
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2/25 |
ヨハネ7章18節 |
自分勝手に話す者は、自分の栄光を求める。しかし、自分をお遣わしになった方の栄光を求める者は真実な人であり |
| 口数の多いこの者の口をどうかお守りください。自分で語るのではなく祈りつつへりくだって必要なことだけを語る者と させてください。あなた様だけが栄光をお受けになられるただお1人のお方。栄光は主にありて。 |
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2/26 |
ヨハネ8章32節 |
あなたたちは真理を知り、真理はあなたたちを自由にする。 |
| 息子が重い障害の宣告を受けた時、悲しみと共にどこかホッとする思いがありました。もしやと疑い揺れ動く悩みからは 解放され、腰を据えて育てていこうという決意に変わりました。のちにこのみ言葉に出会いました。み言葉は真実です。 |
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2/27 |
ヨハネ10章3節 |
門番は羊飼いには門を開き、羊はその声を聞き分ける。羊飼いは自分の羊の名を呼んで連れ出す。 |
| 主がこの者の名前を呼んでくださっているみ声が聞こえるようになりました。もう迷うことなくみ跡をついていけます。 罪から救いに入れていただきました。 |
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2/28 |
ヨハネ11章3節 |
「主よ、あなたの愛しておられる者が病気なのです」 |
| 主に救われてからも何度この祈りをしてきたでしょう。病いに苦しむ息子を前におろおろし「主よ、あわれんでください」と。 朽ちぬ永遠の生命に希望をつなげてすべてをお委ねしてまいりたいと願う弱いこの者も平安をいただいています。 |
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2/29 |
ヨハネ14章 1節 |
「心を騒がせるな。神を信じなさい。そして、わたしをも信じなさい。」 |
| 「はい、信じます。」信じていなかった過去をどう生きていたかよく生きてこられたと不思議でなりません。信じられなかった 過去があったことも、今は不思議でなりません。神様、あなた様が居てくださるからこそ、生かされている今があります。 |
3/1 |
ヨハネ20章29節 |
イエスはトマスに言われた。「わたしを見たから信じたのか。見ないのに信じる人は、幸いである。」 |
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| イエス様を肉の目で見たことはありませんがこの者の上に成して下さった語りつくせぬ多くのことはすべてあなた様から のこと、あなた様だからこそおできになったこととわかりました。信じる者に加えていただく恵みにあずかりました。 |
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3/2 |
ヨハネ21章22節 |
イエスは言われた。「わたしの来るときまで彼が生きていることをわたしが望んだとしても、あなたに何の関係があるか。あなたは、わたしに従いなさい。」 |
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| 人を見て自分と比べるのではなく、また息子を人と比べることをせず息子だけをみて育てる中で、主からいただく恵みに 感謝して従っていく時にあなた様からの平安と祝福をいただけることを体験させていただいております。 |
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3/3 |
使徒 3章16節 |
あなたがたの見て知っているこの人を、イエスの名が強くしました。それは、その名を信じる信仰によるものです。 |
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| この人とは、この私です。気兼ねして、気弱で、希望もなく、それでいて虚勢を張って生きていた者でしたが、 主イエスさまを信じた時、主が居てくださるから弱い私が主にあって強い私に新しく生まれ変わることができました。 |
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3/4 |
使徒 5章29節 |
ペトロとほかの使徒たちは答えた。「人間に従うよりも、神に従わなくてはなりません。」 |
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| 従うお方はイエス様だけです。人に聞いても、人に頼っても、人に相談しても、責任はとってもらえません。 右か左か迷った時、鎮まって祈ると主は責任をもって最善に導いてくださることを体験させていただいています。 |
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3/5 |
使徒9章6節 |
「起きて町に入れ。そうすれば、あなたのなすべきことが知らされる。」 |
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| 迫害していたパウロを、主は聖霊により悔い改めさせられ用いられた。起きあがってみ前に祈る時、主はこの小さな者の ためにも「しなければならないこと」を告げてくださる。主よ、この者も用いてください。 |
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3/6 |
使徒10章26節 |
ペトロは彼を起こして言った。「お立ちください。わたしもただの人間です。」 |
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| 牧師も神父も宣教師も、信仰歴の長い兄姉も救われて間もない兄姉もみな、主のみ前にひとりの平信徒、ひとりの 罪ある人間。以前、私は宣教師をイエス様の代理(?)のように見ていましたがイエス様だけが救い主とわかりました。 |
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3/7 |
使徒12章17節 |
ペトロは手で制して彼らを静かにさせ、主が牢から連れ出してくださった次第を説明し、 |
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| 出口の見えない暗いトンネルの中、子供を抱えて歩いていたこの者を主がどのようにして光へと救い出して下さったか、 まだ主をご存じない方々にお証しさせていただきたいです。主の御手を妨げないよう主にお知恵をいただきながら。 |
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3/8 |
ローマ9章16節 |
従って、これは、人の意志や努力ではなく、神の憐れみによるものです。 |
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| 自分に起こる問題(悩み)もすべて神様がこの者に必要だから、と下さっていることを思います。イエス様が共に涙し、 共に喜び、いつもそばで支えて下さっている憐れみにより、努力ではなく祈りによって歩ませていただけています。 |
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3/9 |
ローマ10章11節 |
聖書にも、「主を信じる者は、だれも失望することがない」と書いてあります。 |
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| 主を知る前、まったく希望がなく失望というより絶望に近い心境で生きてきた時代がありました。主を信じて救いに あずかってからどんな状況でも必ず最善になる、主が共にいて下さってるとわかり「失望」の文字から解放されました。 |
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3/10 |
ローマ11章36節 |
すべてのものは、神から出て神によって保たれ神に向かっているのです。栄光が神に永遠にありますように、アーメン。 |
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| うれしい時もさびしい時もどんな時も、どんな事もすべて主から出ていること、主のご支配の中での出来事とみ言葉から 語っていただき、地上に居る今も主から喜びと平安の中においていただけますさいわいを感謝いたします。 |
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3/11 |
ローマ12章5節 |
わたしたちも数は多いが、キリストに結ばれて一つの体を形づくっており、各自は互いに部分なのです。 |
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| ひとりひとりの器官を呼び集めキリストにあって一つの体にしていただき互いにそれぞれが主から違った賜物をいただいて きていることを思います。この者もいただいた賜物を無駄にしないよう主のご用をさせていただきたい、兄弟姉妹と共に。 |
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3/12 |
ローマ13章9節 |
「姦淫するな、殺すな、盗むな、むさぼるな」、そのほかどんな掟があっても「隣人を自分のように愛しなさい」という |
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| 聖霊のお助け、主の憐みがなければこの罪の者は人を愛することなどできないことを知っています。夫に従えるあばら骨で ありたいと願っていますが自我がむくむくと顔を出しむずかしいことが多々あります。夫にでさえこんな者です、祈ります。 |
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3/13 |
ローマ14章1節 |
信仰の弱い人を受け入れなさい。その考えを批判してはなりません。 |
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| 信仰の弱い者が、み跡をよろよろ歩みながら日々み言葉から語っていただき載せています。主が居てくださっているので 安心してそのままの自分を出すことができています。主から離れている友のことも批判ではなく祈りだけ。み前に祈ります。 |
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3/14 |
Tコリント1章21節 |
世は自分の知恵で神を知ることができませんでした。それは神の知恵にかなっています。そこで神は、宣教という |
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| 自分の知恵ではなく上からの憐れみにより神様を知り信じる信仰をいただきました。息子はこの世では1歳前後の知恵と 医師から判定されていますが、神様をしっかり受け入れて神様の大切なご用をさせていただいてます。主を畏れます。 |
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3/15 |
Tコリント4章5節 |
ですから、主が来られるまでは、先走って何も裁いてはいけません。主は闇の中に隠されている秘密を明るみに出し、 |
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| いくら取り繕ってもあなた様はこの者の心の奥まで見られます。自分でも気づかない罪もあなたさまはご存じで時に応じて 気づかせてくださいます。そしてなお愛してくださり、この放蕩娘を迎え入れてくださることを確信できますので感謝です。 |
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3/16 |
Tコリント10章13節 |
あなたがたを襲った試練で人間として耐えられないようなものはなかったはずです。神は真実な方です。あなたがたを |
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| 困難を前にして「どうしたら?」と不安に襲われますが救われて主を知ってから「このこともすべて主からのこと」と受けて 主に祈ることができます。振り返った時いつも主のまなざし、主の憐れみの中に居た(居る)ことがわかります。感謝です。 |
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3/17 |
Tコリント11章3節 |
ここであなたがたに知っておいてほしいのは、すべての男の頭はキリスト、女の頭は男、そしてキリストの頭は神であるということです。 |
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| すべてのものの頭はイエス様で、そのあとに夫が続きそして妻が居ることがわかりますが、ふと気がつくと一番最後のはずの 妻がイエス様より先に、夫より先に、でしゃばって前に出てきて来てチョロチョロ。主よ、自我の強いこの者をお赦し下さい。 |
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3/18 |
Tコリント12章3節 |
ここであなたがたに言っておきたい。神の霊によって語る人は、だれも「イエスは神から見捨てられよ」とは言わないし、また、聖霊によらなければ、だれも「イエスは主である」とは言えないのです。 |
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| 聖霊が働いて下さった時に初めてこの者もイエス様が神様のひとり子、救い主と信じ受け入れることができました。 この者の信仰の歩みにあわせて理屈ではなく日常の体験を通し、主は憐れんで下さりご自身を現わして下さいます、感謝。 |
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3/19 |
Tコリント13章2節 |
たとえ、預言する賜物を持ち、あらゆる神秘とあらゆる知識に通じていようとも、たとえ山を動かすほどの完全な信仰を |
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| 「愛」はイエス様につながりイエス様から愛をいただいてから初めてこの罪の者も人を愛せるようになることを体験して います。まず自分、そして次に子供だったと思いました。この弱い者を目覚めさせて下さったのはイエス様のご愛でした。 |
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3/20 |
Tコリント15章58節 |
わたしの愛する兄弟たち、こういうわけですから、動かされないようにしっかり立ち、主の業に常に励みなさい。 |
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| いつも主を見上げて、初めの愛を心にとめみ衣のすそをしっかり握って歩む者でありたいです。毎日の生活の中でどうなる やらと思うこともありますが、すべてのことは主から出たことなので決して無駄はないと確信でき、平安をいただけます。 |
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3/21 |
神は、あらゆる苦難に際してわたしたちを慰めてくださるのでわたしたちも神からいただくこの慰めによって、あらゆる |
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| 振り返ったとき、いつも慰めと希望をいただいていたことを思いました。このわたしも神様からいただく慰めによって人を 慰めることができると言ってくださっています。愛することのできる者へとかえて下さる主のご愛に応えていきたいです。 |
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3/22 |
Uコリント2章10節 |
あなたがたが何かのことで赦す相手は、わたしも赦します。わたしが何かのことで人を赦したとすれば、それは、 |
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| この者も長い間許せなかった人を許すことができました。心のとげをとってくださった主の深い憐みにみ前にひれ伏す ばかりです。自分ではできませんでした。主の祈りの「我らに罪を犯す者を我らが赦す如く」と祈れるようになりました。 |
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3/23 |
Uコリント3章5節 |
もちろん、独りで何かできるなどと思う資格が、自分にあるということではありません。わたしたちの資格は神から |
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| 自分で子供を育てていると思っていたころ、自分の力不足などに自分を責めたり不安になったりつらい思いがありました。 親の資格もない何もできない私を、神様が見守り導いて、育てさせて下さっていると気づいたとき、平安に包まれました。 |
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3/24 |
Uコリント4章18節 |
わたしたちは見えるものではなく、見えないものに目を注ぎます。見えるものは過ぎ去りますが、見えないものは |
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| この世の中で見えるものはほんとうに一時的なもの、毎日の暮らしの中でも大切なものは肉の目では見えないと思います。 イエス様から夫婦・親子・兄弟姉妹・未信者の友へと流されているご愛。永遠の生命の幸いを思います。 |
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3/25 |
Uコリント5章17節 |
だから、キリストと結ばれる人はだれでも、新しく創造された者なのです。古いものは過ぎ去り、新しいものが生じた。 |
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| 罪を赦され、あなた様にある新しい生命をいただけました。かたくなな心をあなた様のご愛で溶かして下さり解放され 主にあって自由な身に生まれ変わりました。古い自分が縛られていた、この世の価値観も主により変えられました。 |
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3/26 |
Uコリント6章2節 |
なぜなら、「恵みの時に、わたしはあなたの願いを聞き入れた。救いの日に、わたしはあなたを助けた」と神は言って |
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| 主に救われて信仰の成長を導かれ自分の中の長年のトゲを抜いていただき還暦を迎えることができました。主から 授かった障がいをもつ息子の生活を見ていても不便はあるけど、決して不幸ではなく恵みだと言いきることもできました。 |
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3/27 |
Uコリント7章10節 |
神の御心に適った悲しみは、取り消されることのない救いに通じる悔い改めを生じさせ、世の悲しみは死をもたらしま す。 |
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| 神様からいただいた悲しみの中にあって、もがき苦しみ助けを求めて祈った時あなた様は応えて下さり、この者を気づかせ 悔い改めに導びかれた。この世の死ではなく永遠の生命をいただきました。神様はすべてを益に変えてくださるお方です。 |
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3/28 |
Uコリント8章15節 |
「多く集めた者も、余ることはなく、わずかしか集めなかった者も、不足することはなかった」と書いてあるとおりです。 |
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| あなた様を知ってから、いつも満たされています。必要なだけ頂戴しています、多くもなく少なくもなく。あなた様を知る 前は、少ししか集まらないと不安がありました。あなた様に、ではなく目に見えるこの世だけに目を向けていたからです。 |
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3/29 |
Uコリント9章8節 |
神は、あなたがたがいつもすべての点ですべてのものに十分で、あらゆる善い業に満ちあふれるようにあらゆる恵みをあなたがたに満ちあふれさせることがおできになります。 |
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| 自分が努力してするのではなくあなた様がこの者に恵みをくださって初めて恵みによって良い業をなすことができることを 語ってくださっています。あふれるばかりの恵みを今日もいただきました、あなた様が喜ばれる管にどうぞお用いください。 |
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3/30 |
Uコリント10章17節 |
「誇る者は主を誇れ。」 |
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| 主を知ってこの世の価値観を全く変えていただいたこと。主にとらえていただき自分の罪の重さを知ったこと。主によって 弱いままで愛されてること。主に頼れること。あなた様から預かっている息子を主にあって誇ることができますご愛を感謝。 |
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| 3/31 | Uコリント11章30節 | 誇る必要があるなら、わたしの弱さにかかわる事柄を誇りましょう。 | ||
| 弱くなかったら、主よ、あなた様のみ前に出ませんでした。今だって弱くどうしようもない者、でも主が支えてくださって いるから弱いけど安心。息子を思う時、弱さゆえに主を頼り主から大いなる祝福をいただいている姿を見せてもらってます。 |
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| 4/1 | Uコリント12章10節 | それゆえ、わたしは弱さ、侮辱、窮乏、迫害、そして行き詰まりの状態にあってもキリストのために満足しています。 なぜなら、わたしは弱いときにこそ強いからです。 |
| 自分の弱さも、行き詰りに見える状況におかれていると思える時もすべて神様が最善に導くゆえのこと「私を頼りなさい」 と言ってくださってることを思います。自分の弱さを認めた時、完全なるお方、主が後ろ盾になり強くしてくださいます。 |
||
| 4/2 | Uコリント13章4節 | キリストは、弱さのゆえに十字架につけられましたが、神の力によって生きておられるのです。わたしたちもキリストに 結ばれた者として弱い者ですが、しかし、あなたがたに対しては、神の力によってキリストと共に生きています。 |
| イエス様は罪も犯さないのに、罵られても何も言わず、神様のみ心のままに十字架に架かって下さった、こんな者のために。 このことをわかった時、愚かなこの者は悔い改めに導かれ主を受け入れ、今こうして主と共に生きることができています。 |
||
| 4/3 | ガラテヤ1章1節 | 人々からでもなく、人を通してでもなく、イエス・キリストと、キリストを死者の中から復活させた父である神とによって 使徒とされたパウロ、 |
| パウロが使徒になったことも、私が救いにあずかり今ここにあることも、与えられた家族も、すべてのことは神様によって のこと。人間の手で立てた計画ではなくすべてが主の御手によるもの、ただ主を畏れ感謝します。どうかお用いください。 |
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| 4/4 | ガラテヤ2章20節 | 生きているのは、もはやわたしではありません。キリストがわたしの内に生きておられるのです。わたしが今肉において 生きているのは、わたしを愛し、わたしのために身を献げられた神の子に対する信仰によるものです。 |
| この者のために十字架にかかってくださったお方。生まれる前から、白髪になった今になっても、そしてこれからもずうっと 主のみ元に帰るまでお導きくださるイエス様にのみ頼って信じて歩みます。イエス様ゆえにこの者も今、生きていられます。 |
||
| 4/5 | ガラテヤ3章26節 | あなたがたは皆、信仰により、キリスト・イエスに結ばれて神の子なのです。 |
| イエス様を信じる信仰によって、神の子とさせていただける恵みを心からありがとうございます。お祈りの時に「天の父なる 神様」と呼びかけますが、いつも子である私たちを見守り導いて下さっていますこと体験させていただいてます。感謝! |
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| 4/6 | ガラテヤ4章15節 | あなたがたが味わっていた幸福はいったいどこへ行ってしまったのか。あなたがたのために証言しますがあなたがたはできることなら、自分の目をえぐり出してもわたしに与えようとしたのです。 |
| いつもあなた様と共にいないと、自我を中心に過ごしていると、救いに与った「幸福」いつも主が居てくださる「幸福」の 確信、罪を赦された安堵、平安が見えなくなって不安だけになってしまう弱い者です。主だけを見上げて祈っていきます。 |
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| 4/7 | ガラテヤ5章1節 | この自由を得させるために、キリストはわたしたちを自由の身にしてくださったのです。だからしっかりしなさい。奴隷の 軛に二度とつながれてはなりません。 |
| 私が背負いこんでいたこの世のこと(子どもの心配や世間の目等など)からイエス様が解放してくださいました。この頑固な 者を変えてくださったお方に、自分で自分をしばっていた頑丈な縄をほどいていただき自由になりました。ご愛によります。 |
||
| 4/8 | ガラテヤ6章14節 | しかし、このわたしには、わたしたちの主イエス・キリストの十字架のほかに、誇るものが決してあってはなりません。 この十字架によって、世はわたしに対し、わたしは世に対してはりつけにされているのです。 |
| 私が誇れるものはあなた様からいただいた信仰だけです。自分自身から出たもので誇れるものはなにひとつありません。 「♪キリストにはかえられません〜」この聖歌のとおりです。この罪の者のために十字架に架かってまでも、、、。 |
||
| 4/9 | エフェソ1章18節 | 心の目を開いてくださるように。そして、神の招きによってどのような希望が与えられているか、聖なる者たちの受け継ぐものがどれほど豊かな栄光に輝いているか悟らせてくださるように。 |
| 聖霊の働きによって心の目がはっきり見えるようにさせていただき、あなた様がそばに置いて下さっている息子を通しても みわざを見せていただいています。まだ天国に行ったことも見たこともありませんが帰ることへの希望もいただいています。 |
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| 4/10 | エフェソ2章8節 | 事実、あなたがたは、恵みにより、信仰によって救われました。このことは、自らの力によるのではなく、神の賜物です。 |
| すべて神様のご計画の中で動かされていることを思います。神様なくして何もできない、罪人である自分が誇れるものは何 ひとつありません。このような者が自分の努力によって救われたのではなく一方的に救われたこと、み前にへりくだります。 |
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| 4/11 | エフェソ3章19節 | 人の知識をはるかに超えるこの愛を知るようになり、そしてついには、神の満ちあふれる豊かさのすべてにあずかり、 それによって満たされるように。 |
| ほんとうにこの者の知識などはあなたさまのみ前に、霧のようなものです。イエス様の計り知れない広く、長く、高く、深い ご愛を生まれる前から今も永遠にいただけていることを、この世の知恵ではなく信仰によって教えていただいています。 |
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| 4/12 | エフェソ4章29節 | 悪い言葉を一切口にしてはなりません。ただ、聞く人に恵みが与えられるように、その人を造り上げるのに役立つ言葉を、必要に応じて語りなさい。 |
| あなた様はすでにご存じでいらっしゃいますが、この者は口が多すぎます。どうかこの者の口をお守りください。聞く人に 恵みをお伝えできる言葉を発することができますように、この者の口が、人をつまずかせないようにどうかお導きください。 |
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| 4/13 | エフェソ5章24節 | また、教会がキリストに仕えるように、妻もすべての面で夫に仕えるべきです。 |
| 「はい、仕えます」このようにはっきり言えない自分がいます。ふと気づいた時にはわがままな自分が出てしまっています。 でもみ言葉のように、主のご命令に従いたいです。どうぞ憐れんでください、お支えください、お導きください。アーメン。 |
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| 4/14 | エフェソ6章7節 | 人にではなく主に仕えるように、喜んで仕えなさい。 |
| あなた様に祈りながらあなた様にお仕えするのと同じように、喜んで人に仕える者とさせていただきたいです。主から 目をそらしたらできません。祈らないとできません。この者もあなた様から頂いているご愛をお伝えしていける者になりたいです。 |
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| 4/15 | フィリピ1章29節 | つまり、あなたがたにはキリストを信じることだけでなくキリストのために苦しむことも恵みとして与えられているのです。 |
| パウロ兄が今は御国で地上での労苦を主と共に喜んでいる姿が目に浮かびます。この者もみこころのままにつぶやかず迷わず感謝をもって受け止めて歩ませていただきたいです。弱い者ですが苦しみも益に変えてくださることを主から学んでいます。 | ||
| 4/16 | フィリピ2章13節 | あなたがたの内に働いて、御心のままに望ませ、行わせておられるのは神であるからです。 |
| 神様のご用をしたい、主をお伝えしたい。息子の見守りと両立できる方法でこの者も主の通り良き管と成してほしいと祈る ことも主が望ませてくださったから。このHPも主が作らせてくださりお与えくださったから。主よ、なんと感謝でしょう!アーメン。 |
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| 4/17 | フィリピ3章20節 | しかし、わたしたちの本国は天にあります。そこから主イエス・キリストが救い主として来られるのを、わたしたちは 待っています。 |
| 娘がドイツに嫁ぎ、娘の大切な家族もドイツに住みますがどこの国に生まれたというのではなく、主を受け入れた者として 天に国籍をお与え下さっていることに慰めと希望を頂いています。そしてイエス様が迎えに来てくださるというお約束までも! |
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| 4/18 | フィリピ4章11節 | 物欲しさにこう言っているのではありません。わたしは、自分の置かれた境遇に満足することを習い覚えたのです。 |
| アーメン。自分の思いではなくあなたさまのみ心のままをいつも喜び、絶えず祈り、すべてを感謝できるものと成らせて いただきたいです。この者に必要な訓練をいただだき、あなた様からみ言葉を通して気づかせていただいている恵みを感謝! |
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| 4/18 | フィリピ4章13節 | わたしを強めてくださる方のお陰で、わたしにはすべてが可能です。 |
| あなた様がいつも共にいてくださり見守って下さり後ろ盾になってくださっていますこと、この弱く力もない取柄もない者も 振り返った時はっきりわかりました。自分の力、自分の努力だけでは決してできません。主にあって今も生かされています。 |
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| 4/19 | コロサイ1章23節 | ただ、揺るぐことなく信仰に踏みとどまり、あなたがたが聞いた福音の希望から離れてはなりません。この福音は、世界中至るところの人々に宣べ伝えられており、わたしパウロは、それに仕える者とされました。 |
| 暗闇の中からイエス様の光の中へと呼び入れていただきました。イエスさまの十字架がなかったらこの者も罪のままでした。 主から離れたら生きていけないことを体験している今、主からの恵みをお伝えできたらと願っています。用いてください。 |
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| 4/20 | コロサイ2章8節 | 人間の言い伝えにすぎない哲学、つまり、むなしいだまし事によって人のとりこにされないように気をつけなさい。それは 世を支配する霊に従っており、キリストに従うものではありません。 |
| 「この世に調子を合せてはいけません」「見える者にではなく見えないものに目をとめなさい」を思いました。人にではなく 完全なるお方、主だけを見上げ祈りつつ従って歩む者でありたいです。人にではなく神様に頼ることができますこと感謝です。 |
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| 4/21 | コロサイ3章18節 | 妻たちよ、主を信じる者にふさわしく、夫に仕えなさい。 |
| 夫も妻であるこの者も主に愛されています。この者が自分を愛するようにあなた様が出会わせてくださった夫を自分のように 愛せる者となれたらと祈っています。「愛はすべてを完成させるきずなです」主に、夫に、人に仕える者となれますように。 |
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| 4/22 | コロサイ4章3節 | 同時にわたしたちのためにも祈ってください。神が御言葉のために門を開いてくださり、わたしたちがキリストの秘められた計画を語ることができるように。このために、わたしは牢につながれています。 |
| パウロ兄のお祈りに合わせてアーメン。牢にいても主を拝し祈る姿を思います。この私にも主は毎日み言葉を語ってください ます。イエス様が十字架に架かって下さりこの者が罪赦され救いにあずかっている恵みをお伝えしたいです、お用いください。 |
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| 4/23 | Tテサロニケ1章6節 | そして、あなたがたはひどい苦しみの中で、聖霊による喜びをもって御言葉を受け入れ、わたしたちに倣う者、そして主に倣う者となり、 |
| あなた様が敷いてくださった道をよろよろ何もわからずに歩む中で、自分の努力ではこれ以上一歩も動けないことを目の当た りにして助けてくださいとみ前に降参しました。主に選ばれ救われ聖霊によりみ言葉を自分のものとさせていただけました。 |
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| 4/24 | Tテサロニケ2章4節 | わたしたちは神に認められ、福音をゆだねられているからこそ、このように語っています。人に喜ばれるためではなく、 わたしたちの心を吟味される神に喜んでいただくためです。 |
| 日常のなにげない挨拶やおしゃべりの中にも、主の御手を邪魔しないようこの者の口から出て行く言葉を発していきたいです。 この者が語る時も動く時もいつも主が喜んでくださるか悲しまれないかを思いながら、祈りながら、過ごしてまいりたいです。 |
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| 4/25 | Tテサロニケ3章12節 | どうか、主があなたがたを、お互いの愛とすべての人への愛とで、豊かに満ちあふれさせてくださいますように、 わたしたちがあなたがたを愛しているように。 |
| イエス様が私たちひとりひとりを、生命をお捨てになってまでも愛して下さっているから、このわがままで自分自分と言う この者も人を愛するということができ始めています。イエスさまがお支え下さり愛されているから愛せることを思います。 |
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| 4/26 | Tテサロニケ4章9節 | 兄弟愛については、あなたがたに書く必要はありません。あなたがた自身、互いに愛し合うように、神から教えられているからです。 |
| 兄弟愛については書き送らなくていいとまで信頼してもらっていることを思います。愛し合いなさいといつも語って下さり あなた様から離れたら愛することはできないことも骨身にしみて知り、この者も主のみ前にひざまずける者になりました。 |
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| 4/26 | Tテサロニケ5章23節 | どうか、平和の神御自身が、あなたがたを全く聖なる者としてくださいますように。また、あなたがたの霊も魂も体も何一つ欠けたところのないものとして守り、わたしたちの主イエス・キリストの来られるとき、非のうちどころのないものとしてくださいますように。 |
| 「あなたがたのために場所を用意したら、戻って来て、あなたがたをわたしのもとに迎える。」と主はお約束くださいました。いつも主だけに目を向けて目を覚まし て主のおいでになられる時を待ち望んでおります。御国に帰る時にはこの者も主ご自身が清めてくださり霊も魂も体も完全なものにして迎え入れてくださる、感謝。 |
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| 4/27 | Uテサロニケ1章7節 | また、苦しみを受けているあなたがたには、わたしたちと共に休息をもって報いてくださるのです。主イエスが力強い 天使たちを率いて天から来られるとき、神はこの報いを実現なさいます。 |
| イエス様が「天に住まいを用意して迎えに来る」と約束してくださっていることを思います。地上の苦しみ、哀しみは地上に 居る間は続くでしょう。でも天国の故郷に帰れば、ここにはもう涙もありません。「主よ来りませ」身を引き締めて待ち望みます。 |
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| 4/28 | Uテサロニケ2章13節 | しかし、主に愛されている兄弟たち、あなたがたのことについて、わたしたちはいつも神に感謝せずにはいられません。 なぜならあなたがたを聖なる者とする“霊”の力と、真理に対するあなたがたの信仰とによって、神はあなたがたを、 救われるべき者の初穂としてお選びになったからです。 |
| このようなとるに足りない者をも、母の胎に居る時から救いに選んでくださっていたことを気づかせていただいてます。地上で の生活を振り返る時、いつもあなた様の綿密なご計画の中を走っていたこと、主の御手の中に生かされていることを思います。 |
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| 4/29 | Uテサロニケ3章3節 | しかし、主は真実な方です。必ずあなたがたを強め、悪い者から守ってくださいます。 |
| 悪い者ーその中には古い私がいます。新しく生まれ変わらせていただいたもののまだ地上において古い自分がしっかり根を 残していることを自分は知っています。主よ、悪い自分をあなた様により制する者とならせ守ってくださること、感謝です。 |
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| 4/30 | Tテモテ1章15節 | 「キリスト・イエスは、罪人を救うために世に来られた」という言葉は真実であり、そのまま受け入れるに値します。 わたしは、その罪人の中で最たる者です。 |
| 私こそ、罪人です。そうであるのに、いえ罪深いが故に罪人の中からあなた様に憐れんでいただき選んでいただき、救いに 与ることができました。イエス様がこの私を救うために来てくださったことも知りました。み前にただひざまづくだけです。 |
| 5/1 | Tテモテ2章12節 | 婦人が教えたり、男の上に立ったりするのを、わたしは許しません。むしろ、静かにしているべきです。 |
| 主よ、畏れをもってみ前にひれふします。昨日、主人とほんとにささいなことで言い争いをしました。私の姿を見ておられ 今朝こうしてみ言葉を通して語ってくださいました。おろかなおしゃべりの女の口をお守り下さい。主にお従いしたいです。 |
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| 5/2 | Tテモテ3章5節 | 自分の家庭を治めることを知らない者に、どうして神の教会の世話ができるでしょうか。 |
| 教会のご用をさせていただきたいです。まず自分の家庭を整えてそれからであることを教えてくださいました。夫が主に従い 妻が夫に従い子供たちが親に従い、家族がひとつになって主を見上げて生活していきたい。教会のご用も主が喜んでくださる |
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| 5/3 | Tテモテ4章13節 | わたしが行くときまで、聖書の朗読と勧めと教えに専念しなさい。 |
| 再臨により、または肉体の死により天の御国に引き上げられるまで毎日、聖書のみ言葉を頂戴しながらイエス様からの教えに従える者とさせていただきたいと祈ります。主よ、あなた様の教えを守れる者ではないから、弱い者だから、あなた様に頼ります。 | ||
| 5/4 | Tテモテ5章8節 | 自分の親族、特に家族の世話をしない者がいれば、その者は信仰を捨てたことになり、信者でない人にも劣っています。 |
| 教会に行けない時、さびしさと共に兄弟姉妹や牧師がなんと思うかと人の目を気にする思いもありました。主から託されて いる息子をみることで主が良しとされる、家に居てもいつも共に居てくださる、と気づかされ主によって解放されました。 |
||
| 5/5 | Tテモテ6章7節 | なぜならば、わたしたちは、何も持たずに世に生まれ、世を去るときは何も持って行くことができないからです。 |
| 自分のものは何ひとつない。家族も主にある兄姉も衣食住のすべての必要なものはあなた様から与えられたものです。天に 帰るときにすべてをお返ししてみ元に参ります。あなた様から頂いたご愛とみ言葉と讃美だけを霊に納めて、、、感謝です。 |
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| 5/6 | Uテモテ1章7節 | 神は、おくびょうの霊ではなく、力と愛と思慮分別の霊をわたしたちにくださったのです。 |
| この者はとても臆病者で真っ暗やみが怖い、死が怖い、人の目が怖い、将来が怖い、でしたが今は主に祈れます、頼れます。 あなた様の救いに入れていただき、生命がこの世で終わるのではないことを教えていただきました。主にすがって歩みます。 |
||
| 5/7 | Uテモテ2章7節 | わたしの言うことをよく考えてみなさい。主は、あなたがすべてのことを理解できるようにしてくださるからです。 |
| 今すぐにはわからなくても、必要な時には主は教えてくださる。今までもそうでしたこの者にあった方法でこの者がはっきり 分かるように。「なぜ、どうして?」が「こういうことだったのか」といつも最善の結果をみせてくださいますご愛を感謝。 |
||
| 5/8 | Uテモテ3章14節 | だがあなたは、自分が学んで確信したことから離れてはなりません。あなたは、それをだれから学んだかを知っており、 |
| この者がみ前に降参し助けを求めた時、あなた様はこの者にわかるように時に応じて必要なことを語ってくださいました。 地上での生活で悩む中にあっても、あなた様だけを見上げ祈りつつ歩む時、お知恵をいただき希望にかえてくださっています。 |
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| 5/9 | Uテモテ4章16節 | わたしの最初の弁明のときには、誰も助けてくれず皆わたしを見捨てました。彼らにその責めが負わされませんように。 |
| イエス様の十字架上での祈りと重なりました。ご自分を十字架にかけた者たちを「許してやってください」と祈られた。 この者も祈りに入れていただいている。隣人を愛することは自分を見捨てた人をも許せることとわかるけどできません。 |
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| 5/10 | テトス1章2節 | これは永遠の命の希望に基づくもので、偽ることのない神は、永遠の昔にこの命を約束してくださいました。 |
| 果てしない全宇宙をご支配なさっている完全なるお方が遠い昔からお約束して下さっている「永遠の生命」。このちりに 等しい者にも永遠の生命への希望をくださいました。この者も主のご用のために選ばれました、どうかお用いください。感謝。 |
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| 5/11 | テトス2章10節 | 盗んだりせず、常に忠実で善良であることを示すように勧めなさい。そうすれば、わたしたちの救い主である神の教えを、 あらゆる点で輝かすことになります。 |
| この者が出会う方々に対して心をこめて接していける者でありたいと願い祈っています。あなた様にお支えいただかないと とてもできないことを知っています。主の恵みをまだご存じない方々にキリストの香りを伝えられますようお導きください。 |
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| 5/12 | テトス3章5節 | 神は、わたしたちが行った義の業によってではなく、御自分の憐れみによって、わたしたちを救ってくださいました。 この救いは、聖霊によって新しく生まれさせ、新たに造りかえる洗いを通して実現したのです。 |
| 罪の者です、何かを行うといっても自分の力では行えません。自分が何をしたから、ではなく主の一方的な憐れみにより救いに 入れてくださった。聖霊によって清めていただき、いつも主に感謝し1日を始めることができますことも主によってです。 |
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| 5/13 | フィレモン1章17節 | だから、わたしを仲間と見なしてくれるのでしたら、オネシモをわたしと思って迎え入れてください。 |
| 「小さい者にしていることはこの私にしていることです」を思い出しました。自分が出会わせていただく方々に、この者が 受けている主からのご愛をおわけできる者でありたい。主にお仕えしているような気持ちで向き合いたい。お支えを祈ります。 |
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| 5/14 | ヘブライ1章11節 | これらのものは、やがて滅びる。だが、あなたはいつまでも生きている。すべてのものは、衣のように古び廃れる。 |
| イザヤ「草は枯れ、花はしぼむがわたしたちの神の言葉はとこしえに立つ」アーメン。目に見えるものは滅び去り、肉体の衣も 朽ちていきますがあなた様にいただいた永遠の生命は滅びることなく天の御国の希望をいただいてます。栄光は主に在り。 |
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| 5/15 | ヘブライ2章18節 | 事実、御自身、試練を受けて苦しまれたからこそ、試練を受けている人たちを助けることがおできになるのです。 |
| イエス様が肉体をもって来てくださり罵られそしられ裏切られ捨てられ十字架にまで架かられたのち復活なさいました。 弱い者たちへ愛のまなざしを向けられ続けているお方により、救いにあずかり死からも解放され希望へとつながりました。 |
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| 5/16 | ヘブライ3章16節 | いったいだれが、神の声を聞いたのに、反抗したのか。モーセを指導者としてエジプトを出たすべての者ではなかったか。 |
| アダムとイブを思い浮かべます、そして自分も同じこのすべての者の中に居ます。イエス様が十字架に架かられたときに そっと何もせず見ていたのもこの弱虫の私です。それでも赦してくださり愛することを身をもって教えてくださってます。 |
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| いつも「み言葉」へ来てくださりありがとうございます。しばしの間、更新できませんがまた再開の折にはよろしくお願いいたします。 |
| 7/1 | ヘブライ4章13節 | 更に、神の御前では隠れた被造物は一つもなく、すべてのものが神の目には裸であり、さらけ出されているのです。この神に対して、わたしたちは自分のことを申し述べねばなりません。 |
| 主は心の奥底に隠されている自分でもまだ気付いていない思いもすべてご存じです。主のみ前には何一つ隠す事もできません。 この罪の者をそのままに愛し赦してくださっていますから生きられます。幼な子のように心を打ち明け祈りつつ歩ませて下さい。 |
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| 7/2 | ヘブライ5章13節 | キリストは御子であるにもかかわらず、多くの苦しみによって従順を学ばれました。 |
| 人としてこられ、本当に弱く貧しい人たちと同じところで生きて下さった。人から裏切られ迫害を受け苦しみの中にあっても神様の み心のままにと十字架にかかられ、この者の罪を贖って下さった。キリストのご愛によりこの者は生かされています、感謝のみ。 |
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| 7/3 | ヘブライ6章19節 | わたしたちが持っているこの希望は、魂にとって頼りになる、安定した錨のようなものであり、また至聖所の垂れ幕の内側に入って行くものなのです。 |
| 地上においては試練もありますが、このことを通して忍耐を学ばせていただき、いつの日かあなた様の待っていてくださる天の故郷へ帰らせてくださるという変わらぬ希望をくださっておりますことをありがとうございます。この希望ゆえ地上の生活もあゆめます。 | ||
| 7/4 | ヘブライ7章25節 | それでまた、この方は常に生きていて、人々のために執り成しておられるので、御自分を通して神に近づく人たちを、完全に救うことがおできになります。 |
| イエス様の十字架を思います。この者の深い罪を御名によって執り成し、赦しをいただけていますことを思うとき御前にへりくだる ばかりです。どんな時もいつも共に居てくださり慰め励まし生きるための霊の食事をも毎日くださるお方。今日もみ跡を歩みます。 |
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| 7/5 | ヘブライ8章12節 | わたしは、彼らの不義を赦し、もはや彼らの罪を思い出しはしないからである。 |
| 罪をお赦し下さり、もう思い出さないとおっしゃって下さいますこと、ありがとうございます。罪多くとても御顔を仰ぎ見ることの できない者でありますが、赦し忘れてくださると言ってくださる深いご愛にすがってまいります。天の御国に帰れますこと感謝です。 |
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| 7/6 | ヘブライ9章28節 | キリストも、多くの人の罪を負うためにただ一度身を献げられた後、二度目には、罪を負うためではなく、御自分を待望して いる人たちに、救いをもたらすために現れてくださるのです。 |
| 十字架により罪を赦していただき、そしてまた再び迎えに来て下さる。約束して下さっているので来て下さることだけは真実です。 それまでの間、主に祈り、主に頼り、少しでも自我を砕かれ清められていたいと願っています。待ち望みます、主よ、来りませ。 |
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| 7/7 | ヘブライ10章36節 | 神の御心を行って約束されたものを受けるためには、忍耐が必要なのです。 |
| いつも喜び絶えず祈りすべてに感謝して、自分を明け渡し主のみ心のままに歩みたいけれどこの者は自分ではできません。主から語っていただき励まされ支えていただく中でようやく忍耐を学べる者です。振り返った時、忍耐の必要に気づく者です、感謝。 | ||
| 7/8 | ヘブライ11章29節 | 信仰によって人々はまるで陸地を通るように紅海を渡りました。同じように渡ろうとしたエジプト人たちはおぼれて死にました。 |
| 「信仰によって、、、」不可能が可能になること、神様は考えられないようなこともすべてお出来になられるお方ということを 見せていただいています。奇跡を信じられることも主からいただいた信仰のゆえです。主を畏れ、み前にひれふすばかりです。 |
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| 7/9 | ヘブライ12章6節 | なぜなら、主は愛する者を鍛え、子として受け入れる者を皆、鞭打たれるからである。 |
| あなた様に鍛えていただく中で自分では何もできないとわかり完全なるお方により頼むものになりました。救われた今、すべての 出来事は何一つ無駄はなく主から出ていることと受け止めることができるようになっています。主のご愛ゆえの鞭を感謝いたします。 |
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| 7/10 | ヘブライ13章6節 | だから、わたしたちは、はばからずに次のように言うことができます。「主はわたしの助け手。わたしは恐れない。人はわたしに何ができるだろう。 |
| 神様だけを畏れ、神様だけを見上げて歩みたいです。周りを見るのではなく、人を見るのではなく、あなた様だけを見上げて み跡を従ってまいりたいです。「人が私に対して何ができましょう!」主から勇気をいただき弱い者ですが強くなれます、感謝。 |
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| 7/11 | ヤコブ1章12節 | 試練を耐え忍ぶ人は幸いです。その人は適格者と認められ、神を愛する人々に約束された命の冠をいただくからです。 |
| 地上にいる間は主から愛されているゆえの試練をいただき続けます。主を受け入れていなかったあの頃の試練は過ぎ去りました。試練の中にあっても一人ではない、イエス様が共に居てくださってるとわかりますので耐えられます。命の冠を感謝いたします。 | ||
| 7/12 | ヤコブ2章5節 | わたしの愛する兄弟たち、よく聞きなさい。神は世の貧しい人たちをあえて選んで、信仰に富ませ、御自身を愛する者に 約束された国を、受け継ぐ者となさったではありませんか。 |
| 「心の貧しい人はさいわいです」と重なります。この世の目で見れば障害を持って生まれた人は生きていくにも不自由が多く あります。でもこの人たちを主は用いて下さっています。信仰はこの世の知恵ではなく主が聖霊によって下さることを思いました。 |
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| 7/13 | ヤコブ3章2節 | わたしたちは皆、度々過ちを犯すからです。言葉で過ちを犯さないなら、それは自分の全身を制御できる完全な人です。 |
| 主はあわれみに満ち、えこひいきのないお方です。私は主から言葉を話せる口をいただいていますが、この口から人を傷つける 言葉や不平や不満が出ていきます。このどうしようもない者をもいつも変わりなく憐れんでくださること、み前にひれ伏すばかりです。 |
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| 7/14 | ヤコブ4章14節 | あなたがたには自分の命がどうなるか、明日のことは分からないのです。あなたがたは、わずかの間現れて、やがて消えて行く霧にすぎません。 |
| この者がいただいている「時」は、今この時だけです。明日どころか1時間先のこともわからないままに自分で計画を立てては あれこれ思いわずらいます。すべてを主に明け渡してみ心にままにこの地上での生活を送る者でありたいです。み元に帰るまで。 |
||
| 7/15 | ヤコブ5章15節 | 信仰に基づく祈りは、病人を救い、主がその人を起き上がらせてくださいます。その人が罪を犯したのであれば、主が赦してくださいます。 |
| 病む者も信仰による祈りによって主が回復させて下さる。土で造られた肉体は滅びますが主によって罪を許されて、永遠の生命は輝いていることを思います。肉体が病いにある時も、あなた様を慕う心はいつも支えられ励まされ霊は元気で居られます。感謝。 | ||
| 7/16 | Tペテロ1章25節 | しかし、主の言葉は永遠に変わることがない。これこそ、あなたがたに福音として告げ知らされた言葉なのです。 |
| 主のみ言葉はとこしえに変わらない。主のご愛はとこしえに変わらない。主のお約束はとこしえに変わらない。アーメン。 どんな時にもお守りくださりどんな状況に置かれていてもすべては主にある最善に終わる、と教えてくださってること感謝です。 |
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| 7/17 | Tペテロ2章25節 | あなたがたは羊のようにさまよっていましたが、今は、魂の牧者であり、監督者である方のところへ戻って来たのです。 |
| 詩篇23篇「主はわたしの牧者であって、わたしには乏しいことがない」を思います。行き先も見えず将来への不安の中で生きて いたこの者も主の救いにあずかり罪許され主のみ声を聞き分ける者としてくださいました。前は放蕩小羊でしたがもう迷いません。 |
||
| 7/18 | Tペテロ3章9節 | あなたがたの装いは、編んだ髪や金の飾り、あるいは派手な衣服といった外面的なものであってはなりません。 |
| 神様は人の外側を見るのではなく内面をご覧になられる。外側は何とかつくろえても内面は主のご存じのように傲慢な者で, み前に顔を上げられないものですが、イエス様により赦されています。見えないものを大事にしていきたいです、お導きください。 |
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| 7/19 | Tペテロ4章2節 | それは、もはや人間の欲望にではなく神の御心に従って、肉における残りの生涯を生きるようになるためです。 |
| 地上での時間は主の御手の中にあり限られています。主のみ心にそってこの者も目を覚まして過ごさせていただきたいです。 この世でのご用をさせてください。この者がいただいている「時」をあなた様に喜ばれるように過ごさせていただきたいです。 |
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| 7/20 | Tペテロ5章7節 | 思い煩いは、何もかも神にお任せしなさい。神が、あなたがたのことを心にかけていてくださるからです。 |
| 喜ばしい時も不安を感じる時にもどんな状況に置かれても、いつも「必ず最善に為して下さる」主を信頼し祈り主にお委ねして いけますように。自分では揺れ動き、心配、思い煩いが起きても主によってこのみ言葉に立ち返らせていただき頼ることができます。 |
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| 7/21 | Uペテロ1章9節 | これらを備えていない者は、視力を失っています。近くのものしか見えず、以前の罪が清められたことを忘れています。 |
| 実を結ばない者とならないように、と祈っていますが自分を見る時、主に愛されている自分が愛してるのは自分であることに 気づかされます。主を見上げていないと近くしか見えず、自分の罪すら忘れてしまっている者だとみ言葉が映し出してくれます。 |
||
| 7/21 | Uペテロ2章 20節 |
わたしたちの主、救い主イエス・キリストを深く知って世の汚れから逃れても、それに再び巻き込まれて打ち負かされるなら、そのような者た ちの後の状態は、前よりずっと悪くなります。 |
| 主よ、ご存じのとおりこの者は弱い者です。イエス様の十字架によりこの者は罪赦され救いに入れていただきましたのに、再び古い罪まみれの 絶望の闇に戻ることは主が赦されません。サタンの誘惑から逃れる道はただひとつ、主に祈り頼りみ跡をついて行くこと。主よ、お導きください。 |
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| 7/22 | Uペテロ3章14節 | 愛する者たちよ。それだから、この日を待っているあなたがたは、しみもなくきずもなく、安らかな心で、神のみまえに 出られるように励みなさい。 |
| 主が再び来られる日を待ち望んでおりますがその日はいつ来るかわかりません。今日かも、または明日かも。いつであっても あわてることなく、清い心でみ前に出ることができますように日々、目を覚ましあなた様の「時」を静まって待ちたいです。 |
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| 7/23 | Tヨハネ1章5節 | わたしたちがイエスから既に聞いていて、あなたがたに伝える知らせとは神は光であり、神には闇が全くないということです。 |
| 暗闇の中から初めに「光よあれ」と言われた。この者も主を受け入れず暗闇の中にいることさえ気づかず自分勝手な生き方をして いましたが、暗闇に耐え切れず救いを求め主によって光に出していただき罪も闇に隠されることなく光へと出され、罪を知りました。 |
||
| 7/24 | Tヨハネ2章17節 | 世も世にある欲も、過ぎ去って行きます。しかし、神の御心を行う人は永遠に生き続けます。 |
| 「草は枯れ花は散る、しかし神のみ言葉は滅びない」「見えるものにではなく見えないものに目をとめなさい」目に見える世界は 滅び去ります。でも神様のみ前に悔い改め信仰をいただいた者、み心を行なう者は永遠の生命をいただけると言って下さってます。 |
||
| 7/25 | Tヨハネ3章11節 | なぜなら、互いに愛し合うこと、これがあなたがたの初めから聞いている教えだからです。 |
| 「自分の兄弟を愛さない者は、神に属していません」と言われます。「互いに愛し合いなさい」と何度も繰り返し教えていただいて ますのに、我が身を振り返ると愛しているのはまず自分、という情けない者です。主に頼ります、自分ではできにくい者です。 |
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| 7/26 | Tヨハネ4章10節 | わたしたちが神を愛したのではなく、神がわたしたちを愛して、わたしたちの罪を償ういけにえとして、御子をお遣わしに なりました。ここに愛があります。 |
| 自分の中を見ると自己「愛」しかありません。神様がご愛をふりそそいで下さり自我のかたまりのこの者の心を少しずつ溶かして 下さっています。イエスさまが十字架にまでかかってくださった、こんな者のために。。。私も愛されているから愛せるようになりたい。 |
||
| 7/27 | Tヨハネ5章14節 | 何事でも神の御心に適うことをわたしたちが願うなら、神は聞き入れてくださる。これが神に対するわたしたちの確信です。 |
| 祈って願いがかなう時は、神様がその祈りを良しとされて聞いてくださったとわかることを教えていただけました。すべてを最善に して下さる主に従います。主のみ心をこんな形からも見せていただける。祈りつつ神様といつも対話ができる。大きな喜びです。 |
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| 7/28 | Uヨハネ1章6節 | 愛とは、御父の掟に従って歩むことであり、この掟とは、あなたがたが初めから聞いていたように、愛に歩むことです。 |
| 何度も何度も繰り返し主がおっしゃってること「隣人を愛しなさい」と。一番近くに居る隣人それは夫です。自我がすぐ出てしまう この口の多い者をどうか憐れんでください。夫を、子どもを愛し、家族から兄弟姉妹そして友人知人へと愛が広がっていきますよう。 |
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| 7/29 | Vヨハネ1章11節 | 愛する者よ、悪いことではなく、善いことを見倣ってください。善を行う者は神に属する人であり、悪を行う者は、神を見たことのない人です。 |
| 神様に祈り、教えていただきながら何が善か何が悪かを見極める目をいただきたいです。自分の思いで行うと行き過ぎて失敗が あります。主よ、いつも動く時この者が唇を開く時、あなた様への祈りをもって始められますようお導きください、出来ない者ゆえに。 |
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| 7/30 | ユダ1章24節 | あなたがたを罪に陥らないように守り、また、喜びにあふれて非のうちどころのない者として、栄光に輝く御前に立たせることができる方、 |
| こんな私を守り、栄光のみ前に立たせようと言ってくださるお方。罪を赦してくださり傷も癒してくださるお方。こんな何もしない、 するのは罪を犯すことばかりの小さな者にまでこのような言葉をかけてくださるお方。主を知らない方にお伝えして参りたいです。 |
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| 7/31 | 黙示録1章3節 | この預言の言葉を朗読する人と、これを聞いて中に記されたことを守る人たちとは幸いである。時が迫っているからである。 |
| 「住まいを備えたら再び迎えに来る」と言ってくださってます。その時は近いと。身の引き締まる思いです。まだ気づかない自分の 罪、まだ許せない人がいたらどうか光を当ててお導きください。目を覚まし悔い改めながら主が来られる準備をしてまいりたいです。 |
| 8/1 | 黙示録2章 7節 |
耳ある者は、“霊”が諸教会に告げることを聞くがよい。勝利を得る者には、神の楽園にある命の木の実を食べさせよう。 |
| 『耳のあるものは聞きなさい』と何度も言われています。いのちの木の実を食べさせてくださる。み言葉を受け止められるよう、 この者の耳が聞こえますように。心が素直になってあなた様だけに心を寄せる者でありますように。主に頼り、おゆだねします。 |
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| 8/2 | 黙示録3章 3節 |
だから、どのように受け、また聞いたか思い起こして、それを守り抜き、かつ悔い改めよ。もし、目を覚ましていないなら、わたしは盗人のように行くであろう。わたしがいつあなたのところへ行くか、あなたには決して分からない。 |
| 教えを守りたいけれど罪のこの身にはどれをとっても自分の力だけではできない者です、憐れんでください。あなた様がいつ来られるかわかりませんが、いつ来られても「ハイお待ちしておりました、しもべはついてまいります」と喜んで待つ者でありたいです。 | ||
| 8/3 | 黙示録4章 8節 |
この四つの生き物には、それぞれ六つの翼があり、その周りにも内側にも、一面に目があった。彼らは昼も夜も絶え間なく言い続けた。「聖なるかな、聖なるかな、聖なるかな、全能者である神、主、かつておられ、今おられ、やがて来られる方。」 |
| 万物の創造主でいらっしゃるお方が世を愛され、罪の塊のままのこの者のために、御子をくださったこと、ただただ申し訳なさと 感謝ばかりです。イエスさまは後に来られるとここでも言われています。「のち」が近づいてきていることを感じさせられています。 |
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| 8/4 | 黙示録5章 12節 |
天使たちは大声でこう言った。「屠られた小羊は、力、富、知恵、威力、誉れ、栄光、そして賛美を受けるにふさわしい方です。」 |
| 十字架にかかってくださってまでこの者をお守りくださるお方。イエスさまがいてくださることでどんなに心強いことでしょう。 神様との間にとりなしをしてくださり罪を赦されました。この方がいつもこのような者を心配してくださり、共に居てくださいます。感謝。 |
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| 8/5 | 黙示録6章 9節 |
小羊が第五の封印を開いたとき、神の言葉と自分たちがたてた証しのために殺された人々の魂をわたしは祭壇の下に見た。 |
| 殉教の死を告げた方々を思います。踏み絵を踏まないと拷問すると言われたらそれだけで飛び上がってしまい、たぶん間違いなく 「主を知らない」というでしょう。イエス様が十字架にかかる時、この私もそばにいたはず、そして黙っていました。自分は弱い者です。 |
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| 8/6 | 黙示録7章 17節 |
玉座の中央におられる小羊が彼らの牧者となり、命の水の泉へ導き、神が彼らの目から涙をことごとくぬぐわれるからである。 |
| 「主は羊飼い、私には乏しいことがありません」と詩篇にあります。天国に帰ったら涙もない永遠の世界が待っています。イエス様と 共に居られます。先に召された家族や兄弟姉妹ともお交わり。すべてイエス様の十字架の購いによるもの、もったいないほどです。 |
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| 8/7 | 黙示録8章 3節 |
また、別の天使が来て、手に金の香炉を持って祭壇のそばに立つと、この天使に多くの香が渡された。すべての聖なる者たちの祈りに添えて、玉座の前にある金の祭壇に献げるためである。 |
| すべての聖徒の祈り、、、この中にこの者のつたない祈りも入れていただけることを感謝しつつも恥ずかしく思います。もっと、愛を もって祈らなければと。祈りを振り返ってみるとき、いつまでたっても自分、自分です。み前に出る時を思うと身が引き締まります。 |
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| 8/8 | 黙示録9章 21節 |
また彼らは人を殺すこと、まじない、みだらな行い、盗みを悔い改めなかった。 |
| 主を受け入れず自分の作った都合のいい偶像を崇拝している人たちは、自分の罪も認めず悪行を重ねて悔い改めることはなかった。主を知る前の私の姿です。イエス様が救いあげてくださり額に印を押してくださった。主をお伝えしていきたい、この者を用いて下さい。 | ||
| 8/9 | 黙示録10章 6節 |
世々限りなく生きておられる方にかけて誓った。すなわち、天とその中にあるもの、地とその中にあるもの、海とその中にあるものを創造された方にかけてこう誓った。「もはや時がない。 |
| 神の秘められた計画が成就する「時」。再び来られると言われた約束の時がもうじきだと言われます。世界中あちこちで紛争が絶えるどころか、広がってきています。主よ、ひとりでも多くの方にあなた様をお伝えしたい。来られる日を待ち望みつつ静まって祈ります。 | ||
| 8/10 | 黙示録11章 15節 |
さて、第七の天使がラッパを吹いた。すると、天にさまざまな大声があって、こう言った。「この世の国は、我らの主と、そのメシアのものとなった。主は世々限りなく統治される。」 |
| 万物の創り主である神様が永遠に変わることなくこの世のすべてをご支配なさっています。このお方にすがって歩める幸いを思います。一時の忍耐はあってもゴールは天国。地上の最後が書かれていますがイエス様に繋がって必ず天の御国へ帰れることを感謝します。 | ||
| 8/11 | 黙示録12章 11節 |
兄弟たちは、小羊の血と自分たちの証しの言葉とで、彼に打ち勝った。彼らは、死に至るまで命を惜しまなかった。 |
| イエス様の流して下さった血により、そして主にある兄弟たちの主をお証しすることにより、サタンに勝利をすることを教えていただき ました。肉の生命を惜しむばかりにサタンに魂を明け渡すことのないようこの者も信仰を強めたいです。主よ、守りお導きください。 |
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| 8/12 | 黙示録13章 9節 |
耳ある者は、聞け。 |
| 「忍耐と信仰が必要である」と言われています。今は直接聞くことはできませんが神様からいただいている聖書を通して語ってくださり 教えていただいてます。目や耳を開いていただけたこと、感謝です。主のみわざを見せていただき、み声を聞かせていただけています。 |
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| 8/13 | 黙示録14章 13節 |
また、わたしは天からこう告げる声を聞いた。「書き記せ。『今から後、主に結ばれて死ぬ人は幸いである』と。」 “霊”も言う。「然り。彼らは労苦を解かれて、安らぎを得る。その行いが報われるからである。」 |
| 最後の日が書かれている黙示録を希望をもって主から頂戴できること、このことは主の憐れみとお導きによると気づかされました。 イエス様が住まいを備えると言ってくださり案内してくださることに希望をおいて待ち望みたいです。みそばに憩える幸いを感謝です。 |
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| 8/14 | 黙示録15章 3節 |
彼らは、神の僕モーセの歌と小羊の歌とをうたった。「全能者である神、主よ、あなたの業は偉大で、驚くべきもの。諸国の民の王よ.あなたの道は正しく、また、真実なもの。 |
| 地上でどんなことが起きようと、この天地が変わろうと、唯一変わらないただ一人のお方は真実のお方、神様であることをここでも はっきり語ってくださっています。み前にひれ伏すばかりです。これから起きることについても主にお委ねしてついてまいります。 |
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| 8/15 | 黙示録16章 15節 |
見よ、わたしは盗人のように来る。裸で歩くのを見られて恥をかかないように目を覚まし、衣を身に着けている人は 幸いである。 |
| 私の時はあなた様の御手の中にあります。いつこの者が地上から引き上げられるか、いつあなた様が再び来て下さるか、どっちが先かわからないです。目を覚まし、許していない方がいたら許し愛せない人を愛せるように「時」がきてもあわてぬよう待ち望みたいです。 | ||
| 8/16 | 黙示録17章 14節 |
この者どもは小羊と戦うが、小羊は主の主、王の王だから、彼らに打ち勝つ。小羊と共にいる者、召された者、選ばれた者、 忠実な者たちもまた、勝利を収める。 |
| イエス様はサタンに勝ちます、どんな状況にあっても絶対大丈夫!イエス様に条件抜きで一方的に選んでいただいたこんな小さな弱い者も罪赦され、勝利するとおっしゃって下さった。主の御教えに忠実でありたいと切に願い祈ります。深いご愛を感謝いたします。 | ||
| 8/17 | 黙示録18章 4節 |
わたしはまた、天から別の声がこう言うのを聞いた。「わたしの民よ、彼女から離れ去れ。その罪に加わったり、その災いに巻き込まれたりしないようにせよ。 |
| 悪の誘惑から逃れ、サタンに加担しないようにしっかり目を覚まし、しっかり耳を澄ましてみ声に聴き従っていくものでありたいです。 この世の見えるものに目を留めるのでなく主だけを見上げて絶えず祈って参りたいです、お導きください。お支えくださること感謝です。 |
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| 8/18 | 黙示録19章 8節 |
花嫁は、輝く清い麻の衣を着せられた。この麻の衣とは、聖なる者たちの正しい行いである。 |
| キリストの花嫁にしていただける。天国に帰ったら主によってこの者も清められ清い麻の衣を着ることをお赦し下さいます。地上では、自我を捨てきれないわがままな者ですが肉の衣を脱ぎ捨てて、永遠の生命をいただきみ元に憩えることは大きな喜びであり希望です。 | ||
| 8/19 | 黙示録20章 15節 |
その名が命の書に記されていない者は、火の池に投げ込まれた。 |
| 兄弟・姉妹・親戚・友人・知人・苦しみの中に居る方々、、、まだ主を受け入れていない方々に、そして見知らぬ方々にも主をお伝え していきたいです。主よ、先に救われた者として、この者を主の管としてお使いください。時が来る前にお伝えしていきたい。祈ります。 |
||
| 8/20 | 黙示録21章 4節 |
彼らの目の涙をことごとくぬぐい取ってくださる。もはや死はなく、もはや悲しみも嘆きも労苦もない。最初のものは過ぎ去ったからである。 |
| この肉の衣を脱ぎ捨てて、顔と顔を合わせてあなた様にお会いした時には涙も死も悲しみも叫びも苦しみも全て消え去るとお約束してくださってます。地上での生活の厳しさの中で、砕かれ削られ清められて天に帰れる幸いを思います。「死は終わりではない」アーメン。 | ||
| 8/21 | 黙示録22章 20節 |
以上すべてを証しする方が、言われる。「然り、わたしはすぐに来る。」アーメン、主イエスよ、来てください。 |
| 主が来られる日が近づいてきています。迎えに来てくださる。いつ来られてもうろたえないように祈りつつ身のまわりを整えておきたい。「主よ、お待ちしておりました」と後ろを振り返らずに言える者でありたいです。主と共に永遠に天の国で憩えることを感謝いたします。 | ||
| 8/22 | 創世記1章 1節 |
初めに、神は天地を創造された。 |
| ちっぽけなチリにすぎないこの者には想像もつかない宇宙。主は天と地をお造り下さった。そしてご計画により時を経てこの者が地上に生まれ御手の中に守られてこうしてあなた様が語って下さってる聖書の初めのページを開きみ言葉を頂いています、主を畏れます。 | ||
| 8/23 | 創世記2章 24節 |
こういうわけで、男は父母を離れて女と結ばれ、二人は一体となる。 |
| 男のあばら骨で作られた女が一体となって父母の元を離れ新しい家庭を築いていることを思いました。たくさんの中から神様が決めて下さった夫と共に生活しています。隣人を愛せよとの命令を思う時、一番身近な隣人が夫でした。主に従うように夫に従わせて下さい。 |
| 9/24 | 創世記3章 4節 |
蛇は女に言った。「決して死ぬことはない。 |
| イチジクの実を食べたのはこの私です。イエス様の十字架がなければハデスに落ちるはずのものでした。再び蛇の誘惑に陥らないよう主にしっかり繋がって歩ませていただきたいです。主のみ前で弁解は無用です、気付いた罪、気付かない罪をお赦しください。 | ||
| 9/25 | 創世記4章 26節 |
セトにも男の子が生まれた。彼はその子をエノシュと名付けた。主の御名を呼び始めたのは、この時代のことである。 |
| アダムとエバの子のセト。そしてセトの子のエノシュ。アダムとエバがおじいさん、おばあさんになったころ、主の御名を呼び求め主に 祈るようになった、ここが始めと書かれていること。そして今この時代に私が居て主の御名を呼び祈ることのできる幸いを感謝します。 |
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| 9/26 | 創世記5章 2節 |
男と女に創造された。創造の日に、彼らを祝福されて、人と名付けられた。 |
| 神様が男と女を創られ夫婦として一対として祝福してくださいましたので、私には夫がいて子供がいます。「人」と名付けてくださり、 その「人」であるこの私の罪のために御独り子をお与えくださった。創造主に出会えたことを感謝です。♪キリストにはかえられません。 |
||
| 9/27 | 創世記6章 22節 |
ノアは、すべて神が命じられたとおりに果たした。 |
| 主が命じられたとおりに、何も聞かず、何も疑わず、主に従って行ったノア。この者も「なぜですか?」「なぜこの私が?」と言うこと なく「主よ、しもべは聞きます」と受け止めさせていただきたいです。自分の思いで、良い・悪いと判断するのでなく主のみ旨のままに。 |
||
| 9/28 | 創世記7章 1節 |
主はノアに言われた。「さあ、あなたとあなたの家族は皆、箱舟に入りなさい。この世代の中であなただけはわたしに従う人だと、わたしは認めている。 |
| 主に従う人と主に認めてもらったノア。ノアは家族と共に箱舟に入ることを赦されました。私も主に従う者でありたいです。そのままで いいと受け入れてくださっています。「主イエスを信じなさい、そうすればあなたもあなたの家族も救われます」ただ感謝ばかりです。 |
||
| 9/29 | 創世記8章 21節 |
主は宥めの香りをかいで、御心に言われた。「人に対して大地を呪うことは二度とすまい。人が心に思うことは、幼いときから 悪いのだ。わたしは、この度したように生き物をことごとく打つことは、二度とすまい。 |
| 幼い時からすでに罪ある者、そのとおりです。このような罪の者を主はお赦しくださいました。「罪を後ろに投げやった、もう思い出す ことはない」とまで言ってくださって。気がつかない罪をも光に出してくださり悔い改めをさせていただけますこと、主の憐れみに感謝。 |
||
| 9/30 | 創世記9章 16節 |
雲の中に虹が現れるとわたしはそれを見て、神と地上のすべての生き物、すべて肉なるものとの間に立てた永遠の契約に心を留める |
| まだ主を受け入れていなかった子どものころから虹を見つけた時、うれしくってみんなに「虹が出てるよ!」と知らせていました。すでに主は虹を現してこの者にもメッセージを送ってくださっていたことを思います。永遠の契約、永遠の生命をいただけていること感謝です。 |
| 10/1 | 創世記 10章 32節 |
ノアの子孫である諸氏族を民族ごとの系図にまとめると以上のようになる。地上の諸民族は洪水の後、彼らから分かれ出た。 |
| ここから人類が広がったこと「産めよ、増えよ、地に満ちて地を従わせよ」を思いました。自分の知らない多くの方たちの生命の枝に 繋がって、生命をお創りくださった神様に生かされてる私がいる。そして主である葡萄の木に繋がっている恵みにも気づかされました。 |
||
| 10/2 | 創世記 11章 1節 |
世界中は同じ言葉を使って、同じように話していた。 |
| 私たち、罪深い者の行いが神様の御怒りをかい、世界中に多くの言語が飛び交うようになってしまいました。言葉の壁で不自由はありますが笑顔は共通、心のふれあいも生まれ、主が共に居てくださることを思います。天国に帰ったらみ前で共に讃美し語り合えます! | ||
| 10/3 | 創世記 12章 1節 |
主はアブラムに言われた。「あなたは生まれ故郷 父の家を離れて わたしが示す地に行きなさい。 |
| この者も父の家を離れて主のご計画の中を歩ませていただいてます。すべてのことはあなた様から出ている事と教えていただいた 今は「なぜ?」「どうして私が?」という疑問符抜きであなた様のお示し下さる道を一歩一歩進むことができますことを感謝いたします。 |
||
| 10/4 | 創世記 13章 9節 |
あなたの前には幾らでも土地があるのだから、ここで別れようではないか。あなたが左に行くなら、わたしは右に行こう。あなたが右に行くなら、わたしは左に行こう。」 |
| 主に祈り主に委ねて先にロトに選ばせたアブラム。ロトは目に映ったところの主の園のように見えた低地を選んだ。目に映る目の前の利益を追い求めて自分で判断するのではなく、主に与えられたものを受ける時、祝福がある。主はいつも最善をなして下さるお方です。 | ||
| 10/5 | 創世記 14章 23節 |
あなたの物は、たとえ糸一筋、靴ひも一本でも、決していただきません。『アブラムを裕福にしたのは、このわたしだ』と、あなたに言われたくありません。 |
| 目の前のどんな高価な宝でも、ささやかなものであっても、あなた様から頂くものでなければ「いりません!」と言い切る者でありたい。目に見える自分の利益のみ追い求めるのではなくいつも主の御手から頂けるものを感謝して地上での生活を送らせていただきたいです。 | ||
| 10/6 | 創世記 15章6節 |
アブラムは主を信じた。主はそれを彼の義と認められた。 |
| 主がこの者を選び主がこの者を信じる者とさせて下さいました。主が示してくださった道を時によろよろしたり時に迷ったりそれでも主が捕えてくださっているゆえあなた様の敷いてくださった道に戻して頂いています。一方的なご愛でこんな者をも義とみとめてくださった。 | ||
| 10/7 | 創世記 16章 11節 |
主があなたの悩みをお聞きになられたから。 |
| 主は苦しみの時に聞いてくださいます。歯をくいしばって闘っていましたが主を受け入れることができてからはあなたさまが聞いて下さるとわかりました。誰もわかってくれない時もあなた様だけは苦しみをわかってくださる。主に祈る時、主からの平安をいただけています。 | ||
| 10/8 | 創世記 17章 17節 |
アブラハムはひれ伏した。しかし笑って、ひそかに言った。「百歳の男に子供が生まれるだろうか。九十歳のサラに子供が 産めるだろうか。」 |
| 神様は何でもお出来になられることを知っているはずなのにアブラハムは笑った、神様は言われるがそんな馬鹿なと。この者も同じで、自分勝手に考えてこれはだめだろうとか、自分で判断してしまっていることを思います。アブラハムのことを言えません、お赦しください。 | ||
| 10/9 | 創世記 18章 14節 |
主に不可能なことがあろうか。来年の今ごろ、わたしはここに戻ってくる。そのころ、サラには必ず男の子が生まれている。 |
| 『主に不可能はない、アーメン』。頑固な私が「キリストにはかえられません」と御前に降参しました。イエス様がこの者の身代わりになり我が罪が赦されたことや、悩みの種だった息子が主に出会うために私の元に来てくれたことをわかった時、全てが感謝にかわりました。 | ||
| 10/10 | 創世記 19章 17節 |
彼らがロトたちを町外れへ連れ出したとき、主は言われた。「命がけで逃れよ。後ろを振り返ってはいけない。低地のどこにも とどまるな。山へ逃げなさい。さもないと、滅びることになる。」 |
| 「後ろを振り返ってはいけない」アーメン。過ぎ去った過去を振り返らず、低い所にとどまらず主だけを見上げてまいります。主の言われたことを守りみ跡をついてまいります。「あれも、これも、まだだった」などこの世を見るのではなく身ひとつで主に従がわせてください。 | ||
| 10/11 | 創世記 20章 9節 |
「あなたは我々に何ということをしたのか。大それた罪を犯させようとしたのか。あなたはしてはならぬことをわたしにしたのだ。」 |
| 救いに預かった今も自分の弱さからどれだけ罪を犯し続けあなた様を悲しませている者でしょう。気が付いている罪気がつかないでいる罪、すべて光に出してこの愚かなわがままな者に気づかせて下さい。自分の思いではなくいつも主に伺いつつ歩む者でありたいです。 | ||
| 10/12 | 創世記 21章 11節 |
このことはアブラハムを非常に苦しめた。その子も自分の子であったからである。 |
| いつの時代も人の思いは変わらないことを思いました。主は苦しみの中にあるアブラハムに「苦しまなくていい」と言われ、主は最善へと導びかれました。苦しい時、正直に祈ることで主は助け舟をだして励まして下さり癒して下さる。主を信頼して歩む者でありたいです。 | ||
| 10/13 | 創世記 22章 12節 |
御使いは言った。「その子に手を下すな。何もしてはならない。あなたが神を畏れる者であることが、今、分かったからだ。あなたは自分の独り子である息子すら、わたしにささげることを惜しまなかった。」 |
| アブラハムの信仰には及びませんが、主よ、どうかこの者も主のみ心のままに歩ませていただきたいです。子供を出しなさいと言われたら?「おささげします」とはとても言えない弱い者です、どうかこの者の信仰を強めてください。主はなんでもお出来ななられるお方です。 | ||
| 10/14 | 創世記 23章 18節 |
町の門の広場に来ていたすべてのヘトの人々の立ち会いのもとに、アブラハムの所有となった。 |
| 土地だけでなく小さなものでもいただくことには誤解を招かないように慎重にしていくようにと改めて教えられました。どろどろしたこの世の中においていつも主に祈り光の中に歩ませていただきたい。どんな時も主の立ち会いのもとに主に伺いながら動く者でありたいです。 | ||
| 10/15 | 創世記 24章 58節 |
リベカを呼んで、「お前はこの人と一緒に行きますか」と尋ねた。「はい、参ります」と彼女は答えた。 |
| 主がすべてをご計画なさりお導きくださっていることを思います。生まれる前から主は捉え結婚相手も決められ、主の時に出会い主の時に親を離れて旅立っていく姿を聖書からも見せていただきました。いつも「はい、お従いします」と迷わず申し上げる者でありたいです。 |
| 11/1 | ヨハネ11章4節 | イエスは、それを聞いて言われた。「この病気は死で終わるものではない。神の栄光のためである。神の子がそれによって栄光を受けるのである。」 |
| 息子の大腿骨骨折も主から起こされたこと、決して無駄ではないこと、神の栄光のためと言われています。骨折の痛みも手術の時も術後の夜もリハビリもすべて主が息子を抱きかかえ家族をも励まし顧みて下さっていることを見せて頂いてます。み言葉を感謝です。 | ||
| 11/1 | 創世記 25章 32節 |
「ああ、もう死にそうだ。長子の権利などどうでもよい」とエサウが答えると、 |
| エサウの上に自分の姿を見たような気がしました。目の前の出来事に目を奪われてしまう時、他のことは見えなくなり、このことさえ解決すれば、このことが満たされれば等となんともいい加減な者です。いつでも主に祈って何が大切かを伺って歩むものでありたいです | ||
| 11/2 | 創世記 26章 7節 |
その土地の人たちがイサクの妻のことを尋ねたとき、彼は、自分の妻だと言うのを恐れて、「わたしの妹です」と答えた。 |
| 自分に災難が降りかからないよう嘘をつくことでその場は逃れられてもその嘘で誰かが罪を犯してしまうかもしれない事を知りました。弱い者ですがどんな状況でも真実を語れる勇気を主からいただきたいです。人を恐れるのでなく主を畏れる者となりたい。祈ります。 | ||
| 11/3 | 創世記 27章 41節 |
エサウは、父がヤコブを祝福したことを根に持って、ヤコブを憎むようになった。そして、心の中で言った。「父の喪の日も遠くない。そのときがきたら、必ず弟のヤコブを殺してやる。」 |
| 騙されたというエサウのくやしい気持ちが分かります。でも長子としての権利を譲ったことを忘れてしまって、そこから始まったこと。 主への祈りがないことから過ちを犯し続けてしまうことを思います。私も同じ罪人、隣人を愛すること、許すことができますように。 |
||
| 11/4 | 創世記 28章 15節 |
見よ、わたしはあなたと共にいる。あなたがどこへ行っても、わたしはあなたを守り、必ずこの土地に連れ帰る。わたしは、あなたに約束したことを果たすまで決して見捨てない。」 |
| 主よ、この者にもこのように語ってくださっています。人の約束ごとではなくすべてをご支配なさっている完全なるお方のお約束です。 目先だけを見て自分のあさはかな知恵であれこれ思うのではなく、いつもただ主に祈り頼る者でありたい。永遠の生命を感謝です。 |
||
| 11/5 | 創世記 29章 31節 |
主は、レアが疎んじられているのを見て彼女の胎を開かれたが、ラケルには子供ができなかった。 |
| 子供を授かることも主によってと、ここでも改めて気づかせていただくことができました。すべて主のご計画、主のご支配の中でのこと。どんなことも必ず最善に感謝に変わることを忘れずひとつひとつ主からの試練と受け止めて砕かれて清められながら歩んでいきたい。 | ||
| 11/6 | 創世記 30章 15節 |
レアは言った。「あなたは、わたしの夫を取っただけでは気が済まず、わたしの息子の恋なすびまで取ろうとするのですか。 「それでは、あなたの子供の恋なすびの代わりに、今夜あの人があなたと床を共にするようにしましょう」とラケルは答えた。 |
| 夫を愛することとはちょっと違う場面の中で夫の愛をかけひきしている人たち。自己愛のみであれこれ知恵を絞って行動しても平安がないこと、むなしさだけ残るのではと思いました。自分、自分から「あなたさまから」になっていくようになりたい。主よお導き下さい。 | ||
| 11/7 | 創世記 31章 29節 |
わたしはお前たちをひどい目に遭わせることもできるが、夕べ、お前たちの父の神が、『ヤコブを一切非難せぬよう、よく心に留めておきなさい』とわたしにお告げになった。 |
| すべて主のみ心にお委ねすることだけ、それだけで、それだけが一番。人を非難できる者はいない、誰もが罪ある者だから。主がすべて成して、計って、気づかせて,共に歩んで下さる。この者も赦され守られていることを思います。私も人を許すことができますように。 | ||
| 11/8 | 創世記 32章 12節 |
どうか、兄エサウの手から救ってください。わたしは兄が恐ろしいのです。兄は攻めて来て、わたしをはじめ母も子供も殺すかもしれません。 |
| ヤコブは自分のしたことから兄を恐れて怖がっていましたが、悩みの中で主に祈り助けを願い「祝福してくださるまでは離しません。」 と主をしっかり掴んで離さず主から祝福をいただけた。ヤコブの主を信じる信仰に主が応えてくださったことを見せていただきました。 |
||
| 11/9 | 創世記 33章 4節 |
エサウは走って来てヤコブを迎え、抱き締め、首を抱えて口づけし、共に泣いた。 |
| 主がいてくださり、人が人を赦すことができることをみせていただいています。兄弟であろうと、いえ兄弟だからこそ許し難いことも あることを思いますが、悔い改めて誠意をもって現すことでわだかまりをも溶かして下さる。間を取り持ってくださる主のご愛に感謝。 |
||
| 11/10 | 創世記 34章 13節 |
しかし、シケムが妹のディナを汚したので、ヤコブの息子たちは、シケムとその父ハモルをだましてこう答えた。 |
| この者もこのような場面にあったらきっとヤコブの息子達のように許せない思いが起こると思います。「主が裁いて下さる」から許し 難い時もいつも主に祈り主に裁きも委ねる者でありたいです。これ以上罪の上塗りをしないよう、自分ではできないけど主に頼ります。 |
||
| 11/11 | 創世記 35章 17節 |
ラケルが産みの苦しみをしているとき、助産婦は彼女に、「心配ありません。今度も男の子ですよ」と言った。 |
| 難産の苦しみ、いかばかりだったかと思います。男の子を産むことが大切だった時代に苦しみの中で聞いた「心配ありませんよ」の声。エバが木の実を食べたことから産みの苦しみが始まったこと。生命の誕生も、召されることもすべて主のご計画の中のことです。 | ||
| 11/12 | 創世記 36章 6節 |
エサウは、妻、息子、娘、家で働くすべての人々、家畜の群れ、すべての動物を連れ、カナンの土地で手に入れた全財産を携え、弟ヤコブのところから離れてほかの土地へ出て行った。 |
| 祝福を受けなかったはずのエサウも、主が憐れんで下さり家族も増え財産も蓄えたりと主がお赦しくださったことにご愛を見ました。 エサウがヤコブを許すことができたことも、主のご愛があってこそ。どんな時も主から出たこととして感謝して受け止めたいです。 |
||
| 11/13 | 創世記 37章 4節 |
兄たちは、父がどの兄弟よりもヨセフをかわいがるのを見て、ヨセフを憎み、穏やかに話すこともできなかった。 |
| 親にとってはどの子も大切な子供ですが特に目をかけてしまう子がいると嫉妬も生まれてしまうのでしょう。主はエコ贔屓しないお方、条件抜きで一人一人を愛して下さいます。自分に嫉妬の思い等が出た時には主に正直に祈りみ言葉をいただき罪から守られたいです。 | ||
| 11/14 | 創世記 38章 26節 |
ユダは調べて言った。「わたしよりも彼女の方が正しい。わたしが彼女を息子のシェラに与えなかったからだ。」ユダは、再びタマルを知ることはなかった。 |
| 自分が間違ってると気づいた時、あやまちを悔い改めることの勇気の大切さを教えていただきました。自分の非を気づくのも主から のお恵みと思います。自分が積み重ねてきた罪がイエス様の十字架により赦されていることを思う時、自分も許す者でありたいです。 |
||
| 11/15 | 創世記 39章 9節 |
この家では、わたしの上に立つ者はいませんから、わたしの意のままにならないものもありません。ただ、あなたは別です。あなたは御主人の妻ですから。わたしは、どうしてそのように大きな悪を働いて、神に罪を犯すことができましょう。」 |
| 「主がヨセフと共におられ、ヨセフがすることを主がうまく計らわれた」この者にも主が共に居られて必要な恵みも試練もお与えくだ さっています。ヨセフが断固として主の側に立ち主を裏切らなかったこと、主のお守りは大きな喜びです。絶えず主に祈っていきます。 |
||
| 11/16 | 創世記 40章23節 |
ところが、給仕役の長はヨセフのことを思い出さず、忘れてしまった。 |
| 頼む方は必死な思いで頼むのに頼まれる側は気軽に請け負っていとも簡単に記憶の中から忘れ去ってしまう。愛がないことを思います。この者も同じ。主よ。主だけが真剣に聞いて下さり決して見放さないと言ってくださる。人にではなく完全なる主にのみ頼ります。 | ||
| 11/17 | 創世記 41章16節 |
ヨセフはファラオに答えた。「わたしではありません。神がファラオの幸いについて告げられるのです。」 |
| 主がヨセフを守り導いていることを見せていただいています。主に用いられて主が語ってくださるのであり、自分ではなく自分はただ 主の通り良き管にすぎないという姿勢で主のみ前にへりくだるヨセフの信仰をこの者も見習いたい。自分を明け渡したいと祈ります。 |
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| 11/18 | 創世記 42章21節 |
互いに言った。「ああ、我々は弟のことで罰を受けているのだ。弟が我々に助けを求めたとき、あれほどの苦しみを見ながら耳を貸そうともしなかった。それで、この苦しみが我々にふりかかった。 |
| 自分が苦しみにあった時に自分のしたことを思い出して悔い改めています。この者も多くの罪を、と思いますがイエス様が代わりに 十字架にかかってくださったゆえ赦されています。おかれた現状はどうあれ主のなさることはすべて最善ということも体験しています。 |
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| 11/19 | 創世記 43章14節 |
どうか、全能の神がその人の前でお前たちに憐れみを施し、もう一人の兄弟と、このベニヤミンを返してくださいますように。このわたしがどうしても子供を失わねばならないのなら、失ってもよい。 |
| 全能の神様に願い祈りながら、その上で神様のみ心のままに従うという信仰の姿勢を思います。大切な子供を失うことも主のみ心ならば受け止め、すべて神様にお委ねする。とても自分一人ではできにくいものです、弱い者です、主に支えていただき強くなりたいです。 | ||
| 11/20 | 創世記 44章34節 |
この子を一緒に連れずに、どうしてわたしは父のもとへ帰ることができましょう。父に襲いかかる苦悶を見るに忍びません。 |
| ユダの悔い改めをみました。自分を捨ててまでも家族への愛を大事に守りぬこうとしている姿に、主がいてくださらなければ愛することができないことを思いました。主のご愛によりこの者も愛せるようになり始めています。悔い改めへと導いてくださることも感謝です。 | ||
| 11/21 | 創世記 45章8節 |
わたしをここへ遣わしたのは、あなたたちではなく、神です。神がわたしをファラオの顧問、宮廷全体の主、エジプト全国を治める者としてくださったのです。 |
| 兄弟たちに売り飛ばされたのも主のご計画の中でと許すことができました。現実がどうあれ主は必ず最善を成してくださるとヨセフは 知っていた。辛い道を歩む時もつぶやかず主を信じて歩む時主からの祝福をいただける。主への揺るがない信仰をこの者も望みます |
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| 11/22 | 創世記 46章3節 |
神は言われた。「わたしは神、あなたの父の神である。エジプトへ下ることを恐れてはならない。 わたしはあなたをそこで大いなる国民にする。 |
| 目に見えるこの世は怖いものがあります。でも主が共に居てくださるのでしっかり繋がっています。共に歩み支えてくださるお方によりこの者は転びそうでも転びません。恐れをも希望と感謝に変えてくださる全能の神に祈りつつ「行け」と言われるところに参りたいです。 | ||
| 11/23 | 創世記 47章23節 |
ヨセフは民に言った。「よいか、お前たちは今日、農地とともにファラオに買い取られたのだ。さあ、ここに種があるから、畑に蒔きなさい。 |
| 飢饉にあっても、ヨセフは主からお知恵をいただき問題を解決していったことを見せていただきました。自分のためでなく弱い人たちや幼な子たちへも、主への信頼のもとに対応し乗り切って行く姿に「解決への鍵」をお持ちの主に頼り祈っていくことを教えられました。 | ||
| 11/24 | 創世記 48章16節 |
わたしをあらゆる苦しみから贖われた御使いよ。どうか、この子供たちの上に祝福をお与えください。 |
| 試練を通して救いに入れていただいたこの者の信仰の後ろ姿を見て、子供や孫が主だけを見上げて人生を歩む者となりますように、絶えず主に祈ります。死んだと諦めていた息子ヨセフに会えたヤコブの「思いもしなかった喜び」をこの者もいただいており感謝です。 | ||
| 11/25 | 創世記 49章29節 |
ヤコブは息子たちに命じた。「間もなくわたしは、先祖の列に加えられる。わたしをヘト人エフロンの畑にある洞穴に、先祖たちと共に葬ってほしい。 |
| ヤコブは息子たちに命じそしてその通りに葬られた。私がこの世を去る時娘に伝えるのは「イエス様を信じて生きたことを覚えていて。いつも主に祈り感謝して生きてほしい。」天国でまた会える。国籍は天国、この世のお墓はいらない。主よ解放されたことを感謝します | ||
| 11/26 | 創世記 50章20節 |
あなたがたはわたしに悪をたくらみましたが、神はそれを善に変え、多くの民の命を救うために、今日のようにしてくださったのです。 |
| すべてを完璧にご計画されている主を信じて従っていく時、先のことは何一つわからないけれど振り返ればあのこともこの必要だったこのためだったと教えていただけます。み業を見せていただけます。決して無駄ではないこと、すべてに意味があることを知りました。 | ||
| 11/27 | Tサムエル 21章13節 |
ダビデはこの言葉が心にかかり、ガトの王アキシュを大変恐れた。 |
| 主を畏れるのではなく人を恐れたダビデの過ちはダビデだけでなく自分の姿でもあります。先が見えない不安におかれた時、人に頼 るのではなく主にのみ頼り祈れば主が解決法を教えてくださる。人に頼れば人を恐れる事に。弱い者です、強い主におゆだねします。 |
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| 11/28 | Tサムエル 22章22節 |
「あの日、わたしはあの場に居合わせたエドム人ドエグが必ずサウルに報告するだろう、と気づいていた。わたしがあなたの父上の家の者すべての命を奪わせてしまったのだ。 |
| 直接、手をかけなくても人の生命を失わせることを思いました。車が凶器になることや、また何気なく言った言葉も人を傷つけ死に追いやることもあり、自分は関係ないと言い切れない者です。ダビデの苦しみもいかばかりだったか。日々主に祈り伺って歩ませて下さい | ||
| 11/29 | Tサムエル 23章4節 |
ダビデは再び主に託宣を求めた。主は答えられた。「立て、ケイラに下って行け。ペリシテ人をあなたの手に渡す。」 |
| いつもどんな時も、人に聞くのではなく人に頼るのではなく、まっすぐ主を見上げ主に伺っていく姿勢をとり続けたいです。弱い時こそ、強い完全なる主に伺うと道を示してお導きお守り下さいますことを何度も体験させていただいてます。最善を成してくださる主に感謝。 | ||
| 11/30 | Tサムエル 24章16節 |
主が裁き手となって、わたしとあなたの間を裁き、わたしの訴えを弁護し、あなたの手からわたしを救ってくださいますように。 |
| 主が間に入ってくださりダビデがサウルを許すことができ、そういうダビデを見てサウルも悔い改めをすることができた。主が働いてくださることで嫉妬からも解放され許せる者とされ罪からも守られることを見ました。「裁き手は主だけ」主におゆだねしていきたいです。 |
| 12/1 | Tサムエル 25章 34節 |
イスラエルの神、主は生きておられる。主は、わたしを引き止め、あなたを災いから守られた。 |
| 「主は生きておられる」この者も罪から守られている。息子の骨折ももし誰かが故意に転ばせてたら私はその人を許せないと思うし スタッフにもみててほしかったときっと言う。主のなさることに無駄はない、すべて最善になります。主は家族に慰めを下さっています。 |
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| 12/2 | Tサムエル26章 10節 |
更に言った。「主は生きておられる。主がサウルを打たれるだろう。時が来て死ぬか、戦に出て殺されるかだ. |
| 「私の時は御手の中にあります」を重ねました。いつ、どこで、どのように、死を迎えるか?ご存じなのは主だけ。主だけが裁きを行える方、打つことがお出来になられるお方。罪ある人間には人を裁くことはできない。この者も人を裁く思いから守られますよう祈ります | ||
| 12/3 | Tサム エル 27章 1節 |
ダビデは心にうちに言った、「わたしは、いつかはサウルの手にかかって滅ぼされるであろう。早くペリシテびとの地へのがれるほかはない。そうすればサウルはこの上イスラエルの地にわたしをくまなく捜すことはやめわたしは彼の手からのがれることができるであろう」 |
| ダビデは目の前しか見えなくなって自分で解決の道を探したのでしょう。主の助け手が見えてこない時、待ち切れずに愚かな浅知恵を張り巡らし動いてしまう者でしたが少しづつ主に変えられています。弱い時こそ強い!大変な時にこそ主はご自分を現してくださいます | ||
| 12/4 | Tサム エル 28章 8節 |
サウルは変装し、衣を替え、夜、二人の兵を連れて女のもとに現れた。サウルは頼んだ。「口寄せの術で占ってほしい。あなたに告げる人を呼び起こしてくれ。」女は言った。 |
| サウルのなんともみじめな姿を思います。主のみ声を聞かず困り果ててから主に伺う。応えていただけないと今度は占いに頼り恐れるばかり。私もイエス様が居てくださらなかったら同じようなみじめなままの者でしたが十字架の贖いにより赦された者となりました。 | ||
| 12/ 5 |
Tサム エル 29章 10節 |
だからお前も、お前と一緒に来たお前の主君の部下も、明日の朝早く起きて、日が昇ったら出発しなさい。 |
| この言葉は「主がダビデのために言わせた言葉」だと思いました。主がダビデを守ると言われましたから。どんな状況にあっても自分の思いを捨てて、すべてを主におゆだねしていくことを第一にして(第二はなく)み跡を歩んでいけば黙っていても最善に成してくださる | ||
| 12/ 6 |
Tサム エル 30章 23節 |
しかし、ダビデは言った。「兄弟たちよ、主が与えてくださったものをそのようにしてはいけない。我々を守ってくださったのは主であり襲って来たあの略奪隊を我々の手に渡されたのは主なのだ。 |
| 主がくださったものは、荷物のそばにいた者も戦いに出て行った者も取り分は同じでなければならない。同じように分け合うと。ブドウ園のたとえを思いました。息子の通所でも仕事内容に関係なくみなが同じお給料になっています。本人のがんばりは主がご存じ、感謝 | ||
| 12/ 7 |
Tサム エル 31章 12節 |
戦士たちは皆立って、夜通し歩き、サウルとその息子たちの遺体をベト・シャンの城壁から取り下ろし、ヤベシュに持ち帰って火葬に付し |
| サウルとその息子のために夜通し歩いて葬った。神様にそむいたサウルですがサウルを思う戦士たちの気持ちを主が受け止め赦されたからできた。サウルを見ていて自分も同じ罪の者なのに赦されているのはイエス様が十字架に架かって下さったから。感謝。 | ||
| 12/ 8 |
Uサム エル 1章 16節 |
ダビデは言った。「お前の流した血はお前の頭に返る。お前自身の口が、『わたしは主が油を注がれた方を殺した』と証言したのだから。」 |
| 自分のしたことは自分にかえるということでしょうか。若者は自分が殺したといえば手柄になると思ったのでしょうか、嘘までついて。サウルは自分で死んだのに。いつも主にお話しするように正直に人と向き合いたい。主はごまかせない、全て心の中まで見ておられる。 | ||
| 12/ 9 |
Uサム エル 2章 27節 |
ヨアブは答えた。「神は生きておられる。もしお前がそう言い出さなかったなら、兵士は朝までその兄弟を追い続けたことだろう。」 |
| 人間て本当に愚かなんだなあと。地球上のあちこちで紛争が続いています、終わることなく。主を畏れることなく自分の知恵と力を頼り目先の利益だけ考えて動く時、悲惨な状況を招くことを見せられています。傷つけあうのではなく「互いに愛し合う」者でありたいです。 | ||
| 12/ 10 |
Uサム エル 3章 39節 |
わたしは油を注がれた王であるとはいえ、今は無力である。あの者ども、ツェルヤの息子たちはわたしの手に余る。悪をなす者には主御自身がその悪に報いられるように。」 |
| 裁けるのは主ご自身のみ、人が人を裁くことはできない、主にお任せです。イエス様は「罪を犯したことのない人がこの女に石を投げなさい」と。この者も石を投げることはできません。石を投げることがお出来になる方が罪の者のために十字架にかかってくださった。 | ||
| 12/ 11 |
Uサム エル 4章 10節 |
かつてサウルの死をわたしに告げた者は、自分では良い知らせをもたらしたつもりであった。だが、わたしはその者を捕らえ、ツィクラグで処刑した。それが彼の知らせへの報いであった。 |
| 自分の判断で良いことをした、手柄を立てて褒めてもらえると思ってしたことで自分が生命を落とすことになるとは思ってもみなかったでしょう。どんな状況の時も自分ではなく主のみこころを伺いそのままを受け入れて祈り従う者でありたいです。主は生きておられる。 | ||
| 12/ 12 |
Uサムエル 5章 25節 |
ダビデは主の命じられたとおりに行動し、ゲバからゲゼルに至るまで、ペリシテ人を討ち滅ぼした。 |
| 主の命じられたとおりに行動してまいりたいです。目先の生活だけに囚われている時、み言葉は心に入ってきません。自分を空っぽにし主と1対1で向き合う時に必要なみ言葉を頂戴します。疲れたなあと思った時自分で動いていたと気づきました。み前に鎮まります | ||
| 12/ 13 |
Uサムエル 6章21節 |
ダビデはミカルに言った。「そうだ。お前の父やその家のだれでもなく、このわたしを選んで、主の民イスラエルの指導者として立ててくださった主の御前で、その主の御前でわたしは踊ったのだ。 |
| 「主は、誰でもなくこの私を選んでくださった」とこの者も言います。言えます。人の目はどうあれ、どう映るかではなく、主にのみ、心と目を、向けて主のみ前に出させていただきたいです。弱い者ではありますが、強い主が付いていて下さるので歩ませて頂けます。 | ||
| 12/ 14 |
Uサムエル 7章27節 |
万軍の主、イスラエルの神よ、あなたは僕の耳を開き、『あなたのために家を建てる』と言われました。それゆえ、僕はこの祈りをささげる勇気を得ました。 |
| ヨハネ14で 「わたしの父の家には住む所がたくさんある。」と言われています。御国にも居場所を用意して下さっている。地上でも ダビデと同じようにこの小さな取るに足りない者のためにご愛をくださっています。天にも地にも住まいを備えてくださり感謝です。 |
||
| 12/ 15 |
Uサムエル 8章6節 |
ダマスコのアラム人に対して守備隊を置いた。こうしてアラム人もダビデに隷属し、貢を納めるものとなった。主はダビデに、その行く先々で勝利を与えられた。 |
| ダビデが自分の力で勝利したのではなく主がダビデに勝利をお与えになった。戦いの時も平凡な日常生活においてもすべて完全なる主がご支配しておられる。目の前の状況を見るのではなくいつも主を見上げ主を信頼して置かれたままそのままを感謝してまいります | ||
| 12/ 16 |
Uサムエル 9章3節 |
王は言った。「サウル家には、もうだれも残っていないのか。いるなら、その者に神に誓った忠実を尽くしたいが。」「ヨナタンさまの御子息が一人おられます。両足の萎えた方でございます」とツィバは王に答えた。 |
| サウルの孫でヨナタンの足なえの息子は思いもかけなかった恵みをいただいた。足なえで働くこともできず暮らしていたのにダビデと共なる食事を許された。ダビデの努力ではなく主ご自身がダビデたちを守っておられるからと思います。主は今も働いておられます。 | ||
| 12/ 17 |
Uサムエル 10章12節 |
我らの民のため、我らの神の町々のため、雄々しく戦おう。主が良いと思われることを行ってくださるように。」 |
| 主に信頼して勝利をいただきます。「主が良いと思われることを行ってくださいますように」といつもどんな時も祈る者でありたいです。自分に頼るのではなく主に頼れば主が最善を成してくださいます。時に待ち切れず前に出てきてしまう者ゆえ忍耐を学びたいと祈ります | ||
| 12/ 18 |
Uサムエル 11章4節 |
ダビデは使いの者をやって彼女を召し入れ、彼女が彼のもとに来ると、床を共にした。彼女は汚れから身を清めたところであった。女は家に帰ったが、 |
| 人間の持つどこまでも深い罪、ダビデの罪もそしてバト・シェバの罪も私の中にある罪にも、ここに人の弱さの悲しみを覚えます。気がついた罪も気づかない罪も含めて十字架により赦されていることを思う時、人に対しても許すことができるようみ前に祈るばかりです。 | ||
| 12/ 19 |
Uサムエル 12章12節 |
あなたは隠れて行ったが、わたしはこれを全イスラエルの前で、太陽の下で行う。』 |
| 誰にも分からないだろうと、隠れて罪を犯しても主はすべてを見ておられる。主には決して隠し事はできないことを思います。すべてを主のみ前に光に出して心から悔い改めたいです。罪の者ですが主に隅々まで光を当てていただき闇のない生き方をしていきたいです | ||
| 12/ 20 |
Uサムエル 13章3節 |
アムノンにはヨナダブという名の友人がいた。ヨナダブはダビデの兄弟シムアの息子で大変賢い男であった。 |
| 賢い友達が知恵を貸したがその知恵は自分で考えだした勝手な悪知恵だった。アムノンは相手を思いやる愛はそこにはなく欲望のままに友の提案に乗って背きの罪を犯した。他人事ではなく情けないけどこの自分にもある罪。十字架の前にひざまずくだけの者です。 | ||
| 12/ 21 |
Uサムエル 14章2節 |
テコアに使いを送って一人の知恵のある女を呼び寄せ、彼女に言った。「喪を装ってほしい。喪服を着、化粧もせず、長い間死者のために喪に服しているように装うのだ。 |
| どんな時も人を間に入れたり芝居がかった小細工をするようなことをせず正直に主と向き合うことですべて主が解決の道を示してくださると信じます。いつも主のみ前に出すことで主が赦しを下さるのに主に伺わずそれぞれが勝手に行動し罪を犯してることを見ました | ||
| 12/ 22 |
Uサムエル 15章6節 |
アブサロムは、王に裁定を求めてやって来るイスラエル人すべてにこのようにふるまい、イスラエルの人々の心を盗み取った。 |
| ダビデと和解したかのようにみせかけて心の中で反逆をたくらんでいた。親切なことを言いつつすべては自分のためだけを考え人をだまし。人の心はごまかせても主はごまかせません。いつも主に祈り伺いながらみ心のままに正直に生きることの大切さを思います。 | ||
| 12/ 23 |
Uサムエル 16章12節 |
主がわたしの苦しみを御覧になり、今日の彼の呪いに代えて幸いを返してくださるかもしれない。」 |
| すべて主から出ていることをわかっていて呪いの言葉にも「主がお命じになられたことを誰が止められようか」と。ダビデは主を畏 れ罪を悔い改めその上で主は幸いを下さるかもしれないと謙虚に願う思いに主に愛されているダビデを見ます。息子の骨折も主から |
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| 12/ 24 |
Uサムエル 17章14節 |
アブサロムも、どのイスラエル人も、アルキ人フシャイの提案がアヒトフェルの提案にまさると思った。アヒトフェルの優れた提案が捨てられ、アブサロムに災いがくだることを主が定められたからである。 |
| 自分の思いで知恵を出して計画を立ててみても、主のご計画の前には白紙状態だと教えていただきました。主のお定めになられたとおりにすべてが動いていきます。主は行く道を照らしみ跡を歩ませてくださる。先は見えなくても大丈夫、主が共に居られますから。 | ||
| 12/ 25 |
Uサムエル 18章5節 |
王はヨアブ、アビシャイ、イタイに命じた。「若者アブサロムを手荒には扱わないでくれ。」兵士は皆、アブサロムについて王が将軍たち全員に命じるのを聞いていた。 |
| ダビデの子を思う父親の気持ちが現れています。互いに自我を捨てきれず悔い改めず主に罪を犯したままで主にある和解がなかった。ここに悲劇をみます、すべて主のご支配の中で起こっていることと。イエス様の十字架により罪が赦された事、とても重く感じます。 | ||
| 12/ 26 |
Uサムエル 19章1節 |
ダビデは身を震わせ、城門の上の部屋に上って泣いた。彼は上りながらこう言った。「わたしの息子アブサロムよ、わたしの息子よ。わたしの息子アブサロムよ、わたしがお前に代わって死ねばよかった。アブサロム、わたしの息子よ、わたしの息子。」 |
| 神様は御ひとり子イエス様にこうおっしゃりたいほどでは。それでも神様はこの世を愛してくださり罪の者たちを見捨てず、イエス 様が私の罪のために代わりに死んでくださった。この者の罪のために十字架に架かる苦しみをごめんなさい。クリスマスありがとう。 |
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| 12/ 27 |
Uサムエル 20章16節 |
知恵のある女が町から呼ばわった。「聞いてください。聞いてください。『ここに近寄ってください。申し上げたいことがあります』とヨアブさまに伝えてください。」 |
| この時この場に知恵のある女が居たこと、知恵も主から授かったもの、すべて主のご計画。女が町を救うことができたのは主のみ業。主に勇気をもらって命がけで声をかけたのでしょう。この者も主のみ旨のままに動く者でありたいです。主のみ声が聞けますよう。 | ||
| 12/ 28 |
Uサムエル 21章14節 |
サウルとその子ヨナタンの骨と共にベニヤミンの地ツェラにあるサウルの父キシュの墓に葬った。人々は王の命令をすべて果たした。この後、神はこの国の祈りにこたえられた。 |
| 主は罪をそのままにはなさらない。ダビデは主に従って行なった時に神はこの国の祈りに応えられた。十字架の贖いにより罪赦された上に、この者の小さな祈り小さな叫びも聞いてくださり主にあって最善に成してくださっています。処刑されてもしかたない者なのに。 | ||
| 12/ 29 |
Uサムエル 22章31節 |
神の道は完全、主の仰せは火で練り清められている。すべて御もとに身を寄せる人に、主は盾となってくださる。 |
| 時につまずき転び苦しみの中で主に叫び祈る時、主が広げてくださっているみ翼のもとに駆け込める幸いを思います。主は弱いこの者を抱え見守り励ましの勇気を下さる。主が居てくださるから大丈夫、今までもそうだったしこれからも大丈夫!完全な主に祈ります。 | ||
| 12/ 30 |
Uサムエル 23章5節 |
神と共にあってわたしの家は確かに立つ。神は永遠の契約をわたしに賜る/すべてに整い、守られるべき契約を。わたしの救い、わたしの喜びを/すべて神は芽生えさせてくださる。 |
| 神様が共に住んでくださるからこそ家庭が成り立っております。この夫婦に子供たちを授けてくださりあなた様から試練もいただき そのあとに救い、喜びという大きな恵みが備えられていました。永遠の生命のお約束を希望につなげて歩ませていただいています。 |
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| 12/ 31 |
Uサムエル 24章17節 |
ダビデは、御使いが民を打つのを見て、主に言った。「御覧ください、罪を犯したのはわたしです。わたしが悪かったのです。この羊の群れが何をしたのでしょうか。どうか御手がわたしとわたしの父の家に下りますように。」 |
| ダビデは主の御前に正直に自分の罪を認め悔い改めた、民に罪はない,この自分が悪いと。主がどんなに喜ばれたかと思います。今年も上に立つ者が部下に罪をかぶせて自分を守ろうとする姿をどれだけ見せられたか。主はこの国のために祈りに応えられた。感謝 |