Diary


12/31.sat


 ああ、でもその時に僕は心もちが熱のために浮かされていたとしても、ああしかしその気持ちが本当であったと思いたい。たとえ僕の手に入れられる世界が荒野だけだったとしても、しかしその瞬間だけは、調和の未来を描けたんだ。また日が経てば消えて死んで滅びてしまうこの思いを、私は、私はどこまで生きていきたい。僕はどこまで真実に近づけるだろうか。どこまでその扉を追い続けられるだろうか。僕が熱にうなされながら描いた未来は、あの空想は、どこに、どこに存在するのだろうか。僕はその未来のためにどんな犠牲を払うだろうか。僕はこの大晦日に、世界の愛を思う。来年はどんな年になるのだろうか。楽しみだ。世界は瞬間でも、真理を理解してほしい。
today's books「カラマーゾフの兄弟」ドストエフスキー
「謎とき『カラマーゾフの兄弟』」江川卓


12/29.thu   

 今年も終わることを、そんなに僕は悲しく思わない。何かが終ることは僕の人生の中で幾度となく経験され、そして蓄積されていったことばかりだからだ。僕は創造より、やはり荒野を思う。若年期にありがちな欲望だといえば、確かにそうかもしれない。老年の革命家は存在しないから。僕はエレクトラの話を書こうと思っている。冒頭は『右大臣実朝』の名言で「アカルサハ滅ビノ姿ダラウカ」。12使徒と、ユダ。影を葬る女。母を憎み、父を愛する。ユーロヴィジイ。不安はいつも僕はある。しかし、たかが人生だ。あとはどうにでもなる。
「もしそうとすれば、もしみんなが赦す権利を持っていないとすれば、一体どこに調和があり得るんだ? 一体この世界に、赦すという権利を持った人がいるだろうか? 僕は調和なぞ欲しくない、つまり、人類に対する愛のためにほしくないというのだ。僕はむしろ贖われざる苦悶をもって終始したい。たとえ僕の考えが間違っていても、贖われざる苦悶と癒されざる不満の境に止るのを潔しとする。それに調和ってやつがあまり高く値踏みされてるから、そんな入場料を払うのはまるで僕らの懐ろに合わないよ。だから僕は自分の入場券を急いでお返しする。もし僕が潔白な人間であるならば、出来るだけ早くお返しするのが義務なんだよ」(『カラマーゾフの兄弟』)

today's books「カラマーゾフの兄弟」ドストエフスキー
「謎とき『カラマーゾフの兄弟』」江川卓


12/20.tue   today's books「土左日記」紀貫之


 僕には揺ぎ無い一点がある。だから僕は、どんなに傷つけられても、道に迷っても、絶対に屈しない。絶対にもう一度立ち上がれる。なるほど、だから僕は今まで生きてこられたのかもしれない。誰かが信頼してくれることはとても嬉しい。揺ぎ無い一点のおかげだろう。しかしその一点は同時に、人間に対しては冷酷であることも免れない。宇宙規模で考えれば、この人類の端っきれなど、永遠の相の下に消えていくあぶくにすぎない。あぶくの僕らは、それでも一生懸命に、生きていく。それは誰のためでもない。実は僕らは、誰かのためになど生きていないのだ、きっと。ましてや自分のためになど生きられるわけもない。ならば生きるとは何か。この人生とは何か。この世界はどこまで広がっているのか。僕は僕の影を考えながら、やはり影の世界を生きる。


12/18.sun   today's booksなし


 家族連れが多い煌びやかなクリスマスの街に佇むたびに、僕は僕の何もない未来を想像する。だれも未来は占えないけれど、しかし僕の未来は、まるで初めから何もないかのように存在している。それはどこにあるのか。道の突き当たりではなく、しかしそれは横道にそれたどこか別のところにあるのかもしれない。


12/17.sat   today's books「カラマーゾフの兄弟」ドストエフスキー


 何度満月を見て、何度オリオン座の下をくぐり、何度流れ星を見落として、僕らは生きていくのだろうか。何度も何度も同じ景色と風景とが繰り返されて、そうして冷たい北風の中を消えていく。消えていく。


12/16.fri   today's books「カラマーゾフの兄弟」ドストエフスキー


 僕はきっと、何かを語ったり、描いたり、そうやって生きていくことが苦手なんだろう。どうしても、頭の中で人生を一度描いてから、そうして生きようとする。だから僕は二度、人生を生きていく。だから、疲れてしまう。
「人間というものは恐ろしくいろんな悲しい目にあうもんだよ。恐ろしくいろんな不幸を経験するもんだよ!」(『カラマーゾフの兄弟』ドストエフスキー)