2004年ローマ2   ホームへ戻る



7月22日   ニース出発 ハプニング
午前7時Nさんに電話で起こされる。海岸を散歩し有名な朝市があるというので行ってみることにする。花屋、野菜屋や果物屋など広場には50店程の店が並んでいる。

「良いですねぇ、後でこの店に列車の中で食べる昼飯を買いに来ましょう。」と言ってひとまずホテルに戻り、朝食後ホテル前の海岸でシートとパラソルを借りしばらくボーットする。すごく居心地が良い。実はこの時間が後々起こる事件の開始時刻であった。1日でも居たいが列車の時間も近づいたので朝市にまた戻り、昼食用の食べ物を買う。朝食に出るハムがとてもおいしいので、ハム屋に行く。ハム屋のおばさんにハムを指さして
「これを500グラムください。」と言うが全く通じない。するとおばさんは紙と鉛筆を取り出すので、500gとそれに書くと納得してすぐに切ってくれた。
ホテルをチェックアウトして、駅に向かって歩いていく。またまた道が分からなくなったので、街角にたむろしていた中学生風の2人に英語で駅の方向を尋ねると、どうやら英語よくわからない。仕方なく
「ポッポシュシュ」と言いながら両手をSLの車輪のようにクルクル回すと、ニコニコ笑いながら
「ああ 分かりました。」と言って道を教えてくれる。13時30分、ニース駅からボルドー行きの列車に乗る。乗ってすぐ乗客の1人に乗り換え駅である
「モンペリエに行きますか?」と聞くがボルドー行きとしか分からない。第一フランス語しかわからない。今度は学生に聞くとやはりボルドー行きとしか知らない。Nさんが時刻表を見ながら
「この列車の終点はボルドーと書いてあるので大丈夫ですよ。」と言ってくれる。列車はコートダジュールを左手に眺めながら、プロヴァンスを西へ向かって進んで行く。列車の中は観光客の少ない生活列車である。今まで見たところによるとヨーロッパの駅には改札が無い。イタリアでは列車に乗る前に、自分で切符に刻印する。フランスでは車掌が切符を確認しに来る。しかしそれもしょっちゅうではないので無賃乗車をしようと思えばできそうだ。途中数人がなにやら咎められているのを見かけたところによると、やはり無賃乗車は頻繁にあるようである。列車に乗って2時間ほどが過ぎたころ、乗換駅のモンペリエでは3時間ほどの待ち時間があるが、この時間を何に使おうと考えながら、ふと次の列車の出発時刻が目に入った。次の列車はモンペリエ発17時14分である。いまの時刻はと思いながら時計を見ると既に16時を過ぎている。あれおかしいなぁと思うと同時にドキリとした衝撃が襲ってくる。旅行中は私が作った行程表を見ながら動いてきたので、その行程表をよく調べると、ニース発13時33分モンペリエ着14時25分と書いてある。距離からいっても1時間で到着できるような距離ではない。何かがおかしい、その原因を調べるべく時刻表を見てみると、モンペリエ着14時25分の列車は午前10時10分の出発である。つまり予定より1列車遅い列車の出発時刻を間違って記入しているのである。つまりコートダジュールの海岸でのんびりと日向ボッコしている時間にはすでに列車に乗り込んでいなければならなかったのである。予定では今日中にバルセロ-ナに到着しなければならない。当然今夜のホテルもバルセロ-ナにとってある。今日中に到着する列車を時刻表で調べるが空しい努力であった。時刻表には今日中に着く列車はなかったのである。しかし距離的にはたいした距離ではない。スペインに入ってさえしまえばローカル列車もあるだろうと思い
「Nさん 私は車掌を探して聞いてみます。」と言ってしばらく列車の中を端から端まで歩いてみたが車掌は見当たらない。そうだ、もうここはスペインの国境近くだからスペイン人に聞いたら詳しいことが解るかもしれないと思い、耳と目を良く開けてスペイン語の会話、またはスペイン語を読んでいる人を探して回るが、これも無駄な努力で終わった。そうこうしているうちに車掌が現れたので車掌に
「実はモンペリエでスペインのタルゴに乗り換える予定だったのですが、この列車を乗り間違えてしまいました。どうしたら良いのでしょう?」と聞くと、
「とりあえず行き着ける所まで行くべきです。」

「モンペリエで降りるべきですか?」
「いいえその先のノルボンヌまで行った方がいいでしょう。」と言う。英語の良く解るフランス人に始めて会った。あたふたと駆け回っている私を見てNさんは
「心配しなくても何かいい方法がありますよ。場合によっては飛行機とか船とかバスとかいう方法もあるでしょう。」と言って慰めてくれる。しかしここまでの時点ですでに希望の50%は消えうせていた。私にしてみたら、楽しみにしていたバルセロ-ナの一泊を、逃すことが耐えられなかったのである。しばらくして別の車掌がきたので、再度何らかの方法でスペインに入国する方法を聞いてみると、
「よくわからない。駅の総合案内で聞いてみてくれ。」と言われた。ここでさらに75%が消えていく。やがて列車はノルボンヌに到着。駅の中にある総合案内で順番待ちをしていると、1人の外国人が地図を見ている私に近寄ってくる。
「どうしたのですか?」と聞くので、事情を説明すると
「私もそうなのです。」という
「どこから来たのですか?」
「カナダです。」
「カナダならフランス語が分かるから良いですね。」
「いいえ私はフランス語を話さない地方から来たのです。」と何やら頼りなさそうなカナダ人の若者である。Nさんが
「宿泊予定のスペインのホテルに電話をしてみると、何かいい方法を教えてくれるかもしれませんねぇ。」と言うので今夜の宿のキャンセルも兼ねてバルセロ-ナのホテルに電話をする。話の途中で
「今どこにいるのですか?」と聞いてきたので
「フランスのノルボンヌという町です。」というと
「ああ、それでは到着できませんね。」というニュアンスの返事が返ってきたので、ここで90%となる。その間Nさんは総合案内で打開策を聞いていたが結果はだめであった。ここで100%となる。
「ああ、フラメンコとワインが消えてゆく。」と一人つぶやく。さあそうなると今晩の宿泊先を探さなければならない。するとNさんが駅の前を指さして

「あそこにホテルがあります。行ってみましょう。」というので、
「どこのホテルも飛び込みの客は断るだろうなぁ。」と悲観的な考えを小声で口にしながらホテルに向かう。田舎の駅前旅館といった感じのホテルだ。

「今晩シングルが二部屋ありますか?」と聞くと、意外にも
「ハイ あります。」という答えが返ってきた。私の部屋は2階でかなり広いが3階のNさんの部屋は狭かったそうである。
夕食は駅の構内にあるレストランで適当なものを食べ、すぐにホテルに帰って寝ることにする。Nさんが私の部屋の窓を見て
「道路がすぐ前だし、危ないから気をつけた方がいいですよ。」というので窓に鍵をかけようとするが鍵がない。仕方ないので洋服ダンスのハンガーを棒がわりにサッシに押し込む。安宿のためエアコンも無い、寝苦しいのを我慢しながらそれでも朝までゆっくりと眠れた。

  
    
ニースの朝市                           ノルボンヌの駅

7月23日 ノルボンヌ出発
翌朝早めにホテルを出て、駅のパン屋でパイとコーヒーを買う。パイを一個というのに2個出してくる。やはり英語が通じていないが、パン屋のお姉さんは美人だから文句を言わずに受け取り待合室で食べる。パイは美味しかったのですぐに考えを改め、全体的にフランスの食事は量もたっぷりあるし味もよいということにする。出発はノルボンヌ発7時55分。列車に乗る時に昨日のカナダ人に会ったので挨拶をする。列車は海岸沿いを走りながらスペイン側の街 Portbou まで行く。そこで1時間の待ち合わせ時間がある。昨日までは快晴だった空模様も昨夜から曇り始める。両側には起伏の少ない畑が広がる。これまで見たところによるとヨーロッパの鉄道は駅が小さい。日本でいうと特急が止まる駅ではなく、急行が停まる駅程度の大きさである。この路線は私に言わせると東海道線ではなく鹿児島本線くらいの重要度なのだろう。しかしニースの駅ですら行橋駅よりも小さい。またエスカレーターもエレベーターもないので老人や身障者はどうしているのだろう。昨夜宿泊したノルボンヌもニース-ボルドー-スペイン国境行きの分岐の駅であるにかかわらずやはり小さい。しかも午後7時を過ぎた時点で主要駅行きの列車がなくなり、駅事務所も閉鎖してしまうのである。風が吹けば桶屋が儲かる式の理論でいくと
@石と土の家は持ちが良い。
A家が持ちが良いと建築費が安く、住宅費が安くなる。
B住宅費が安いと仕事に合わせて、近くに住居が簡単に手に入る。
C近くに住居があると、通勤の必要がない。
D通勤の必要がないと、鉄道の利用度が低い。
E鉄道の利用度が低いと、駅は小さくても良い。

   
          
国境の町                   サグラダファミリアで食べたパエージャ

しかしこの景色の美しさは何だろう。土の赤茶色、海の緑、家の壁のベージュ、屋根の明るい茶色、石灰岩の白  すべてが美しい色彩のモザイクとなって脳裏に焼きつく。
そしてホテルの部屋の小物、家具、照明 ひとつひとつが実利と美を追求されている。実用性も極限まで追求するとそれが美につながるのか。私にはきれいな飾りと思っていたシャワーの金具が実はノズルを置く台であったり、水洗トイレのタンク上にある飾りの目玉と思っていたものが水洗レバーであったりする。
やがて列車はフランス側最後の大きな町 Perpignan を過ぎると各駅停車となる。もうすぐ国境である。国境の街 Cerbere は周囲を小高い山に囲まれている。 Cerbere を出た列車はやがてトンネルをくぐって山を越えると、そこはスペイン側の駅 Portbou である。1時間の待ち合わせ時間の後、今度はスペイン側の列車に乗り換えてバルセロ-ナ サンツ駅に到着する。
今回のホテルもサンツ駅の近くである。ホテルをチェックインした私たちは、さっそく地下鉄に乗ってサグラダファミリアに行く。前回の旅行で内部はよく見ていたので、教会がよく見える路上レストランで食事をとりながらゆっくりと全景を眺めることとする。1時間ばかりも居ただろうか。結局バルセロ-ナでの自由行動は半日程度と縮まったために、今回の旅行の大きな目的である生ハムを買う為に市場に行く。前回買った生ハム屋に行くと、奥さんが1人で応対している。
「こんにちは 私を覚えていますか?」
「覚えているわよ、去年来た時において行ったメモでインターネットを探してみるけども全然出てこないわ。」
「去年渡したのはメールアドレスだったのですよ。メールをくれればホームページのアドレスを教えてあげたのに。ところでご主人はどうしたのですか?」
「主人は病気で、今は家で療養中です。」
「そうですか。 ご主人に会いたかったのに。ではこれを渡してください」と言ってホームページの写真が載っているページを渡す。前回同様生ハムを買い、そして
「どこかチーズを売っている良い店を教えて下さい。」と言うと
「うちにもあるわよ」と言って出してくれる。チーズも2塊買って市場の中をぶらぶらしているとオリーブの店があった。
「Nさんオリーブを買っていこう」と言ってオリーブ屋の女主人に
「入れものがありますか」と聞くと
「ビニール袋しかない。」という。 Nさんが
「ビニール袋じゃ飛行機の中の気圧で破れて鞄の中が大変なことになります。」というので
「それでは入れ物を探して明日の朝また来ます。」と言って市場を離れる。ホテルの手前にスーパーがあったので、そこに入ってタッパウエアみたいなものを探すが手ごろな容器を売っていない。しばらくぶらぶらしているとジュースが目に入った。
「Nさん カラの入れ物を買うのじゃなくて、ジュースを買った方が安上がりですよ。」と言って1リットルのオレンジジュースのビンを80円ほどで買う。

  
    ハムやで Nさん                     ホテル ディプロマティコ
ハムやさんの住所は
MERCAT DE LA BOQUERIA 305 08001 BARCELONA
Sr.LUIS SALMERON   Sra.SUSANA CALIX

夕暮れ時Nさん待望のホテルディプロマティコに行く。Nさんによるとこのホテルは日産自動車のコマーシャルに出てくるホテルだそうで、建築家の間ではかなり有名なホテルらしい。もちろん建築のよくわからない私には猫に小判みたいな場所であるが、ホテルからタクシーに乗って行ってみる。地理的にはそんなに開けた場所にあるわけではないが、何とはなしに高級感の漂う雰囲気である。宿泊していないホテルに入り込むのは気が引けるが、外から眺めているだけでは能がない。思い切って入ってみるがだれもとがめるものはいない。とりあえず館内を見ながらゆっくりとラウンジの方に歩いていく。ラウンジのソファに座り、Nさんはしきりに感嘆の声を上げる。話しかけられる私の方は建築に詳しければそれ相応の相槌をうてるのだが、トーンの下がった返事しかできない。ラウンジには飲み物のサービスがあるらしく女性が注文を聞きにきたので
「私たちは宿泊客ではないのですけども、飲み物を頼んでもいいですか?」と聞くと
「もちろん構いませんよ。」というので、ビールを頼む。丁寧にもビールとおつまみまで持ってきてくれた。私はしばらくそこに座ってビールを飲み、Nさんは館内をあちこち見て回っていた。
「梅木さん、これだけでもバルセロ-ナに来たかいがありました。」こんなことで喜んでもらって恐縮である。30分ほどこのホテルで時間をつぶして
「さあそろそろ夕食に行きましょうか。私が去年に見つけた店でいいでしょう。」早速タクシーでサンツ駅の近くの、去年毎夜食事をしていたバールに行く。去年いたボーイはいなかったが、見慣れたメニューで二-三品頼み赤ワインを一本頼む。料理は申し分なくおいしく、またワインも去年同様素晴らしいものであった。Nさんが
「梅木さん、このワインは素晴らしい。二本ばかり持って帰ります。」という。私も持って帰りたいが生ハムとチーズでかなりの重量になっている。去年のあの瓶の重さを知っているだけに、今回は無念の思いであきらめることにした。
「どうして日本で飲むワインはおいしくないのだろう?」と自問自答し
「多分日本で売っているワインには、防腐剤がたくさん入っているのだろう」と2人で話し合いながら、たった一夜のバルセロ-ナの夜が素晴らしい食事で過ぎてゆく。Nさんが私を思いやってか
「イタリア-フランス-スペインときましたが今日の食事が一番最高です。」
「そうでしょ私もそう思います。 やはり旨い食事は観光客が行く所ではなくて、その土地の人が食事をするところが一番ですね」

7月24日 バルセローナ出発
この日の朝昨日の市場に行き、オリーブをジュースのビンに詰めてもらう。店の女主人は苦労をしながらジュースのビンの細い口から一生懸命にオリーブを詰め込んでいる。何かのだし汁につけた、実を割っているオリーブが大きなビンいっぱいで300円ほどである。
正午前バルセローナの空港に行く途中のタクシーの中
「Nさん 車の中の音楽がオペラです。さすがですね。」この国ではオペラは日本の演歌みたいなものなのだろう。もしかしたらヨーロッパ人が日本のタクシーに乗ると
「すごいですね。タクシーの中でも日本音楽なのですね。」と言うのかな。バルセローナからパリのドゴール空港に降り。Nさんに言わせるとまたまたすごい空港建築を見ることになる。かなりの待ち時間を空港内で過ごし成田行きに乗り込む。

  
       
ドゴール空港                 買ったドレスを着た孫娘

7月25日 日本到着
今回の旅行の最もすばらしかったこと、それは列車を乗り間違えてフランスの国境近くの町で一夜を過ごす羽目になったことだが、おかげで話の種が出来ました。


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