闘病記 3


2002年4月20日 中富文子チャンからのメール
文子です。この間26才になりました。世間ではオットナーな年令ですよね。
予定では子供がいるはずなのに(笑)うまくいかないですよね。
大丈夫ですか?強がってませんか?

2002年4月20日08:21  中富文子チャンへの返信メール
誕生日おめでとう。  仕事も慣れてバリバリかな。
少し重病の予感がしていたので、寝耳に水よりは良かったのですが、やはりそうだったかという気持ちで--。  
でも診察を受けるのが怖くて、3ヶ月ばかり先延ばしにしてしまった。
怖くて家族に言うと家の中が暗くなりそうで、2日ばかり言えず怖くて怖くて--
3日目に智子に言ってすごく気が楽になった。
冷静に(見かけだけど)明るく励ましてくれた智子に本当に感謝しています。
希望が少しづつ壊されるのが怖いので、まず最悪を自分に覚悟させました。
そう 転移してしまってあと3ヶ月と思い込ませました。
そうすれば少しでもいいことがあれば喜べる。
今は君のお母さんから聞いた通り楽しくやっています。
だって高校卒業以来自分の生活100%仕事ゼロのストレスのない毎日だから。
神様はおいちゃんにいろいろな試練を与えてくれて、それを乗り越えることですごく楽しい今があります。
だからもう一度試練のチャンスをくれたんです。
だってこんなこと自分から手に入れることは出来ないんだから。
強がりかな?  はじめはそうだったけど、でも今はそうでもないよ。
よく眠れるし 食べるし。
メール本当にありがとう また下さい。

2002年4月20日 中富文子チャンからのメール
俊雄おいちゃん、何だかんだ言ってもちゃんと受けとめてるのは強いと私は思います。
この際、智子おばちゃんに思いっきり甘えればいいよ。

2002年4月22日 手術15日前  医療センターで大腸内視鏡の検査
内視鏡検査の日、消化のいいものを前日の夕食に摂っておこうと冷やし麦を食べたことを後悔する。
おなかが空いてしょうがない。
まだ食欲は旺盛だ。
夕食以降何も食べられないということなので、夜中に寝ぼけて食べたらいけないと思い、テーブルの上の食パン、お菓子などを食器棚の上に隠す。
朝 智子が早くにパンを買ってきていた。
「お父さん 宏幸(長男)がカップめんとパンを全部食べとった。食べ過ぎや」
「あ- 俺が全部食器端の上に隠したんや 下ろすの忘れとった」
智子は私に隠れるようにして朝食を取っていた。
エンゲル係数の高い大食漢の我が家の現実。  
少し早いが智子と医療センターに行く。 
受付を済ますと、あまり待つことなく検査室に呼ばれる。
まず胃の検査 しびれ薬みたいなのを飲まされ注射もされて検査室にいく。
横向きに寝かされて口に筒をくわえる。
余り見たくないので目を瞑ると、看護婦が目を開けて遠くを見る方が体の力が抜けると言う。
検査室の中のこととて遠くの目標は無いので、仕方なく一番遠くの書類棚を見つめておくことにした。
やがて口にカメラが入っていく。
一瞬嘔吐感 医者がもう通り過ぎたから大丈夫だと言ってくれる。
どんどん入れられて入ってしまうと、今度は抜きながら検査していき、最後に抜かれるときは、入れるときと異なって何も感じないですんだ。
しばし休憩時間をくれて次は腸の検査。
まず浣腸をされるらしいが、先日の出血の事もあり、あまりきつい薬を使わないでくれと言う。
出血そのものはいいが、それで検査が出来なくなる事の方が心配だというと、それは心配無いと言われたので浣腸してもらう。
朝2回ばかりと病院に着いてから1回排便していたせいか浣腸液と少しだけ排便があった。

根橋さんからの返信
メールありがとうございました。
辛く、そして重たい告知でしたね。
人はいつでも余命を考えて、悔いのない生き方ができればいいのですが、そうばかりは行かないと思います。
梅木さんのケースが、余命を間近なものとして意識する状況なのかどうか推測はできませんが、直腸癌は、癌の中でも治癒の可能性の高い癌だと言われています。
今は医師の助けを借りながら、全力で癌と戦って、ガンを克服するのが先決です。
たとえば手術を受けて人工肛門になったとしても、梅木さんにその気があれば、これまで出来ていたいたことはすべてやることが出来るようになります。
別に人生が終ったわけではありませんし、大きなアクシデントを人生転機のエネルギーとして、従来以上に中味の濃い、充実した人生を手中にする事も可能です。
今は大きな不安と戦いながら、これからの成り行きを案じていることと思いますが、どうか全力で癌と戦ってください。
「克つ」という信念こそ癌をやっつける何よりの療法だと私は信じています。
よろしかったらまた様子をお知らください。
4/14日に長野マラソン(42.195キロ)に参加、その後所用を済ませたりして、今朝10日ぶりに帰宅しました。
ご返事遅れましたことお許しください。
根橋平良

根橋さんへのメール
今月26日に北九州医療センターに入院することになりました。
手術は連休明けの予定です。
おかげさまで気持ちの整理もつき、毎日ストレスのない日を送っています。
私のケースが同病の方の早期発見治療に役立てたらと思い、手記を書いています。
根橋さんにも読んで頂きたいのですが、今日現在でもうTXTで20Kバイトになっています。
メールでは失礼と思い無事退院できたら自分のホームページでもと考えております。
根橋さんの闘病記のおかげで私は元気です。
今月末までは検査が続きます。
今は毎日を楽しく、なるべく家族が暗くならないように私も明るくすごしております。
本当にありがとうございます。勇気付けられます。

2002年4月24日(水) 手術13日前
昨日夕食に大好きなゴーヤチャンプルを作ってもらい食べた。
排便の状態がすごく良く出血もまったく見当たらない。
これはいいやと思い今晩も作ってもらう。
入院したら又禁煙、酒もほとんど飲んでいないがほんの少しだけ飲む。

2002年4月25日(木) 手術12日前
今日はCTとエコーの検査日。
朝から絶食、今回は前日の夕食にたっぷり食べたので空腹感はないが、念のためまたパンを食器棚の上に避難させる。
智子は義母のペースメーカーの電池替えの為、飯塚病院に行く日なので一人で行く。
11時の予定だが9時半頃に着いてしまった。
前回同様受付を済ませて持参した本を読んでいると、30分位で検査室に呼ばれ、液体をコップいっぱい飲まされる。
CT検査台の上に乗って手の静脈に針を刺され薬の注入、数度検査されるが楽な検査だ。
次にエコー やはり苦痛はない。
いよいよ明日は入院の日だが、最後の大腸透視検査が30日なのでやはり手術は連休明けになるのだろう。 
帰路入院中に読む本を買って帰る。 
澤木幸太郎 など旅行記を買い込む。

2002年4月26日(金) 手術11日前  入院当日。 神様がくれた休日。
智子と医療センターに行く途中、家族の運勢などについて雑談をする。
占星術によるものらしいが、智子は若い頃からそれに関心を持ち、かなりの的中率らしい。
それによると、今は私が悪い時期ではなく智子が悪い時期であるとのことで、どうやら私は智子の肩代わりをしているのだそうだ。
つまり私の病気が智子の厄になっているわけだが、それでは私自身はどう判断したらよいのかわからない。
とりあえず これは神様がくれた休日であって、この災難の後はきっと今まで以上の幸せに満ちた転機がおとづれる、と根橋さん流の解釈をする。
医療センターの入院病棟到着後、身長(168cm)と体重測定(76.5Kg)をする。
担当の看護婦による病棟内オリエンテーションがあり、病棟内の設備や入院中の注意事項などを説明してくれる。
引き続き身上書の記入、家族構成や家族の病歴などをカルテに書き込んでいく、この経過で親族内のガンの履歴が私にも再度明らかになっていく。
なにしろ入院は高校生時代にアルバイトで怪我をして以来、医療は大きく進歩している。
新入社員のように看護婦の言うことをメモしていると、智子に笑われる。
しかし当の私は右も左もわからず、全てが目新しく、緊張の連続で、ドギマギドギマギ何を聞いても右の耳から左の耳状態だからメモしてるわけである。
全ての手続きが済んだところで、智子は返すことにする。
私もまだ元気だし、とにかく今は智子の健康に注意してもらわなくてはと思う。
昼食 今までは腹いっぱい食べていたが、これが本当の一人前かと思いながら、あっというまに食べ終える。
午後一番に担当医のN先生に初対面、初めての診察を受ける。
現在までの検査の結果、とりあえず肝臓への転移は無いと言われる。
その他の臓器への転移についてたずねると、あとは手術のときにリンパ節の組織を取ってからのことになる。 
重くもないが、軽くもない病状でリンパ節への転移がある場合はステージ3、ない場合はステージ2だそうだ。
体重測定値を見ながら「太ってますね、手術が大変だ」といわれる。
とにかく何もすることがなく退屈なので病院の階段を50階分くらい歩く。

神様がくれた休日
ガンであることを知って自分自身を救うために、この病気は神様が「おまえは今までよく働いてきたので褒美に休日をやる」といってくれたことにする。
そう考え始めると全てのことがよい方向へ考えられるようになった。
54歳の時でよかった、もっと若い時だったら子供のこと、生活のことでもっと苦しむ事だったろう。
今で良かった、昨年ならまだ一人前になっていなかった長男の事、次男の事が心配だったろう。
幸い二人とも昨年から今年にかけての特訓で、何とか作業長が出来るようになっている。
ガンが今発病してよかった。
あのままハードに働き続けていたら高血圧が進行して、脳梗塞か何かで寝たきりになったかもしれない。
ガンなら治してからまた働ける etc etc。
信仰心のない私のこと、信仰する神様を持たないので神様作りから始めなければならない。
私の神様は現存する宗教が敬う神のさらに上の存在とする事にする。
唯一神で名前は不要 キリスト マホメット 仏陀 はこの神の使徒である。
どうやら キリスト教 ユダヤ教 回教の元々の神に近い最強の神となってきた。


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