闘病記 8


2002年6月20日(木) 手術後1月半  術後診断 術後検査予定決定
今日は手術後初めての診察の為医療センターに行く。
ストーマの診察もあるかと思い、早く起きてシャワーを浴び、パウチを交換する。
診察時にパウチ内が汚れていてはと心配し、シャワー直後にデジカメでストーマの写真をとって印刷して持参する。
朝9時の予約になんとか間に合う。
受付を済ましトイレでパウチ内を確認している間に名前を呼ばれたらしい、待合室で座る間もなく診察室に呼ばれる。
主治医のN先生の問診のあとで、術後の検査についてネット上で調べた検査項目の一覧表を提示して、先生の意見を聞き今後の検査予定を確定した。

術後検査予定       H14/6/20  N Dr.よりのアドバイス

検査項目 サイクル 目的
血液検査 始め月1回 後3月に1回 腫瘍マーカー 
胸部X線検査 .
注腸X線検査 年1回 多発癌 10%可能性
大腸内視鏡検査 年1回 多発癌 10%可能性
腹部超音波検査  6ケ月に1回 次回11月 肝臓、大動脈周囲リンパ節転移
胃カメラ 年1回 .
CT 6ケ月に1回 次回11月 .


2002年6月21日(金)  トラブル パウチが外れる
夕方フランジを交換、夕食後排便が始まってしばらくした頃、異変に気づく。
そっとパウチを見ると、フランジとの接続部で外れているではないか。
急いでトイレに駆け込み、パウチを外して付け直そうとするが、接続部が汚れている。
トイレットペーパーでふき取るが、その間にも排便は続く。
ストーマ部を便器の上に置いた状態で、手はパウチとフランジの掃除と大変 大変。
何とかきれいにしようと、パウチ洗浄用のノズルでストーマとフランジに水をかけていると、水が着衣にかかる。なんとかすませ再度シャワーを浴びて着衣を交換した。
この失敗はこれが初めてではなく、この1月で3度目だ。
前の2回は排便が無い状態であったので、留めなおすだけで済んだが、原因は
1. アシュラロックパウチのロックが外れる。
2. 接合部が良く収まっていなかった。
この2点であろうと思われる。
対策は接合部の確認と、ロックが簡単に外れないようにロック部をテープで固定する、そして最後に引っ張りテストを丁寧に行うこととする。
場合によっては、運動の激しい時にはワンピースタイプを使わねばならない事もあるかもしれない。
ストーマの会の時にでもみんなの意見を聞くことにしよう。

2002年7月7日 手術2ヶ月目 
田川市でオストミー協会の支部会があったので、参加した。
ETナ-ス、装具販売店、患者5名、訪問看護士3名、支部役員3名が参加。
患者は初参加の方がほとんどである。
最後に質疑応答の時間を作ってもらい疑問点に親切に答えていただいた。
ただ参加した患者の数が少ないのはなぜだろう。
しかも初参加の方ばかり。
これは生活がなれてくるとこういう会は不要になるのだろうか? 
それとも家に引きこもりになるのだろうか?
日本全国で16万人つまり人口千人当たり一人はいるはずで、田川市郡だけでも100人はいるはずなのだが?
種種の疑問は残ったがとにかく良い機会であった。
あまり難しいことは考えないようにしよう。  QUE SERA SERA

2002年12月末日 手術後1月半

2002年7月13日 手術2ヶ月目 最初の術後検査
今日は手術後最初の検査をする。
相変わらず検査前の食事制限はわずらわしい。
ついつい気にしすぎて前夜は良く眠れない。
食べるなと言われると余計食べたくなるのはなぜだろう。
それでも2時間くらい眠って9時30分の検査に行く。
採血は先日すませていたので、今日は検尿とCT検査のみである。
検査は楽なもので15分くらいで終了。
Y先生から検査所見を聞く。
CTによる肝臓その他の臓器への転位はなく、血液検査もパスした。
CEAが手術前に比較して正常値に戻っているのがわかる。

検査 手術前 H14.7.13 .H15.2.25 . .
血液検査CEA 6.7 1.3 1.3 . 正常値 0-5
血液検査CA19-9 14.2 14.2 23 . 正常値37以下
胸部X線検査 . . .異常なし . .
大腸内視鏡検査 . . . . .
腹部超音波検査  . . . . .
胃カメラ . . . . .
CT . 異常なし .異常なし . .


2002年12月末日 手術後8ヶ月   お礼のメール
正月休みをゆっくり取るために忙しかった12月もやっと昨日で片付きホット一息の今日31日です。
本当に皆さんのメールに救われた一年が終わろうとしています。 そして
術後8ヶ月。 われ復活せり。   なんちゃって、勇ましい言葉が吐けるようになりました。
直腸ガンの最初の気配があったのが昨年の12月。
そして、怖さ半分で不安を抱えながら過ごした5ヶ月間。
病院で診察されてガンとわかり、徹底的に落ち込んだ3日間。
そして家内への告白 「お母さん、俺な- ガンになっちゃった」「え-」絶句。
12月から出血があった事、数日前に医者に確認した事等を説明し、自分はもう割り切れた事、だから心配しないでほしい等と、一気に言ったところ、家内は「今時ガンは死ぬ病気じゃない、私がちゃんと看病してやる」と言う。
それでも死ぬことを考えて、緩和ケア病棟のある病院を探し回る私に
「そんなことはあんたが心配する事じゃ無い。もしそうなったら私がちゃんと手配してやる」と笑われた。
そんな家族の愛情に支えられ、またネット上の同病者に励まされて過ごした手術前。
5月7日 手術
ストーマを持つ自分の姿に覚えた嫌悪感を、痛み止めと睡眠薬にまぎらわせて過ごした術後の数日。
ストーマケアのことが心配で、病棟内で同病者を探し回りやっと見つけた方と、不遇を嘆きあいまた励ましあって別れ、家に帰り着いて生還をしみじみとおぼえた退院の日。
術後の経過は順調で、お尻の痛みと慣れないストーマをかばいつつ、手術20日後には仕事を再開出来ました。
手術2ヵ月後には出張に行き、宿泊したホテルの部屋に浴室がなく、かといって大浴場に入浴するノウハウもまだ無く、惨めな気持ちで7月の炎暑の中で仕事をした後の体をタオルで拭き、トラブルを恐れてベッドの上にビニールを敷いて寝たあの日。
しかし、田川と直方で開催されたJOAの研修会に呼んで頂き、皆さんの体験を聞かせてもらい、そして、参加した原鶴、別府の旅行の頃にはわずかながら自信もついてきました。
新しい体になって迎える初めての新年、神様が下さった試練に感謝しつつ、そしてなんとか乗り越えた自分に そう 90点くらいの点を与えたいと思います。



2003年4月2日 手術11ヶ月目 
手術5ヶ月を経過した頃から、一泊旅行を数度。そして11ヶ月目にはスペインへ海外旅行をした。
手術前には仕事一辺倒で、あまり旅行などしなかった私が旅行を始めたのは、残りの人生について考え始めた証でもあるのだろう。
特に海外旅行では、治安への不安や体調を心配して下記に注意した。
(1)同行者に装具の予備を一式持ってもらう。
(2)不意の災害時に備えて、自分がオストメイトであることを示す書類を英文で作成する。
(3)フランジ交換は通常の周期で問題なかったが、パウチ交換は毎日行った。
(4)整腸剤を毎朝服用した。
(5)機内の座席はなるべく、通路側のトイレに近い席にしてもらう。
(6)ツアーの団体行動は、過密スケジュールとなるので自前の旅行にする。
(7)全てが盗難にあった時の為に、MSホットメールにメールアドレスを開いておき、パスポート番号、搭乗券番号等の重要書類をメールで保管しておく。こうしておけば、いかなる場所でも情報の再入手が可能である。
また旅行先でのオストメイト会の所在地をWOAのサイトから調べておくことも非常時の対策になる。

その他は健常者が通常の海外旅行で注意することと同じです。

2004年3月 手術2年目
手術以来徐々に消化器系ガンマーカーのCA19-9がついに限界値37に対して36.7に達した。
多少の不安を持ってこの数値に注意してきたが ついにという思いだ。
手術の時点で死に対する覚悟は出来ていたつもりであるが、襲ってくる心情的な不快感は避けようもない。
当然予期していたことでもあるのだが、私にしては術後の経過が術前に思っていたよりも良かった事もあり死の覚悟というものに対して一からのスタートの思いである。
投薬と3ヶ月毎の血液検査をしてくれている近所のY医院のドクターが
「急ぐことでもないが6ヶ月目の精密検査を早めたほうが良い。いつ行きますか?」
「時間の都合がつき次第行きます。」
「じゃ 医療センター宛ての書類を作りますので持って行ってください。」
数日後医療センターに行って検査依頼をするがCTの順番待ちで検査は3週間後、検査後の診察はこれまた主治医の学会などで更に10日ほど後になるという。
この1ヶ月を術前ほどではないが、もんもんとすごす。
オストメイトの仲間の中にはかなりの数の再発者や抗癌剤でつらい思いをしているものもいる。
それにもかかわらず患者会の世話をしている気丈な方も多数知っている。
自分はそれほどでもないのに悶々としていては と自分に鞭打ってみる。
もちろん仕事もこなさねばならない。いやこういうときは仕事が気晴らしになる。
こういう状況のときは遠い将来のことはどうでも良くなる。
しかしこの状況とはかかわりなく、仕事に将来の計画も含んだ対応を迫らせられる。
そして3週間後の検査が済み、主治医の診察の日が来た。
ヨシ 平常心だ そして 悪い結果が出ても笑顔も忘れないように!!
「梅木さん 大丈夫だよ。数値は30.4に下がっている。」
うれしい しかし そうでもない気持ちも  なんなんだろう。
せっかくした覚悟が無駄になったということなのか、それとも異常な好奇心のなせる業か?


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