フォルモサ市-04-2018年-市内の様子 (フォルモサ州・州都)


フォルモサ市-04-2018年-市内の様子 (フォルモサ州・州都)
2012年に訪問して以来6年ぶりにフォルモサ市を訪問しました。アルゼンチンの首都ブエノス・アイレスからは1100キロ、それに対してパラグアイの首都アスンシオン市から直線距離ですと僅か100キロ少々、自動車で2時間半程の所にあり、アスンシオンから一番近い都市と言って良いと思いますが余り繋がりは無いのか実感はありません。フォルモサが更に発展して将来はアスンシオンなどパラグアイの都市と共生して行く時代が来る事を期待しています。(アスンシオン市の大統領官邸からフォルモサ港まで直線で113キロです。)なお、台湾も同じフォルモサと呼ばれることがありますが、丁度地球の反対側に当たり表裏でフォルモサ州と台湾は重なり合っています。

(写真:左が国旗、右が州旗)
フォルモサ市はこのフォルモサ州内で唯一の都市らしい都市です。何故ここにこのような街が出来たのでしょう。日本で言いますと幕末・明治維新の時代約150年前に起きた三国戦争の結果、現在のフォルモサ州はパラグアイから割譲されてアルゼンチン領となりました。面積は72,066 km²で、九州の約2倍、東北地方より多少大きいサイズですが、人口は希薄で現在でも州全体で60万人弱、1980には約29万人と現在の半分。多分150年前の併合当時は今よりもずっと少なかったものと思われます。戦争以前はパラグアイ領であったわけですから、戦争の結果、パラグアイにアイデンティティーを持つ人の多くはパラグアイ領内に移り住み、ほとんど住民のいない地域であったと想像します。アルゼンチンとしてはパラグアイ人が侵入して奪還する恐れがあると考えていた事でしょう。そこで、両国の境であるパラグアイ川が一番狭く、大きく蛇行する場所を守りの要と考えて町を建設したのだと思います。
ほぼ同時期に造られた日本の札幌市と同様、しっかりとした都市計画が為され碁盤目状に道路が造られ、広大な州の様々な物品の集積地として急激な発展を遂げ、アルゼンチン国内ではかなり高い人口増加率となっています。特筆すべきは失業率で国内では最低水準の2.2 % です。フォルモサ州全体を見回しますと他にはアスンシオン市の向かいに在るクロリンダ市(約5万人)があるだけで他に都市らしい都市は無いので普通に生活するには他に選択肢が無くここが大きくなって来たのでしょうね。
簡単な歴史
1883年 町の創設
1905年 最初のタンニン工場
1915年 鉄道開設
1945年 大聖堂落成
1988年 国立フォルモサ大学開校
人口統計(2010年)
人口は2017年7月の統計で約27万人で、国内の都市の中でも成長している都市の一つです。2010年の統計を見ますと若い世代、現役世代が多い事が湧かいます。出生地はほとんどがアルゼンチンで意外にパラグアイから移って来る人は少ないようです。アルゼンチン国内では田舎で遅れているが将来性がある場所と見られている一方でパラグアイからは大都市ブエノス・アイレスのようには簡単に良い仕事は見つからないのと、経済的にはパラグアイの方が良いのでフォルモサに来る人は少ないのかも知れません。また、街を歩いていて、全く東アジア系(日中韓)の人を見掛けませでした。市街地を歩いていますと「視線」を感じます、ほとんど住んでいないのでしょう。統計でも米州・欧州以外で生れた人の数が僅か25人とありますのでほとんど居ないというのは確かなようです。

5月25日通り起点 (2018年 7月25日)
街の起点となる場所はメインストリートの5月25日通りの起点でしょう。港と鉄道の駅の横からこの大通りは始まります。広場になっていて国旗と州旗が上下に掲揚されています。

(写真:国旗と州旗-01)

(写真:国旗と州旗-02)

(写真:広場)

(写真:モニュメント)
市の即売所がありました。「美味しく健康に良い食品はお好きですか?」と宣伝しています。

(写真:市の即売所)

(写真:5月25日通り起点付近-01)

(写真:5月25日通り起点付近-02)

(写真:5月25日通り起点付近-03)

(写真:5月25日通り)
鉄道駅 (2018年 7月25日)
メインストリートとなる5月25日通りの始点は港の横に在る鉄道駅前の広場です。港と鉄道の駅を基点して街が発展した事が分かります。市の紋章は鉄道が描かれています。1915年に開業して2000年ごろまで営業していたようですが、現在は鉄道は廃止されてしまったようで駅舎だけが残っています。ただ駅のプラットフォームに立ちますと往時の様子を想像する事が出来ます。アルゼンチンの鉄道は政治上の問題で民営化と国営化を繰り返し、次第に衰退してしまいました。鉄道を維持するのは大変だとは思いますが折角築いた鉄道網が無くなるのは非常にもったいないと思います。

(写真:駅舎-01)

(写真:駅舎-02)

(写真:駅舎-03)

(写真:駅舎-04)

(写真:プラットフォーム-01)

(写真:プラットフォーム-02)

(写真:プラットフォーム-03)
昔の写真がありましたので参考まで掲載します。

(写真:往時の駅舎:ウィキペデディアより、1999年ごろ)
市が発展する契機になっているのでしょう、市章には鉄道が描かれています。

(市章:鉄道が描かれています)
港付近から5月25日通りを行きます (2018年 7月25日)
港付近から5月25日通りを行きます。次第に繁華街の雰囲気になって来ます。多くの人が列を作っている場所がありました、銀行ですね。

(写真:5月25日通り-01)

(写真:5月25日通り-02)

(写真:5月25日通り-03)

(写真:5月25日通り-04)

(写真:5月25日通り-05)
パラグアイ風のチパが普通に売られています。

(写真:5月25日通り-05)

(写真:5月25日通り-06)

(写真:5月25日通り-07)

(写真:5月25日通り-08)

(写真:大聖堂)

(写真:公衆電話)
中心部と繁華街 (2018年 7月25日)
中心部の繁華街にはスーパーマーケットなど店舗そして喫茶店等が建ち並んでいます。

(写真:スーパーマーケット・カレフール)

(写真:中心部の様子-01)

(写真:中心部の様子-02)

(写真:中心部の様子-03)

(写真:中心部の様子-04)

(写真:中心部の様子-05)

(写真:中心部の様子-06)

(写真:中心部の様子-07)

(写真:中心部の様子-08)

(写真:中心部の様子-09)

(写真:中心部の様子-10)

(写真:中心部の様子-11)

(写真:中心部の様子-12)

(写真:中心部の様子-13)

(写真:中心部の様子-14)

(写真:中心部の様子-15)

(写真:中心部の様子-16)

(写真:中心部の様子-17)

(写真:中心部の様子-18)

(写真:中心部の様子-19)
住宅街など (2018年 7月25日)
住宅地は街の中心部ではそれなりに整備されていますが、少し離れますと土道になっています。都市計画はしっかりしており、区画整備は出来ているので今後都市が成長すると住宅地も綺麗になって行く事でしょう。

(写真:整備された中心部に近い住宅地)

(写真:少し離れた地域-01)

(写真:少し離れた地域-02)
中心部から離れますと土道となり、何となく殺伐としています。

(写真:離れた地域-01)

(写真:離れた地域-02)

(写真:離れた地域-03)

(写真:離れた地域-04)
十字架 Cruz del Norte (2018年 7月21日)
市街地からのメイン道路が国道11号線と交差する場所に巨大な十字架があります。フォルモサ市のシンボルと言って良いでしょう。国道はここで直角になっており、北はアスンシオン市方向へ、西はレシステンシア、ブエノス・アイレス方面になります。アスンシオンからブエノス・アイレス方面にバスまたは自動車で行く場合にはここを通過して右に曲がる事になります。

(写真:十字架正面から)
少し横から見ますと二重になっているのが分かります。

(写真:十字架横から-01)

(写真:十字架横から-02)

(写真:十字架横から-03)
後ろ側にはフォルモサの文字があり、訪問の記念写真を写す事が出来ますね。

(写真:十字架後ろから)

(写真:国道・北へアスンシオン方向)
国道は拡幅工事中ですね。

(写真:国道・西へレシステンシア方向)