ソウル-明洞(大韓民国 )

ソウル-明洞(大韓民国)
ソウルで人気の繁華街である明洞を紹介します。地元の若い人達のイメージは少々古臭いオバサンに人気の繁華街といったところでしょう。我々外国人には便利で楽しい街ですね。
明洞について(2012年 9月16日)
朝鮮王朝時代には「明禮洞」と呼ばれていたそうでその後略されて「明洞」になったのだそうだ。日本が統治時代にはここは「明治町」と呼ばれ、日本人居住区・商業中心地として発展し1970年代以前は、市内随一の繁華街であり、証券会社など金融センターでもあり、韓国経済の中心地でもあったそうです。現在でもソウル北側の中心として繁華街、ビジネス街が広がっています。現在は南側、江南の発展で江南駅を中心とする地域、蚕室付近等が発展しビジネス街、繁華街も江南の方が発展している印象があります。これは大阪の南繁華街(心斎橋、戎橋などを中心とする地域)と北(梅田)を中心とする地域の対比に似ている感じですが大阪と比較してソウルの方が相当規模が大きいように見えます。明洞の繁華街の特徴は誰でも楽しめる事で日本人、中国人等の観光客も多く居ます。食べ物屋やお土産店等が多く観光客にはとても良い場所と言えますが、日本語で少々強引な押し売りにはうんざりします。また年齢層が高い人の割合は江南と比較すると高く、江南が若者の街なのに対してこちらは中年の街となっているようです。繁華街は狭く密集していて渋谷に雰囲気は似ています、多分に真似たのでは無いかと想像してしまいます。
朝鮮王朝末期のソウルの写真を見ますと明洞の丘に聳える明洞大聖堂が一際目立ち、市街地で唯一高い建造物という感じですが、現在はビルに埋もれて全く見えません。近くに行きますと確かに小高い丘に昔同様の聖堂がありました。現在周辺を工事しており、下から眺める事は出来ませんでした。周囲をオフィスビルなどに囲まれてしまっていますので繁華街がこれ以上大きくなる事は無いと思いますがロッテデパートのように周辺に大型商業施設が出来る可能性はあるでしょう。ただ大きな発展は無いように見えます。江南がより発展しますと観光客などもそちらに取られて行く可能性もあります、無垢な観光客をターゲットした強引な売り子などをもう少し規制し、安心して食事や買物が出来る街を目指して欲しいものです。

(地図:明洞付近)
大きな地図で見る
明洞大聖堂(2012年 9月14日)
明洞大聖堂は朝鮮王朝時代、朝鮮半島で最初のカトリック教会で、1898年に完成したのだそうです。ソウルの古い写真を見ますと明洞の丘に堂々と建っていますが現在はビルに埋もれて明洞の街からも余り見えません、教会に至る坂は改修を進めています。坂の両側は工事の為パネルがあり工事の様子は見えませんが色々な写真が貼ってあります。1950年当時のこの場所の様子がありましたが、周囲にはまばらに粗末な家があるだけでビルに囲まれた現在とは全く様相が異なります。

(写真:明洞大聖堂-01)

(写真:明洞大聖堂-02)

(写真:明洞大聖堂への坂路-01)

(写真:明洞大聖堂への坂路-02)

(写真:明洞大聖堂への坂路-03)
明洞大聖堂付近(2012年 9月14日)
明洞大聖堂が少し高い丘にあり、付近は坂になっています。明洞の繁華街の近くですがそれ程密集した雰囲気ではありません。中国人が多いのか中国料理店が点在していました。少し行きますとオフィスビルが建ち並ぶビジネス街になっています。

(写真:明洞大聖堂付近-01)

(写真:明洞大聖堂付近-02)

(写真:明洞大聖堂付近-03)

(写真:明洞大聖堂付近-04)

(写真:明洞大聖堂付近-05)

(写真:明洞大聖堂付近-06)

(写真:明洞大聖堂付近-07)
大きな建物の間に昔ながらの店が残っています。

(写真:明洞大聖堂付近-08)
小劇場などもあります。

(写真:明洞大聖堂付近-09)

(写真:明洞大聖堂付近-10)
乙支路(2012年 9月14日)
通りの名称は高句麗の将軍である乙支文徳の名前に由来するのだそうです。乙支文徳と言いますと高句麗の将軍で隋を破って高句麗を守った武人として有名でこの英雄の名前を通りに付けたのでしょう。通りは市庁舎から東大門まで市街地を通り途中明洞を通り、この通りが北側の区切りになっているようです。この通りを少し歩いてみました。この通りの下には地下鉄2号線が走っており「乙支路入口駅」は明洞の最寄駅となっています。明洞の近くは大きなビルが並ぶオフィス街になっています。

(写真:乙支路-01)

(写真:乙支路-02)

(写真:乙支路-03)
地下鉄の駅で言いますと一駅半程行きますと突然風景が変わります。区画整理が為されていない昔ながらの町並みとなります。

(写真:乙支路-04)

(写真:乙支路-05:乙支路2街駅と乙支路3街駅の間-01)

(写真:乙支路-05:乙支路2街駅と乙支路3街駅の間-02)
向こう側の景色は全く異なります、明洞のすぐ近、歩いて十数分の場所とは思えませんね。多分このような景色が昔の明洞であったのでしょう。今後区画整理が進みますとこのあたり一帯も立派な高層ビル街に変わるのかも知れませんね。

(写真:乙支路-05:乙支路3街駅の向こう側)
明洞を行く人々 (2012年 9月16日)
明洞を歩く人達は若者だけではなく年配の方も多くいます。ファッションはやはり新しい繁華街である江南大路の方が上という印象です。浅草と渋谷の差があるように感じます。

(写真:明洞を歩く人達-01)

(写真:明洞を歩く人達-02)

(写真:明洞を歩く人達-03)

(写真:明洞を歩く人達-04)

(写真:明洞を歩く人達-05)

(写真:明洞を歩く人達-06)
明洞繁華街・狭い道 (2012年 9月16日)
明洞は4本の大通りに囲まれ、その中に十字に比較的広い通りがあり、後は路地となっています。狭い道を行きますと人がぎっしりと歩いています。新宿東口や渋谷のセンター街に似ていますね。

(写真:明洞狭い道-01)

(写真:明洞狭い道-02)

(写真:明洞狭い道-03)

(写真:明洞狭い道-04)

(写真:明洞狭い道-05)

(写真:明洞狭い道-06)

(写真:明洞狭い道-07)

(写真:明洞狭い道-08)

(写真:明洞狭い道-09)

(写真:明洞狭い道-10)

(写真:明洞狭い道-11)

(写真:明洞狭い道-12)

(写真:明洞狭い道-13)

(写真:明洞狭い道-14)

(写真:明洞狭い道-15)

(写真:明洞狭い道-16)

(写真:明洞狭い道-17)

(写真:明洞狭い道-18)

(写真:明洞狭い道-19)
更に行きますと余り人通りが無い裏路地となっています。

(写真:明洞狭い道-20)
靴下の店、なかなかユニークな展示ですね。

(写真:明洞狭い道-21)
明洞繁華街・お店 (2012年 9月16日)
日本の繁華街の様子とよく似ていますが屋台などのお店は少々違うようです。

(写真:屋台-01)

(写真:屋台-02)

(写真:屋台-03)

(写真:屋台-04)

(写真:屋台-05)

(写真:屋台-06)

(写真:屋台-07)

(写真:両替屋)
明洞繁華街・比較的広い道 (2012年 9月16日)

(写真:明洞広い道-01)

(写真:明洞広い道-02)

(写真:明洞広い道-03)

(写真:明洞広い道-04)

(写真:明洞広い道-05)

(写真:明洞広い道-06)

(写真:明洞広い道-07)

(写真:明洞広い道-08)

(写真:明洞広い道-09)

(写真:明洞広い道-10)

(写真:明洞広い道-11)

(写真:明洞広い道-12)

(写真:明洞広い道-13)

(写真:明洞広い道-14)

(写真:明洞広い道-15)

(写真:明洞広い道-16)

(写真:明洞広い道-17)
若い女性店員が日本語で日本の女性観光客に声を掛けています。

(写真:日本人女性観光客ターゲットの呼び込み)
明洞を取り囲む大通り(2012年 9月14日)
明洞は4本の大きな通りで囲まれています。

(写真:南大門路方面へ)

(写真:南大門路-01)

(写真:南大門路-02)

(写真:退渓路方面へ・南山タワーが見える)

(写真:南山タワー)

(写真:退渓路・地下鉄・明洞駅付近-01)

(写真:退渓路・地下鉄・明洞駅付近-02)

(写真:退渓路・地下鉄・明洞駅付近-03)

(写真:退渓路から南大門路へ-01)

(写真:退渓路から南大門路へ-02)

(写真:退渓路から南大門路へ-03)
南大門の方向には韓国銀行が見える。

(写真:韓国銀行)
ロッテデパート(2012年 9月16日)
大きな百貨店ロッテデパートが南大門通りの向かい側にあります。

(写真:ロッテデパート-01)

(写真:ロッテデパート-02)

(写真:ロッテデパート・ヤング館)
地下は日本と同じようにデパ地下になっていました。欧米では無いことですね。

(写真:ロッテデパート店内の様子-01)

(写真:ロッテデパート店内の様子-02)

(写真:ロッテデパート店内の様子-03)

(写真:ロッテデパート店内の様子-04)

(写真:ロッテデパート店内の様子-05)

(写真:ロッテデパート店内の様子-06)
地下鉄の駅には商店があります。

(写真:地下の様子-01)

(写真:地下の様子-02)