ソウル-南大門市場・市庁舎から景福宮へ(大韓民国 )







ソウル-南大門市場・市庁舎から景福宮へ(大韓民国)




ソウルのシンボルと言えるのは焼失してしまった南大門、そこから朝鮮王朝の正宮である景福宮までを紹介します。韓国が力を入れ非常に綺麗になっています。ソウル観光ではまず最初に訪問する場所ですね。



京城府の地図 (2012年 9月17日)  
日本統治時代の京城の地図を見ますと観光客が歩いて巡る明洞等の中心市街地が全てであった事が分かります。ソウル駅、南大門は市街地の外れだったのですね。ソウル市役所は府庁、光化門の後ろには朝鮮総督府が在るのが分かります。地名も日本語で南大門大通りは太平通りと言っていたのですね。当時の市の人口は90万人程だったそうで、百年足らずで10倍に膨れ上がったのですね。



(地図:日本統治時代の京城市街地図)



南大門市場の地図 (2012年 9月17日)  
南大門市場はソウルの中心部に近い場所に位置する市場で周囲の近代的な雰囲気とは別世界を形成しています。朝鮮王朝時代、約600年の歴史があるそうですが、狭い地域に一万軒程の商店があるそうで、伝統的な雰囲気があり観光客にも人気の場所です。ただここがソウルの大きな地域を占めているのでは無く250メートル四方程度の非常に狭い地域で周囲は近代的な現代のソウルに囲まれています。南大門市場に足を踏み入れますと想像していたソウルが広がっているという印象です。多分昔は街全体がこのような感じであったのでしょう。多分日本のアメヤ横丁のような感じでここだけが残ったのでしょう。歩いて楽しい場所で食事を摂るのも良いでしょう。多くは地元の人が利用している場所なので値段も観光客相手となっている明洞等と比較して割安に感じます。




(地図:南大門市場)


大きな地図で見る



南大門市場入口付近 (2012年 9月17日)  
南大門市場の周りは近代的なオフィスビルなどになっており、近代都市の中に一部が残っているという感じです。南大門は崇礼門と言いソウルの正門であり、韓国国宝第一号に指定されて韓国のシンボルとなっていましたが2008年ホームレスの人の放火で消失し現在再建中です。1398年に完成し秀吉による文禄・慶長の役、朝鮮戦争にもほとんど損傷も無く21世紀まで残っていただけに残念です。これだけ大事な文化財にも関わらず消火体制が不十分であったとの指摘があります。



(写真:再建中の南大門) 



(写真:南大門市場と書かれた看板が立つ) 



(写真:南大門付近のオフィスビル-01) 



(写真:南大門付近のオフィスビル-02) 



(写真:南大門市場の端となる場所) 



(写真:退渓路から-01) 



(写真:退渓路から-02) 



南大門市場・雑貨など (2012年 9月17日) 
明洞に近い東側は雑貨などの店が並んでいます。



(写真:南大門市場・雑貨などの店が並ぶ-01) 



(写真:南大門市場・雑貨などの店が並ぶ-02) 



(写真:南大門市場・雑貨などの店が並ぶ-03) 



(写真:南大門市場・雑貨などの店が並ぶ-04) 



(写真:南大門市場・雑貨などの店が並ぶ-05) 



(写真:南大門市場・雑貨などの店が並ぶ-06) 



(写真:南大門市場・雑貨などの店が並ぶ-07) 



(写真:南大門市場・雑貨などの店が並ぶ-08) 



(写真:南大門市場・雑貨などの店が並ぶ-09) 



(写真:南大門市場・雑貨などの店が並ぶ-10) 



(写真:南大門市場・雑貨などの店が並ぶ-11) 



南大門市場・食品・鮮魚など (2012年 9月17日) 



(写真:南大門市場・食品・鮮魚などの店が並ぶ-01) 



(写真:南大門市場・食品・鮮魚などの店が並ぶ-02) 



(写真:南大門市場・食品・鮮魚などの店が並ぶ-03) 



(写真:南大門市場・食品・鮮魚などの店が並ぶ-04) 



(写真:南大門市場・食品・鮮魚などの店が並ぶ-05) 



(写真:南大門市場・食品・鮮魚などの店が並ぶ-06) 



(写真:南大門市場・食品・鮮魚などの店が並ぶ-07) 



(写真:南大門市場・食品・鮮魚などの店が並ぶ-08) 



(写真:南大門市場・食品・鮮魚などの店が並ぶ-09) 



(写真:南大門市場・食品・鮮魚などの店が並ぶ-10) 



南大門市場・食堂 (2012年 9月17日) 



(写真:南大門市場・食堂街-01) 



(写真:南大門市場・食堂街-02) 



(写真:南大門市場・食堂街-03) 



(写真:南大門市場・食堂街-04) 



(写真:南大門市場・食堂街-05) 



(写真:南大門市場・食堂街-06) 



(写真:南大門市場・食堂街-07) 



(写真:南大門市場・食堂街-08) 



(写真:南大門市場・食堂街-09) 



(写真:南大門市場・食堂街-10) 



(写真:南大門市場・食堂街-11:調理の様子) 



(写真:南大門市場・食堂街-12:調理の様子) 



南大門から市庁舎まで (2012年 9月17日)  
南大門から市庁舎まで歩きますと在日の方が設立した銀行である新韓銀行、そして賛成三星生命、三星本館が並んでいます。そして徳寿宮が市庁舎の前にあり、「大漢門」と書かれています。



(地図:南大門から市庁舎まで)


大きな地図で見る



(写真:通りの様子-01) 



(写真:通りの様子-02) 



(写真:通りの様子-03) 

南大門から歩いて行きますと2つの大きなビルが見えます。白い方は新韓銀行で在日の資本で設立された韓国の銀行、茶色の方は三星生命です。



(写真:新韓銀行と三星生命) 



(写真:三星-01) 



(写真:三星-02) 



(写真:横断歩道-01) 



(写真:横断歩道-02) 



(写真:オフィス街-01) 



(写真:オフィス街-02) 



(写真:オフィス街-03) 

ビルの間から北岳山が見えます。



(写真:北岳山) 



市庁舎・ソウル広場付近 (2012年 9月17日)  
市庁舎の前には大きなスペースがあり、ソウル広場と呼ばれています。ワールドカップなどの時に大勢の人が集まるのがこの場所です。市庁舎の前は徳寿宮になっており、道路が出来た際に反対側の隔てられた地域が市庁舎とソウル広場になっています。多分その昔は一体だったのでしょう。市庁舎本館は日本統治時代1926年に京城府庁として造られた建物なのだそうで、文化財として残すか、それとも朝鮮総督府のように解体してしまうのかかなり議論があったようです。残されたのは良いのですが、後ろに新たしい建物を建ててそれが波のように襲い飲み込むような造形になっています。韓国が旧日本統治時代のシンボルを洗い去るようなイメージなのでしょう。



(地図:市庁舎付近)


大きな地図で見る



(写真:徳寿宮) 



(写真:市庁舎・旧京城府庁舎-01) 



(写真:市庁舎・旧京城府庁舎-02) 



(写真:市庁舎・旧京城府庁舎-03) 



(写真:地下鉄市庁舎駅入口) 



(写真:ソウル広場付近-01) 



(写真:ソウル広場付近-02) 

ソウル広場付近には大勢の若者が集まっていました。バスもユニフォームも鮮やかな青緑、非常に強烈な色彩ですね。集まって何をするのか見ていましたが記念s撮影をしていました。何の団体で何をしているのかはよく分かりませんでした。



(写真:鮮やかなユニフォームの若者達-01) 



(写真:鮮やかなユニフォームの若者達-02) 



(写真:鮮やかなユニフォームの若者達-03) 

その向こうでは世界各国の写真展示を行っていました。



(写真:世界各国の写真展示-01) 



(写真:世界各国の写真展示-02) 



(写真:世界各国の写真展示-03:パラグアイ国旗もあります) 



(写真:歩道の補修工事) 

朝鮮三大日刊紙の内、東亜日報と朝鮮日報がここに在ります。



(写真:オフィス街-01:東亜日報) 



(写真:オフィス街-02:朝鮮日報) 



(写真:オフィス街-03:コリアンホテル) 



(写真:オフィス街-04:ソウルファイナンシャルセンター) 



(写真:オフィス街-05:東和ビル) 



(写真:オフィス街-06) 



(写真:オフィス街-07) 



(写真:オフィス街-08) 



(写真:東亜日報社前のモニュメント) 



市庁舎から光化門 (2012年 9月18日)  



(地図:市庁舎から光化門)


大きな地図で見る




(写真:光化門駅入口)

通りの中央が光化門公園となっています。



(写真:光化門公園入口には麗水万博のマスコット)

光化門公園の端から市庁舎方向を見ますと立派なオフィス街が広がっているのが分かります。



(写真:光化門公園から市庁舎方向を見て)



(写真:光化門公園から光化門に向かって左側の様子)



(写真:光化門公園から光化門に向かって右側の様子)



(写真:光化門公園-01)



(写真:光化門公園-02)



(写真:光化門公園-03)



(写真:光化門公園-04)



(写真:光化門公園-05)

16世紀、豊臣秀吉の朝鮮出兵の際に水軍で日本を撃退したとされ、韓国の随一の英雄とされる忠武公・李舜臣の像が建っています。南を向き日本から王宮を守ると言う意味なのでしょうね。実際には日本軍の補給路を遮断したのかどうか分からず、亀甲船も本当に存在したのかどうか分からないのですが、そこは韓国しっかりと歴史を作り上げ国民に紛れもない事実として見せています。



(写真:忠武公・李舜臣)



(写真:忠武公・李舜臣:反対側から)



(写真:忠武公・李舜臣が乗ったとされる龜甲船)



(写真:稲)

朝鮮の首都平壌には金王朝の金日成、金正日親子の金ピカ像がありますが、こちら韓国ソウルには朝鮮王朝4代目の偉大な大王である世宗の金ピカ像があります。ハングルを作った事でも有名なこの大王が韓国・朝鮮史上最高のヒーローという事なのでしょう。



(写真:世宗大王-01)



(写真:世宗大王-02:世宗大王と光化門と北岳山)



(写真:世宗大王-03)



(写真:世宗大王-04)



(写真:世宗大王-05)

道の正面には光化門その後ろには青瓦台、北岳山が見えます。



(写真:光化門と北岳山)



(写真:光化門と青瓦台と北岳山)



(写真:光化門前から見た広場-01)



(写真:光化門前から見た広場-02)



綜合目次に戻る

(当ホームページの表紙 へ)

次のページ