15歳の誕生日
パラグアイでは女性が15歳になると大人の女性としてのデビューを行うという意味があり、盛大な誕生会を行い祝福します。最近アスンシオンの都会などでは簡素化ならびにマイアミ旅行等に取り変わって来て昔ながらの伝統的な祝宴を行わない傾向が強くなって来ましたが、地方ではまだ盛大に行う事が多いようです。
アスンシオンで行われた12人合同のお披露目(2012年10月28日)
アスンシオン市のレストラン・ベランダで開催されました15歳のお披露目です。それぞれ学校の同級生がパートナーとなって階段を降りて来ます。女の子は皆笑顔が可愛いですね、同伴男子は皆さん相当緊張している様子でした。

(写真:合同15-01)

(写真:合同15-02)

(写真:合同15-03)

(写真:合同15-04)

(写真:合同15-05)

(写真:合同15-06)
3・ごく普通のお祝い
娘の15歳の誕生日を祝うことはある程度の階層以上の人々のものでしたが、最近ではごく普通の一般の庶民もお祝いをするようになって来ています。ここでご紹介するのはごく平均的なアスンシオン市民のご家族、4人家族で皆さん少々太め、パラグアイらしい明るい一家です。
(写真:少々太めのごく一般的なご家族)
会場は自宅の庭です。テーブル、皿などは仕出し屋に注文して持って来てもらいます。風船などの飾り付けを行い、あっという間に50人程度の立派なパーティー会場が出来上がります。
(写真:自宅の庭を利用している)
最近はヴィデオ、写真をプロに外注することが多くなっています。この日もカメラマン、ヴィデオ屋の両方が来ていました。パーティー屋は小道具も持って来ます。ピンクの箱は贈り物を入れる箱です。お友達、家族の友人、会社関係の人などなど訪問者は皆贈り物を持ってお祝いに来ます。
(写真:記念のヴィデオをプロに依頼)
カメラマンの要望に応えてケーキの前でポーズ。
(写真:ケーキの前でポーズ)
パーティーで一番盛り上がるのはお父さんとのダンスです。娘が大人になり、最初にダンスをするのがお父さん、一番幸せな時ですね。
(写真:お父さんとのダンス)
決して豪華ではありませんが、心温まるパーティーでした。ごく普通のアスンシオン市民はこのようなパーティーを開き、友人・知人を沢山招待して楽しみます。週末になると何かの招待を受け出掛けるという機会が多いように思います。よく日本でもこのようなパーティーをしますか?と尋ねられます。所得も多い先進国の日本ではさぞ豪華なパーティーをしているとパラグアイの人達は想像しています。でも実際は?いつも答えに窮しています。本当の豊かさ、ゆとりというのは何なのでしょうね。
2・アスンシオンでのお祝い
アスンシオンでの15歳のお祝いを紹介いたします。15歳と言いますと中学3年生ですが、当地の15歳と言いますと大人の仲間入りです。

(写真:15歳になったお嬢さんです。)

(写真:お父さんと一緒に)

(写真:友人から誕生日プレセントを受け取る)

(写真:記念写真の撮影)

(写真:お父さんとワルツ)

(写真:友人達とバースディーケーキを囲んで)

(写真:会場の様子-01)

(写真:会場の様子-01)

(写真:友人と)
1・地方の超豪華版
作者はある地方の富豪のお嬢さんの15歳の誕生日に招待を受け、折角の機会なので行ってみました。場所はアマンバイ県・第二の都市であるカピタン・バド(ブラジルとの国境に在る)からさらに20キロ程内陸に行ったところ、アスンシオンからは自動車で約10時間の距離です。この祝宴に参加する為、2泊3日の旅行となりました。友人と一緒に行ったのですが、友人が「非常に遠いので飛行機でも行かなければ」と半分冗談で言ったところ、「うちの自家用をアスンシオンへ出すからそれに乗って来たら良いわ」と簡単に言われたそうです。現地に行ってみますと確かに敷地の中に自家用飛行機があり、アスンシオンなどに行く際に利用するのだそうです。このパーティーには約2千人が招待されているという話を聞いていましたが、予想以上の用意が成されていました。何でもこのお嬢さんの意思でクラスメートなどは貧富の差も無く全員が招待されたようで、あまりこのようなパーティーに慣れていないような人も多く、パーティーの規模に驚きを隠せない人が多かったようです。
(写真:パーティー会場の入り口)
まずパーティー会場の入り口に行きますと綺麗に飾った門が用意されていました。女性の誕生日を祝うので、ピンクで統一されて御伽話のような印象を訪問者に与えるものでした。
席は2〜3千の席が用意されており、招待時間の7時から続々とプレゼントを片手に招待客が現れました。パラグアイ時間で多少は遅くなる事は覚悟しておりましたが、実際にパーティーが始まるまで長い時間待ちました。
(写真:ずらっと並んだテーブル、2〜3千の席が用意されていた)
(写真:シュラスコ料理を用意する)
料理がどのようになっているのか裏側に廻って見に行きましたが、ブラジル式のシュラスコ料理で、ずらっと肉が並び焼かれていました。2千人分の肉を焼くのですからそれは大変なものです。
しばらくしてようやくセレモニーが開始しました。最初に友人達が入場。同じように15歳を迎える友人達で統一された純白のドレス、スーツで登場です。15歳と言いますと日本では中学3年生、まだまだ子供という印象を持っていましたが、当地で見る15歳の令嬢達は化粧のおかげもあるのでしょうが、非常に大人びて見えました。
(写真:友人達の入場)
揃いのドレス・スーツ姿の友人達が入場し、しんがりはこのパーティーの主役のお嬢さんです。
(写真:令嬢とお父さんの入場)
(写真:皆が勢揃い)
皆が勢揃いし、そして、ワルツが始まります。多くの友人・招待客に囲まれてまず本人とお父さんが踊ります。
(写真:令嬢とお父さんのワルツ)
このワルツが終わり、いよいよ食事となりました。時計を見ると既に10時半です、この日の招待客全員に食事が行き渡るのに約1時間要しました。さすがにパラグアイです。この日はペドロ・ファン・カバジェロに宿を予約していたのですが、2〜3時間かかるので、1時には(勿論午前1時)には退散することにしましたが、まだメインのケーキカットには至っていませんでした。聞くところによりますとこれから延々とパーティーは続き、徹夜は勿論、翌日の午後くらいまでやるという話でした。すごいものです。
この日、宿に帰り着いたのは午前3時、いやはや大変なパーティーでした。でもメインの誕生日の女性がとても可愛らしいので、楽しく過ごせましたね。これほどの規模のパーティー、日本ではまずお目にかかることは無いと思います。