パラグアイの政治(副大統領射殺事件以降、連立政権発足まで)

連立政権・新閣僚(99年03月31日)

赤党・アルガーニャ派ならびに今までの野党である青党ならびにエンクエントロを含めた連立政権が発足した。これで与党は赤党・アルガーニャ派+青党+エンクエントロとなり、野党?は赤党オビエド派という事になった。赤党オビエド派は依然として国会議席の3分の1を占めている。

新閣僚の陣営は下記の通り。今まで野党であった青党ならいびにエンクエントロから二人づつ入閣した。赤党・アルガーニャ派からは6人が選ばれた。外務、商工というかなり重要な職責には今までの野党側に渡した。

外務: 青党 ミゲル・アボドン・サギエル
農牧: 青党 ルイス・アルベルト・ワグナー 
商工: エンクエントロ ギジェルモ・カバジェロ・バルガス  
法務労働:エンクエントロ シルビオ・フェレイラ  
内務:赤党 ワルター・ボーウェル  
大蔵:赤党 フェルナンド・サーヤス・チリフ  
教育文化:赤党 ニカノール・ドゥアルテ・フルート  
公共事業通信:赤党 ホセ・アルベルト プラナス  
国防:赤党 ネルソン アルガーニャ コントレーラス 
衛生福祉:赤党 マルティン・チオーラ   

副大統領選挙に関しては連立政権統一候補を出すことで調整が進んでいる、現政権で残りの4年4ヶ月を全うするという意見が政権内部で大勢を占めている模様。

赤党の入閣により国会議員の繰り上げが行われるのであるが、パラグアイは完全比例代表制であるため前回の選挙の時のリストに従うことになる、昨年の選挙の際にはオビエド派とアルガーニャ派の混成であったため、今回誰が繰り上がるかで両派で小競り合いがあった。リスト最上位に居たオビエド派の人物が議員の資格があるとして、宣誓を行おうとしてした際に政府側支持者に阻止されるという事件があった。

セイファート元副大統領(ワスモシ政権)も含め数名の政治家、新聞社ナシオンの社主、ラジオ放送関係者などが政治犯で逮捕された。

この日、一連の政治劇の舞台となった国会前広場を通過してみましたが、まだ結構人が集まり余韻が残っていましたが、清掃が行われ騒動の痕跡はほとんどありませんでした。


(99年03月29日)
平和が戻り、完全に日常に戻る。クーバス大統領、ブラジル亡命へ

全てが日常の状態に戻り、バスも通常運転になり、朝のラッシュが戻って来た。全面解決を受けて街はいつもの表情に戻り、皆明るい笑顔で「おめでとう」という挨拶が交わされていた。軍、警察なども新政権への忠誠を近い、不穏な動きは全く消えた。

新大統領を中心に組閣人事が検討されているようだが、各党それぞれの思惑があるようでなかなかまとまらない様子で、新閣僚の発表までにはまだ時間がかかる見込み。商工大臣にエンクエントロのカバジェーロ・バルガスが確定。人事が最終的に決まるのは水曜日になる見こみ。

正副大統領が不在になっての繰り上げ大統領の任期の規定は無く、副大統領選挙だけを行い、大統領はそのままか、正副大統領選挙を行うべきなのか、早くも与野党の間で論議が始まった。憲法学者など専門家でも意見が分かれており、結論が出るまでもう少し時間がかかる模様。(25日の項を参照して下さい)

昨日アルゼンチンに逃亡したリノ・オビエド元将軍は亡命を申し出、受理された。(アルゼンチンでは受け入れ反対の意見が強い)またクーバス大統領は家族と共にブラジルに去り亡命を申し出こちらも受理された。(こちらはブラジル側が飛行機などを準備した。)

クバース大統領はパラグアイを去る際にいつも靴を磨いていた少年にお別れを言い、最後に「一緒に来るかい?」と聞くと、少年は「はい、大統領の靴を磨く為にお供します」と答え、一緒に亡命でブラジルに向かう飛行機に乗り込んだとのこと。


(99年03月28日)
クーバス大統領辞任、ルイス・アンヘル・ゴンサーレス・マキ 大統領誕生

日曜日になり、アスンシオンも平静さを取り戻した。見掛け上は普段の日曜日と変わらない。上院で月曜日早朝から議会が行われるので皆その成り行きに注目していました。

夜に入り、国会に近くに群集が集まり始め、繰り返し大統領辞任を迫った。その中で大統領は数名の大臣と下院議長と会合に入り、その中で「大統領、混乱が収まるか、さらなる混乱になるか、大統領の決断一つです」と迫った。

19:15分頃、大統領辞任のニュースが国際ニュースとして放送された。大統領は辞任し、オビエド元将軍は家族と共にパラグアイから脱出、ブエノス・アイレス、チグレに在る空港に到着したが、身分証明書が不正であるとして逮捕された。

クバース大統領が辞任の声明、記者会見を行い「私は泥棒とか不正を働いたとかで辞任するのでは無い、ただパラグアイの平穏を願い辞任する」と語り静かに去って行った。続いて上院議長 ルイス・アンヘル・ゴンサーレス・マキ氏が大統領に就任し、大統領宣誓の後、ワスモシ元大統領から大統領のたすきを渡され、国会から大統領府に向かった。(大統領のシンボルであるたすきは本来大統領交代の時に新大統領に引き継がれるものなのですが、クーバス前大統領はワスモシ元大統領からの受け取りを拒否した為、ワスモシ大統領が持っていた。)

アスンシオン市内は歓喜の群集で溢れ、数日前騒動の中心となった国会前の公園には喜ぶ群集で埋まった。歓喜の行進は朝方まで続いた。(ワールドカップで勝った時の様子とよく似ている)

ゴンサーレス・マキ新大統領は51歳、アスンシオン国立大学法学部卒、国立職業訓練センター(SNPP)所長などを経て96年から赤党最高会議のメンバーとなり、昨年の総選挙で上院議員に当選し、上院議長を務めていた。夫人は元ミス・パラグアイ、新政権は挙国体制になる模様で、大統領辞任に向けて共闘を組んだ与党・赤党、青党、エンクエントロの混成内閣なる見通し。

 [アスンシオン(パラグアイ) 28日 ロイター]
 議会に弾劾されているクバス・パラグアイ大統領は28日、辞意を表明した。大統領の後任は、上院議長のルイス・アンジェル・ゴンサレス・マチ氏。 アルガニャ副大統領の殺害と暴動事件を受けて、議会に弾劾されているクバス大統領は、演説のなかで、「政治の問題で、これ以上の流血があっても、私の責任とはならない」と述べた。

議会は、副大統領の死の責任は、クバス大統領と実力者オビエド元陸軍司令官にあるとし、クバス大統領が、96年のクーデターの罪による10年の禁固刑に服させるため、オビエド元陸軍司令官を刑務所に戻すことを拒否したのは、権力の乱用であるとし、大統領の弾劾に踏み切った。

軍は、後任のルイス・アンジェル・ゴンサレス・マッチ上院議長を支持することを表明した。

(写真)ルイス・アンヘル・ゴンサーレス・マキ新大統領(ABC・コロール紙)


(99年03月27日)遂に死者が出る、その後落ち着きを取り戻しほぼ平常に戻る

遂に国会前に集まった群集の一人25歳の若者が銃弾を浴びて死亡するという事態に発展した。今回の騒動ではトータル死者5人、負傷者は40人以上に上った。何者かが公園横のビルの上から弾丸を発射した模様。大統領は大統領府にこもり深夜まで本日の対応に追われた。一方の反対派の議員達もかなりの数が国会に集まった。反対派の議員達の様子はしばしばテレビで放映されたのに対して大統領は執務室に篭り、報道陣の前には姿を現さなかった。

テレビ各局は夜を徹して群集が集まる国会前、反対派が集まる国会、大統領府を中継し、時々刻々状況を報道した。

朝になり外出してみたところ、国会付近のほんのごく一部を除いては全く平穏でいつもの土曜日といった様子です。ショッピングもスーパー・マーケットも平常営業で家族連れがかなり来ていた。

13時から予定通り上院での大統領側の反対弁論が開始され17時頃まで続いた。大統領の顧問弁護士は大統領に対する糾弾に対して一つ一つ反論を行った。次ぎの上院会議は29日・月曜日の朝7時半から行われることになり、その際に投票の日時が決定される模様。反対派は30議席の確保に自信を示し、オビエド派はあくまで現在の政権の維持を訴えた。(まだ態度を表明していない数名の獲得合戦になるとCNNは伝えていた。)クーバス大統領は19:00から記者会見に応じたが非常に疲れた表情で自分の正当性を訴えた。なお、一連の混乱の責任を執って警視総監が辞任した。

夜に入るとアスンシオンの街は落ち着きを取り戻しほぼ平常に戻り、テレビの番組も平常放送にほぼ戻った。国会前の公園の群集も居なくなった。

今回騒乱状態となったのは大体競技場一つの広さ程の国会前の公園の非常に限られた地域なのですが、CNNなどを通じて騒乱の場面が繰り返し流されてアスンシオン全体が混乱状態になったような印象を与えていた。


(99年03月26日)クーバス大統領、軍の投入を決定。

本日朝のニュースで、今日もバスの無期限ストは解除されず、大半のバスがストップすると伝えている。市民はそれなりの交通手段(主に友人の自動車に乗せてもらう)を使い通勤している。ある程度のバスは運行しているが、投石などのいやがらせがあるようです。

友情の橋などの国境も開かれ、市民生活はそれなりに落ち着きを取り戻しつつあります。テレビの放送もほぼ通常の放送になっています。ただ、週末に入ることもあり、また色々な噂もあるため買いだめを行う市民が多くなっているようです。

昨日、上院では48時間以内に大統領の弁明を求め、火曜日には投票を行うという決議を採択しましたが、大統領派は法律に9日間の猶予があるはずだと反発している。来週は水曜日午後から聖週間(セマナ・サンタ)の休みに入るためそれ以前に早期の決着をしたいという反対派と時間を稼ぎたい大統領派とのせめぎあいが続く模様。

オビエド・クーバス大統領派は反対派に対抗することを目的に田舎に動員を掛けた模様で夕方市内中央部でバスに支持者を乗せて「クーバス、クーバス」と連呼しながら赤党の旗を振りながら走っているバスを見掛けた。(その後彼らはどこに行ったのだろう?)両派の衝突が心配される中、いよいよ大統領は軍隊の投入を決めたことを顧問弁護士が告げた。下院では急遽、下院議長が抗議の発表を行った。テレビでは戦車が出動し中心部に向かう姿を中継し、CNNでも繰り返しこの戦車出動が報道された。国会の前の状況は夜になってもかなりの群集が集まって気勢を挙げているがオビエド派の姿は全く無くなり反対派だけになっている。明日の13時までこのまま徹夜で群集達は気勢を挙げることになると思います。

また、ブラジル・カルドーソ大統領はパラグアイで何らかのクーデターの動きがあれば強い対抗処置を施すと牽制している。

テレビを見ていると花火がまるで激しい銃撃戦のように見え、アスンシオン中が混乱にあるように見えるのはテレビの魔術かも知れません。実際は500メートル四方で騒いでいるだけで作者のアパートは歩いて10分の場所にあるのですが、付近は静まり反っています。ただ、古タイヤを燃やしているようでかなり強い煙の匂いがします。

ほんの一地域を除いてはアスンシオン市内は非常に平穏で、トヨタ・カップのオリンピア-コリンチャスの試合も予定通り行われた。(コリンチャスが2-1で逆転して勝った。)

(写真)若者などが大統領の辞任を求めて騒いだ。(ウルティマ・オーラ紙)


(99年03月25日)クーバス大統領への弾劾問題、上院へ

昨日の下院での決議を受けてクーバス大統領弾劾問題は上院に舞台を移した。弾劾裁判にはこちら上院でも3分の2の賛成が必要で、水面下の多数工作が激しくなっている模様。(新聞の解説では非常にきわどい)上院の議員数は45なので30票が必要となる。今日は上院で下院の議員による弾劾決議の説明が行われた。新聞(エル・ディーア)紙上に上院議員45人の投票予想があり、意思を表明しているのは42人で13-29、未定3(赤党1、白党1、エンクエントロ1)となっています。与党・赤党の中で大統領・オビエド派は13名という訳で後2人獲得する必要があります。

夜に入り現在も国会前の広場には多くの群集が集まっており花火、爆竹を使い気勢を挙げている。警察隊が出動し放水車などで応戦している。負傷者も出ている模様、テレビで現在も中継が行われ、全国に放送されている。(一日中政治問題が放送されている。)

国会前のほんの一部の地域を除く市内の他の地区は極めて平穏で通常の市民活動が行われていた、ただバスは今日もほとんどストップしていた。夜は早く、暗くなると足早に帰宅する姿が見られた。為替もこの日には元に戻り、金融機関も平常通りの営業となり、特に大きな混乱は無かった。

空港は一応再開されたようだが、フライトスケジュールの正常化までにはまだかなりの時間がかかりそうである。橋なども未だに封鎖されており、輸出入、人間の移動も不可能となっています。また、エステ市は今日も全く商店が閉まり全く止まった状態が続いている。ブラジルから来ている担ぎ屋さんの中には野宿を余儀なくされた人も多かったようです。

新聞の解説によりますと:憲法によると大統領が不在になると副大統領が昇格する。副大統領が不在になると副大統領就任から3年を経過している場合には国会が副大統領指名出来る、それ以内であれば6ヶ月以内に普通選挙を行い決める、とある。もし正副大統領が両方不在になると上院議長がその職を勤めるとある。ただこの期限の規定がはっきりと定められていない。もし選挙で副大統領が決まりこの臨時大統領は上院議員に戻るとすると(そのまま大統領に居続けるということもある?)、当選した副大統領が大統領に昇格するとなると再び副大統領が不在となり、再び副大統領選挙を行うことになる。
(かなり問題がありそう、正副両方が居なくなることを余り想定して考えられていないように思います。)

(写真)抗議の為に終結した群集と警察隊が衝突する(ウルティマ・オーラ紙)


(99年03月24日)クーバス大統領への弾劾裁判を下院が可決

23日にアルガーニャ副大統領が射殺され(詳しくはここをクリック)、一気に政治状況が流動的になって来た。24日はバス(近距離、遠距離共)はほとんど止まりアスンシオン市内中心部の商店は閉めたままの店が多く、市民活動も麻痺状態になった。また、少なくとも3日間は外国との出入りが止められて、一時的に鎖国状態になっている。また、外国人を対象として商売を行っているエステ市ではブラジルと結ぶ友好の橋が閉鎖され、市内中心部では、商店はほとんどが閉店し商業活動に重大な障害を来たした。

今回の一連の政治的混乱はクーバス大統領にあり、特に大統領政令でオビエド元将軍を釈放した事は弾劾に当たるとして、国会で大統領への弾劾裁判の可否を決める表決が行われることになり(アルガーニャ副大統領射殺事件で予定より早まった)、下院では弾劾裁判賛成が必要数である3分2を上回り(49-24)可決された。これにより大統領は政治的な求心力を急速に失い窮地に立たされることになった。この投票に欠席になってしまったオビエド派のパパラルド議員は簡単に言いますと「国会に近づくと反対派の妨害に会い全く近づく事が出来なくなった、このままでは間に合わないと思い、歩いていたところ支持者の一人が声を掛けてくれ、その自動車に乗せてもらい、国会に近づいた。しかし反対派の妨害で中に入れず仕方が無く自動車で体当たりして門を開き入った。しかしながら拳銃を持っているとして中に入れず、そうこうしている内に投票は終わってしまった」とのこと、1票が重い中でかなり話題になり、新聞の一面にこの話を取り上げるところもありました。

政治は非常に流動的な情勢となり、色々な噂が飛び交っている。クーデターの噂もあり、一つの例として、テレビで紹介していたのは「空軍が準備している」というもので、早速記者が駆けつけたところ、犯人を探す協力を行う為の協力をしているというものであった。

また本日午後、アルガーニャ副大統領の葬儀が行われた。親類、友人多くの支持者に見送られたが、クーバス大統領は出席しなかった。(出来なかった。)副大統領の不慮の死ということで外国からの弔問客も予想されたが、空港が閉鎖されて出入国を完全に止めているのこともあり、全く来なかった。

またクーバス大統領は大統領自身の命令でオビエド将軍の身柄を拘束したと伝えたがオビエド氏は自分は「自分の意思でここに来た。」と食い違いを見せた。(CNNで繰り返しこの場面が放送された。)

また、内務大臣が辞任し、後任にクーバス大統領の兄弟のカルロス・クーバス氏が任命された。カルロス・クーバスはアルガーニャ派で、政権発足時には商工大臣に就任したが、3日後のオビエド元将軍の釈放に抗議して辞職した経緯がある。

地方の農民の抗議デモが以前からこの日に予定されており、多くの農民が国会付近に終結しており、これとアルガーニャ射殺事件の後、大統領辞職を求める抗議グループとが合体しかなりの数の人がアスンシオン中心部に集まり気勢を挙げた。

その後、農民に関しては負債の減免と借り換えを約束してこちらの方は収束した。


関連のページ

今までの経緯をご覧下さい。

1・大統領選挙−1・党内候補決定まで(04/22.98)
2・大統領選挙−2・次期大統領決定!!(05/11.98)
3・政治-1のページ・クーバス大統領就任からアルガーニャ副大統領・射殺事件以前(03/23.99)
4・アルガーニャ副大統領、射殺される。(03/25.99)

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