盛岡市-02(2/4) 盛岡城・櫻山神社・盛岡八幡宮・盛岡天満宮 (岩手県)




盛岡市-02(2/4) 盛岡城・櫻山神社・盛岡八幡宮・盛岡天満宮 (岩手県)



盛岡市の中心はやはり盛岡城跡、すぐ横には櫻山神社があります。盛岡八幡宮は非常に広大な敷地に多くの建物があります。また、天満宮には「あうん」など見所が沢山あります。



盛岡城跡 (2017年 6月13日)
江戸時代、南部藩の城下町として栄えた南部盛岡のお城を公園としていて、関東以北の石垣組の平城としては、最大の規模なのだそうです。現在は街の中心部に位置する市民の公園として利用されています。面白いのは本丸の跡に台座があり、ここに日露戦争で亡くなった南部家42代・南部利祥公の騎馬像があったのだそうです。現在城跡には建造物は無く少々寂しい気がしますね。






もりおか歴史文化館という少々この場所に似つかわしくない建物がありました。



(写真:もりおか歴史文化館)



(写真:もりおか歴史文化館内部)

中は要するに土産物店でした。



(写真:土産物)



(写真:城址-01)



(写真:城址-02)



(写真:城址-03)



(写真:城址-04)



(写真:城址-05)



(写真:城址-06)



(写真:城址-07)



(写真:城址-08)

盛岡城跡公園の本丸跡にある南部中尉像の台座。南部家42代南部利祥公の騎馬像が凛(りん)として建っていたのだそうですが、昭和19年、金属供出のため撤去されたのだそうです。



(写真:本丸・南部中尉像の台座-01)



(写真:本丸・南部中尉像の台座-02)

石川啄木の「不来方のお城の草に寝ころびて空に吸はれし十五の心」と刻まれた歌碑



(写真:石川啄木の歌碑)

本丸と二の丸の間は空堀で仕切られいて現在は朱塗りの橋が架かっていますが、当時は廊下橋(屋根付橋の一種)が架けられていたのだそうです。



(写真:本丸と二の丸の間の空堀に架かる朱塗りの橋-01)



(写真:本丸と二の丸の間の空堀に架かる朱塗りの橋-02)



(写真:三の丸)

このトーテムポールは,盛岡市とカナダ・ブリティシュ・コロンビア州の州都ビクトリア市の姉妹都市提携十周年を記念して,1995年盛岡市に寄贈されたものなのだそうです。新渡戸稲造が亡くなった街ですね。



(写真:トーテムポール)

城址からは市街地が見えますが余り高くは無く周囲の建物と同じくらいの高さです。



(写真:高くない城跡)



(写真:市街地-01)



(写真:市街地-02)



(写真:奥羽山地)

岩手山が綺麗に見えます。



(写真:岩手山)



桜山神社 (2017年 6月13日)
桜山神社の創建は寛延2年(1749)に当時の藩主利視が初代南部信直の功績を称え社殿を建立したのが始まりとされています。当初は盛岡城の淡路丸にあった事から淡路丸大明神と称していましたが、文化9年(1812)に神社付近にあった桜の木にちなみ桜山神社に改名しています。南部光行(初代)、南部信直(26代)、南部利直(27代)、南部利敬(36代)の4人が祀られているそうです。





(写真:参門)



(写真:本殿-01)



(写真:本殿-02)



(写真:狛犬)



(写真:本殿から参門)



(写真:参門から商店街)



(写真:本殿横の鳥居)



(写真:絵馬)

盛岡城築城の際、この地を掘り下げた時に出た岩で烏帽子に似ているので吉兆のシンボルとして広く庶民に信仰されて来たのだそうです。



(写真:烏帽子岩-01)



(写真:烏帽子岩-02)



桜山神社商店街 (2017年 6月13日)
桜山神社の真ん前に間口の狭い建物が密集している。戦後、桜山神社の境内に海外引揚げ者がバラック店舗を構えたところから始まる商店街。狭い路地に鳥居があるのが印象的ですね。





(写真:参門正面の道-01)



(写真:参門正面の道-02)



(写真:参門正面の道-03)



(写真:参門正面の道-04)

正面の道を突っ切り最後の鳥居の向こうには県庁の建物がありました。



(写真:参門正面の道-05)



(写真:脇の小路-01)



(写真:脇の小路-02)



(写真:脇の小路-03)



(写真:大通り沿い-01)



(写真:大通り沿い-02)



(写真:大通り沿い-03)



(写真:大通り沿い-04)



盛岡八幡宮  (2017年 6月14日)
町の中心部近くに広大な土地を有する八幡宮があります。鳥居も社殿も見るからに新しく多分歴史的な価値は余り無さそうですが、大小色々な建物がありバラエティーに富んでいます。



大きな鳥居があり、盛岡八幡宮と書かれています。



(写真:大鳥居-01)



(写真:大鳥居-02)

向こうにもう一つ鳥居が見えます。



(写真:鳥居)

石の鳥居もあります。



(写真:鳥居)

盛岡八幡宮は延宝8年(1680)、第29代南部重信公により建立されたのだそうです。現在の社殿は20年前の1997年に新八幡宮として建て直されたものなのだそうです、新しいのですね。



(写真:社殿-01)



(写真:社殿-02)



(写真:社殿-03)

大国・恵比寿様です。



(写真:大国・恵比寿様)

十二支神社を祀っているのだそうです。



(写真:十二支神社)



(写真:包丁塚)

健康の神様です。



(写真:健康神社)

ご利益がありそうなものが色々と売られています。



(写真:お守りなどの販売-01)



(写真:お守りなどの販売-02)

セット販売もあるようです。



(写真:お守りなどの販売-03)

天神様、とうりゃんせとあります。



(写真:天神様-01)



(写真:天神様-02)



(写真:天神様-03)



(写真:瓢箪-01)



(写真:瓢箪-02)



(写真:米内光政-01)



(写真:米内光政-02)



盛岡天満宮 (2017年 6月18日)
学問・文芸の神、菅原道真公が祀られており、多くの受験生が参拝に訪れます。市街地の外れ住宅街の中の小高い丘の上にあります。来歴などは調べてもよく分かりません、狛犬と啄木の歌碑が有名な場所のようです。





(写真:天満宮付近)



(写真:小高い丘の上に在る天満宮)



(写真:天満宮境内-01)



(写真:天満宮境内-02)



(写真:天満宮境内-03)



(写真:天満宮境内-04)



(写真:平安稲荷社)

「阿吽(あうん)」の狛犬、啄木はこの狛犬を、「俺は生まれてから未だ世の中といふものが西にあるのか東にあるか知らないのだ、と云つた様な顔だ。」と語ったそうです。元は地面に置かれていたそうですが、昭和8年7月に思郷歌「病のごと 思郷のこころ湧く日なり 目にあをぞらの煙かなしも」の歌碑除幕式と同時に啄木の歌を刻んだ台座に据えられたのだそうです。



(写真:天満宮境内・狛犬「うん」)



(写真:天満宮境内・狛犬「あ」-01)



(写真:天満宮境内・狛犬「あ」-02)

「願掛け撫牛」



(写真:願掛け撫牛)

啄木の歌碑



「病のごと 思郷のこころ湧く日なり 目にあをぞらの煙かなしも」



(写真:啄木の歌碑)

盛岡市が展望出来ます。



(写真:天満宮からの景色-01)



(写真:天満宮からの景色-02)



(写真:天満宮からの景色-03)



(写真:天満宮からの景色-04)



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