マチュピチュ (ペルー)




マチュピチュ (ペルー)



日本で「世界遺産」という番組があり、そこで視聴者にアンケートを取り人気投票をしたところ、このマチュピチュが堂々の一位になったそうです。ピラミッドよりもローマの遺跡よりも兵馬俑よりも上、世界一という訳です。天空の都市というのでロマンがあるのかも知れませんね。 数多く存在する「マチュピチュ」のサイトに詳しい解説があるので、ここでは途中の様子などを多少詳しく紹介して行こうと思います。気合いの入った訪問者であれば事前に色々と調べ、行く場所をチェックするのでしょうが、そのような事はせず、解説書も観光案内書も無いまま出掛けました。



01・ポロイ駅 (2009年 8月 4日)
マチュピチュにはクスコから鉄道に乗って行くのが一般的です。外国人観光客を目当てに割高な設定をされているとは思いますが、便利なので利用しました。今年(2009年)の2月まではクスコ市内に在る駅から発着していたのだそうですが、市内を出るのに時間が掛かるというのでクスコ郊外中心部から自動車で20分くらいに在るポロイ駅が発着駅になっています。マチュピチュに行く観光客でごった返していました。ペルーの駅は空港同様、原則的には乗客以外は構内に入れません、それも発車時刻のある程度前に来なくてはならないようです。路線図を見ますとポロイ駅は標高が3486メートルで、マチュピチュは2400メートル距離は97キロとなっています。途中オリャイタンタンボとインカ・トレイルを通過する事が分かります。線路はほぼウルバンバ川に沿っており途中一ヶ所橋で川を渡る箇所があります。距離は百キロ足らずですが、高低差は1500メートル近くあるのですね。



(地図:路線図)

他の国と異なり駅の入口は非常に狭くなっています。乗客のみが出発前に利用するものというのがこの国の駅なのでしょう。



(写真:ポロイ駅)

ほとんどが外国からの観光客です。英語の他ドイツ語、フランス語など色々な欧州言語が聞こえてきます。日本人そして韓国人の姿もあります。



(写真:待合室)

駅の一角には売店がありますが、余り種類が多いとは言えません。



(写真:売店)

発車する直前までプラットフォームには乗客を入れません。職員が何やらチェックしています。



(写真:出発、改札前の様子)

改札を始めますと待っていた人がどっと入ります。



(写真:改札)

客車は番号ではなく、A、B、C・・のようになっており、この列車は6両編成なのでFまであります。切符には客車番号と座席が記されており、それぞれの客車の前に並びます。



(写真:乗車の列)

一人一人入念にチェックします。



(写真:乗車時のチェック-01)

乗車名簿と照合する為にパスポートの提示が求められます。国際列車でも無いのにパスポート提示が義務になっているのです。



(写真:乗車時のチェック-02)

駅には他の列車も待機しています。発の列車らしく、既に機関が作動していました。



(写真:列車)

マチュピチュ行きの観光列車には一等クラスのハイラムビンガム(BINGHAM TRAIN)、二等クラスのビスタドーム・クラス(CLASE VISTADOME)と三等であるバックパッカー・クラス(CLASE BACK PACKER)があり、今回乗車したのはバックパッカーで、横には高級車両のハイラムビンガムが待機していました。



(写真:ハイラムビンガム列車)

駅の裏を見ますとのどかな風景が広がっています。



(写真:駅裏)



02・車中にて (2009年 8月 4日)
30分以上遅れて列車は出発しました。勿論何の説明もお詫びの言葉もありません、南米ではこのくらいは遅れには入らないのだと思います。車窓の景色を見ていますと最初は赤茶けた山があり、高い山には雪も見えますが、次第に下り緑のうっそうとしたジャングルになっています。クスコから千メートル近く下がるのでこの変化はなかなか面白いです。



(写真:ポロイ駅付近)



(写真:途中の町)



(写真:途中の田舎の景色-01)



(写真:途中の田舎の景色-02)



(写真:途中の田舎の景色-03)



(写真:途中の田舎の景色-04)



(写真:雪山-01)



(写真:雪山-02)

途中の駅で乗客が待っています。実は最後尾のF車両の後ろにもう一両一般客用の客車を連結してあり、この車両を利用する人達です。



(写真:途中駅-01)

途中駅のプラットフォームで「緑茶」と書いた看板がありました。多分日本人相手に商売をしているのでしょう、その横に日本人らしき人が立っておりこの写真だけを見ていると「湯布院駅」と言っても通用しそうですね。



(写真:途中駅-02)

川が迫っていたり蛇行している個所があり変化に富んだ風景を見る事が出来ます。



(写真:ウルバンバ川)



(写真:ウルバンバ川を渡る鉄橋から)



(写真:途中駅車庫)



(写真:列車)



(写真:ジャングルのような景色)

車内販売が来るのは日本と同じですね、暖かいコーヒーが人気でした。



(写真:車内販売)

車内は特に豪華ではありませんが、清潔で快適でした。ただ保線が悪いので速度の割にはかなり揺れます。



(写真:列車内部)



03・アグーアス・カリエンテ (2009年 8月 4日)
3時間の列車の旅が終わり目的のアーグアス・カリエンテに到着しました。アーグアは水、カリエンテは熱いですから、ここは温泉が湧き出ているのでしょう。



(写真:列車が到着)



(写真:停車中の列車)

ペルーの駅は入口が厳重になっており、なかなか入る事が出来ません。



(写真:駅入口)



(写真:駅構内)



(写真:駅構内)

駅を出ますと多くのガイドが出迎えています。お客さんの名前を書いた紙を出して探します。



(写真:駅出口)

駅舎の横には土産店があり、ここを通過して外に出るようになっている。



(写真:土産店-01)



(写真:土産店-02)

アーグアスカリエンテは線路とマチュピチュに向かう道路に沿って街が伸びています。上の方がペンションになっている建物が並んでいます。欧米からの客はここに泊まりインカの道を歩く人が多いようです。



(写真:線路に沿って街がある-01)



(写真:線路に沿って街がある-02)



(写真:線路に沿って街がある-03)



(写真:線路に沿って街がある-04)



(写真:線路に沿って街がある-05)

街はマチュピチュの方向にも伸びています。こちらにもペンション、土産物店、レストランがあります。



(写真:道路に沿って街がある-01)



(写真:道路に沿って街がある-02)

また小川が流れています。



(写真:小川)

小川の向こうを見ますとバスが並んでいます。マチュピチュの上まで行くバスです。



(写真:マチュピチュ行きのバス-01)

同じ型のバスが乗客を乗せて順次出発します。



(写真:マチュピチュ行きのバス-02)

このバスに乗ってマチュピチュに登ります。番号が付けられており、これは18番でした。



(写真:マチュピチュ行きのバス-03)



04・マチュピチュ入場 (2009年 8月 4日)
バスに乗って500メートルを一気に上がりますとマチュピチュ遺跡のある山の上に到着します。バスを降りますと多くの観光客が居ました。



(写真:マチュピチュ・バス停留所)

マチュピチュの世界遺産と言いますとその保護をどのようにするのか、入場者を制限しようかなどとの論議がありますが、遺跡の直ぐ横に近代的なレストランが建っています。



(写真:マチュピチュのレストラン)

階段を上りますといよいよ遺跡の入口になっています。



(写真:マチュピチュ遺跡の入口-01)

多くの観光客が入場して行きます。



(写真:マチュピチュ遺跡の入口-02)

ゲートを通過しますとゾロゾロと皆で歩きます。クスコよりは低いとは言っても標高は2500メートルあります。



(写真:入場ゲートから遺跡まで-01)

遺跡が見えて来ました、まだ上まで上がります。



(写真:入場ゲートから遺跡まで-02)

一列になって前に向かって上に向かって歩きます、結構へたばります、若い人は問題はないでしょうが、年配の方は休みながら歩いています。列はずっと続いており、多くの人が来ているのが分かります。列車で来る人だけではなく、この近くに宿泊している人なども多いのでしょう。



(写真:入場ゲートから遺跡まで-03)

下を見ますとアーグア・カリエンテス駅付近が見えます。列車が小さく見えます。



(写真:眼下に列車)



05・マチュピチュ (2009年 8月 5日)
マチュピチュに関しては「天空の都市」などと呼ばれて日本でも関心が高く、解説書も色々とあり、テレビでもよく取り上げられています。宮崎アニメの「天空のラピュータ」のモデルになったとも言われています。特にNHK世界遺産という番組で視聴者投票で一番を獲得してからはますます人気が上がったように思います。多くのサイトや本などでこの遺跡に関しては解説があると思いますのでここでは実際に散策して感じた事を付け加えるに留めてます。

入口から登り終わりますといよいよ遺跡に入ります。最初に行ったのは原っぱです。広々としており、とてもあの高い山の上では思えない程です。最初にここでガイドさんの解説を聞きます。



(写真:最初に原っぱに出ます)

汽車から降りてガイドが迎えてくれてバスに乗せられ、別のガイドが上で待っていました。我々一行は5名でこの女性が全行程を案内してくれました。非常に熱心な方でこのマチュピチュに関して本を持ち出して由来から考古学的な検証などを交えてここがインカのずっと以前から存在していたこと、そして所謂「要塞」では無く神を祭る場所であった事を力説していましたが、長く難しいので適当に聴いていました。5人のメンバーの中で見るからに調子が悪そうな人が居るので尋ねますとスペインから来た青年で高山病で昨日はずっと吐き気があり、一睡も出来なかったのだそうです。



(写真:熱心なガイドさん)

周りを見ますと段々になっています。ここで農作物を作っていたのでしょう。



(写真:段々-01)



(写真:段々-02)



(写真:段々-03)

上を見ますと家のようなものが建っていて屋根まで付いています。ガイドさんに拠りますと屋根以外は元からのもので、屋根は復元したものなのだそうです。



(写真:段々-04)

見回しますとこのよいうな家が沢山建っています。



(写真:段々-05)

少し遠くから見ますとこの地区の全体が分かります。



(写真:段々-06)



(写真:段々-07)



(写真:段々-08)



(写真:段々-09)

少し進みますと色が違う個所がありました。周囲と比較しますと白く全く壊れている様子もありません。これは復元かと尋ねますとこれも元からあるもので、素材が違うので色が異なるのだそうです。



(写真:色が異なる)

下を見ますと谷になっています。絶壁というのはこうものを言うのでしょうね。



(写真:深い谷-01)



(写真:深い谷-02)

正面に遺跡の中心部が見えて来ました。よく見掛ける構図です。実際に見て感じたのは非常に広いという事です。多くの観光客が入場しており、遺跡全体には多くの人が居るはずなのですが、余り気になりません。写真を撮影し、よく見ると人が居るのが分かりますが遺跡が大きいので目立ちませんね。ガイドさんに拠りますと正面にある山はワイナピチュというのだそうで、これと反対側にある背後の山がマチュピチュというのだそうです。



(写真:よく見る構図-01)

少し近づいてみますと住居跡の様子が分かります。



(写真:よく見る構図-02)

マチュピチュ山というのは反対側にある山で山頂には旗が立っています。



(写真:マチュピチュ山)

もう少し接近しますと家の様子がよく理解出来ます。



(写真:住居跡・正面方向-01)



(写真:住居跡・正面方向-02)



(写真:住居跡・正面方向-03)

横を見ますと綺麗な山が並んでいます。山水画の世界ですね。



(写真:周囲は山水画の世界)

この辺りの段は傾斜がきつくなっています。覗くだけでも怖いのですが、これを造った人がいるのだですからすごいものですね。



(写真:急傾斜の段々-01)



(写真:急傾斜の段々-02)



(写真:急傾斜の段々-03)



(写真:急傾斜の段々-04)

しばらく進みますと門があります。この住居地域への入口なのでしょう。



(写真:門-01)



(写真:門-02)

住居地区から脇の山を見ますとここが天空の都市である事を思い出します。



(写真:住居地区から山々を望む-01)



(写真:住居地区から山々を望む-02)



(写真:住居地区から山々を望む-03)

住居地区をしばらく歩きました。ガイドさんは色々と説明していましたが、忘れました。



(写真:住居地区-01)



(写真:住居地区-02)



(写真:住居地区-03)



(写真:住居地区-04)



(写真:住居地区-05)



(写真:住居地区-06)



(写真:住居地区-07)

一部が傾いて壊れている個所がありました。地震などでこのようになったのでしょう。



(写真:壊れている)

中央には小高くなっている場所があり、その周囲には巨石が多くあります。



(写真:中央の巨石がある地区-01)



(写真:中央の巨石がある地区-02)



(写真:中央の巨石がある地区-03)



(写真:中央の巨石がある地区-04)

珍しく人が多く集まっている場所がありました。前のグループのガイドさんが熱弁をふるっています。25人くらいのグループで大体このくらいの人数がグループの標準的な大きさです。当方は5人、具合が悪いスペインの青年と説明を聞かないで勝手な行動をしているおじさんが居るのでガイドさんも大変です。



(写真:日時計-01)



(写真:日時計-02)

更に奥に行きますと広場がありました。ガイドさんの説明ではここで祭礼を行っていたのだそうです。意外に広いので驚きました。



(写真:広場がある地区-01)



(写真:広場がある地区-02)




(写真:広場がある地区-03)



(写真:広場がある地区-04)



(写真:広場と住居地区)



(写真:広場がある地区-05)



(写真:広場がある地区-06)



(写真:広場がある地区-07)

この広場からの見ますとここが険しく高い山の上であることが信じられません。



(写真:広場がある地区-08)

緑が濃くなっている一角がありました。ここは植物園であったのだそうです。



(写真:植物園)


一番奥の方に行きますと住居が建っており何となくのどかな雰囲気になっています。



(写真:一番奥の方)



(写真:奥の住居-01)



(写真:奥の住居-02)

遺跡の中で他の場所と少々雰囲気が異なる場所がありました。コンドルの神殿という名称なのだそうです。変形しており、何とも不思議な形です。



(写真:コンドルの神殿-01)



(写真:コンドルの神殿-02)



(写真:コンドルの神殿-03)



(写真:コンドルの神殿-04)

多くの人が一列になって清掃作業をしていました。多分ゴミなどを袋に詰めて外に運び出す作業をしているのでしょう。このような人達が世界遺産を保持しているのでしょうね。



(写真:清掃作業)




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