リマ・2000年訪問






リマ・2000年訪問



2000年にリマを訪問した際の記録です。当時は藤森さんが大統領を務めており、政庁の内部の見学もさせていただきました。



ペルーの首都リマ市は人口8百万人と現在では南米有数の都市に発展、ペルーの政治・経済・文化の中心になっています。地方の貧困とゲリラの活動の為に内陸部を逃げ出してリマに出て来る人が急増して現在のように国内の3分の1が集中する状況になったそうです。

空港に到着してリマへの第一歩を記すわけですが、以前と比較して非常に綺麗になっているのには驚きました。以前ですと空港内部に人相の悪い人が溢れてちょっと怖い感じがあったのですが、現在では入場に際してコントロールが徹底しているようで余計な人は入れさせないようにしているようです。

(写真)リマ国際空港の内部・非常に綺麗

リマ空港の便の特徴は早朝・深夜に便が多いことでしょう。作者の便も23時過ぎの到着でした。現地の人に事情を尋ねるとブエノスアイレス、サンティアゴ、サンパウロ等から北米・アジアに向かう便がこの街を経由して行くケースが多いからだそうです。確かに作者の便もサンティアゴ発、リマ経由、ニューヨーク行きでした。

(写真)リマ国際空港で到着便外で待つ人々

到着して空港出口の外に多くの人が待っているのが見えます。要するに必要の無い人達は内部に入れないので、観光客をピックアップする人達はこのように外で待っているのです。この日もJTBの文字があり、日本からも観光客が来ているようでした。

(写真)リマ市内・典型的な街並み・1

8百万の人口を抱えるリマ市、しかしながらメトロ等の他の交通手段を持たず、自動車に頼る為、市内は大混雑、運転マナーも余り良くは無く、大変そうです。また道も曲がりくねっており、もしこの街に住む事になった場合には一通り運転出来るようになるのにかなりの時間がかかることでしょう。

(写真)リマ市内・典型的な街並み・2

(写真)リマ市内・典型的な街並み・3

(写真)リマ市内・典型的な街並み・4

リマ市は雨が降らないという話です。霧雨のように降り多少濡れる程度ならばあるそうですが、雨らしい雨はもう30年近くも無いとか。アンデス山脈から流れ出る河から水を取っているようです。この為に屋根が無い家が多いのと、屋根が平らになっているのが特徴のようです。

(写真)リマ市内・典型的な街並み・5

市内には多くの像や古い建造物が多く、町全体が歴史の街という感じです。コロニア風の旧市街は特にその傾向があり、旅行者の目を楽しませてくれます。

リマ・政庁・市役所・カテドラル(大聖堂)(ペルー)


リマ市の旧市街にある街の中心の広場は3方を政庁、カテドラル、市役所に囲まれており、ペルーの中心を形成しています。ここはリマ観光のメインスポットと言える場所でペルーを訪問した時の定番コースです。

1・政庁

政庁は文字通り政府・大統領府です。副王領の時代からペルー統治の場所として君臨してきたわけです。現在はご存知、藤森大統領が家主で、この場所が現在もペルー政治の中心として機能しています。中に入るには特別な許可が必要であり、今回その許可を取得して中に入ることが出来ました。現在使われている大統領府ですので、警備は非常に厳重でした。

ある程度観光の目的もあるのでしょう、中世を思わせる服装の兵士が正面に立ち警備に当たっています。毎日、平日の12時になりますとこの衛兵の交代が行われ、楽団が出てきてそれに合わせて兵士が行進、観光客も沢山集まり見物します。

(写真)衛兵の交代、楽団と兵士が並ぶ、背後に見えるのが大聖堂(カテドラル)

(写真)衛兵の交代・見事に足が揃う

(写真)儀典用の馬車

政庁の内部を見学しましたが、まず目に入ったのが儀典用の馬車、見事なもので歴史を感じます。

(写真)大統領府内部の広間

その後、内部を見学、大統領が使う食堂、プレスとの懇談に使う場所など現在藤森大統領が使用している場所を見て廻りました。中でも一番豪華なのがこの金色の広間でしょう。

(写真)大統領府内部の食堂

食堂は一転してシンプルで威厳の在る造りですね。正面の絵画の人物がいかにもペルーらしさを感じさせます。

2・市役所

大統領府の右隣に在るのが市役所だそうです。コロニアル風のこの建物も歴史を感じさせます。

(写真)市役所内部の様子

(写真)図書館

図書館があるのですが、時代を感じさせる造りの中で古い蔵書がぎっしりと詰まっており貴重な資料が多いのでしょう。閲覧者は多く混雑していました。過去に戻ったような錯覚を持ってみていましたが、良く見ると中に現在の象徴コンピュータが置いてありました。

3・大聖堂(カテドラル)

この大聖堂に関しては各種ガイドブックに詳しく説明があるので、ここでは省略します。内部は荘厳な雰囲気で各種の聖人達の像が置いてあり、敬虔な信者の姿を沢山見る事が出来ます。また同時に世界各地からの観光客で賑わっていました。

(写真)大聖堂内部・説明を受ける観光客

(写真)大聖堂内部・宝物

色々な表情があります。その幾つかを紹介していきます。

(写真)お土産店

市内には各所に観光客相手のお土産屋があります。インカの時代のイミテーションとかインディオの工芸品、アルパカ製品などを並べています。非常にカラフルで見ているだけで楽しくなります。

(写真)屈託の無い笑顔で遊ぶ子供達

発展途上国らしく子供の姿が見られます。21世紀この子供達の時代になった時にペルーは一段と発展して豊かな国になっている事でしょう。

(写真)緑を大切に手入れの行き届いた公園の花壇

この街を散策して一番驚いたのは花が多く、それも手入れがすばらしいという事です。雨が降らないリマ市では緑が非常に貴重なわけですが、どこの公園も花が一杯なのです。色とりどりの花が咲いており、市民全員で大切にしている事がよく伝わって来ます。

(写真)郊外に在るクラブ、最高の設備で会員達が週末を過ごす

リマ市の郊外には会員制のクラブが点在しているようです。その一つを訪問したのですが、ここは別世界、緑に覆われて池にはボートが浮かび、人口の滝が作られ、大小2つのプール、各種運動場、乗馬クラブと会員達が週末を過ごせるようになっています。ただ、写真を見てもらうと判ると思うのですが,その上にある禿山にはびっしりと不法住宅が立ち並んでいました。

(写真)市内を走るバス、色も形も様々、日本・韓国の中古バスが多い

地下鉄・電車などの交通機関が無いリマ市、自家用自動車とバスが普段の移動の手段となります。毎朝道路はバスで一杯になりますが、このバス、小型のバスが使われているのです。ほとんどが日本・韓国の中古品で必ず車掌が付いています。信号等で停止しているとこの車掌体を乗り出して客寄せをします。市内の交通渋滞はひどく、地下鉄などの交通手段の建設が待たれます。

(写真)郊外のとある風景

街を一歩出るとまだまだ経済的には恵まれていないことがよく理解出来ます。経済的な恩恵が全国民に行き渡るにはまだ時間がかかるのかも知れません。

(写真)不法住宅が禿山を占拠している。

雨が降らないリマ市、山は緑が全く無く禿山か不法住宅に占拠されているかです。急斜面にびっしりと小屋が並び山を埋め尽くしています。



リマは新旧、現代と過去が交錯している街、南米スペイン統治時代には中南米の拠点として現在もペルーの中心として活力がある街です。この数年は経済は停滞し、特に昨年はアジア経済危機とエルニーニョの影響で低迷していると聞いていますが、90年代・藤森大統領政権下での経済的な成長が現在の活力を生み出しているのでしょう。

また市内には警官があちらこちらに立ち、治安の維持に当たっています。リマ市内を見た限りでは秩序があり、安心して旅行が可能なように思います。日本ではまだ大使館襲撃事件の印象が強く、またアマゾンで早稲田大学の学生が殺害された事件の記憶がありますが、一定のルールを守って観光すれば全く問題は無いように感じました。

(写真)古い教会が随所に見られる

(写真)旧市街・サンマルティン広場

サンマルティンはシモン・ボリーバルと並ぶ中南米独立の英雄、南米各地にその名を冠した公園・道路があります。このリマでも大きな広場に堂々とした銅像が建立されていました。

(写真)旧市街の街、清潔なカフェなどが並ぶ

旧市街を歩いて感じるのは全く不潔感が無い、清潔で安全という印象です。市役所で聞いた説明では、以前数年前までの旧市街には無秩序に立った小屋とか商店が軒を連ねていたそうですが、それらを一掃し、現在のようになったとのこと。

(写真)ミラフローレス街並み

ミラフローレスという海岸に近い新興の地域では近代的なビルが立ち並び新しいリマを感じさせてくれます。

(写真)ミラフローレス・海岸に沿い高層住宅が建設される

ミラフローレスの海岸沿いには多くの高層住宅が建設されており、この地区の発展ぶりを示しています。大型の高級ホテル、各種レストラン、カジノ、粋なパブが立ち並び上流層、外国人達などを中心に夜遅くまで賑わっています。




リマ・日本移民・資料館

現在では藤森大統領をはじめ、ペルー政財界に多くの人材を輩出し、その地位を不動のものとしているペルー日系社会ですが、今年(1999年)は移住100周年となります。リマを中心にこの一年を通じて色々なイベントが計画されており、日系社会挙げて祝賀ムードに包まれています。

しかしながらその移民の歴史は決して平坦なものでは無く、初期の貧困の歴史、そして戦争(第二次世界大戦)に左右された苦難の歴史。この100年の歴史を判り易く紹介しているのがこの資料館です。場所は日秘会館の中、リマを訪問した際には是非立ち寄ってみたい場所だと思います。

(写真)日秘会館入り口に在る100周年の看板

100年前まだ日本は明治時代、ハワイ、米国等の移住の後、南米移住の先駆けとしてブラジルよりも早い時期にペルー移住が始まりました。当初の移住は他の国でも同様ですが、永住を目的にしたものよりも主に出稼ぎを目的としていて、故郷に錦を飾る事を夢見て日本を後にするというものでした。当初の移民は非常に苦労したようで、資料館に最初の数年でそのほとんどが入植地を後にしている様子が展示されていました。雨の少ない不毛土地で生活習慣が違う中での先人の苦労は現代の我々には想像不可能だと思います。

(写真)移住者が持って来た品々

100年近く前に持ち込んだ貴重な品々が展示されています、日本もまだ貧しかったこの時代、当時の様子を知る貴重な資料です。

(写真)移住当初の日系自動車工場の様子

中には移住間もなく成功された自動車修理工場の写真がありました。戦前、苦労しながらも真面目な働き振りで財を成した日系人達は第二次世界大戦で敵国民となり、財産を没収、米国の収容所に送られるというような悲惨な体験を経て来ています。

(写真)貴重な記録が並ぶ

(写真)日本からの移住の歴史を示すパネル

現在ではペルー日系社会は成熟した社会となり、ペルー社会の各方面で活躍、なにしろ大統領府の住人が日系人なのですからたいしたものです。

移住100周年を経て、21世紀に向かい今後ますますペルー日系の活躍が期待されるところです。



リマ・インカコーラ物語(ペルー)

1・インカコーラペルーに来て飲み物と言えばまず頭に浮かぶのが「ピスコ」、カクテル・ピスコサワーは美味しく世界的にも有名です。もう一つ忘れてならないのは「インカコーラ」です。このインカコーラ、ペルーのガイドブックには必ず紹介されているようで、当地を訪問される日本人旅行者は予備知識として名前を記憶しているのが普通でしょう。その特徴を列挙してみると;

1・純粋に黄色い液体である。
2・COLAと綴らないでKOLAとしている。
3・不思議な形の瓶に入っている。

ネーミングは絶妙だと思います。ペルー国民の先祖に対する思いを上手に利用しているように思います。どうしてもライバルのコカコーラがまるで征服者のように感じるのは不思議なものです。

(写真)インカ・コーラ・ラインアップ(一番左はダイエット)

さて、このインカ・コーラ元々はあの不思議な形のガラス瓶に入っているものだけだったようですが、現在ではペットボトル入りが主力のようです。色々な形のものを並べてみました。最近ではダイエットのものも出ています。

(写真)インカコーラの広告

このインカコーラ、ペルーでは絶大な人気を保っており、コカコーラおりも売りがあるというのです。複数のペルー人がこのことを自慢気に説明するのです。他の主な国では清涼飲料水の首位はコカコーラだが、ペルーではインカコーラだと。確かにどこに行ってもこのインカコーラ目立ちます。リマ市内のいたるところこのインカコーラです。

見た目は不思議な飲み物ですが、味はそれほど変わっているわけではありません。ごく普通の清涼飲料水で、個人の好みもあるでしょうが、少々甘いようにも思いますが、なかなか美味しいものです。

(写真)インカコーラの自動販売機

日系人のクラブを訪問した際に、そこにはコカコーラを始め他の清涼飲料水は全く置いて無く、このインカコーラだけが売られていました。この理由を尋ねると、「昔第二次世界大戦が終了した時、日系人の財産は没収されてしまい、皆が困窮した時にこのインカコーラのオーナーが困っている日系人に手を差し伸べてその為に多くの人が助けられた。従って日系人の多くは今でもこのインカコーラだけしか飲まない人が多いのです。」とのこと。そういう歴史があったのには驚きました。

日本など他の国で見掛けたことがないのですが、輸出しても売れないのでしょうか?ネーミングが余りにもペルー国民向けに成り過ぎて他の国では受けないのかも知れませんね。でも個人的にはこれが置いてあれば皆興味を持つと思いますが如何でしょうか?とにかくペルーに行ったらインカコーラですね。

(写真)会食にも並ぶのは勿論、インカコーラ

リマで行われる会食には写真のようにずらっとインカコーラが並びます。他の選択など考えられないのでしょう。

2・食事

ペルーでは何を食べているのか?ペルー料理と言いますと、魚を生でレモンでしめたセビチェが非常に有名ですが、毎日普通に食べるものでもないでしょう、そこで一度ペルー人が食べている食堂で定食らしきものを注文してみました。それが下にある写真のお皿です。串刺しになって乗っているのがペルー人の好物だと言うアンティクーチョ。これは牛肉の心臓を料理したものだそうで、柔らかくとても美味しいものです。後は2種類のカレー?のような料理がご飯の上に掛かっていました。手前に見えるのはとうもろこしを炒ったものです。失敗したポップコーン?のようなものですね。

(写真)ペルーでの食事



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