思うこと・作者の思うことを気ままに綴ります。-06 (2007年)



2007年は色々な意味で転換期の序章となる一年になるのではないかと予想しています。振り返り考えるとあの時と思うような感じでしょう。


思うこと・作者の思うことを気ままに綴ります-01 (98-2002年)
思うこと・作者の思うことを気ままに綴ります-02 (2003年)
思うこと・作者の思うことを気ままに綴ります-03 (2004年)
思うこと・作者の思うことを気ままに綴ります-04 (2005年)
思うこと・作者の思うことを気ままに綴ります-05 (2006年)



65・信じる(2007年10月13日)
よく「信じていたのに・・」という台詞を聞きます。何かを信じ切っていたのに裏切られたという時に出て来る決まり文句です。例えば最近話題になっているのが「円天」です。円天という仮想通貨のような価値の在る通貨で円天市場なるものをインターネットの中に作りそこで買物が出来るとしていました。何となく今はやっている「仮想通貨」と「楽天市場」に似せて作り如何にも最先端を行くように見せ掛けています。実体は「ねずみ講」のようなもので、少し客観的に考えてみればこのようなシステムが動くはずも無いのですが多くの人がこれに参加してお金を取られています。周囲の人からは何回も止めるよう説得されたにも関わらず多額の資金を投じた人も多く、テレビを観ていますとインタビューでは「信じていた」と言うのです。人間というのは何かを信じると盲目的になり、周囲が見えなくなる存在のようです。

宗教にしても同じ事でしょう。神を信じるのは当たり前でそれを世界に普及するのが役目であると考えて来た人達はどのような難行苦行にも耐える事が出来るようです。仏教では印度に仏典を取りに行った三蔵法師、日本に来た鑑真大和上、キリスト教の多くの伝道師、そして自爆テロを起こしてるイスラム過激派の人達も同じであると思います。もう一つは愛があります。異性が好きなると人間は盲目的になります。その異性が人生の全てのように感じるまでに至ります。また家族や国家や民族を盲目的に愛する事で社会が成り立っているように思います。よく見ますと信じている事が本当にそうなのかは分からない訳で、自分が信じている全ての事象を定期的に見返す必要がある事になります。当たり前と思っていた事がふとこれは本当かと疑問が湧く事がありますが、そのような時には点検する必要がある事になります。身近な事では人間関係、仕事のやり方などから国際情勢、物理や科学の真理にまで至ります。皆が信じている事が正しい事、真実とは限りません。最近ふと自分に連続性があるのか疑問に思っていました。小さい時の記憶はほとんど残っていません、10年前に起きた事を何をしていたのかしっかりと思い出す事が出来ません、要するに体験した事はほとんど忘れているのです。自分は同じ人間で普遍性のある存在と思っていましたが、あるテレビの番組で分子のレベルまで行くと人間の体を構成している物質は一年程度で全部入れ替わっているという説明がありました。その視点から見ますと確かに我々は連続性が無いという事になります。10年前の自分と現在の自分は別物という事になります。

世の中の仕組み、現在のシステムに対しても多くの人は信じています。今のような社会が今後も長期に渡り持続する、社会の基盤は磐石であると信じています。二十年位前に日本が住み今後は難い社会になり、リスクが高いと考えて引っ越しを考えて実行しましたが、多くの人はそれを笑っていました。少なくとも少子高齢化の社会が到来する事は当時から分かっていたはずです。また、急にこの数年「破綻本」なるジャンルの本が増えて来ましたが多くの人が社会のシステムを見直す気持ちが出て来たからなのだと思います。自分の中で常識と考えている事項を定期的に点検する必要があるのでしょう。



64・成功体験(2007年08月06日)
成功体験をインターネットで調べますと大体が良い例で出て来ます。出来るだけ成功体験を積み重ねましょう、というような感じです。成功体験を何回か経ますと多分自信が付き何か試練に直面しても突破する力になるのでしょう。ただ成功体験が仇にあるケースも多いように見えます。上手く行くと次も同じように上手く行くと考え、慢心に繋がり油断する事も多いと思います。

当地パラグアイに来る前にブラジルに居ましたが、皆さん「不景気だ」と言うのです。毎年「不景気」で今でもブラジルの人は不景気と言います。20年近くも不景気が続いている事になります。多少おかしいと思い、「何時景気が良かったのですか?」と尋ねますと「60年代」と答えるのです。治安も良くサンパウロは好景気に湧きブラジルは輝いていたと言うのです。確かにこの時代はブラジルを「未来の大国」と呼んで持て囃し、日本からもブラジルの政府機関と組んで大型のプロジェクトに次々と投資が行なわれ、空前の好景気であったようです。この時の成功体験があるので、皆さん口々に不景気であると言う訳です。パラグアイに来ても同じような現象があります。皆さん「不景気だ」というのです。「何時が景気が良かったのですか?」と尋ねますと「イタイプダム建設の時」と答えるのです。イタイプダムは世界一の水力発電ダムでブラジルの電力不足を補う為にパラグアイとの国境に建設されたもので、国境に在るので権利は半分半分という事でパラグアイ側が非常に潤いました。この時の成功体験が忘れられないのでしょう。現在南米の経済状態は概ね良好だと見ていますが、「あの時」と比較すると不景気なのでしょう。

日本の歴史を見ていて第二次世界大戦において何故あれほど精神主義に走り無謀な突撃を行なったのだろうと不思議に思っていました。これは何と西南戦争の成功体験に由来するというのです。鹿児島の武士軍団に対応する為に新政府は近代装備の新しい軍団を形成し攻めますが、勇猛果敢な鹿児島武士に恐れをなしてなかなか効果が上がらなかったそうです。そこで元会津藩士などの武士で抜刀隊を作り突撃して敵に勝ったそうです。ここから精神主義の抜刀精神が生まれたという事で一種の成功体験がその後の歴史の流れを作ったと言えます。近代的な合理的な軍事理論よりも抜刀突撃が効果があるという事になったようです。第二次世界大戦の完敗により、ようやくこの呪縛から解き放たれたと言えますが、戦後になっても企業によってはまだまだこの抜刀突撃主義が続いていたように思います。もしあの時、近代兵器で武装した多くが元農民からなる軍隊が勝利を収めていたならばその後の歴史はかなり異なったものとなったでしょう。

米国は何ゆえにあれほど世界で戦い自身が信じる民主主義を押し付けているのか不思議になる事があります。かつてはモンロー主義で米州以外のいざこざには関与しないとしていた方針が一転して世界に高貴なる民主主義を流布する義務があるという事になったのでしょう?一番のきっかけは日本占領にあると思っています。第二次世界大戦前には日本は米国にとって得たいの知れない恐るべき国家、精神主義で突撃して来る国と見てたはずです。日本占領で米国は民主主義の自国にとって尾っぽを振り続ける国に変える事が出来ました。この成功体験があるので、特にアジアにおいては同じ事を再現出来ると思ったのでしょう。朝鮮戦争では南半分は米国型の国家にする事が出来、半分だけ成功しました。ベトナム戦争では負けて敗退する結果となりました。これは時代と運が悪かっただけと考え、再度イラクで挑戦しています。日本での成功体験から自分達が抑えきれると考えているのでしょう。当然の事ですが、60年前の日本と現代のイラクとでは歴史も置かれている立場も住んでいる人も全く異なります。ベトナムは敗退して居なくなれば問題は解決し、その後はベトナム自身が努力して国家を発展させましたが、イラクの場合には今ここで退いたらたちまち大混乱となり、戦禍が周辺地域に飛び火して西アジア全体が騒然となり、世界に大きな影響を与える事になるでしょう。退くに退けない泥沼状態に陥ってしまったように見えます。成功体験があるのでイラクに深入りしてしまった米国、身動きが取れない現在の状況をどう打開して行くのか注目です。



63・怖い体験(2007年07月28日)
2年一度の全米日系人大会がサンパウロで開催される事になり、多くの人がパラグアイからも参加されました。全体で約40人の参加者の内、半数が一緒に行く事になりました。開催前日の夜にホテルに入るスケジュールで午後の5時半に飛行機が出るというものでした。最近南米でも欧米のような格安の航空会社が力を付けて来ており、今回利用したのはブラジルで急成長しているゴール便でした。IATAに加盟していないということで他の便からの乗り継ぎも難しく、通常の航空券も無くマイレージも無く、畿内サービスも最小限という会社です。アスンシオン市内には事務所は無く空港の事務所のみで営業、旅行会社での販売はほとんど無くインターネットでの販売が主力というものです。確かに無駄を省いて値段を下げるのは良い事で人気の秘訣のようです。ただ安いのは良いのですが、この便は朝サンパウロを発ち、クリチバ、アスンシオンに寄ってブエノスアイレスまでの便で帰りも同じコースを取るというものです。その為に遅れが目立ち大体1時間は遅れるのが普通のようです。本来であれば4時半発なのですが、一時間遅れて午後5時半、夕暮れの中クリチバに向かって飛行機は飛び立ちました。

飛行機の中はブエノスアイレスから来た乗客で溢れており、チケットに記載されている場所にはシート番号をダブル発行したようで、既に他の客が座っていました。しばらく待たされた後にかなり後ろの通路側でも窓側でも無い窮屈な中央の席に他のメンバーから一人離れて座りました。飛行機が飛び立って間も無く少々眠くなりウトウトとしていましたが、急に目が覚め、「この飛行機は落ちる」という強い恐怖感が湧いて来ました。「自分は何でこんな落ちる飛行機に乗ったのだろう」という後悔の気持ちが溢れ、アスンシオンでの日常の生活が楽しく思い出されて来ました。遠くから「こっちへ来い」と呼ばれている、そんな感じもありました。寒い冬ですが冷や汗をかいていたと思います。アスンシオンからクリチバまでの飛行時間は1時間10分ですが、非常に長く感じ、時計を持っていませんでしたので、何でこんなに時間がかかるのか何時までも着かないのか何か異常な事態が起きているのではないかと不安で一杯になっていました。今振り返りますと実際には完全に起きていたので無くウトウトしながら、夢うつつの状態にあったのだと思います。隣の人に時間を尋ねると予定通りで出発してから1時間が経過しただけでした。飛行機がクリチバ空港に近くなると外は雨が降っていました。低い雲が立ち込める中に飛行機は着陸をしましたが、今まで経験した事がないほど下手な着陸で「ドスン」と落ちるように着陸しました。目が完全に覚め、無事に着陸した事に安堵しそして何であのような気持ちになっていたのか非常に不思議に思っていました。

アナウンスがあり、「サンパウロのガルーリョス国際空港、コンゴーニャス国内専用空港共に乗客で溢れており、この飛行機はしばらくここで待ちます」との事でした。基本的には機内サービスの無いゴール航空ですが、「腹が減った」と文句を言いますと水と美味しく無いサンドイッチが出て来ました。3時間ここで待たされた後約50分のフライトでサンパウロに向かいました。今度はしっかりと起きていた事もあり、先ほどのような感覚には全くなりませんでした。そしてサンパウロ国際空港に到着しますと何となく様子が変でした。迎えの人に尋ねるとコンゴーニャス国内専用空港で飛行機が着陸に失敗し200人が犠牲になった事を知らされました。起きた時間はブラジル時間6時50分、パラグアイの時間では午後5時50分、我々の飛行機がアスンシオンを出て15分くらいの時間、恐怖の気持ちで一杯になった時です。それを聞いて「ああ、あの感覚はこのことだったのか」と妙に納得してしまいました。自分の乗っている飛行機が落ちるのでは無く、航空事故に遭遇した人達の無念の思いが飛んでいる飛行機に居た自分に伝わったのかと思ったのです。超自然な感覚ですが、今でもやはり亡くなられた方々の怨念であったと思っています。人間の意志、自我というものは物理的な人間の肉体の中に宿してはいますが、実際にはどのように存在しているかは解明出来ていません、ある意味物理学では説明の出来ない超自然なものであり、このように無念の最後を遂げた他人の自我が伝わっても不思議が無いのかも知れません。またクリチバ空港の際に非常に下手であったのはクルーが情報を知っていたからだと思います。とにかく無事に帰って来て現在このような体験談を書ける事は幸せであった思っています。



62・イタリア(2007年06月12日)
欧州と言いますとドイツ、フランスが中心にあり、その直ぐ横には大英帝国があり、この辺りが中心という印象があります。その中でイタリアは勿論主要国の一つですが、少し中央からは外れているというイメージがあるように思います。人口もドイツよりは少ないですが、フランス、英国とは同程度、欧州共同体には最初の6ヶ国時代からのメンバーです。ラテン的で仕事をしないで、浮気ばかりしているノー天気な男性というのが一般的に考えられる男性像です。ミラノのファッション、フィアットなどの自動車産業は世界的ですが、過去の遺跡が多い観光立国という印象が強いのが正直なところです。一番行きたい国と問われる時に多くの人は「イタリア」と答えるでしょうが、それはローマ時代そしてルネッサンス時代の遺跡や美術品が目当てであると思います。

よく歴史を見ますとイタリアは常に欧州史の中心にあり、多数の有名人を輩出しています。シーザー等のローマ帝国の英雄達は勿論、アルキメデス、マルコポーロ、コロンブスも現在のイタリア出身となります。アルキメデスはギリシア時代の偉大な数学者ですが、シチリア島の人です。ギリシア時代にシチリア島はギリシアの中で大きな地位を占めていて、当時勃興していたカルタゴにも近く重要な地位を占めていました。現在とは異なりシチリア島はギリシア、ローマ時代に地中海が大きなウェートを占めていて、欧州世界の中央に在ったのでしょう。ローマ帝国が分裂し、西ローマ帝国が滅びた後は欧州史の舞台の中心は地中海世界から欧州内陸部、現在のドイツ、フランスとなる神聖ローマやフランク王国に移ってしまうように見えますが、実際には長い期間イタリア南部を中心とする地中海世界は繁栄しており、日本では鎌倉時代の始まる頃にはシチリア島にはノルマンディー人の王国がありました。現在のフランス・ブルターニュ地方は土地が狭く多くの人が傭兵として南イタリアを目指し、その仲で頭角を現した人がシチリア王国を立てたというのです。首都は栄華を極めていたそうです。中世から近代にかけてはフィレンツェ、ウェネチア、ジェノバ等の都市国家がが繁栄を極め、文字通り世界の中心にありました。

では何故現在は後塵を拝しているのでしょう、これは国家統一が遅れ、ようやく19世紀も後半、日本が幕末の騒乱の時代になり、それも離島のサルジニアによる統一という形で実現しました。既に世界帝国となっていた英仏等と対抗する為、バラバラな国家を一気に統一国家へと進める為にファシスト党の独裁となり、先行して利権を確保した国々と遅れて利権を持てなかった国との間で起きた第二次世界大戦に負けた為でしょう。現在も「イタリア人」というよりは「ミラノ人」「ローマ人」「ナポリ人」であり、北部は南部と同じ国であるという意識は余り無い、国家としてなおも精神的には統一していない事に原因があるのでしょう。戦後も常に政治は不安定であり、何となくまとまりを欠いています。

実際に訪問しますと確かにラテンの国で南米からですと風景、雰囲気には全く違和感がありません。ローマを歩いているとまるでブエノスアイレスを歩いている感じです。ただ似ている中にも南米との違いを二つほど感じました。一つは南米のラテン文化は外から来たものであり、固有のものでは無く、現在見えるもの以前にはその前の文化というものは無いのに対して現在のイタリアにある文化は全てゼロからこの地で築き上げたものであるという点です。同じものでも外来と固有では相当の違いがあると思います。南米では北米式、アジア式など様々な文化が流入していますが、ラテン文化も外来ですので受け入れに抵抗がありません。これに対してイタリアは自国の文化ですので外来文化に対してはかなり抵抗感があるように見えます。ただ反面、古い文化に埋もれて生きているのでこれが足手まといになっているようにも見えます。若い世代には息苦しいのではないかと推測します。イタリアから新世界に多くの移民が旅立ちましたが、この社会の硬直性を嫌ったのが大きな要因ではないかと思います。そしてもう一つは現在イタリアは先進国の中にあり、欧州連合の一員であるという事です。何事のんびりと構える南米人とは異なり、イタリア人は先進国の人です。アルゼンチンやパラグアイでは太っている人が多いのですが、イタリアは皆さんスリムです。普段食べるものの質素で働き者という印象を持ちました。ドイツ、スイス、フランス等と国境を接し、常に競争を強いられているのでしょう。何となく余裕が無く、南米で抱いているラテン世界とはかなり異なっていました。

さて、今後はどのようにイタリアは進んで行くのでしょうか?統一から150年が経過し、ようやく統一国家としての意識が出来た時期なのかも知れません。欧州連合の中でバラバラとなり埋没する可能性もあるかも知れません、ミラノ、ジェノバ、トリノ等の北部主要都市の人は目は北に向き、商売の相手は自国の南部よりは独仏が相手でしょう。南部イタリアは紀元前から10世紀頃までは常に歴史の表舞台にあった地域です。その栄光は陰を潜め、現在では西ヨーロッパの中では最も遅れた地域となっています。ここをどのように活性化するのか、特にナポリ以南、シチリア、サルジニア地方の活性化がイタリア底上げの鍵となるでしょう。北アフリカがアラブの地となり、欧州の人にとり異教徒の土地となって以来、この地域が辺境の地となっていますが、欧州が歴史的には近い関係の北アフリカを取り込んで活性化出来るか注目しています。



(地図:イタリア)

イタリア




61・南米でポピュリズムの台頭-02(2007年02月17日)

南米でポピュリズム、左傾化の動きがはっきりして来ました。多くの主要国では反米ポピュリズムを掲げる大統領が誕生し、その流れは加速しています。米国が大統領選挙の年を迎え、イラクの混迷から力で抑えるという共和党本来の強気の政策を打ち出せない中、反米政策に対して表立って行動を起こす事が出来ないように見受けられます。米国で民主党が政権を握ると人権、民主化が前面に出て来て中南米は常に政治的に不安定になる傾向があります。現時点では共和党政権は苦境に立ち、ブッシュ大統領が打ち出したイラク増兵政策も下院で否決されてしまいました。現時点では次回の大統領選挙では民主党政権が誕生する可能性が大きいと見られています。

歴史を振り返ると今までの左傾化で象徴的な出来事として挙げられるのはキューバ革命とチリのアジェンデ革命です。キューバは現在もカストロが健在であり、左翼政権が維持されていますが、現在でも経済の状況は厳しいものがあります。アジェンデはピノチェット将軍の革命に遭いチリは資本主義に戻り、その後は南米の中でも順調な経済運営がなされています。以前の左傾化と言いますと冷戦下でソビエトの陰が見え隠れし、共産化の動きと捉えられていますが、現在では教条的な共産主義は消え去り、左翼政権といえども現実路線を取る必要が出ています。チリの教訓と中国の実例から左傾化=共産主義とはならない状況になっているのでしょう。一番顕著な例がブラジルです。ブラジルではルーラが大統領に当選し、再選されて現在2期目に入っていますが、この人は労働者の政党の出身です。この労働党の大会では少し前まではソビエトで使われていた共産主義のシンボルである「ハンマーと鎌」のマーク入りの旗が掲げられていました。ルーラが大統領になった時にはソビエト化、すなわち国営化や私有の制限が打ち出されるのではないかという懸念があり、そうなると経済の大幅停滞は免れないとする声が多かったのですが、現在のブラジルを見ていると全く反対の情勢となっており、大衆迎合の政策はあるが、経済活性に力点を置いたものとなっており、東北地方ではバブル的な好景気に湧いています。

右翼でも左翼でも何でも南米で選挙に勝利する為には半数以上の得票を得るためには貧困層を取り込む必要があります。どうしても大衆迎合型の政策になり、貧乏人にばら撒く政策が取られます。要するに似て来るのは必然の事です。チャベス大統領も言葉の上では反米主義を唱え、キューバの盟友をうたっていますが、通信事業やガスの国有化は打ち出しているものの、実際には米国企業とはしっかりと手を握り経済を運営しているように見えます、昨今の原油高も味方しているのでしょう。米国も行き過ぎた反米には歯止めを掛けるでしょう、現在のとてころは適当に泳がせているという感じかも知れません。要するに実際には政経分離が行なわれ、南米全体の景気はこの数年好調であり、高い経済成長を保ちながら進むのではないかと想像しています。現在世界経済の牽引役となっている中国とインドは人口がボトルネックとなり現在予測されているほどの高度成長は保てないのではないかと想像します。次は南米と世界の目が向き、欧米の資本が土地や資源を押さえに行動しているように見えます。現在は消費に向かっている資金が経済の底上げで購買力が高まり製造業等の投資に向かう時期が近いのではないかと見ています。一気に南米がブレークし世界の注目を集める時期が近いのではないかと夢想するこの頃です。

なお、参考資料としましてはこの2月14日に商工会で大使館・鈴木さんの講演資料がありますので、是非ご覧下さい。

(参考資料)
講演:「テーマ:パラグアイを巡る最近の情勢」(在パラグアイ日本国大使館・鈴木暁専門調査員)



60・哺乳類と鳥類(2007年02月17日)

現在の地球は哺乳類全盛の時代と言えると思います。今からおよそ6500万年前に隕石の衝突で大型恐竜が絶滅して以来の天下と言えます。大型恐竜全盛の時代には哺乳類は現在のリスかねずみのようなかんじで小さく息を潜めて生きていました。現在哺乳類は大型化して地球上を覆いつくしているように見えます。海のくじら、象、大型肉食獣など多種多様な動物が活動しています。一方の鳥類ですが、以前は鳥類は爬虫類から進化したものと考えられていましたが、現在は恐竜の生き残りであるというのが定説になっています。恐竜の中に鳥のような種類が居て、6500万年前に大型のものは死滅して鳥類の先祖は生き残ったのでしょう。これ以降哺乳類が多様化したのと同時に鳥類も小型化して多様化し、現在は地球上に様々な形状で生きています。

動物学者でも何でも無いのでよく分かりませんが鳥類の中で地上で生きているダチョウだけは別の系統ではないかと想像しています。実際に見ますと他の鳥とは違う「獣」の雰囲気があります。食べた事はありませんが聞いた話では肉は赤色で味は動物の肉に近いとの事です。よく両生類のかえる、爬虫類の鰐は鶏の味に近いと言われますが、ダチョウは別なので、既に恐竜時代には別系統として存在していたのではないかと想像してしまいます。いわゆる恐竜絶命の時代に現在の多くの鳥の祖先とダチョウの祖先の2系列が生き残ったのではないかと想像するのです。脳の大きさは鳥類は哺乳類と同程度の大きさを持っているそうです、勿論進化に違いがあり、哺乳類のような思考は出来ないとしても道具を使い虫を捕るものまで存在するのも事実です。

現在世界全体に多くの哺乳類が生息していますが、中大型のものは人類が家畜として利用している動物以外は個体数を減らし、絶滅の危機に瀕している種も多くあります。自然に生息している哺乳類の仲間が少なくなり消滅する可能性があるという事はその一員である人類にとってかなり危ない話ではないかと思います。では我々哺乳類の最大のライバルは誰かと言いますと鳥類ではないかと思ってしまいます。大型恐竜全盛の時代には哺乳類は小さくなって生き延びて来ましたが、哺乳類全盛の時代には恐竜は哺乳類に占領された地上を捨てて大空に活路を求め、種類を多様化する事で繁栄を誇っています。哺乳類が猿の系統の一種類だけ要するに我々人類だけが突出して数を増やしており、残りはほとんど居なくなっている現在、自分達がウイルスを仲介する事でこの種を滅ぼし、再度地球上のヘゲモニーを取り返そうと画策しているのではないのか、という妄想を抱いています。鳥インフルエンザで人類を駆逐して鳥類、すなわち恐竜類の天下を取り戻す・・そんな鳥類の思惑があるのではないかと疑うこの頃です。最近になり人類が「鳥類がすなわち恐竜類」である事に気が付いたのは偶然ではないのかも知れませんね。哺乳類全体をある程度コントロール出来る人類、家畜として他の種を自分勝手に利用するだけでは無く、哺乳類全体がバランス良く繁栄出来る環境を保つ責任があると思っています。



59・納豆(2007年02月17日)

日本の食材で一番食べるのが「納豆」です。今まで知らなかったのですが「納豆の日」というのがあり、「なっとう」から「7月10日」なのだそうで、丁度当方の誕生日にあたります。納豆の原料は大豆ですが、当地にはあり余る程の大豆があり、納豆は造る人が居れば簡単に手に入る食材です。この納豆のルーツは中国雲南地方なのでそうですが、現在では日本を代表する食材と言えると思います。よく日本のテレビで外国人に日本食材の中で苦手そうなものを食べさせる企画がありますが、梅干などと共によく登場します、食べ慣れないと難しい食べ物なのでしょう。最近大阪の番組で「納豆を毎日食べるとやせる」という紹介があり、全国的に納豆が品薄になる事件がありました。この放送の内容自体は嘘であったようですが、確かに納豆は良い食品であると思います。たんぱく質を肉では無く豆から摂ると良いと言いますが、納豆は最適な食品であると思います。普通の豆ですと調理しなければ食べられませんが、納豆であれば出してかき混ぜて醤油を少々入れれば直ぐに食べる事が出来ます。

知り合いの渡部さんが「田中さん納豆を毎朝食べると良いよ、僕はそれを始めてから調子がすごく良くなった」と言うのです。なるほど、でも買いに行くのが面倒だと答えると「いやいや30個くらいまとめて買えば配達してくれる」と言うのです。なるほどそれは良いと早速納豆を作っている方に電話し30個届けてもらいました。日本では大体100円前後、99円くらいと聞いていますが、当地では3千グアラニ、75円します。日本の物価と当地の物価から考えますと多少高い印象がありますが、多分1個の分量は倍以上あると思います。豆も日本は何となくひ弱な小さいものが好まれますが、当地では大粒の大豆が使用されています。冷凍庫から出して少し常温で置いていただきますが、歯ごたえがあるのでよく噛んでいただきます。勿論ねぎを刻んで入れます。当地ではねぎは非常に安く、一週間納豆に入れる程度の量であれば千グアラニ、25円程度です。毎朝納豆一個を椀に入れ、よくかき混ぜ、エンカルナシオンで作っている醤油を少々入れ、近郊の日系農家が作るねぎを加えていただきます、純粋にパラグアイ製ですが全てのものが当地日系で作っているものです。これを始めてから約1ヶ月経過しました。当方の朝食は「納豆」「野菜」「果物」で、以前納豆を食べていなかった時には直ぐに空腹になりましたが、最近は腹持ちも良く胃腸の調子も快調です。当地の日系レストランにもメニューの中に「納豆」があります。当地に来られましたら是非とも「納豆」を試して欲しいものですね。

さて当地では牛肉の食べ過ぎで肉から豆に切り替える人が多くなっています。大豆で作った「人造肉」なる奇怪な商品が並んでいます。我々から見ますと大豆は大豆らしく「納豆」「豆腐」としていただけば良いと思うのですが、食習慣の違いからなかなか難しいようです。友人で何でも食べる、韓国料理の「犬鍋」まで食べたという豪傑が居るので試しに勧めてみましたが、やはり納豆だけは難しいようです。見た目、臭い、べとべとしているので食べる気が起きないのでしょう。小さい時から食べているので何でも無いのですが、知らない人から見ますとよくあのような物を食べている・・と見られているのでしょう。肉の食べ過ぎで成人病の多いパラグアイですが、大量にある大豆の有効利用、食生活の改善には納豆が一番であると思うのですが、実際に普及するとなると難しいのでしょう。



(写真:納豆・パラグアイ製)

(MLでのアドバイス)
納豆の件。 健康によいことは、その通りでありますが、摂取量が多すぎると尿酸値が上昇し、痛風に繋がる怖れもあります。身体によいものは、薬もそうですが、副作用があることが多いのです。ですから、程々にして食べて週に3−4回くらいが妥当ではないでしょうか。老婆心ながら。


なるほど食べすぎも良くないのですね。これからは週に3回程度にします・・



58・南米大陸とアフリカ大陸(2007年02月18日)

小さい時に世界地図を眺めていて南米大陸とアフリカ大陸が形が似ていると思って見ていました。世界地図の一番右にある南米と左にあるアフリカ、意識の中では遠く離れていると思っていました。小学校に入り地球儀を買ってもらい、それまでの地図だけの世界観が大きく変わりました。グリーンランドの大きさはそれ程でもなく、南極大陸は帯状に広がっているわけでも無い事が理解出来ました。それまで見ていた地図は主にメルかトール図法と呼ばれるもので、世界を四角に表示しており、以前は航海などに利用されていたという事で見易いという利点はありますが、実際とはかなりかけ離れてしまっています。また日本で見る地図は当然のことながら日本を中心に描いていますので、一番右に南米大陸がそして一番左にアフリカ大陸が位置します。地図からはこの両大陸の距離は分かりません。地球儀をしっかりと眺めるようになりますと南米大陸とアフリカ大陸は近い事が分かって来ます。半分よりは少々大きい程度で緯度も似ており、形も何となく似ています。両者は似ていると勝手に想像していました。

実際に南米に居てアフリカを意識しますと「遠い」という印象があります。確かに距離から言いますと一番近い南米東北部とセネガル辺りであれば飛行機を使えば3〜4時間程度の距離でしょう。ただ両者に経済的な必要性が余り無いので実際にはほとんど直行する便は無く、南米からは欧米、アフリカからは欧州に向かう便が大半です。実際に南米-アフリカ間で飛んでいるのはリオ-ルアンダ便などごく僅かでそれも少ないと思います。南米とアフリカは経済的には北半球の先進国からは同じような役割を担っているわけで補完関係は無く、経済交流もほとんど無いのが実際なのでしょう。ブラジルからアンゴラには直行便があり、経済的なつながりもある程度あるように聞きますが、これは両国が同じポルトガル語であり、ブラジルが経済的に大きな国になっており、アンゴラに対しては先進国的な役割を果たせるようになったからでしょうが、これはあくまで例外的なものであると思います。

南米から見ますとアフリカ大陸というのは余り関係が無い、遠い世界であると見てしまいます。欧米とは経済的にも文化的にも繋がりが強く関係は密であり、行き来も多い、近年は日本、中国、韓国を中心にアジア特に東アジア地域との繋がりも強くなっています。インド人も特に北部南米で多く居住しており、近い存在であると意識します。勿論南米にもアフリカ系の人達が多く居住します、大航海時代に労働力としてあたかも物資のように強制的に連れて来られた人達の子孫で当初は奴隷として扱われていました。アフリカからの移住者というよりは南米からの先住民であるインディオと同じような感じで見られているように感じます。ただパラグアイ、アルゼンチンなど南部南米ではアフリカ系の人は多くはありません。

アフリカに住んでいた人に「南米とアフリカは似ているのか?」と尋ねますと「似ている面もあるが、違う面も多い」という歯切れの悪い答えが返って来ます。南米もアフリカも広大であり、地域による差異は日本で想像する以上に大きいと思いますが、両者の違いも大きいのでしょう。地図を見ますとアフリカには50の国があります。これに対して南米は12です。アフリカ大陸と一口に言いましてもサハラ以北は地中海世界であり、緯度も日本くらいで、アルジェなどは東京よりも北に位置しています。住民も欧州人に近い人達です。サハラ以南がいわゆるブラック・アフリカで外からイメージするアフリカです。住民は黒人が多く、貧困で病気も多い地域です。南米は欧米人と先住民が基本となっています。アフリカには内戦が多く、飢餓があり、難民も多数居ます。これに対して南米はゲリラの活動がある程度で目立った内戦は無く、飢餓の問題もほとんどありません。

アジア、アフリカ、南米をAAAと称し発展途上地域としてひとまとめにされますが、南米は主に外からの移住者で社会が構成されており、かなり異なると思っています。アフリカとの交流が深まり両者が一体となり欧米に意見が出来るようになれば強力な勢力となると思いますが、実際にはしばらくは遠い世界として留まるものと想像します。南米から見て一番遠いのがアフリカという現状はしばらく動かない事でしょう。



57・女性論(2007年02月22日)

女性論はジェンダー論として語られる事が多いテーマです。大体の場合には社会的な平等とか社会進出、女性のあるべき姿とか非常に高尚な話となり、何となく進歩的文化人が好むような話になっているように見えます。主人公は女性で多くの場合には「べき」論が多いように見えます。どうも建前が横行していて、本音は余り出さないようにしているように感じてしまいます。我々男性から見て女性というのは非常に不思議で未知の世界というのが本当のところではないかと思っています。男性の典型的な一生というのは母親に育てられて、好きな女性と結婚をし、娘を育て最後は面倒をみてもらう・・と考えますと3代の女性と過ごす一生とも考えられます。勿論結婚をしない人も多いでしょうし、娘を持たない人はもっと多いでしょう。

ドラマや映画を見ていて脚本を書いているのが女性なのか男性なのか何となく分かります。男性視点、女性視点というものが自然に出て来てしまうように思うのです。女性の脚本の場合には男女の垣根が低く、登場人物に余り男女の区別が無く混在して出て来て、それぞれの個性が尊重され、同じ人間であり、男性はそれぞれの女性の立場を尊重するように描かれているように思うのです。男性がすけべな感じで女性を見る事も扱う事もありません。男性の脚本の場合には女性は男性を支え、優しく控えめにしているように見えます。これが漫画になると顕著で、男性作家の場合には女性はアイドルもしくはマドンナのように出て来る、男性グループの中に皆の憧れの的として一人だけ登場するというのが多いように見えます。ドラえもんのしずかちゃんはその典型と言えるでしょう。男性と女性がしっかりと区別されていて、女性は脇役で主人公の男性を見守る存在という印象があります。要するに女性は男性とは別の「女」として描かれているように思うのです。多くの男性の場合、女性特に若い美しい方に会った時には「ひと」と思うより先に「おんな」と思う事が普通であると考えます。

男女の本質は種を蒔く性と蒔かれる性にあると思います。蒔く方はとにかく多くの場所に蒔きたい、蒔かれる方はとにかく蒔かれる相手を選びたいというのが本質なのでしょう。動物の世界ではライオンなどがその典型で、多くのメスライオンを従えて王様になれるのは一頭だけで残りの大多数のオスは放浪ライオンとなります。王が代わると以前の王の子供は全部新しい王に殺されてしまいます。自分の子孫を如何に多く残すのかがオスの使命、メスは出来るだけ強いオス、要するに優秀なオスの子供を孕む事を目指している訳です。撒く方の男性は常に「蒔きたい、蒔きたい」と願っている、蒔くまで全てでそこで男性の性は完結します。女性は蒔かれてからが性の始まりで胎児として育みそして出産、子育てと男性が終わった時に始まります。当然性に対する考え方もセックスに対する意識も異なります。普通の正常で健康な男性であれば、エッチな事をしたい、見たい、やりたいと思っているのは自然な事であるで、女子高生の短いスカートをめくってみたいという衝動が起きるのはごく自然であると思います。勿論、現代の社会はそれを許さない社会となっています。一夫一婦制であり、妾を持つ人も限られていますし、そのような事をした時の社会的な制裁も大きくなっています。子育ても女性に任せるのではなく、男性も共同に行なうなど、ある意味女性主体の制度となっているように見えます。男性のわががまや勝手を許さない社会と言っても良いでしょう。

現在異性装そして性同一障害というのあり、女性であるもしくは男性である事に違和感を抱いている方が多いと言いますが、どちらが多いかと見ていますと圧倒的に男性で女性の格好をする人、そしてMTF(男性として生まれて女性として生きたい人)が多いように見えます。本来社会は男性中心とされ、女性は不利益を蒙っている、男性中心であると言われているのですが、実際には女性として生きたい男性の方が反対よりずっと多いのです。男性の女性に対する憧れの強さと言えると思います。男性は女性を一生の間意識しながら憧れ、不思議に思いながら生きているものなのかも知れませんね。



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