
移住して地球の反対側から祖国日本を見ていて不思議に思うことがよくあります。「何故だろう」と考え込んでしまいます。日本への作者の思いを綴って行きます。
28・製造業の衰退 (2001年10月13日)
日本の諸問題の中で一番深刻なのは製造業の衰退であると思います。テレビや雑誌の経済談義でこれからは介護などのサービス業が伸びて行き、銀行の不良債権問題を解決し、お金が投資に廻るようになれば、雇用・GDPも大きく落ちる心配は無いというような論調を目にしますが本当にそうなのでしょうか?戦前の日本は生糸等を輸出して生計を立てていましたが、それだけでは限界があり、活路を領土の拡張に向けて破綻してしまいました。戦後の日本は製造業を中心に経済を発展させる事により製品を外国に輸出して外貨を稼ぎ、食料・燃料等を購入するというパターンが定着しています。今のところ、外国の人が日本製品を尊んでくれているのでまだ問題は表面化していませんが、近い将来それが崩れた時を心配しています。
最初に問題がクローズアップされたのは中小企業でした。蒲田・東大阪等の中小工場は次々に閉鎖に追い込まれており、日本を下支えは非常に不安定になっています。テレビでこのような工場が出て来ると、単価は安く、注文は減少、頼みの元請の仕事は激減と経営に苦労されている様子が映し出されます。あれだけご苦労されていて儲からない、報われないのでは後継者、新規参入者というのは期待出来ないように感じます。現在の経営者が引退されるともうほとんど残らないのではないかと心配になります。
そして大企業、日本の象徴となって来た基幹産業を代表する日本電気、富士通等の企業の不振が伝えられ、リストラの名の元、大規模な解雇が実施されようとしています。これらの企業が稼ぐ事が日本経済の基本であるだけに深刻に受け止めています。中国の技術力の向上は目を見張るものがあるという話を聞きました。バイクなどは日本で新製品が出ると直ぐに手に入れて徹底的に調べ上げ、同じような製品を直ぐに造ってしまうと言います。日本が経済成長の初期に欧米に対して行っていたのと同じ方式です。いよいよ大国・中国が台頭して来るのでしょう。
基本的な問題としては、技術屋の処遇にあるように思います。高度成長期には「理工ブーム」なる時代があり、成績の良い学生は理工系に行くという時代があり、その時代に理工学部を卒業した方々が日本の企業を支え、日本製品のレベルを飛躍的に向上させました。現在、理科離れが進み、かつゆとりの教育なるものが取り入れられて全体的に理数教育のレベルが落ちていると聞きます。各種の受験資料を見ても相対的に理工系は低くなっているようです。これで次世代の技術者が育成して行くのか心配になります。債権や株のディイラーのような人が脚光を浴びて地味で根気が必要となる技術職を目指す人は減少して行くのでしょう。会社の中での処遇も事務職と比較してそれ程高くなく、磨いた技術が不要になった時には転職もままならない。ある年齢に達すると技術力より営業力・経営管理能力を問われて来る、これでは企業の中で物造りに没頭するのは難しいように思います。
「日本製品が売れなくなる」、この事態が出現してからでは手遅れとなるように思います。しかしながら確実にそのような時代が近づいているようにも思います。物が売れないと外貨が入らない、外貨が入らず原材料を購入する輸入がそれ程減少しないとなると貿易赤字に転落する、という図式が生まれるように思います。赤字でも米国のように世界通貨としてのドルを持っているのであれば輪転機でお札を印刷するという事も出来るでしょうが、日本の円にはそのような機能も無く、急速に力を失って行くことでしょう。
近い将来を考えますと最悪のシナリオは、政府等の多額の財政赤字はそのまま残り、財政は破綻状態となり、金融機関の都合で多くの不採算性企業群がそのまま生き残り、社会は老人ばかりになり、医療・福祉に多額の資金・労力が必要となり、その上に日本製品は売れなくなり多額の貿易赤字が発生する・・このような事態になるとどのような事になるのでしょう?少なくとも今のような豊かな生活は続けて行く事は不可能になるでしょう。
最大の問題は危機感が無いという事です。特に多くの若い世代の人達は豊かな社会が当たり前であると思っている、先人が苦労して手に入れた豊かさの貴重さ希少さが全く理解されていない、安全で安心な社会、電気が途切れる事無く何時も来ていて、絶えず水道から飲める水が必ず出る、新幹線は毎日定時に動いている・・このような事のすごさが理解されていない。全ては他人事、自分とその周囲には変化は無く、難しい問題は誰か他の人が解決してくると考えている。現在は雇用不安だ、失業だと言っても今までの蓄えで何とか食べている、問題が表面化していないのだと思います。全ての前提が崩れ去り、日本が転落した後にもう一度這い上がって来れるのか、心配になります。
27・日本の財政赤字 (2001年 4月06日・改定)
最近、日本の人と話をして、老後の話とか将来の話をする事がありますが、ほとんどの方は現在の「日本」の状況に対して危機感が無いのには驚きます。作者などは、外から見ているのですが、不安で一杯になって、「日本の人はもう恐怖心で一杯になっている」と想像していましたが、どうもそのような人はごく少数のようです。多くの方は日本は平穏、凡々とこれからも余り大きな変化は無く毎日が過ぎて行くものと信じているようで、現在の物価水準の元で将来貰える年金の額などを論じているようです。
しかしながら、ここに来てようやく日本の世論の中でも、日本の財政赤字が大きな焦点になりつつあります。小渕政権の時代、デフレ阻止、金融経済システムの維持の名の元にかなりの借金が上乗せしてしまい、現在は政府の借金が約500兆円、地方が160兆円、そして財政投融資の不良債権が100兆円はあると見られています。この他隠れ債権を含めて現在「日本国」が抱えている借金は大体800兆円はあると考えられています。(もっと多いという説もあります)これだけの債務を抱えていながら金利が上昇しないのは不思議な気がしますし、この借金は本当に返せるのか、もう無理なのでは思わざるを得ません。
800兆円と言ってもどの程度なのか見当もつかないお金ですが、ある経済レポート(浅井情報ネット)に一万円の札束の厚さが1000万円で8センチ強というのが出ていました。個人的に想像が出来るお金は作者みたいなごく普通の人にとっては1億円くらいでしょうか?それを超えるお金は「一杯」、沢山という以外、大きさの大小に関しては想像が出来ないのが一般的でしょう。さて、1千万円の札束の厚さが8センチ強という事はこの我々にとっての大金・1億円で80数センチとなります。身長の半分程、これだけのお金を目にすることはまず無いでしょう。そうしますと1兆円というはこの1万倍ですから何と八千数百メートル、エベレストの高さになる訳です。これを距離にしてみますと8キロ強、大体山手線の直径くらいという事になります。これはすごいですね、以前、「長銀」「日債銀」にそれぞれ4兆円超づつが投入されたわけで、これを札束の厚みにすると東京から横浜までとなります。一企業の尻拭いにこれだけ投じるのですからさすがは日本政府、「太っ腹」ですね。さて日本国の借金の全体はこの1兆円の800倍という事は何と約7000キロくらいになる!!札を並べてでは無く、一万円札の札束・新券の厚みで!!これは東京からシアトルくらいの距離になるのです。このまま進みますと南米まで到達するのも遠い将来ではないかも知れませんね。
1兆円でも想像を超えるものですが、この日本国の借金、すごいものですね、しかもこの借金毎年ものすごい勢いで増えている。例え財政が均衡しても金利そして元本は返さなくてはならない。正直可能とは思えません。しかも現在でも財政は借金に頼っている。毎年赤字国債を増発しているわけで既に発行している国債、借金などは複利で増えて行くわけですからここまま進むと、その内にあっという間に1000兆円に達するのでしょうね。政府は景気が回復して軌道に乗った時点で財政を均衡させてこの借金を返して行くと言っているらしいのですが、本当に可能なのでしょうか?何時から始めるのでしょうか?とにかく目先の事で頭が一杯なのでしょう。自分の在任中は関係無いという考えなのでしょう。
国債は何でも60年が実際の償還の期間と考えられているようで、10年毎の満期の際にそのほとんどの国債は再発行となるようです。当然利子も付くので、例え財政が単年度で均衡しても国債を減額するところまで行くのは至難の事であると思います。それも国債というのは非常に閉鎖的な市場で取引されている。そして現在、株式市場が低迷し行き場の無いお金が国債に向かっているので、金利が低水準のまま推移していますが、何時かはこれも破綻することでしょう。聞くところによりますと財務省は「ゼロ金利国債」なる奇策を考え、ゼロ金利の見返りとして相続の際に相続税を掛けない等の恩典を与える事を考えていたようです。これなど近い将来に国債の引き受けてに不安があるので国債の引き受けてを増やして現在は主に金融機関が所有している国債を広く国民にばら撒こうという作戦であったように思います。「国債バブル」が崩壊する時は近いかも知れませんね。国債の引き受け手が見付からない時、バブルが崩壊して一気に国債が下がる、要するに金利が上がる事態に陥ることになる。
日本は経済を立て直し、この巨大な借金を返す事が出来る状況なのでしょうか?次ぎに日本を取り囲む状況に関して考えてみたいと思います。まず日本は貿易立国である事は誰でもが知っている事であると思います。江戸時代の鎖国の時代には人口は約3千万人で均衡していた、という事は本来の日本の国土だけで養える人数は多分この程度ということなのでしょう、それも何回も飢饉が起こり決して生活レベルは高くは無かった。
現代では、その4倍もの人が生活しているということは、貿易してそのお金で油と食料を買って生きているというのが日本の姿だと思います。現在ソニー、トヨタなど世界の人が欲しがる商品が日本から世界市場に向けて出荷されており、外貨が潤沢に入り必要充分なものを買う事が出来ています。でも果たしてこの輸出競争力、これからも維持が可能なのでしょうか?
まず若い人が少なくなっている、そしてその人達の教育レベルが下がっている。特に理科離れ、物造りの現場離れが進んでいる。つまり次代を担う技術者が確実に減少しているわけです。そして東大阪、蒲田などの日本を下から支えて来た中小企業が軒並み閉鎖に追い込まれている。そして果たして国際競争力があり、世界市場で優位性がある企業が日本に留まっているのか、経済有利があれば企業は拠点をどこへでも移すと思われるからです。何も給与水準が高い日本人を雇用する必要は無い訳で今まで日本経済に貢献して来た企業がグローバル化しており、外に出て行ってしまう事態ということもありうると思います。また他の国も必死に追い上げて来るでしょう。工業製品に関して日本が何時まで比較優位を保てるのか?少なくともインターネットの時代、部品は外国からの調達がごく普通になって来ています。近い将来、日本製の商品が売れない時代が来るかも知れません。
何時も不思議に思うのですが、経済が話題になる時に、お金のフローの面だけを取らえる事が多いように思うのです。ストックの問題、言い換えると本当に食料と油を今後も確保する事が出来るのでしょうか?この辺の議論が無いのも不思議な気がします。現在、不気味な感じで石油価格が上昇して来ています。石油は使えば何時かは尽きる資源です、本当に日本は必要な石油を今後も長期にわたり現在のような価格で確保出来るのでしょうか?掘削し易い石油は枯渇し、次第に掘削が難しい要するにコストが高くなることでしょう。
そして食料、品種改良、土壌改良など農業技術の進歩のお陰で世界の食料が増産出来、食料の国際価格はずっと低いままで推移しています、しかしながらそれにも限界があると思います。世界的に異常気象の現象が多発し、砂漠化が進む一方で、世界の人口は依然として爆発的に増加しています。日本は今後も安く食料を大量に外国から輸入し続ける事は可能なのでしょうか?そして足元の国内の農家は補助漬けになり,ほとんどの農民は国際競争力を持たない、しかも多くの農家では老人が中心で後継者は居ないと言う。不安が募ります。将来の食料確保は果たして大丈夫なのでしょうか?
そして人口構成、日本は急激に老人大国になって来ています。老人が増えるという事は社会のコストが増えて労働者の割合が減る事を意味しています。そしてその働き手の多くが老人達に世話に割かれる訳で、本来の「稼ぎ手」の割合は本当に少なくなってしまいます。また質も今の若者を見ている限り心もとない気がします。そして年金、未だに国民の多くは現在のような年金が未来永劫、受け取れると信じているようですが、農業年金と同様の事が今後は全ての年金で起きると想像しています。農業年金は実質的に破綻して、何でもこの補填に3兆円を投入する必要があるそうですが、これが全ての年金で生じた時には果たしてどうなるのでしょう。そして医療費も増えるでしょう。健康保険に関しても現在の制度を維持するのは大変であると思います。要するにコストばかりが増えて稼ぎが無い状態になる恐れがある訳です。
これらのようにマイナス要因が多く、ある程度の景気回復では財政の均衡すら難しいと思います。おまけに現時点でもゼネコン、流通、不動産などを始めとして旧来型の産業に問題企業が多く存在し、金融機関も不安定要因に満ちている。この数年、金融危機回避の金言の元、民間の不良債権の国への付け替えが進み、ますます日本の借金は増えて行くのです。近い将来、増え続ける借金の金利を払う為に増税は避けられないでしょう。でもつけを尻拭いする目的だけの税金を国民や企業が真面目に払うのものなのでしょうか?このような事態に至れば優良企業はさっさと外国に拠点を移してしまうことでしょう。
このような事態が進むとどうなるのでしょう。日本の問題は「財政破綻が起きるかどうか」では無く、「財政破綻が何時どのような形で露呈するか」になって来ていると思います。過去の事例からする結局はハイパーインフレーションという事になるようです。第一次世界大戦後のドイツが有名ですが、物価が異常に値上がりする、要するに貨幣価値が著しく減少するという訳です。国債バブルが弾ける時、要するに国債が売れずに残り価格が下がるすなわり金利が上がるという事がきっかけとなるのでしょう。
作者もこのハイパーインフレーションの経験があります。88年から90年までブラジルに住んでいましたが、この時は月に30%のインフレでした。大体一日1%づつ物価が変動するというすさまじいもので、何を買うにも大変でした。幸いにも給料はドル建てでいただいていましたので、毎月インフレに比例するように給料の額も増えていました。国民は皆それぞれに防衛策として、知恵を絞っていました。例えば、クレジットカードを15日閉めと30日閉めの2枚使用して出来るだけ支払いを後にするとか、1ヶ月に1回だけ値段を変える商店に対しては値が上がる前日に購入する等していました。
また、貧乏な最低給料に近い人々は防衛策として給料を貰った瞬間に店に走り所持金全部を使い、買い物をしていました。残しておくと価値が減るので当然の行動だと思います。しかしながら計画性の無い連中の事、給料前になるとお金も食料も無くなり、給料の前借、借金の増加そしては個人破産へと進んでいました。とにかく毎日のように値段が変わるので、「レストランでは急いで食事をしろ、値段が変わらない内に」と言うほどでした。では一般的には値段、特に「不動産」「自動車」等はどのように付けられていたかと言いますと、インフレ指数というのがあり、このインフレ指数と通貨との換算レートが毎日出て、それで価格を決めて行くと言うのが一般的でした。
このハイパーインフレーション、弊害が多くとにかく止める必要がありました。そこで政府が行ったことは預金凍結とインフレ指数の通貨化なのです。全ての預金を凍結して流通している貨幣を一気に減らしたのですが、簡単に言えば政府による個人資産の剥奪です。皆コツコツと溜めていたお金を一気に失いました。真面目に働いていた人ほど馬鹿を見る結果となったのです。インフレ指数の通貨化というのは単なるデノミでは無く、どうせインフレ指数で価格が表示されているのであればそれを通貨にしてしまうという前代未聞の政策でした。これによりブラジルでは中間層が破壊されてしまいました。ごく少数の金持ちと大多数の貧乏人の2極化が進行し、経済は悪化し未だに立ち直って居ません。政府が人々の懐に手を突っ込んだ為に誰も政府を信用しなくなりました。ある程度のお金が出来れば外国に預金というのがブラジルの常識となり、国内に富が蓄積される事は難しくなっています。そして作者もブラジルを去ることになりました。
振り返って日本ではどのようになるのでしょうか?近世に入り、日本では政府が破綻した事が2回あります。一度は130年前に江戸幕府の崩壊、この時には当時の政府である幕府は消滅し、同時に「両」という通貨は姿を消し、千年近く支配層として君臨していた武士が無くなりました。そして第二次世界大戦、新円切り替えという徳政令で一気に借金をちゃらにして、この時には軍人という支配層が姿を消し、大日本帝国が消滅しました。そして今回、どのような形で決着が付くのでしょうか?徳政令は言わば日本のお家芸、要するに破綻するまでは手を打てず、一気に方向変換するというのが日本の伝統的なやり方という訳です。今回のこの財政悪化、正しく解り易く国民に説明が為されているとは到底思えません、むしろ臭いものには蓋という印象を受けます。落盤が起きるまで突き進むしかないのでしょう。日本のマスコミを見ていますと、世界大戦の時の「大本営発表」と何ら変わるところはないように思います。政治家は勿論、マスコミ等も危機が迫って来ている事をもっと国民に対して説明する必要があるように思います。「景気の悪化に繋がる」という美名の下、むしろ意図的に情報を操作しているとさえ見えます。
日本は本来は非常に「貧しい国」であったのだと思います。歴史を振り返ってみますと軍事大国として世界の列強として台頭していた昭和の初期でも農家は娘を売っていた。数十年前までは人身売買が普通の事として行われていたのです。そして金持ちになることを目指し戦争を起こし、思惑とは反対に第二次世界大戦で負け一層貧乏になり、どん底に落ちた。そしに奇跡が起こった。冷戦という特殊な状況で20年に渡り朝鮮半島、ベトナムと二つの大量消費戦争が近隣で勃発し、被害は全く受ける事無く、軍需を享受して日本は世界にも稀な経済成長を実現した。このように見ますと、アジアの隣人の血で実現した経済大国なのかも知れませんね。そして国家のシステムが全てこの時期に変更されてしまった、急速な経済成長を前提としたシステムに。70年代オイルショックを契機に、これが行き詰まり始めた。日本のチャンスはこの時点にあったと思います。ここで社会のシステムを大転換して本来の姿に戻す必要があったように思います。その当時、電気の節約などつつましい生活に戻ろうという動きも生じましたが、中途半端に終わりそしてバブルを起こした。日本はシステムの変更をすることなく無理な経済成長を起こしシステムの温存を図ったわけです。
この事態が進行するとどうなるのでしょうか?個人的な想像のシナリオを記しますと:
政府は増税を重ねる。するとまず外国に出て行ける企業、人は出て行くことでしょう。その前にお金が出て行くのかも知れませんね。残った人、そして残らざるを得ない人の中には「税金等絶対に払わない」と頑張る人も出て来ると思います。「全ての国民として権利を放棄する代わりに義務も果たさない」と、そしてその人々がインターネット等で結び付き、「新日本人」みたいな感じになる。旧来の中央集権の日本国には属さないと主張し、官憲の要請も一切無視する。官憲側も最初は現行法での処理を試みるが、数が多くなると対処しきれなくなり、あっという間に数が増える。そうですねこの両者例えて言えば、コンピュータのOSにおけるウィンドウズとリナックスのようなものでしょうか、そして旧政府は官僚と借金を残して事実上消滅する。
上の議論の中で読者の中から「日本で政府や自治体と関係無く生きて行くことは出来ないのでは?」という意見をいただきました。本当にそうでしょうか?一つの例として外国人を取り上げてみましょう。今日本には多くの中国人、特に福建省出身者の不法滞在者が数十万人に住んでいると言います。彼らは彼らの中で完結した社会を構成していると言います。組織がしっかりしており、看板等は無いので外見上は分からないが警察、郵便、銀行等の機能が揃っていると聞きます。ある程度の人数が集まれば可能である一例のように思います。
26・衆議院議員・選挙制度(2000年 7月02日)
日本では久しぶりに衆議院議員の選挙が行われた。小渕前首相の誕生日そして梅雨の只中という日を選び、投票率は余り高くはならず与党が安定議席を確保するという結果で終わり、国民は「森-野中-公明党」路線を選択した。これで森-野中政権は国民の信を得た政権として政策を実行出来るというわけです。
今回の選挙で投票率が低くなったのは何も天気のせい、無関心ばかりでは無いと思います。投票は小選挙区、比例代表制になっていますが、比例代表は党を選ぶものでそのリスト内の順位は政党が決める。リストの下位の候補を応援したくてもリストの上の方から当選する仕組みになっている。また小選挙区というのは選択肢が少ないということでもある。何しろ一人しか当選しないのであるから当選する可能性がある候補は多くても3人程度、当選がどう見ても不可能な候補が候補も多い。休日の大事な時間を割いてまで支持したい候補者が居ないので投票しなかったという方が多かったのではないでしょうか?選挙に無関心なのでは無く、関心があるが投票したい候補者が居ないと言う意見です。
もう少し選挙に行き易く、また投票する人の自由度を認めて行くべきだと思います。一度決めた小選挙区比例代表制、中選挙区制度に戻すべきだという議論もありますが、現行の手直しで民意を反映して投票率を上げる方法をまず検討しても良いと思いますが如何でしょうか?
比例代表区に関してはブロック分けしているのは自民党がこれにより議席を多く獲得する為だそうで、全国1区にするよりかなり有利なのだそうです。やはり趣旨から言っても全国1区にするべきでしょうね。そして政党は例えば必ず100人のリストを提出する。投票する人は政党名とその100人の名前の一人の名前を記す。政党のリストはその得票の順位で決定するというようにしては如何でしょうか?議席数は政党の得票で決めるという方法を残しても、本当に鞍替えした女性候補や元首相が1位になれるのか、政党の中での順位を競わせ選挙でその政党の支持者が決めるという訳です。
また、小選挙区制を続けるのであれば、是非「マイナス票」というのを設定して欲しいものです。反対の意思を示す為にわざわざ死票になるのが分かっている候補に投票するというのもおかしな話です。投票場に普通の白の投票用紙の他に赤い投票用紙を用意しておく、選挙に来た人はどちらでも好きな方を選択する。白は今まで通りのプラス票、そして赤は「マイナス票」とするのです。得票は白票から赤票を引いて算出するという訳です。これならばわざわざ死票にならずに済む、批判票として意志表示が明確に出来るという訳です。
また自分の選挙区が住居の通りというのも変な気がします。申請して希望する選挙区に投票出来るようにするシステムは如何でしょうか?全国300の選挙区に番号を付けて、どこの選挙区にでも投票出来るようにするという訳です。選挙区との癒着が問題になり、地元の利権ばかりが優先される弊害を取り除くという訳です。無風選挙区に住んでいる人は全国、どこの選挙区でも自分が投票したい人に投票が出来る訳です。またこのバリエーションとして、自分の選挙区と全国どこの選挙区に対しても投票が可能な2票を投票出来る仕組みというのは如何でしょうか?
投票する人が面白い、行きたいという気にさせる方法、要するに自分達が決めるという気持ちにさせる方法を検討して欲しいものです。
インターネットが普及している時代インターネットで国民がオンライン投票に切り換えれば費用も時間も少なくて済むと思いますが如何でしょうか?少なくとも在外の我々には適用しても良いと思います。、いっそのこと議会などというものは廃止して、国民全員にインターネットに繋いだパソコンを一台づつ配り「直接民主主義」を行うというのはどうでしょうか。パソコンの画面を見ながら「YES」か「NO」を国民全員が投票して多数決で決めると言うものです。
25・観光日本(2000年 7月01日)
日本から外国に出掛ける人の数が毎年1千万人を超える時代になっています。これに対して日本に出掛ける来る人の数はそれ程多くは無いように思います。特に観光を目的としている人は少ないと思います。高度成長を達成し、工業産品を輸出する日本、現在は競争力もあり外貨を稼いでいますが、これも何時まで続くか分かりません。外貨を稼ぐ方法を多角化しておく必要があるように思います。色々なアイデアがあるでしょうが、その一つが観光収入だと思います。
フランスなどに行きますと有名なシャンゼリゼ通り、実際に歩いている多くの人が外国人です。話しているのをよく聴いているとフランス語よりもイタリア語、英語、スペイン語、ドイツ語、そして日本語などのアジアの言語が多く聞かれます。パリ市内の地下鉄に乗っても地図を片手にした観光客が目立ちます。フランスは上手に観光で外貨を手に入れているようです。確かにパリは魅力ある街ですが、一度観光に行きますと有名な観光地はほとんど回りきり意外に行く場所が限られているように感じます。
これに対して東京というのはすごい街だと思います。大東京で3千万人以上の人口を抱える実質的には世界最大の都市、江戸時代からもう既に世界一だったそうですからたいしたものです。よく考えて見ると本当に観光で行く場所が多い。都内には歴史的な名所が沢山あり、ディズニーランドなどの遊園地もある。国立博物館などを始め博物館・美術館は数知れず、また少々郊外の日光、箱根、秩父、房総、三浦、伊香保や熱海などの群馬・伊豆などの沢山の温泉などを含めると1年くらい毎日違った名所を観光出来るのではないかと思うほどです。勿論東京だけでありません。京都、大阪を始め観光という視点で見ますと日本全国、宝の山に思います。各県、各地方に名所が あります。
でも外国人に対しては少々商売が下手のように思います。ロンドンに行きますと有名な観光地を巡回する2階建ての観光バスが数分おきで来て、好きな場所で乗り降りが出来るようになっています。一度チケットを買うとその一日乗り放題というわけで、観光バスの主流はこのシステムになっています。それに対して東京は観光バスは「はとバス」が主流でこれが意外と利用し難い。ある時、知り合いが当地から東京に行く事になってインターネットではとバスを調べたのだが、余り良いコースが無い。高い、そして集合場所が分かり難い。浜松町の駅に集合とあるのだが、東京生まれで地図を見るのが好きな当方でも理解するのが大変、非常に複雑とても始めて行く外国人に説明出来るものではありません。もっと単純にして分かり易く出来ないものか?出来たらロンドンと同じような巡回バスを出せないものでしょうか?検討して欲しい物ですね。
また日本は例によって外国語は、すなわり英語、英語だけ用意すれば問題は無い、外国人は誰でも英語を理解するという認識で、案内書等も英語だけのようでスペイン語しか理解出来ない友人はさっぱり理解出来なかったと話しをしていました。ロンドンの観光バスですと日本語は勿論、世界の色々な言語で案内を聞く事が出来ます。少なくとも世界言語であるスペイン語である程度不自由なく旅行出来るようにして欲しい物ですね。中国語、韓国語などと併せて検討してみる必要があるように思います。
そして東京の地下鉄これが難しい、サンパウロでもパリでも地下鉄は均一料金、それに対して東京は2社の路線が入り組み非常に分かり難い、東京に住んでいる者でも利用をためらう時があるほどで、外国からの旅行者には利用が困難だと思います。世界の人は面白い場所を求めています。安全で異文化を体験出来る日本は上手に対応さえすれば世界からお客を呼ぶ事が可能です。観光に対して行政と民間が一体になって対応する必要があるように思います。また観光業には多数の人が必要となり雇用の面で、特に経験豊富な年配者の就業機会の増加にも繋がると思います。
外国人が喜びそうな「日本」をもう少し演出しても良いように思います。時代劇に出て来るような武士、そして芸者、日本的なものを集めた「日本ランド」みたいなものがあっても良いように思います。いっそ芸者観光バスでも作ってバスガイドは江戸小娘風、運転手は「さむらい」風、バスは畳敷きなどというを作ってみてはどうでしょうか?
24・日米安全保障条約(2000年 7月01日)
戦後50年以上が経過して、世界情勢は大きく変化しています。しかし現在に至るまで実態としては日本は米国の占領下のような状況に置かれている。小さな修正は行われていますが、システム自体は昭和27年のサンフランシスコ条約が締結されてから余り変わっていない。米ソ対立、冷戦の時代には確かに必要と考えられて来た米軍基地、本当に現在でも必要なものなのか?と考えてしまいます。もし現在、朝鮮半島で急速に進んでいる対話が進展して本格的な和解の時代が訪れた場合には、韓国に駐留する米軍が撤退するような事態まで考えられる時代になっています。
果して現代、「日本の安全」の為に米軍が必要なのでしょうか?日米安全保障条約もある程度惰性で続いているだけのような気がしてなりません。敗戦から50年以上が経過しました、もうそろそろ「第二次世界大戦」を引きずる「戦後」の時代を終えても良いような気がします。米軍基地があることによるメリット、デメリットをもう一度総点検してみる必要があるうように思います。石原知事が選挙の際に横田基地について触れていましたが、米軍基地問題はタブーみたいな風潮はもう止めなくてはいけないと思います。議論を重ねて、検討を行ってそれでも基地が必要であるというのであればそれも良いでしょうが、今の日本は全ての問題に関して継続・先送りが原則になっているようですが、この安全保障の問題に関しても正面から向き合い、真剣な検討が必要だと思います。
米国側に日本の要求を「駄目元」でぶつけてみても良いと思います。外国に住んで居ると何かと「駄目元」の交渉が良く見られます。ある程度ぶつけてみて相手の反応を見るのです。米国から日本への要求も時々それに近いものがあるようにも思いますが、絶対に拒絶すべき、また出来る案件を日本は高度な政治判断なのか、それを受けてしまっているように見えてなりません。「NO」と言える日本という事を石原さんは提唱していましたが、本当の意味での外交、交渉を行おうという意味だと思います。
外国に対する情報収集力、分析力も米国頼みで、金正日総書記に関してもマスコミなどは「文字が書けるだろうか?」程度の認識、首相に至っては「二つの民族」発言で分かるように朝鮮半島問題に関しては基本から完璧に理解していないようで、これで大丈夫かな?と少々心配になって来ます。日本のテレビを見ていて世界の情報が少ないが気になります。NHKなどを見ていると「人を殺した、殺された」という話ばかりで国民に必要な情報が少ないのが気になります。国際情勢や外国の人の考え方が理解出来るような番組がもう少し出来ないものなのか、せめても犯罪のニュースは一日に1回にして国際ニュースの時間を設定するくらいの考えがあっても良いように思います。
また、安全保障を考える上で重要なのは変なヒステリーを止めることだと思います。「自衛隊を正式に軍隊と呼称する」→「右極化」→「徴兵制」→「軍国主義」→「戦前体制の復活」、というようなことにはなるとは到底思えません。冷静かつ客観的な検討こそ必要なのではないでしょうか?自衛隊が軍隊では無いというのは馬を見て鹿と言えというような気がしてなりません。
23・地方財政・金融システム(2000年 2月12日)
国債の問題に隠れてはいますが地方の財政状態が瀕死寸前と言う。聞くところによりますと日本の地方自治体の地方債は合計が166兆円あり、今年度末には187兆円になると言う。この数年は毎年10%づつ増加し続けているらしくその勢いに全く歯止めがかかっていないようである。バブル崩壊後、税収は伸びてはいないにもかかわらず歳出は増加の一途、垂れ流し状態のようです。景気対策の為に公共投資を減らす事も出来ず、ますます財政は悪化している。また土地公社で土地を購入してはみたが塩漬けとなっているプロジェクトも多く、また一時の民活ブームで始めた第三セクター方式での事業の失敗を抱えている自治体も多いようです。
借金をしているので必ず利子は発生し、その分ますます借金をしなければならないとするとどうなるのでしょうか?このまま10%づつ増えつづけると10年後には480兆円という途方も無い金額になってしまいます。もしインフレが傾向となり金利が上がる事態になれば本当にどうなってしまうのでしょう。国に面倒を見てもらうと言っても国も火の車、日本の財政は本当にどうなってしまうのでしょうね。東京都、大阪府など各自治体は必死の努力を行うでしょうが、地方債の増加を食い止め、減少させるところまで行くには大変だと思います。増え続けるのであればハードランディング、要するに徳政令となるのでしょうか?徳政令は近年、江戸の末期、第二次大戦の敗戦時にも行っている言わば常套手段?またやるのでしょうか?でもその前にこれだけの債権を国と地方が発行していると近い将来、値崩れが起きると思うのです。そうすると銀行・生保など大量の債券を抱えている金融機関は大きな含み損を抱えることになり、またそれば金融不安を起こすと言う悪循環になるのでは?と危惧しております。
米国などは景気が良くて仕方が無いと言う状態が続いているのですが、よく見ていると経常収支は赤字続き、この米国の経常収支の赤字と日本の財政赤字で産まれた資金が世の中を回っているのでしょうね。日本では政府だけでは無く、企業も相当の不良債権を抱えているという話です。50兆円ともそれ以上とも言いますが、旧来の銀行はこのような企業を相手にして来ているので金融システムの真の安定には程遠い状況と言えるのでしょう。今度、新たにイトーヨーカ堂とソニーが銀行を作るといいますまたソフト・バンクを中心としたグループが日債銀を買い取ることになりました。これから生まれるて来る新銀行は旧来の銀行とはかなり様相が異なり、インターネットの活用などで店舗も人員も最小限の経営となるでしょうし、新銀行は当面は決済機能だけの銀行と言っていますが、将来、資金を融資するとしてもこれから成長する企業が相手になることでしょう。いかにも重い感じのある旧来の銀行は旧来の問題を処理している間に将来性のある顧客を新銀行に取られる事態となれば、ますます大変になるのでしょうね。しかしながらベンチャーへの投資は5ないし6の企業に投資してその内の1つが成功して10倍になれば後はゼロでも構わないという精神で経営を行う事でしょう。今まで資金が枯渇していたベンチャーへ資金が廻ることになるでしょうね。
日本の財政と金融は全く先が見え難い、本当にどうなるのでしょう?このような問題をマスコミなどが余り真剣に取り上げていないのは不思議な気がします。いつだったか日本経済新聞が確か2020年というシリーズだったと思いますが近未来に警鐘を鳴らしていたことがありますが、不況を長引かせた原因として今回の不況を「日経不況」とまで呼ぶ向きもあるようですが、問題に目をつむり先送りして行くと本当にどうにもならない状態に陥ってしまうのではないでしょうか?
22・第三の波 (2000年 2月10日)
米国では史上空前の好景気が続き、景気の先行きに対して超楽観論、所謂「ニューエコノミー論」なるものまで出て、強気の見通しでは今後約20年、2020年くらいまで景気が上向くという説まで出ているようです。日本ではやっかみもあり、またバブル崩壊を経験しているので、このような説には今でも懐疑的な見方が多いようですが、多くの日本のエコノミストの説とは異なり、現在まで景気後退の兆項は全く無く、ゲノム(バイオ)とIT(インターネット)の両輪でこれから経済は発展するという見方にも一理あるように思います。
確かにインターネットの破壊力はすさまじく、今後次世代のインターネットが出現し、高速で情報のやり取りが可能となれば本当に社会の仕組みが変化してしまうように思います。そしてバイオ革命、DNAの解読が進むと医療、食料の在り方が大きく変化するように思います。現代は本格的な変革の時代に突入していると考えても良い様に思います。まさに第三の波の到来でしょう。第二の波、産業革命で遅れをとった日本は一発逆転を賭けて 第二次世界大戦を起こし、先行していた英米と戦い、敗戦、そのテクノロジーの差を見せつけられたものでした。敗戦の廃墟の中から立ち上がり、朝鮮、ベトナム戦争特需にも支えられて日本はテクノロジーでは米国に追い付き、凌駕する程になったのですが、第三の波、情報・バイオ革命では完全に乗り遅れ現在はまた大きな差を付けられて敗戦?と言った感じを受けます。
でも世界大戦の敗戦時の決定的な差と比較すると差は小さいと思います。追う者の強み、今後のやり方次第では追い付き追い越し再逆転を図る事も充分に可能だと思います。国土が小さい、まとまり易い日本は情報化には逆に有利に働くと思います。今こそ米国の成功の分析を行い、規制緩和を推し進めドラスティックな産業構造の変換を図るべきだと思います。倒産企業が増える事と経済が健全であることは必ずしも比例しないという事を認識し、変化の時代、経済を強くする為には淘汰も必要くらいの強い意志で産業の構造転換を行えば世界に冠たる情報大国になれるのではないでしょうか?
21・株価に関して (2000年 2月09日)
株価がようやく2万円台を回復したことが大きく報じられている。89年末には3万円近くまで上昇したことを思えばまだまだと言う意見も多くようです。一方の米国に関しては最高値を更新し続ける株高を羨ましく見ているようで、またこれは既にバブルで今にも恐慌に近い大暴落が起きるという意見も多く見られます。
でもどうもよく判らないのは日米の株価指数を比較する際にそれぞれ異なる指標を同じ様に扱う事です。日本の方は「日経ダウ」というもので何でも200社以上の株価の集計であるそうで、一方の米国のダウは30社、それも一番元気の良い企業を選択し、常に入れ替えを実施している。これに対して日本はほとんど企業の入れ替えを行ってはいないようで日本の指数には株価が100円に満たないものまであると言います。米国の人口は日本の倍以上あり、経済規模もかなりの違いがあり、その中の選ばれた企業30社の指数となれば日本の日経ダウよりは高くなるのは当然だと思います。
ある雑誌に出ていましたが、日本も仮に優良30社で株価指数を取ると現在でもかなりの株高で最高値を更新しているというのです。要するに実際の両国の株価には大きな差は存在していない、数字のマジックだというわけです。なるほどそうなのかも知れません。本当に比較する為にダウとの比較を目的として日本も「優良30社・株価指数」というものを遡って設定して日米の株価を一度比較して欲しいものですね。それにしてもこのような指数に一喜一憂しているというのは何か変な気がします。何時の日にかこのようなマネーゲームが消滅する日が来るのかも知れませんね。
20・今年のサッカー・Jリーグ (2000年 2月14日)
今年も来月からJリーグが始まります。昨年は静岡決戦で磐田が栄冠を獲得しましたが、一番見てて面白かったのはビリ争い、最下位は湘南(平塚)が早々と決定しましたが、残り一つを3チームで競い、最後の最後に人気チームの浦和が転落というドラマがありました。ただ、何とかJ-1に留まった市原の牽引者でチームに貢献した武田選手があっさりと馘になってしまったのにはどうも納得出来ない気がします。このような選手の処遇を行うようでは今年の市原も昨年同様、ビリ争いという事になるのでしょうか?優勝争いはやはり清水、磐田でしょうか?磐田は日本代表の選手を多く抱え、井原選手も加わり選手層の厚さでは一番、清水はアレックスを中心に攻めも強く、この両チームがやはり頭一つ出ているという気がします。
一方J-2からの昇格争いも熾烈を極めました。川崎フロンターレは早々と昇格を決めましたが、FC東京がまさかの連敗、最後には大分との一騎討ちとなり、何とかFC東京が昇格を決めました。川崎フロンターレはヴェルディ川崎が全く川崎に目を向けていないのとは異なり、川崎のチームであることに誇りを持ち、地元と密着したチーム作りを進めているので注目しています。J-1のスケジュールを見ますとフロンターレの主催試合は全て川崎の等々力競技場で行われることになっており、またヴィデルディ主催の試合も等々力で行われることになっており、都合9試合を地元で戦うことになっています。注目の選手は勿論アルバレンガ選手、パラグアイ代表にも選ばれた実力派、派手さは無いのですが正確なパスで、フロンターレの得点能力は飛躍的に増加する事でしょう。
前期優勝争いは、昨年前期優勝の磐田、後期優勝の清水、天皇杯を制した名古屋、実力の鹿嶋の4チームの争いか?続いて横浜、柏、ガンバ大阪、広島、がBグループ、京都、V・川崎、セレッソ大阪、F・川崎がCグループ、そしてJ-2落ち争いとなるDグループは福岡、市原、東京、神戸。と予想。
J-2もなかなか興味深いと思います。浦和、湘南、札幌とJ-1で活躍した人気チームに加えて地方に密着したチームが多く楽しみです。今年は水戸が加わり偶数の12チームとなり、昨年のようなお休みというチームは無くなり激しい戦いが行われるでしょう。人気の浦和は小野をキャプテンにし、一年での復帰を狙う。各チームは浦和戦には格別の意気込みで臨むことでしょう。そしてFC横浜、今年も連覇してJ-2入りを決めるのでしょうか?これも注目して行きたいと思います。