
イラクそして朝鮮という難しい問題を抱えながら、牛そして鶏の病気から図らずも食品の安全の問題を突き付けられている日本、銀行の不良債権そして年金の問題は先送りにするばかりで抜本的な解決は行われずにいます。日本と日本人はこれからどこに行くのでしょう?ここでは地球の反対側で気が付いた点、考えた事を記して行きます。
地球の反対側から日本を見て-04
地球の反対側から日本を見て-03
地球の反対側から日本を見て-02
地球の反対側から日本を見て-01
57・工学部と理学部 (2004年12月12日)
日本の生産技術の高さは世界に誇れるものですが、工学部と理学部があり、この二つの性格がかなり異なる事がプラスに働いて来ているように感じるのです。工学と理学は非常に近い関係にあり、理工学部という名称の大学も多くしばしば相互乗り入れをしていますが、他の観点からは水と油の関係とも言われており、ここまで明確に分けなくても良いと思うくらいです。陸軍と海軍の関係のようなものなのかも知れません。
高校時代に進学する際、工学部にも理学部にも同じような名称があり、戸惑った記憶があります。進学した大学には工学部化学工学科、理学部化学科、工学部応用物理学科、理学部物理学科があり、高校生の時代にはこれがどのような差があるのかよく分かりませんでした。大学を卒業する時には大体の差異は分かるようになりました。単純化しますと理学部というのは真理の探求を目指す学問で、ここで学ぶ学生達はどうも心の中では工学部を世俗にまみれたもので学問としては邪道と思っている節がありました。工学は何かの技術を利用し世の中の為に生産する事を目的としていますので実利的で実践的です。途中の過程要するに何が原因かよりも何が結果として得られたのかが重要となります。工学部の学生は心の中で理学部の学生は机上の役に立たない事ばかりやっていると思っていたように見えます。
例えば生物利用のタンクを利用して汚水を処理する際には理学部ではどのような生物が活動しているのか、中での生態系はどのようになっているのかに力点が置かれます。一方の工学ではそんな事は二の次、システムとしてどのような結果が出るのか、作用するファクターとしては何が重要なのかが問われます。温度、汚水の濃度、PH値などがどのような時に最適な処理が出来るのかを求めて行きます。極端な話、中の生物の活動はブラックボックスと考えても構わないというスタンスです。
この両方の学生が実社会に出ます。同じ企業に入りそして一緒に製品開発を行なう。生産の現場で主体となるのは当然工学部出身の人なのでしょうが、そこに理学部出身の真理を探究する人が加わる事により視点が変わりよりよい製品が産まれているのではないかと想像します。基礎的な部分の発想の転換は工学ではカバーしきれない部分があるように思うのです。日本の高い技術はこの両者の共存で成り立っているのではないかと想像しています。
56・日本の実力 (2004年06月29日)
外から日本というのはすごい国であると思うのです。世界に多くの国が存在しますが国らしい国と言う意味では日本が一番なのかも知れません。何でも揃って便利、この点では間違い無く世界一でしょう。世界のGDPの一割を占め、最近のデジタル家電の普及速度と進化を見ていると他は真似出来ないと思います。テレビに関しては既に昨年度で薄型テレビが従来のブラウン管テレビを追い抜いたそうです。少々高くても良いものは売れると言うのが日本の特徴であると思います。
当地で会社でパラグアイ人の他の社員と意見が異なる事があります。良い物であれば値段にそれ程の差が無いのであれば上の機種を買おうと提案すると「必要な条件が満たされていれば安いもので良い」という意見が多いのです。日本で売れる商品と当地で売れる商品の差はこのような意識の差から生じているのかも知れません。良い物を買える購買層が厚く、品質サービスに関しては非常に厳しいというのが特徴だと思います。
パラグアイ人の友人が新宿の日曜日の歩行者天国の様子を見て「あの新宿の雑踏でエパナーダを売れば飛ぶように売れるだろう、日本人は金持ちだから」と言うのです。「いや、売れないかも知れない。物を買う際には皆厳しい目で判断するのでそれ程簡単な事ではない」と言うと不思議そうな顔をしていました。またある友人は食事に招待し、何か頼まれるのだろうと戦々恐々としているとで「パラグアイの水が売れるだろう」と言うのです。「余程特殊で特徴を持った商品でなければ売れない」と説明するとこちらも不思議そうな顔をしていました。日本程厳しい消費者はいない、当地で売っているほとんどの商品は多分日本で店頭に並ぶ事はあり得ないと思います。
日本の消費者は二極分化しているという話があります。確かにその通りかも知れません。多少高価でも品質にこだわる層は徹底的に品質の良さにこだわるでしょう。価格の安さにこだわる層はこちらもある程度の品質が保たれている条件の中で出来る限り安い商品を求めることでしょう。このようなマーケットで育った商品が世界で売れるのは当然の事であると思います。新興のライバル達は似たような商品を造る事は出来るでしょうが、どうしても何か足りないのはこのような自国の国内マーケットの違いから来ているように思うのです。
55・日本の製造業に対する信頼 (2004年06月28日)
日本製であることはすなわち「信頼出来る」というのが外国での一般的な評価です。「日本人は嘘をつかない、真面目で勤勉」という評価も日本人それぞれの努力と共に日本製品の信頼から来ていると思います。しかしながら最近この評価が揺らぎ始めているように感じるのです。一番身近な日本製品と言いますと電化製品ですが、最近、以前の日本製品には考えられないような初歩的な欠陥による故障が起きるようになったと感じるのです。テレビやビデオ再生機等は非常に「ハンダ付けが十分になされていない」等、単純な事で故障します。メーカーはお馴染みの日本の会社ですが、価格の低下で大体は外国で生産されており、実際には東南アジア製品であり日本製品ではないのですが、初歩的な故障が起きると「最近の日本製は・・」とぐちが出て来ます。製品がハイテク化しているだけにローテクの部分、要するに本来の「物作り」の部分でのミスが目立つように感じます。
三菱自動車が欠陥隠しを重ねて売り上げが激減しているというニュースが出ています。国内の販売台数は前年の半数以下になっているそうです。欠陥に気が付いた時にはリコールをし、すみやかに部品交換等を行えば特に問題は無かったのでしょうが、嘘を重ね、とうとう社長が逮捕される事態となりました。日本国内では会社の信用は完全に失墜した状態になっています。中国の古い話で、孔子が弟子の子貢に「食」「軍備」「信頼」の3つが大切だという話をした際に子貢は「食」「軍備」「信頼」のうち、止む無く捨てるとしたら何を捨てるべきでしょうかと問いたそうです。「軍備だね」と孔子。
さらに子貢が、残る二つのどれかを捨てなければならない事態に立ち至ったとしたら、「食」と「信」のどっちでしょうかと重ねて問う。
「食だ」が、孔子の答え、孔子はこう答えておいて、「人にとって死は定めである。だが、信を失ったら人はそれで終わりだ(生きている意味は無い)と言葉を足したそうです。昔の中国の話ですが今に通じてるような気がします。第二次世界大戦の後、日本は奇跡の復興を遂げますが、軍備も食も失っても「信」があったので建て直しが出来たのだと思います。
南米に住んでいますと「MADE IN JAPAN」への信頼は大変なものであると感じます。「日本の」と言いますとすなわち良い物であるという代名詞になっているようです。ブラジルでは何か売る時の掛け声は「日本の!日本の!安いよ、安いよ!」でした。同じような製品であったも日本製であれば少々高くても買うという人が多いようです。「MADE
IN JAPAN」のブランドイメージを如何に保って行くのか真剣に考える時期に差し掛かっているのかも知れませんね。
54・世論の動向 (2004年05月27日)
日本の世論の動向が最近多少変改して来ているように感じます。数年前までですと理想を求めるような空論が好まれ、人権とか環境保全とかいう単語に人々が強く反応していたように感じます。例えばODAなどの拠出に関しても国益よりも建前論が先行していたように見えました。競争や企業の利益追求は悪であり、福祉、平等、反戦、平和、友好などという耳に心地よい言葉が好まれて使われていたように見えます。知的文化人?と呼ばれるような人達がリードしてマスコミがこれを大きく取り上げて世論が形成されるという構図であり、また大手のマスコミが取り上げないと問題として社会が認知しないという状況があったように思います。例えば朝鮮の拉致や人権の問題はもうかなり以前から一部の人達は問題視して様々な出発物が発行されていましたが、大手は取り扱う事がなかった為に世論に訴える所まで至りませんでした。
昨今の日本の世論を見ていますと今までとは明らかに異なる方向性が出て来ているように感じます。イラクでの人質事件ではマスコミの予想した反応と世論は大きく乖離したように思います。同情論よりも自己責任論が主流となり人質を擁護するような意見は影を潜めていました。朝鮮の問題に関しては拉致の事実がはっきりした時点でかなり厳しい見方が主力となり、政府の意向より更に強硬な意見が大勢を占めるにいたりました。
私達、日本国民はマスコミなどが理想や空論を振りかざしてもそれを鵜呑みにせず、その後ろに在る実態を直視する力を付けて来た様に見えます。ポストや文春、新潮などの週刊誌が敢然と情報を提供する姿勢である事も大きいように思いますし、またインターネットなどの力も大きいように思います。当方も何か事件や問題があるとインターネットの中で何か情報が無いか求め、メールマガジンや「2チャンネル」から真実は何かと探す癖が付いてしまいました。何か悪い事があっても隠せない時代になったように思います。誤魔化しは許されないと言って良いでしょう。人々の分析の力は着実に向上している、根回しで世論をリードする時代は無くなって来ているように感じます。ただ最近世論が多少過激になって来ているように見えます。マグマがかなり溜まって来ているのかも知れませんね。いつか大きく爆発するのではないかと危惧するこの頃です。
53・みなとみらい21線の開通と東急東横線・横浜-桜木町間の廃線 (2004年02月01日)
本日から東急東横線の横浜-高島町-桜木町の区間が廃線となり、代わりに「みなとみらい21線」が開通し、東横線が元町・中華街まで乗り入れることになりました。横浜市は文字通り東海道の横の浜であり、本来の中心部は半島のような形になっていて首都圏の他地域がどんどんと便利になって行く中で近年では鉄道で行くには多少不便を感じていました。神奈川県庁、山下公園そして元町、中華街に行くには東京からですと横浜でJR根岸線に乗り換えて関内もしくは石川町から歩いて行くしかありませでした。みなとみらい21の中央を通り馬車道から県庁を通り山下公園と中華街の真ん中で終点となる地下鉄は横浜にとっては要の路線です。ドル箱路線となりうるものであり、これが他の市営地下鉄とは別の会社として東急の延長線のようになっているのは不思議な気がしますが、特別な路線である事は間違い無く、横浜の街が大きく変わる可能性があると思って見ています。東横線の電車は従来の桜木町行きが元町中華街行きに変更になり、渋谷から中華街まで35分で行けるようになりました。中華街、山下公園、元町などが東京の人にぐっと身近になるのは間違い無いでしょう。
一方では横浜と桜木町の間が廃線になりました。東横線は横浜駅は構造上の問題で長い時間ホームに電車を停車出来ず、その為に終着駅に不向きであり、横浜駅を通る電車は全て桜木町行きでした。鉄道事業の斜陽化で日本の多くの路線が廃線になりましたが、横浜駅-桜木町間は本数の多いメジャーな路線でこのような路線が廃線になるのは極めて珍しいと思います。平行してJRが走り、新しい路線が近くを通るのでそれほどは反対が無かったのかも知れません。ただ料金は非常に高いのは如何なものでしょうか?渋谷から横浜までは260円、それから僅か4キロのこの新しい路線の運賃は200円、東急から直通で乗ると20円の割引はあるようですが、460円かかります。従来の桜木町までですと渋谷から270円でしたから大幅な値上げとなります。中華街で食事を食べに行くにも往復で千円近くかかるとなると考えてしまう方も多いのではないでしょうか?
鉄道を運営している会社が違うとそれぞれ別々に運賃を計算するというのは随分と利用者を無視した方法に思えて仕方ありません。今回も実際には東横線の4キロの路線延長で同じ電車が渋谷と元町中華街の間を走るのですが、会社を別にする事で高額の運賃を合法的に得る事が出来ます。これに抗議の声が挙がらないのが不思議です。「多額の建設費が必要であった」という言い訳が用意されるのでしょうが、路線の変更は公共的な意味合いもありますが、主に鉄道会社の思惑で実現した事、勝手に大幅な値上げは許されないのはないでしょうか?私鉄、地下鉄、JRを含め首都圏の鉄道は均一の料金体系にし、違う会社の電車に乗り換えても割高にしないようにするべきであると思いますが如何でしょうか?このようにすれば鉄道会社の全ての改札を一本化する事が出来、複雑な運賃計算も無くなり経費も節減出来、利用者の増加も望めると思いますし、利用者にとっては利便性が増し経済活動も活発になると思うのですが如何でしょう?

(写真:東急・東横線・渋谷駅にて)

(写真:東急運賃表・渋谷駅にて)
52・東京のリスク (2004年02月01日)
日本の首都である東京の人口はどれくらいあるのか東京首都圏を100キロ圏とみますと、4千万人くらいに達すると思います。これだけの人口が集積している都市は世界に無く、おそらく世界一の都市でしょう。そしてここに日本の政治文化はもとより経済の中心があり、経済活動のかなりの部分が集まっています。この東京、僅か400年前、徳川家康がここに移る前まではほとんど何も無い状態でした。それが100年後の18世紀初頭には人口が百万人となり、以降現在に至るまで世界最大級の都市となっています。実際に東京都市圏で多分世界のGDPの5パーセントは占めている事になるのでしょう、これは世界の1/20都市という事になります。この都市にもしもの事態が生じた時には日本ばかりでは無く、世界に大きな影響が出る事は間違い無いでしょう。
江戸時代の江戸は最大の都市であり、政治の中心ではありましたが、天皇は京都にあり、経済の中心は天下の台所と呼ばれた大坂にありました。各藩は実際には独立しておりそれぞれが国家でもありました。明治維新で日本は東京一極政策を推し進め、現在では政治経済文化など全ての面で東京が中心という状況になっています。日本の首都機能は明日香から始まり、奈良、京都、鎌倉、京都、大坂、江戸(東京)と変化して来ています。17世紀の初めに徳川幕府が開かれて以来400年間現在の東京(江戸)が首都機能を果たしています。
この400年間に数回の大地震と富士山の噴火を記録しています。地質的には大陸を動かすプレートの3つがぶつかり合う世界でも一番不安定な場所の直ぐ近くに東京が位置しています。戦後僅か50年間で東京は更にコンクリートで固めた都市となり、地下にも多くの構造物があります。これで大丈夫なのでしょうか?鉄筋コンクリートは非常に強い構造物ですが、酸に犯されますと劣化し、時間が経過しますと施工の際に不完全であった部分から壊れて行く可能性があると思います。地下構造物ですと大きな水圧を受けている箇所も多く、地震等の外的要因がある場合、僅かな傷から全体が崩壊する恐れもあると思います。第二次世界大戦に向かうその最初の発端は昭和の金融恐慌ですが、これは関東大震災により蒙った被害を救済する目的で発行された震災手形の処理を先送りにした事から生じています。国債の発行が膨大な額に膨れ上がる中、災害が引き金になり、大きなパニックに発展する懸念があります。
そしてこれだけの人口が集中していますとサリンのような化学物質や微生物を空から撒かれる、そして新型肺炎や鶏インフルエンザから派生した新型が流行した時にはパニックになり、都市機能が停止してしまう危険があるように思います。混雑を避けるのが一番と言いますが、今の東京ではこれは難しいでしょう。更には大型の不慮の災害の心配もあります。東海地震の想定地域の中央に原発が位置している静岡に在る浜岡原発にもしもの事故が起きるという恐怖もあります。
首都を移転する案が出ていますが当然の事であり、日本の利益の為にも実施すべきものでしょう。首都をどこに移すかという議論がありますが、出来るだけ全国に分散させるのが良いのではないでしょうか?行政、司法、立法そして皇室の4つの首都機能がありますが、行政と立法は同じ場所に置く必要があると思いますが、後の二つは別の場所にあっても構わないでしょう。最高裁判所を北海道に、行政立法を仙台辺りにそして皇室は京都に戻るくらいの思い切った策を取るべきでしょう。行政と立法が移る場所には文化・経済もある程度は移行すると思いますが、これだけ東京に集積しているので実際に分散して行政機関が無くなったとしても東京は依然として大きな存在でしょう、ほどほどの分散になるように思います。インターネットの時代、距離が離れていても出来る仕事が増えています。一極集中のリスクを避ける方策を早急に採るべきでしょう。
51・日本の歴史区分 (2004年02月05日)
日本の歴史区分を振り返りますと「飛鳥時代」「奈良時代」「平安時代」「鎌倉時代」「室町時代」「安土・桃山時代」「江戸時代」と江戸時代まではその時の中心都市で呼ばれています。安土桃山時代に関しては本来であれば「安土大坂時代」とすべきであったのでしょう。大正時代にこの名称を付けたようですが、秀吉は伏見で政治をしていた訳ではないので、本来は「大坂」の名称にするべきなのでしょうが、何らかの理由、都合の悪い事があり、意図的に大坂を避けたのかも知れません。大坂の坂の字を「土が返る」という事で良くないとし、大阪に変えたのもこの時期です。この時代、大坂が日本の中心であった事実を公的に認めたくは無いのでしょう。このルールに従えば明治維新から現代に至る時代は「東京時代」となり、将来的には多分このように呼ばれる事になるのかも知れません。現在、明治以降は年号、要するに天皇陛下の在位に合わせて「明治」「大正」「昭和」「平成」と呼ばれていますが、これは大日本帝国時代に付けられた方式であり、余り合理的であるとは思えません。
最初に示した中心都市の名称による時代区分以外にも「南北朝時代」「戦国時代」という名称が使われる事があります。室町時代は余り政治的に安定している時代とは言えず、前半は朝廷が京都と吉野に分かれて並立した時代、後半は幕府の威信が無くなり群雄割拠の時代となります。政治の状態が使用されています。この例に従えば明治維新以降を「帝国時代」「民主日本時代」と分ける事が有力であると思います。1868年から1945年まで、明治維新から第二次世界大戦の終結までの77年間は天皇を中心とする大日本帝国の時代でした。敗戦となり、日本国となり民主国家、経済大国の道を歩み59年経過し現在に至っています。「昭和」と言いましても戦前・戦中と戦後とは全く異なります。戦争を境にして二つの時期は国家の内容も目指すものの全て異なりますので、別の時代と区分する方が合理的であるように感じます。
歴史舞台の主人公で分ける時代区分は如何でしょう、政治を行っている人達の呼称で時代を分けるというものです。「貴族時代」、「武家時代」、「軍人時代」そして現在は「官僚時代」とでもなるのでしょう。1192年に鎌倉幕府が成立して以来1868年まで700年近く武家が中心の時代であり、織豊時代を除いて幕府が交代し日本の政治を行っていました。その後、軍人が日本の方針を決め破綻し官僚が主導する時代に至っています。現在の時代がどのような形で終わり、次の時代はどのようなグループが政治を行うのか色々と想像するこの頃です。
50・日本の経済破綻とその後 (2004年01月21日)
日本の財政赤字は改善の見込みは全く無く毎年悪化の一途を辿っています。このような状況でも将来に対して楽観的な論調もあります。これ等は景気が回復し余裕が出来た時に借金である国債などの赤字を埋めて行けば良いというものです。しかしながら以前、景気が多少上向きであった橋本政権の時代に財政の健全化を試みた際には多少とも痛みを伴うものであった為にか「その後の景気悪化の主要因であり、悪政」とされてしまいそれ以降の政権は真摯にこの問題に取り組まなくなったように見えます。現在の政権下におきましても改革が叫ばれていますが、国債の発行額はむしろ増加傾向にあります。財政再建の問題はなおも先送りにされており、このまま悪化して行きますと、遅かれ早かれ政府の財政が破綻するのは間違いないように見えます。
国家財政の悪化を警告する書物、論文が多数ありますが、何時ごろどのように起きるかという話ばかりで財政が破綻した後にはどのような事態になるのか、そして何がその次に起きるのかという事は余り書かれていないように見えます。大体の話としては急激なインフレが生じて年金等が無価値となり、企業の破綻が生じ失業者が街に溢れかえるというもので、破綻直後の現象が抽象的に描かれているに過ぎません。本当に知りたいのはその混乱期がどのくらい続きそしてその後は具体的にどのような展開になるのかという事だと思います。
振り返って考えてみますと、日露戦争から第二次世界大戦に向かう歴史は日本が破綻に向かって突き進むものであったように思います。最終的には世界の多くの国を相手にする大戦争を招いてしまい、大都市等は徹底的な空爆を浴び、そして広島と長崎には原爆が落とされて国土は焦土となりました。軍部が戦争へと日本を舵取りしていた際には多くの人がその危険性を指摘し警告していたと思います。その人達も「米英と戦争をすれば国土は荒廃する」と言う事は分かっていたと思いますが、その後の展開、特に敗戦後に経済が高度成長し経済大国になるという事までは全く予測出来なかったと思います。第二次世界大戦は愚なものであり、戦争を回避する為に英米との対立を解く事が当時としては正論であったと思いますが、もしもあの時にドイツと組まずに中立を保ち戦争を回避したとすれば、戦前の大日本帝国は維持され、軍国日本の体制はその後も残り技術立国に転換する事も経済大国になる事も無く、古い国家体制が温存されて国力は低下していた可能性が大きいでしょう。このように結果論から見れば皮肉な事ですが戦争に突入し敗戦により古い体制がことごとく破壊されたので経済大国になれ現在の繁栄があると言えると思います。
日本の財政赤字の大きさからしますと近い将来まず破綻する事になるでしょう。破綻するのを回避する為に消費税を40%にまで上げる必要があるとか、年金や社会保険の給付を下げるなどが議論されていますが、そのようなその場しのぎの対策くらいでは日本のあの巨額の借金を大幅に減らす事は到底無理であると思います。考えられるあらゆる対策を講じても多分時間をある程度稼ぎ、「その日」を多少遅らせる程度の事でしょう。回避が不可能であるのならば、もしかしましたら「破綻は来る」と居直るの策が一番現実的なのかも知れません。むしろ積極的に造れるもの出来る事は今のやっておいた方が良いかも知れません。
昔、ブラジルに住んでいた時に外国の借金が返済出来ず、経済が破綻寸前とかでものすごいインフレになりました。なにしろ最高で一ヶ月に30%というもので、ハイパーインフレのものすごさに驚き、もがいていました。月に30%と言いますと要するに一日に約1%物価が上昇する訳でこの割合が続きますと一年間で物価は23倍になり、2年間では500倍を遥かに超えます。数年で3桁のゼロを取るというデノミを続けて実施したように記憶しています。闇ドルを購入する、オーバーナイトという夜の運用を利用する等、お金の目減りを最小限に食い止めるよう皆工夫していました。その後ブラジル政府は預金封鎖を行い、経済は不振を極め、失業が増え、治安は悪化の一途を辿っています。またアルゼンチンも昨年国債が事実上破綻し、経済が大混乱しました。しかしながらこの両国を見ていますと一般の市民は全く平気なようで、外見は余り変わった様子はありません。最近では大豆景気なのか、むしろ景気は良いのではないかと思ってしまいます。数年前に事実上の経済破綻をしたロシアも現在は好景気のようすです。
公的な借金、国債や地方債は全て円建てですから財政破綻が近いと判断した場合には企業や政府は価値が急激に下がる国債の穴埋めに米国債や外国に持ってる債権を売り払う事になるでしょう。米国債の価値も下がるでしょうが、円が大幅に下がれば円建てでは大きな金額となると思います。この場合には日本の大量売りで米国債の価格並びにドル相場が一気に下がり金融危機が米国に飛び火しドミノ的に世界中で金融不安が生じて大きな影響を受ける事態になるでしょう。これを恐れて米国は日本に破綻せずに我慢を強い、金融危機のハードランディングでの早期解決を急ぐよう圧力を掛けているのだと思います。米国が一番恐れているのは日本に居直られる事かも知れません。
経済破綻と言いましても戦争による破綻とは違い、出来上がったインフラ、建物、工場・設備等は全てそのまま残ります、住んでいる家も人も家具もそのままです。起きる事と言えば、高々お金、要するに円の価値が無くなり、その影響である程度の、もしかしましたら相当の数になるのかも知れませんが企業が倒産するくらいでしょう。勿論大不況となり、多くの人は失業し、実質的な賃金は下がり年金など約束された給付金は紙屑となり、相対的に物価は上がり社会は混乱するでしょうが、それでも外見上はほとんど変化は見られないでしょう。
もしかしましたら、それ程恐れる必要は無いのかも知れません。確かに輸入品は特に高騰し、グルメを楽しむ事は出来なくなるかも知れませんが食べ物が無くなる事も無いでしょう。農作物の価値が上がり、失業した人達が農業に向かうかも知れません。元来日本は有史以来、昭和初期、戦前までは農家は不作になると娘を女郎屋に売っていた程、非常に貧乏な国で、この戦後の一時期だけが全国民が十分に食べる事が出来た事を思えば、単に本来の姿に戻るだけなのかも知れません。よく明治維新までの人口は3千万人で頭打ちになっていて、本来的にはそれ以上の人数は養い得ないという意見を耳にしますが、この百年の農業生産技術の進歩は目覚しいものがあり、日本の潜在的な農産物の生産能力は高く心配する事は無いと思います。高々4倍の人口を養う事くらいは訳ないでしょう。現在のように大量に化石エネルギーを使い、高速に走り回り、大量の食料を世界中から掻き集めて消費する、そこに生きている人達には充足感は無く、競争に疲れている・・という現代から一歩進んで脱工業化、よりもっとゆったりと過ごせる理想的な田園国家に進むチャンスかも知れません。発想を切り替える大きなチャンスと捕らえる事も可能であると思っています。
円の価値が一気に無くなる割には物価も賃金も上がらないとすれば、ある程度時間が経過して社会が平常心を取り戻せれば賃金が実質的に大きく切り下がり製品価格も外国と比較して競争力が付いて戦い易くなり、国家体制も政府も全てが大きく変わる事になれば法律もそして社会のシステムも劇的に変化するのかも知れません。そのような状況下で、新しいビジネスチャンスが出て来、チャンスと見て外資も一気に入って来るでしょう。閉塞感に満ち溢れている現状を見ていますと多くの国民は「明治維新」「敗戦」に次ぐ三回目の「改めてスタートラインに並び、用意ドン」となるこのような事態を「悪魔の囁き」かも知れませんが心のどこかで望んでいるのかも知れませんね。