地球の反対側から日本を見て-11 (2010年)

雇用の問題が深刻化し、経済大国の地位も危うくなって来ている今の日本、今年も外野からの視点で色々な話題を取り上げて行きます。
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117・日本経済の現状 (2010年10月23日)
この数年間、日本経済はリーマンショックその後の欧州の通貨危機の影響を受け円高となり一層の苦境を強いられているように見えます。以前は崇拝されていた「メイドインジャパン」の相対的な地位は低下し、世界的には今では日本製が無くても全く支障が無いと考えている消費者が大半になっている事でしょう。物作りの方法が変わり製造の段階で経験、熟練、高い技術力が必要となる事が減り、ユニットを組み合わせて製品にする傾向が強まっているのも原因にあるでしょう。世界的に時代が大きく変化している中で欧州と共に時代に取り残されているのかも知れません。日本が長い期間世界経済を牽引して来たと言ってもせいぜい1970年くらいから1990年のバブル崩壊までの20年間でその後はそれまでの蓄えで何とかやって来たのが実際の所でしょう。日本経済が強い時期に一番の要である「金融」と「エネルギー」そして「食料」に関して日本そして日本企業が世界に強い影響力を持てるように仕組みを変える事無く、単に製造業のみに特化して経済を発展した来た「つけ」が日本経済の脆弱性の根本原因になっているように見えます。欧米、特に米国はこの3つの要の分野に関しては現在に至るまでしっかりと握っておりこの差が大きいように見えます。
NHKなど日本の報道機関において数年前までは貧困層の拡大、リストラ、派遣、ホームレス、ワーキングプア、非正規雇用、新卒の就職問題等を大きく取り上げていましたが、現在は余り取り上げないようになっています。このような雇用にまつわる問題が政府と民間の努力で改善されているのかも知れませんが、もしかしたら常態化して普通の事となりもはやニュース、要するに新しい話題では無くなってしまったのかも知れません。もしそうならば状況はより深刻と言えます。若い世代が非常に少なくなっている状況で、就職難が起きているというのは相当深刻なのですが、個々のレベルでは自分の問題で精一杯で他人や日本全体を考えるゆとりが無くなっているのかも知れませんね。
日本の雇用の縮小は南米で生活している者にとっても感じられます。以前は二世・三世で二十歳前後になると日本への出稼ぎが話題となり多くの若者が日本の稼ぎに行っていました。昨年くらいからこのような動きが余り無くなり出稼ぎに行く若者が急速に減少しています。むしろ戻って来る人が相当数居るようです。日本が不景気なのに対して南米は経済成長が続き、パラグアイも四半期ベースでは10%を超える高い成長率を達成し、街は建設ラッシュで左官等の熟練工の奪い合い、セメント不足が起きている程です。十代後半の若者達の意識も変化しており、もはや出稼ぎで簡単にお金を手にする事は出来ないと認識し、当地で学業を続け生活して行こうと考える人が増えているように見えます。
日本の報道を見ていて少々不思議に思うのは日米欧など世界の大半が不景気で一部の新興国のみが景気が良いと考えている事です。インド、中国、東南アジア、南米などは軒並み景気が良いですが、高い成長率は一時的なものでは無くかなり長期間継続的に続くと考え、世界的に大きな変動の潮流が起き、主役が交代し今までの先進国から自分達が中心になると考えているように見えます。日本は今までの地位を保持するという発想では無く、現在成長している地域と一緒に経済を発展させるにはどのようにしたら良いのか抜本的に作戦を練り直す必要があるのかも知れませんね。
116・工学部の不人気 (2010年04月18日)
長い間、日本の物作りは世界一と考える人が多かったと思いますし、確かにその通りであったと思います。例えば家庭用ビデオ録画の企画を決める際にはソニーなどのベータと松下などのVHS陣営に分かれて激しく争いましたが勿論両方とも日本の企業であり、日本の中での争いでした。当時世界で売られていたヴィデオ機、テレビなどはその多くが日本製で、その後の自動車と併せて世界で日本製が溢れ、日本が世界一の経済大国であると自負していました。高度成長期の時代には勉強が出来る子供は理工学部に進学するのが当たり前とまで考えられていました。有名大学の工学部に進学する事が秀才の証であるとされ、親も周囲も将来が約束されていると考えられていました。
時代は変わりかなり以前から工学部は不人気傾向にありましたが、ここに来て一段と人気が下落しています。高度成長期に工学部出身者は優遇されたのかも知れませんが、工学部出身者は社会で余り良い待遇を得られなかった事が最大の原因のように思います。高校生が大学を選択する時に「この学問をやってみよう」というよりも「ここの大学のこの学部は就職に有利だ」というのが一般的であると思います。ところが工学部を出ていざ就職を目指す時に同じ大学で遊んで過ごしていた経済学部の学生の方が世間的には良い会社に簡単に就職する現実がありました。会社に入ってもブルーカラー扱いで多くは作業着で泥だらけ、油みれになる余り良い職場環境とは言えない状況で多くは都市から離れた工場や現場で働く事となり拘束時間は長い上、工期、納期、コストなどに多くのノルマを課せられての仕事となります。出世は文系特に経営企画部とか社長室、人事部などの文系ホワイトカラーの人が有利という状況です。日進月歩の技術革新に付いて行かなければならず、幾ら勉強して特殊な技術をマスターしても技術ごと不要になれば無用な人材になってしまいます。例えば歯車の技術者、土木設計技師(土木工事が減り、コンピュータの導入で内容が劇的に変化)などは一度職を失いますと次はなかなか難しいのが現実です。工学部出身の文系就職が増えていますが、これは当然の流れてあると思いますが、本来日本の産業を支えるべき人材が流出しているとも言えます。
工学部の方でも何とか人気の回復を目指し名前を変えて中身を曖昧なものとしてでも学生を集めようとします。当方が学生の時代でもそれ以前は「鉱山工学」「冶金工学」と呼んでいたものを「資源工学」「金属工学」と名称を変更していましたが、これは産業構造が変化しまた技術革新が行われて内容のある名称の変更であったと理解します。しかしながら学生をとにかく集める為に不人気な名称は避け聞こえの良い名前に変更し内容が見え難くなっているように思います。文科系で増加した「国際〜学部」と同類のものです。例えば多くの大学で「土木工学」という名称はほとんど無くなり「社会基盤工学」などに呼び名を変えていますが、これでは目指す技術者の内容が不明確になるだけのように思います。これに推薦、AO入試が増え、高校の授業はゆとり教育+単位制となっており、大学時代までもまれずに来る生徒の中で比較的優秀では無い学生が工学部に進学しているのでしょう。数十年前の大学での物理学、化学、数学は難しいものでした。科学技術の進歩でより高度なものが求められている中で基礎が出来ていない学生が大量に進学しているのでしょうから大学の現場は大変だと思います、急激な学生の学力レベルの低下、以前工業高校、そして工業高専で起きたのと同じような問題が起きている事でしょう。
今でも「日本には優秀な技術者多く、世界に誇れる他に追随を許さない高い技術がある」とマスコミなどでは語られています、確かに以前は多くの部品を用意し複雑な設計図通りに間違い無く組み立てる事が物作りの基本とされていましたが、現在は部品が電子部品となり多くがユニット化され物作りの現場は様変わりしています。より安く品質の良い部品を調達して組み立てるかが現在の製造であり、中には自分で工場を持たないメーカーまで現れています。このような潮流に産業界は遅れを取り、更に工学部の教育は遅れているのであれば学生が以前より集まらないのは当然なのかも知れませんね。

116・新衰退国家並びに老後難民 (2010年04月09日)
最近の日本現状そして将来像を語る時によく出て来る単語が「新衰退国家」と「老後難民」です。新衰退国家というのは英語を訳して使われている言葉で今の日本がこのような状況にあるという場合によく使われているようで、現在の状況が普通の不況では無く衰退への曲がり角、崖っぷちに立っているとと考えている人が多いようです。GDPが減少し、世界の物作りを担う国家から普通の国家になって行くという将来予測が一般的となる中で、就職氷河期と呼ばれた時代は過去にもありましたが、今回の不況は今後もしばらくは続くとの予想で景気は本格的には上昇しない、成長期のように数年間右肩上がりの状況にはもうならないと考える人が増えているように見えます。
もう一つは老後難民で、これから老後を迎える人達は老後を暮らす資金も無く難民化するという恐ろしい予想を立てる人が多くなっています。実際に現在のサラリーマンにアンケートを取ると多くの人は蓄えが無く老後の資金も直ぐに枯渇するというのです。急速な高齢化社会を迎える現代、老後になって貰える年金、そして無料に近い医療費という現在の福祉国家の状況を政府がどこまで保つ事が出来るのか疑問視しているようです。国民年金だけ、それすらも無いという人が生活に追われて蓄えも出来ずに高齢化すると経済的な困窮者になるというもので、社会に貧困のお年寄りが溢れるという予測です。本来的には生活保護でこのような人を支えて行くのが政府の役目なのでしょうが、財政難で継続的にこのような人達を支援して行く事は出来なくなり、多くのお年寄りが困窮した状態になるという予測です。団塊の世代が全員65歳以上となる5年後以降、20年間程度は超老人国となる訳でその時どうするのか、考える必要があるのでしょう。
就職難、結婚難、老後の不安、財政破綻の可能性、急速な少子高齢化など何となく世相が暗く、デフレでどこの業種でも値下げで採算どがえしの消耗戦を繰り返すようになり、給与は減少し将来を悲観して消費者の財布はいよいよ固くなり不況の固定化が進み、悪い話ばかりになっているのでしょう。幕末や第二次大戦前夜のように動乱の中で国がどんどん知らない道に向かって進んで行くというのは異なり静かに次第に下り坂になるというのは日本としては初めての経験であり、皆がどのように時代に対応し備えて行けば良いのか分からなくなっているのかも知れません。路上生活者へのインタビューなどで「つい最近までごく普通の生活をしていたが、まさか自分がこのような境遇になるとは考えてもみなかった」という話が多く聞かれ、明日は我が身と不安になるのだと思います。このような時代、明るい話題、景気の良い話が欲しいですね。
115・活性化にはタブーに敢えて挑戦しては如何でしょう? (2010年04月08日)
最近の日本は余り元気が無いので心配になりますが、長年タブーとした事を敢えて破る事を考えてみては如何でしょう社会に刺激を与えて活性化を促進する事が目的で、お金をかけずに直ぐに出来そうな事はやってみても良いと思います。簡単に思い付くのは、
(1)ギャンブルの解禁
(2)夏時間、標準時の変更
(3)ポルノ解禁
(4)デノミの実施
(1)ギャンブルの解禁:ギャンブル特にルーレットなどを解禁してモナコ、ラズベガス、マカオなどと並ぶ観光地を作ろうというもので、米国のネバダ州のようにある地域を限定して営業を許可するものです。例えば成田空港周辺などを特区にしては如何でしょうか?羽田が国際便を拡大する事になり、成田の利用が減少すると心配している人も多いようですが、成田空港周辺を特区に指定し、ラスベガス化を狙えば近隣諸国からの旅行客も増大し活性化すると思います。成田付近には余り客が入っていない大型のホテルが多いのでこれを改造して日本風ラスベガスにして全国そして世界から客を呼び込むという作戦です。
(2)夏時間、標準時の変更:夏時間に関しては多くの日本人は起きた時には明るくなければならないという変な先入観を持っているようですが、日没後に長い時間活動するのであれば日の出前に活動を始め出勤時に暗くても何の支障も無いはずです。正直外国で生活しますと日本人の生活をもっと朝型にした方が良いと思ってしまいます。夏には東日本では2時間くらい前倒しした方が良いと思う程です。明るい時間の活用が進めば新しい発想のビジネスも増える、余暇の活用が進む、省エネにもなると効果は大きいと思います。北海道など東の地域は西の明石時間を止めて常に一時間早めた時間を使用するようにしたら本土との違いが出て良いと思うのです。日本は本来「朝日の国、旭日の国」です、皆が早起きし毎日朝日を拝んで生活をするようにすれば気持ちも前向きに変わるのではないかと思います。
(3)ポルノ解禁:ポルノは先進国で変に禁止をしているのは日本だけですが、インターネットを通じて実質的は解禁になっているので追認するだけですが、ノーカットのものを公に販売出来るようにするだけでも経済効果はあると思いますし、裏で売られ闇の世界に流れている資金をカットする事も出来ると思いますし、そのような金の流れを表に出す事で多少とも税収に繋がる事でしょう。
(4)デノミの実施:デノミはよく言われている100分の1では無く一気に1000分の1デノミを実施してみては如何でしょう。約1円が10ドルとなり、円の価値が上がり国際的にも目立つ事が出来ます。20万円の給料が200円となり、見た目もすっきりします。戦前には給料が10円などいう事もあったと聞きますので決して不自然な数字では無いと思います。いっそのこと1万分の1デノミを実施してみては如何でしょう。明治時代との貨幣価値の比較をしているあるサイトでは明治30年頃の1円は今の2万円に相当するとあり、1万分の1にしても良いと思います。そうなりますと百円が1銭となり、厘を使わない事にしてそれ以下を切り捨てにすればインフレが生じデフレも収束する事でしょう。
どの案も当然の事ですが色々な反対、反発があるとは思いますが、ほとんどお金をかけずに出来る事ですね、今の日本の現状を見ていますと何か相当に思い切った事をしないと現状を変えられないのではないでしょうか?
114・パンとサーカスを求める老人ホーム (2010年04月08日)
現在の日本を悪く例えるならば「パンとサーカスを求める老人ホーム」という事になるのでしょうか。インターネットで検索してみますと既に日本の現状をローマの共和制後期の退廃の時代になぞらえて「パンとサーカス」という本まで出版されているようですが、その本には「非常識が常識の国」という副題まで付いています。本を読んでいないので内容は分かりませんが表題からして確かに日本の今の姿の一面を表していると思います。「パンとサーカス」の由来は戦いに勝利して属領が増えたローマはそこから吸い上げる利益でローマ市民に食事と娯楽を与え、その為に市民は政治には無関心となり働かなくなり、「自分の国は自分達で守る」という原則を忘れて亡国の道を辿ったとされます。日本の現状を見ていますとなるほど、これに似ていると感じる人が多いのでしょう。各方面で日本の競争力が急激に下落している事が各種の数字で明確になり、現在の不況が今までのような周期的な一過性のものでは無く日本がかなり難しい局面に立たされていると危機感を持つ人が次第に増えているようにも見えますが政治は相変わらずの大衆迎合型、「パンとサーカス」を与えて国民の目をそらして問題を先送りにする状況がずっと続いているように見えます。
日本人の平均年齢は2008年のデータで44歳、これに対して韓国36歳、中国34歳、インド25歳です。ただ南米はもっと若くブラジル29歳、パラグアイは22歳で多くの中南米の国では20代もしくは30代前半です。日本では20歳までは選挙権が無いので有権者の平均年齢はゆうに50歳を超えてしまい熟年相手になっています。平均年齢が80歳近い日本ですので、現在60代に突入した団塊の世代はまだ20年近くは大きな存在として残る事でしょうし、その後の世代も割合と多いのでますます老齢化が進んで行く事でしょう。この世代に対して受けの良いバラマキを行っているのが日本の政治であり、要するに日本の現状を例えると「パンとサーカスを求める老人ホーム」という事になるという訳です。
経済の先行きを心配する声に対して以前はよく「福祉や介護、医療の分野が増えるので心配無い」というのんびりした意見を良く耳にしました。資源の無い国土が狭い日本ですので「外から何で稼いで国民を食べされて行くのか」という議論が全く無いので心配していましたが、世界の経済特に物作りの分野で急速に日本抜きが起きている事に最近になって危機感を持った論調が増えて来ているように見えます。アジアにおいても中国、韓国、台湾、アセアン、インドなどはそれぞれ明確に目標を掲げて国家としての戦略を練り、急成長を遂げているのに対して日本は完全に取り残されてしまったように見えます。日本には高い技術があるので問題は無い中小企業が多く裾野が広いという意見もあるようですが、外国との差は急速に縮小しているのではないかと思います。一部の大企業等がこれらの他のアジア諸国の成長に連動して成長していますが、脱日本の方向は同じであり、企業が成長して外国での生産が増えても日本での生産は増えない、日本へのリターンは減る一方という状況が続くように見えます。大卒等の新卒者の就職難で一気に日本経済の停滞が顕在化しましたが、今後もこの状況に変化が無いとなれば非正規社員の割合が増大してますます雇用の問題が深刻化する事になるのでしょう。新卒のみが大企業等に優先的に採用される日本独特の仕組みにより一旦就職した企業を辞めるリスクはより大きくなっているように見え、どんなに辛くても苦しくても不満であっても会社を辞める事が出来ない息苦しい社会になって行くのではないかと心配になるこの頃です。
113・工作機械生産額 (2010年03月21日)
団塊の世代が退くこの時期に新卒の就職難が起きています。いずれは就職難の時代が到来するとは思っていましたが、団塊の世代が引退するこの時期に起きるのは少々異常な気がします。日本の産業界の根幹の部分が大きく変調をきたしている可能性があるように思えてなりません。日本の人はリーマンショック以来の金融危機から世界経済は立ち直っていない、日本の不況もそのせいで一時的なものであると考えているようですが、確かにスペイン、ギリシア、アイスランドなど欧州の一部など日本よりも深刻な国もありますが、新興国を中心に元気な地域も多く在り南米など北半球の国が落ち込んでいる時は自分達の出番とばかりに経済は好調です。日本の退潮が色々な数字でも結果として表れて来ていますが、28年間首位を守り続けていた工作機械生産額がついに首位陥落、それも一気に三位で首位の中国の約半分となっています。景気の先行指標、その国の経済力特に工業生産力の有力な指標とも言われていますがこの数字には正直驚いています、ここまで一気に落ちるとは考えていませんでした。
以前は中国の生産は日本の高い品質の工作機械が支えていると言われていていただけにこれは相当に深刻です。日本は自国の退潮をしっかりと認識し、世界が日本無し、日本抜きでもやって行けると考え始めている現実を直視する必要があるのかも知れませんね。社会の中にセーフティーネットから外れてしまった人が多く存在し、ホームレスや不安定な雇用が社会問題になっている中での就職難、若者が消費を極度に控える行動を取り景気は更に悪化して強烈なデフレとなり内需が細り企業の設備投資が極端に落ち今回の結果になったのでしょうが、少子高齢化の中で少数しか居ない若者が希望を持てない、就職も結婚も出来ない状況というのはどう考えてもおかしい気がします。企業も役所もリスクを取らなくなり新しいチャレンジよりも手堅く行こうという風潮になり、あらゆる場面で予算がカットされて個人個人は忙しくなる割には収入には結び付かないのが現状です。戦後一気に上昇した日本経済ですが今まで考えているよりも実際には底が浅いのではないかと疑い始めています。早目に手を打たないとこのまま右肩下がりが長期に渡って続く可能性も否定出来ないような気がして心配しています。

(図:世界・2009:朝日新聞)
112・都立高校 (2010年04月08日)
中学三年生の時には東京に住んでおり都立高校へ進学する事を希望していました。現在と異なりまだ都立高校の人気が非常に高い時代であったのですが、既に凋落の兆しはありました。何でも以前は高校毎に受験するシステムであったのですが、余りに受験戦争が過熱し都立高校間での格差が広がっているのでこれを是正しなければならないという事で「群制度」が導入されていました。高校を学区内で幾つかのグループに分けてその群を受験するという方式でした。当時は杉並区に住んでおり、中野、練馬と共に第三学区とされこの中に4つの群がありました。大体この学区というのが非常にお役所的で、杉並と中野、練馬は確かに隣の区ですが、東京は都心に向かう電車は整備されていますが、環状に行くのは特に郊外では難しく練馬に行くのはバスを乗り継いで行くしか無く銀座に行くよりも大変でした。進学した高校は杉並の外れにあり、武蔵野市や三鷹市に近いのですがここは学区外で直ぐ近くの吉祥寺に住んでいる人は受験出来ない仕組みとなっていました。都県境があるならばまだ納得出来ますが同じ都内で無理に線を引いていたのもおかしな話です。
住んでいた家から一番近い高校は元々男子高で都内でも人気の高校で、ここに行きたいと希望していましたが、群制度で遠く中野区の南部にある元女子高と一緒のグループになっており、この群を受験する事になりました。希望する近くの高校か、希望しない遠くの元女子高かは合格者を上位から男子に関しては5人づつを3人が元男子高、2人は元女子高に機械的に振り分ける方式で決めていました、要するに希望どころか成績は全く関係無く運に拠るという事です。この時は運に恵まれて晴れて希望する方の高校に入学が叶いましたが、同じ中学から外れの元女子高に進学した生徒も勿論居ました。高校生になった後にこの学校に進学した友人に「女子が多くて幸せかい」と少々茶化して尋ねますと、不満そうな表情で「まず遠い、一度新宿まで出て地下鉄で通うしか無い、男子トイレは急造、制服は靴下の色までチェックする、おばさんの教師がヒステリーを起こす・・・」と不愉快そうに答えていました。自転車で10分、自由な校風で制服も無い当方の学校とは大違い、自分の運の良さに安堵しましたが何となく納得出来ない気持ちも残りました。
本来は同じ試験に合格したのですから両校は同レベルのはずですが、実際の大学進学先では大きな差が出ていました、校風が異なり、進学指導の方針が全く異なり、勉強の仕方も違っていたのでしょう、元女子高に進学した仲間は最後まで納得出来ない様子でした。勿論中野区の人や女子生徒の中には反対に中野区の元女子高を志望していたが、杉並の一番外れにある当方の高校に振り分けられてしまったという人も多かった事でしょう。このような事を続けている内に都立高校は急速に人気を失い、慌てて元のシステムに近い方式に変更しましたが、昔日の人気を取り戻す事は無いでしょう。何が問題であったかと言いますと「公平」では無かったからだと思っています、都内の中学生を公平に扱い、成績の良い者から希望が叶うのが当然であり、これを捻じ曲げた事が最大の問題であったと思います。都立高校の低落後、全国的に公立高校の沈下が目立つようになりましたが、私立高校側の強い後押しがあったのかも知れませんね。
111・平等(2010年04月08日)
差別を無くし平等にしようという話をよく聞きます。確かに人間社会には悪い差別や納得が行かない不平等が多く存在しました。一番分かり易い例が人種差別で、昔の奴隷制度から最近のアパルトヘイトまで色々な形で行われていました。平等に関しても日本では明治以前の江戸時代には士農工商の身分がはっきりしており、武士の子供は武士、農民の子供は農民というのが当たり前のように考えられていました。不当な差別はあっては行けない事でしょう明治政府の行った四民平等は勇断であったと思いますが、区別はあるべきしょう。男女平等は結構ですが男女を区別する必要はあります。銭湯に行きますと入口は別になっておりしっかりと区別されています、男性と女性は違うのですからこれは当然であると思います。人種差別はいけない事でしょうが、日本人とヨーロッパ人そして黒人は異なります。お互いの違いをしっかりと認め、それを尊重する事は大切な事であると思います。
競争の無いのが平等であると勘違いしている人も多いように見えます。人生では生まれてから死ぬまで常に競争に晒されます。学校の入学、就職、相手を見つけて結婚する、どれをとっても競争です。学校においても学業の成績を付けない、順位を付けない、ひどいケースになると徒競争でお手手をつないでゴールさせるケースまであると聞きます。人生には競争が付き物である事、公平な競争を行い小さい時から生き抜く方法を教え込まなければならないと思いますが日本の学校ではそのようにしていない、競争を悪のように教えている場合さえあるように見受けられ、その結果内向き安定志向の若者ばかりが目立つようになり社会の活力が失われているのだと思います。
110・50年区切りで歴史を振り返る (2010年01月31日)
日本が衰退の時代を迎えて世相が暗いという印象を受けます。過去を振り返りこれからを展望してみます。50年づつ遡りその時代の日本が置かれた状況はどのようなものであったのでしょう。50年前は1960年、100年前は1910年、そして150年前は1860年です。100年と言いますと非常に長い時間という感じがしますが50年は人の一生よりも短く、個人にとっても実感出来るスパンであると思いますし、150年前以前の歴史を振り返りますと50年くらいでは為政者の交代などはあっても社会の劇的な変化はなかったように思います。
150年前:1860年はペリーが浦賀に来て7年目そして明治維新まで後7年という時代に当たります。幕末の騒乱の象徴的な事件である桜田門外の変が起きた年であり、ここから一気に倒幕に向かいます。世界はまだ英国の力が強く米国ではこの年にリンカーンが大統領に就任してその後南北戦争が始まります。欧州ではまだドイツが統一されていませんでした。世界が中世から近世に向かう過渡期にあり、それを敏感に感じ取った日本が欧米諸国と同時に動いていた時代でした。世界の中の日本は非常に小さい存在であり、欧米諸国にとってはアジアの中で一番遠く奥にある小さな島国、奪うものも多くなく意識の外にあったのだと思います。従ってこの時点までの欧州各国による植民地獲得競争の対象外にあったのでしょう。この時点では他のアジア諸国と比較して優位な点は無かった訳で地理的に一番離れていたアジア大陸からも離れていた事が幸いしたのでしょう。産業としては農業が中心であり、鎖国状態にあったのですから当然自給自足経済で輸出も僅かであったので蚊帳の外の国というのが実情だったと思います。
100年前:1910年は日韓併合の年です。50年の間に明治維新が起きて日本は一気に列強の仲間入りを果たし、日清・日露の戦いに勝利してアジアで唯一欧米列強の側に名を連ねています。この当時の世界は列強が世界の80%を占領しており、分捕り合戦の状態でした。少数の支配する国と大多数の支配される側に分かれていました。日本は念願の朝鮮半島を手中に収め遼東半島、台湾、樺太なども領土に加えて帝国主義の時代、軍事大国への道を進んでいた時代です。ただこの帝国主義により列強各国の利権争いに調整がつかなくなりこの4年後に第一次世界大戦が勃発します。日本は近代化が急速に進行し軍事大国とはなっていましたが、自国の生産力はまだまだ欧米には遠く及ばない状況でした。軍事費が突出する中で国民生活は耐乏生活を余儀無くされていました。東北地方では不作になると娘を売春宿に出す、要するに「娘を売る」状況で、国家の前には個人は小さな存在で現代的な感覚の人権というものはまだ存在していませんでした。
50年前:1960年は高度成長の初期段階の時代に当たります。敗戦から15年が経過してようやく復興が本格化した時代です。第二次世界大戦によって世界のルールが変化し、それまでの帝国主義は否定され、自主独立、戦争の無い平和な時代を築く事になりました。各国の利権の調整は戦争以外の方法で行う事となりました。既に自由陣営と共産陣営の棲み分けは終わり米国とソビエトが対立する冷戦の時代でした。日本は米国陣営の先兵として優等生を演じ、米国の支援の元、世界の工場を目指し動き始めた時代です。建設ブームでこの4年後に新幹線が開通し、オリンピックが開催されます。この時代は昭和の良い時代として描かれる事が多く今考えますとまだ貧しい時代ではあったが将来に夢と希望を持って日本人が幸せであった時代と言われています。
今年:2010年は経済大国、世界の工場としての役割が終わり、少子高齢化が一気に進み老人ばかりの老大国という感じになっています。財政は破綻一歩手前で住民へのサービスも低下し始めています。この150年の間、幕末、敗戦と過去2回全てが変わる社会ルールと通貨の変更、いわゆるガラガラポンが起きていますがどちらも外的な圧力による急激な変化です。現在はなだらなか低下という日本人が始めて経験する状況にあり、急激な変化に一気に体制を変えて乗り切るという過去2回の状況とは全く異なります。
50年後:2060年は現在から50年後に当たります。もう大きな存在としてあった団塊の世代はとうに居なくなり人口構成のアンバランスはかなり解消されている事でしょう。人口は減少し、経済力は落ち込み世界で10番目の国くらいになっていてどこにでもある普通のアジアの国となっている事でしょう。ただやはり一種のガラガラポンは既にこの時点以前に起きていて通貨は変更され、世界の国を測る尺度も軍事や経済から他の事に変化している事でしょう。どのような日本になっているのでしょうか?
109・草食系男子 (2010年01月30日)
今の日本を象徴する言葉が「草食系男子」であるように思います。伝統的な男らしさとは対極にあり真面目で静かで優しくおとなしい最近多くなっている男性の事のようです。男性的と言いますと従来ですと荒々しさやたくましさ汗まみれで戦うというようなイメージですがそれような今までの男性とは全く異なる印象があります。女子ともお友達関係が良いようでそれ以上の関係にはなかなかならないようです。確かに最近の男子、特に高校生・中学生くらいの男子を見ていますと昔と比較して身だしなみが良く、こざっぱりとはしていますが、何となく小さくまとまっているような印象があります、元気なのは女子ばかりというのが実情なのでしょう。
悪がき、ガキ大将のような存在は少なくなってしまったのでしょう。小さい時に近所の空き地に子供達が集まって遊んだ記憶があり、時には取っ組み合いの喧嘩をした覚えがありますが、現代の日本にはそのような大勢の子どもが自由に遊ぶような光景は無く、子供達は個々それぞれの家庭で育っているのでしょう。その家庭の中ですが子供は少なく兄弟が居ても一人、ひとりっ子も多いと思います。一般的な場合を考えますとお父さんは仕事に忙しくてほとんど教育には無関心というか時間が無いのでお母さんに全てお任せという状況になるのでしょう。女性達は子供をどのように育てるのかと考えますと彼女らの目指すのはいわゆる「良い子」だと思います。電車などで眺めていますとお母さんが子供に対して注意する一番の言葉は「静かにしなさい」です。特に騒がしくしている訳でもいたずらをしている訳でも無いのですが、子供にじっと静かに大人しく座っている事を要求します、これは多分家庭の中でも同じなのでしょう。女の子に対しては同性なので理解出来る部分も多く成長するに従い友人のような関係にもなるでしょうが、男の子に対しては成績の良い、真面目で優しい人になるよう求める事でしょう。教育に関してもとにかく成績重視で中身よりも偏差値、より有名なブランド大学への進学を望む事でしょう。男性にはある程度の野性味が必要だと思うのですが、小さい時から母の仕込みで荒々しさは抑え込まれて良い子にされてしまうのでしょう。子供が成長する際、特に男の子にとって父親の存在は大きいと思うのですが、日本においては子育てはほとんど母親に委ねられているのが実情でその結果がこの草食系男子の増加だと思うのです。遊び方にも変化があり、クラブ活動やクラブで管理された中でのスポーツはあるでしょうが、子供同士で体をぶつけ合いながらの遊びというのは無いでしょう。「オトメン」などいうマンガが人気でドラマにもなっていますが、実際にも裁縫や料理が得意でファッションなどに興味がある優しい男子が増えているのかも知れません。
また学校特に義務教育の小中学校では教師の多くは女性であり、運動会の徒競争で順番を付けるのは良くないので皆でお手々を繋いでゴールイン、危険なので騎馬戦とか棒倒しは止めましょうという事になり、ここでも大人しい良い子作りを目指しています。その結果が草食系男子であり、最近では男子学生の間ではスカート男子が登場し女装がブームなのだそうで、この傾向は続くような気がします。将来の日本はこのような草食系男子に託すのでは無く、たくましい肉食系女子に託すしか無いのかも知れませんね。
108・GDP世界第二位 (2010年01月30日)
日本は昨年まで40年続いたGDP世界第二位の地位を今年滑り落ちる事、成長著しい中国が今年も経済は好調でまず間違い無く日本を抜き去ることは確実視されています。戦後復興し高度経済成長を遂げた1969年に世界第二位の経済大国となり、以来日米欧の3極の一翼を担って来ました。大雑把に言ってこの3極は北米25、欧州15、日本10で世界の約半分を占めていました。明治維新の時には欧州列強は遥か高い雲の上にあるような目標でしたが半世紀近く経済の面では欧州の一国ではなく、全体と互角に渡り合って来たのは考えてみれば奇跡のような話で、当時の駐在員が自信満々で世界を闊歩していたのも当然かも知れません。世界第二位、相撲に例えるならば米国が東の横綱で日本が西の横綱でした。このような栄光の時代が40年も続き日本そして日本人はそれが当たり前のように思うようになっているように見えます。現在60歳の団塊の世代であっても社会に加わった時期には既にその地位にあった訳で日本で現在働いているほとんどの人にとって「日本は世界第二位の経済大国」が当然と考えているように見えます。冷戦が終わって以降も米国が日本を守らなくてはならないと考えていたのも日本が経済的には大きな存在であったからだと思います。
三位に転落した後にも人口が多い新興国の追い上げを受ける事になり次第に地位が落ちて行くと予想されています。あるサイトで2050年の予測が出ていましたが日本はインド、ブラジル、インドネシアなどに抜かれて8位というものでした。日本の対応次第に依っては時期が早まる危険すらあると思っています。アジアの盟主、新横綱の中国は現在世界にネットワークを張り巡らせ多くの人を送り込み着々と地位を固めています。米国も話し相手は日本から中国に変更し中国の意向を見ながら外交を進め世界経済を束ねて行く事でしょう。インド、ブラジルなどが力を付けて行きますと世界が「日本抜き」で進行して行くような時代が来るのかも知れません。ある人が「日本のギリシア化」という話をしていました。どうよう事なのか尋ねますと「誰でもギリシアは知っている、ただそれは過去の国としてであり、現在の状況に関してはほとんど知らないし関心も無い。日本もかつては経済大国として大きな存在であったという過去の国になってしまう恐れがある」というものでした。確かにこのような「日本のギリシア化」はあると思っています。既に世界の工場は中国等に移っており日本は既に世界の工場というものでは無くなっており日本抜きでも世界は十分に動いて行ける状況となっています。
横綱の地位からの転落は日本が世界の中で普通の国になる第一歩と言えます。世界の中で自国を特別な存在であるように考え高い生活水準が維持出来ると考えていると大変な事になるかも知れません。上昇している時、右肩上がりの時に生きるのは簡単ですが、下降局面にある時には相当な努力と備えが必要であると思います、維持して行くだけでも相当な努力と作戦戦略が必要になると思っています。世界に向けて何か主張を発信しても世界の受け止め方、扱い方が変化するのは間違い無いでしょう。外国に対してはお友達のように愛を持って対すれば応えてくれると考えていると相手はそのようには思っていないと片思いに終わり大きな不利益を被る可能性が大きいと危惧しています。普通の国として生きて行くには一種のしたたかさが必要であるように思いますが、この点が日本が一番苦手なのではないかと心配しています。相対的な地位が落ちて行くのを漫然と眺めていて仕方が無い等と考えていると加速して取り返しのつかない事になるかも知れません。社会をチャレンジ精神に富んだものにする必要があると思います。前向きにピンチをチャンスと捉えて挑戦をする人が若い世代から多く出て来ないと反攻は難しいかも知れませんね。
107・日本が暗い (2010年01月30日)
日本では昨年ほぼ50年以上続いた自民党政権が野党になり、民主党政権が誕生しました。この数年の間、景気が後退しその後世界的な金融危機が発生し世界同時に不況となり日本もその例外では無いとされて来ました。マスコミなどの論調では世界的な現象であり、アイスランドやドバイなど日本よりも深刻な国が多数あると説明し、日本はまだましな方であるとの印象でした。ここに来て米国の景気も回復の基調であり中国などの新興国は堅調な経済成長を示しており日本のみが何となく取り残されている印象があります。政治も政権交代で明るい世相になると期待したのですが、民主党も政権を奪取してからは暗い印象に変わりました。国民に対して将来に対するビジョンそして国のあり方について示すと考えていた人が多かったと思いますが、民主党は未だに何も示さずにいます、国民生活の再建などと言っていますが日本がどのような国を目指すのか見えて来ません、政府の首脳は経済音痴なのかと疑ってしまいます。
団塊の世代の中でも一番数が多い昭和24年生まれが昨年60歳になりました。65歳定年が増えているとしても一つの大きな節目で多くの方が退職されたものと思います。昔この団塊世代が抜ける時にはどこの企業も人員が不足して求人難になるのではないかと想像していました。現実には反対の就職難が起きています。どこの企業も雇用に関しては非常に慎重な姿勢となっており大きな名のある企業でさえも正社員に対する雇用調整すら始まっていると聞きます。これでは日本が暗くなるのも無理が無いように見えます。多くの大学生が自身の就職に不安を持っており、当然その雰囲気は社会に伝播し、下の世代に影響を与えているように見えます。数年前までは高校を卒業する際に自分の希望する職に就けなかった時にはイージーにフリーターの道を選び自分のあった仕事を見つけるなどとのんびりと構えていた人が多かったように思いますが、世の中の厳しさ特に非正規雇用の不安定さが理解されるに従い学生が正社員での就職に強くこだわるようになり、お気楽な学生というのは姿を消しました。
街も活気を失いつつあります。以前はどこの町にも商店街があり活気がありましたが、この数年で4、200の商店が閉まり400近い商店街がシャッター街になったという事です。自営で商売する事も難しい状況になっており、ここでも雇用が減っています。雇用が減り老齢化が進行しているので、賃金が減少し消費が減っているのでしょう。ここでも悪循環が進んでいるように見えます。日本全体としてはこのような悪循環がデフレスパイラルという形になり、経済の縮小を助長しています。財政の悪化で国債の残高が膨張し一旦インフレになると予算を組むのが難しくなり国債の価格が下がるすなわちインフレが加速する状況となり一気に不景気下でのインフレ要するにスタグフレーションに陥る懸念があり、政府としてもインフレに誘導する事に躊躇いがありますので景気が悪化してもデフレに対して有効な政策を実行出来ません。
景気が悪く将来の国のあり方も見えず、少子高齢化が急激に進行し年金支給など負担が急激に増加する中で現役世代は雇用不安となり、政府の財政が危機的な状況となり国際競争力が急激に落ちているというのが現在の日本の状況でこれでは暗くなるのも当然であると思います。数年間で打開するような手段は多分無いので小さな景気回復はあるとしてもこのような基調はしばらくは続くのではないかと覚悟する必要があるように思います。人口が減少しているのも元々日本列島で自活出来る水準は3千万人なので自給自足出来る水準に戻すプロセスなのかも知れません。日本を再生するには幕末明治維新、第二次世界大戦の敗戦時のようなガラガラポンが必要なのかも知れません。