思うこと・作者の思うことを気ままに綴ります。-01(98-2002年)



日本から離れ、南米で生活し、ふと色々な事を考えてしまします。頭に想い浮かんだ事を書き綴ってみることにしました。テーマは様々で宇宙から人生、歴史、経済多岐にわたっています。




16・国家連合・統合 (2002年10月13日)
世界は現在国家連合・統合へ動きつつあるように見えます。最初に国家統合を目指したのはアメリカ合州国であると思います。(日本では何故合衆国と書くのでしょう?)200年以上前に建国したこの国は最初の13州から始まり東へ東へと向かいました。様々な困難に遭遇しながらも太平洋に到達し、更にアラスカ、ハワイと国土を広げて行きました。しかしこの国の国土拡張は建国以来あくまで未開のフロンティアの拡張にあり、既存の国家を吸収する考えは無かったように見えます。その後に得たフィリピンも植民地として利用し、日本も一時占領しましたが、その後は独立国としました。そして二十世紀の初頭、ソビエト連邦が登場しました。この国は新しい理念を掲げ、世界をその理念で覆い尽くす事を国是としており、当然拡張路線を歩みました。中央アジアやバルト海周辺の国家を次々と吸収し既存の国家をも自分の配下に置くよう務め、東欧、朝鮮、モンゴルなどを衛星国としました。しかし理念の押し付けには限界があり、国家は崩壊してしまいました。そして次に挑戦しているのは欧州です。これは二十世紀に行った2回の悲惨な戦争を教訓として、経済面から時間をかけての統合を目指し、着々と成果を挙げ、現在加盟国は東へ東へと伸びています。また同時にこの数年アセアン、メルコスール等多くの経済地域が生まれました。

今後国家統合はどのような方向に進むのでしょう。現在一見すると国家の独立、民族紛争は激化し、ますます細分化しているようにも見えます。その反面、国家の枠を超えた集団、イスラム武装勢力の活動のような動きもあります。個人のレベルで考えてみますと、一世代前まではお付き合いの範囲というのはごく近くに住んでいるいる人だけであったと思います。父親の転勤で小学生の時に九州に住んでいましたが、当時は故郷である東京が本当に遠く感じ、他の世界の事に思われました。お付き合いも世界も小さな町の中だけという感じでした。現代は交通手段が発達し、インターネットを始め通信事情が画期的な進化を遂げ、衛星テレビが普及、状況は一変しています。また同時に、他人と知人の枠も急速に無くなりつつあり、ある日突然遠くの他人が大切な友人になり得ますし、反対に近所に住んでいる親戚でもほとんどコンタクトも無いという事もあります。今後はこのような事が一般的になり、国家の構成員である個人の状況が劇的に変化して行きますと、その枠組みである国家も大きな変化を強いられるものと思います。

欧州連合のようなあり方が主流となるのか、それともアセアンやメルコスールのような形の経済圏が主流になるのか注目していますが、再度米国がアメリカの名を捨てて単に「UNITED STATES」(合州国)として他の地域にその領域を広げて行く可能性もあると思っています。試金石はプエルト・リコこれが合州国に加われば、また再拡張が始まるのかも知れません。ハワイが国内となって全く支障が無かったわけですから、フィリピン、マレーシア、シンガポール等が参加してしまう可能性があるように思います。日本も全く可能性がないわけではないと思っています。100年後の世界地図は現在のものとは全く違ったものになっているかも知れませんね。



15・地球の歴史の中で (2002年10月01日)
地球は45億年の歴史があるそうです。原始生命が誕生したのは今から40億年くらい前、と言いましても実感としてよく分かりません。この長さを一日に縮めて表現する事があります。「除夜の鐘が鳴る頃に文明が産まれた・・」というような類です。どうもピンと来ません。そこで一年毎の出来事を1センチメートルに綴るとしてみては如何でしょうか?40億X1センチ=4万キロ、大体地球一周の距離になります。千年は10メートル、一万年は100メートル、一億年が千キロという事になります。

東京を現在として考えて見る事にしましょう。人生は大体70年〜90年、この尺度ですと大体1メートル弱、長生きしてようやく1メートルとなります。江戸幕府は約400年前、要するに4メートル先となります。キリストが生まれ、前漢が滅びた西暦紀元は2千年前、20メートルくらいですね。我々ホモサピエンスの登場は3万年前、ようやく300メートルとなりました。原人が50万年くらい前、5キロくらい先ですね。恐竜が滅びたのは6500万年前、650キロ先、ようやく広島くらいまで到達しました。恐竜の登場は2億年くらいですから2千キロとかなり遠くなりました。これでようやく香港くらいまで行きました。

考えてみますとこれだけの長い期間、原生動物の時代から自分の全ての祖先は生存競争に勝ち抜き、大人となり、子孫を残して来た事になります。40億年の勝利者だけが現在生きているのです。病気になると何時もこの事を思います、40億年を戦い、生存競争の勝利者である自分の肉体・精神は非常に強靭なはずで、簡単な病気には屈するはずはないと・・お陰で今まで大過なく過ごす事が出来たように思っています。

さて、自分の祖先の数というのはどのくらいなのでしょうか?25年で子供を作るペースで考えますと、100年で4代、100年前の祖先は2の4乗要するに16人という事になります。そうしますと500年で2の20乗:約百万人、千年ですと2の40乗で軽く1兆人を超えてしまいます。勿論多くの重複があるでしょうが、これだけ多くの祖先を持っているのですね。時々、昔の偉い誰々の子孫という話を聞きますが、このようにしてみますと二千年前に日本列島に住んで居て子孫を残したほとんど全ての人が自分の祖先なのかも知れませんね。そして、自分に子供・孫が出来、その命が繋がって行くのであれば、後千年後、そう30世紀頃の人間のかなり多くが自分の子孫という事になりますね。千年前の人と千年後の人のかなり多くの人の遺伝子が自分を介在して結ばれている、そのように考えると自分は過去と未来の架け橋になっている、そのように感じます。



14・国境 (2002年09月29日)
日本を出てみて一番のカルチャーショックは国境の存在であったと思います。国境を越えると全く別の世界が広がっている、不思議な体験でした。それを最も感じたのは米国とメキシコの国境。学生時代に北米を一周し、その間この国境を2回越えてみました。最初は米国側からメキシコへテキサス州の得るエルパソからメキシコ側のシウダー・フアレスへ、エルパソ市はテキサス州の最西部に位置する近代都市ですが、国境を越えますとラテン・メキシコの雑踏がありました。ふと後ろを振り向くと今まで見ていたエルパソの高層ビルがまるで蜃気楼のように見えました。そして今度はメキシコを海岸線に沿って北上し、ティファナ市から米国側のサン・イシドロへ向かいました。メキシコ側で国境検問所までの数キロを徒歩で行ったのですが、ラテンアメリカではどこにでも普通にある貧困層のバラックが立ち並び多くの子供が裸足で駆け回っていました。そして国境を越え、大型バスで少し走るとカリフォルニアの大都会サンディゴに到着しました。途中の自然景観は当然ながらメキシコ側と同じなのですが、インフラ整備には余りにも大きな差があり、メキシコ・米国国境と言うよりは二つの世界の境という印象を抱きました。

その後も訪問地で関心を持って見るのは「国境」です。欧州は鉄道に乗っていますと知らない間に国境を通過する事も多いのですが、別の国に入った途端、全く違う世界が広がっている事にいつも驚いたものです。最近では英仏国境を鉄道で渡ってみましたが、その近さを実感しました。英仏は日韓と違い非常に近い、強いて言えばパリとロンドンの関係は福岡と広島というようなものであると実感しました。そして一番行きたかった「境」は何と言いましても朝鮮半島を分断している軍事境界線、板門店で、これは数年前にパラグアイから行きました。緊迫した雰囲気がある世界で一番緊張した境だと実感出来ました。

さて、この国境、何時頃からあったのでしょうね。20世紀に入るまでは実に曖昧であったのではないでしょうか?20世紀と言うのはこれを厳密に決めた世紀、そしてその伸張に命を賭けた世紀であったのでしょう。それまでの時代、植民地からは財宝要するに富がもたらされれれば良いと考えられていたのが領土すなわち国境そのものへのこだわりになった、各国が自国の国境を広げる競争を行った。その結果は悲惨な戦争の繰り返し、それほど国境を広げる事が大切であったのか疑問に感じています。

国境の中は自国領土と呼ばれています。この中は同一の価値感で覆いつくされます、それは当然の事であると受け止められているようで、これを誰も不思議とも感じていない。例えば那覇市、沖縄県の県庁で沖縄の中でも最北の島、要するに一番本土に近い位置にあります。ここから東アジア全体を眺めてみましょう。さて、クイズを一つ:那覇市から主な東アジアの7つの都市への距離を近い順に並べて下さい。(七つの都市:東京、香港、上海、北京、台北、ソウル、平壌)沖縄県の方は別として正確に順番を並べられる方はいるでしょうか?答えは、「台北、上海、ソウル、香港、平壌、東京、北京」です。この中で一番遠い北京までの距離はほぼ仙台まで匹敵します。この中の都市でどこか最も那覇と関係が深いか言いますと、当然の事ですが東京であると思います。また、韓国第二の都市である釜山、ここからソウルまでより福岡、広島の方が近い。このような現実を無視して国境の範囲で全ての活動が行われている・・これは非常に不自然な事であると同時に経済的な観点から考えてもかなりの損失ではないでしょうか?

また住んでいる場所により国境の意味の持ち方も違っているように思います。日本に住んでいますと外の世界と海で隔てられており、文化も歴史も言語も異なっており、国境が大きな壁に感じますが、中南米では隣接国と共通点が多く、その壁の高さは日本で感じる国境の高さと比較するずっと低く、更に西アジアでは英米等がオスマントルコを追い出し、自国の利益で人為的に線を引いて国境にしたので、民族・言語・宗教と必ずしも一致せず、日本で感じる国境とは随分異なったものになっているように思います。そしてアフリカではそれこそ帝国主義の時代、欧州列強という侵略者が線を引いたものであり、国境の存在を意識しないで生活している人も多い事でしょう。

21世紀になり、厳然たる壁として存在した、この国境の存在が次第に怪しくなっています。欧州は通貨統合を果たし、いよいよ現実的に国境の枠が取り払われようとしています。世界中のあらゆる地域で経済圏を形成し、その中の国境を低くする努力が行われいます。多くの企業では国境の枠にこだわらない経営を行っています。また衛星テレビ、インターネット等の通信インフラの整備は距離という障害を取り払うツールとして威力を発揮しています。21世紀というのは国境が消え行く世紀になる予感がしています。100年後の世界でも多分まだ国境そして国家は存在しているでしょうが、その役割は現在とは全く違うものになっている事でしょう。



13・人生3万日(2002年09月28日)
人生はよく70年、80年と言いますが実際にはどの程度の長さなのか余り実感がありません。月曜日になり、一週間を全速力で走り抜け土日で一息つき、また次の週で頑張る・・将来の事等を考える余裕などは無いという方が多いのが実情でしょう。人生を日数で表すと意外に短いという印象を持ちます。人生はおよそ3万日なのですね、如何でしょうか?3万日はおよそ82年に当たります。シンプルに考えて、この3万日を3つに分け、最初の1万日(27歳ごろまで)は子供の時代、自分は子供として生きて行く時代で、学び知識を吸収して行く時代であると思います。次の1万日(54歳ごろまで)は親の時代、自分に親が居て、そして子供も居る、社会で活躍する時期、働く時代とも言えます。そして最後の1万日(82歳ごろまで)爺さん・婆さんの時代、孫が出来て後継者を育て、隠居し人生を楽しむ時代とも言えると思います。

人生は3万日、月数にして約一千ヶ月弱、それが我々に与えられた人生の標準的な長さです。人口3万人の都市が一日に消費する物資・エネルギーが一人の一生分なのですね。そこで、一日一日を無駄にしないようにと一度コンピュータのデスクトップに「経過した日数」「残りの日数」を表示してみました。これは「恐ろしい」と思いました。少し油断していると想像以上にどんどんと差が大きくなるのです。自分の人生の残りが急速に減少しているのが実感出来ましたが、ちょっと怖くなり、途中で止めてしまいました。人生はお金のようなもので、使う前は無限の可能性があるものだと思います。お金は自由主義社会においては原則として何でも買う事が出来ますが実際に使えるのはたったの一回だけです。与えられた時間も同じで、その時間は一回だけです。若い時、例えば学生時代には自分の将来には無限の可能性があり、色々な人生を想像しますが、実際には辿れるのは細い線それも折れ曲がった一本の人生だけなのです。毎日一人づつと知り合いになっても人生での知り合いは3万人という事になります。同時代に平行して生きている人は60億人以上居るわけですから本当に僅かの人としか知り合いになれない、ほとんどの方とは赤の他人という関係で終わるのですね。

そうしますと友人もしくはそれに近いような関係になる人というのは本当にごく限られているという事が分かります。一ヶ月に一人のペースを維持しても一生で千人という事になります。このように考えますと出会いというものを大切に必要にして行く事を強く感じます。幸いにもインターネットというすばらしいツールが出来たお陰で今までの時代とは全然違う出会いがあります、そのような機会を大切にして一人でも多くの方と交流して行きたいものですね。



12・成功体験 (2002年09月22日)
欧州の長期にわたる停滞の歴史、そして現在の南米の経済停滞、日本の閉塞感を眺めていますと原因は「成功体験」にあるように思うのです。20世紀、北半球で大きな紛争、具体的には欧州を中心に世界大戦が2回起きていますが、参戦国は大きなダメージを受けました。アルゼンチンを中心に南米は食料等の供給基地として世界大戦の後は好景気に沸いた分けです。荒廃した欧州を後にした働き者の移民が加わりアルゼンチンはこの世の春を謳歌しました。現在でも素敵なあのブエノス・アイレスという街が戦後間も無くのあの時期にはほぼ現在のような景観であったそうです。当時戦争で荒廃した日本からも多くの移住者がアルゼンチンに渡りました、ブエノスアイレスに到着してさぞ驚いた事でしょう。アルゼンチン人は自信を持ち、この成功が今後もずっと続くものと確信していた事でしょう。

60年代になり、南米への注目はアルゼンチンからブラジルに移りました。「未来の大陸・ブラジル」をキャッチフレーズに世界から投資が集まり、日本からも多くの移民が渡り、そして大企業が国家的大プロジェクトに競って参加しました。当時の日本人は余り南米に慣れておらず、政府がやっているのだから安心であろう、と巨額の投資が行われました。結果は現在では多くのプロジェクトは中断・縮小している事で分かるように失敗に帰しました。この時の失敗に懲り現在に至るまで日本の企業は南米投資に非常に慎重になっています。当時のブラジルの勢いはすごく、経済は毎年高度成長で広大な内陸部を発展させようと未来都市を首都として建設しました。そして現在は多くの政府主導の大プロジェクトは頓挫しており、経済は青息吐息でIMFの緊急融資何とか凌いでいるという状況です。

南米に通算14年間(ブラジル2年、パラグアイ12年)住んでいますが、どの国でも皆さん常に「景気が悪い」と言っています。どうやら皆さんは、過去の濡れ手に泡の夢の時代と比較、要するに「あの時」と比べているようなのです。成功体験の呪縛!、南米の復活の時が来るのは市民の意識が変わった時でしょうが、努力もせず、働きもせず、文句を言ってゴネて、上が与えてくれるのを待つというパターンが変わるのは何時の事でしょう。

さて、日本ですが、日本が現在陥っている閉塞感も同じだと思っています。第二次世界大戦の後、戦争で荒廃した国土、生きるのがやっとという時代、日本に見切りを付けて多くの人が南米にやって来ました、それ程貧しかった訳です。日本の復活は冷戦という国際状況のお陰であると思います。日本の高度成長の時代は、まさに朝鮮戦争、ベトナム戦争という二つの戦争の時期にあたり、冷戦時代の戦う西側の前線兵站基地として一気に経済が成長しました。日本自体の努力、能力に寄るところもあることは否定しませんが、外的な要因が大きかった事をもっとはっきりと意識する必要があるように思います。

現在の日本には危機感を持っています。外的要因で運良く経済大国となった面が大きいのですが、その時の成功体験が染み付きほとんどのシステムがその時のままになっています。現在の企業の経営者達、政府高官も多くは高度成長期を体験した人達であり、適切な舵取りが出来ているとは思えません。「その内に自然にまた良くなり、諸々の問題は解決する」と思っているのでしょう。このまま突き進むと長い停滞の時代に突入してしまう危険があるように思います。賢いまた変わり身の早い日本人、どこかでさっと方向を転換し、新しい時代を切り拓いて行く事でしょう。



11・宇宙の大きさ (2002年08月18日)

宇宙空間の大きさ、とてつもなく大きいという事は知っていますが、どのくらいなのかどうも実感がありません。我々の地球そして太陽系はどの程度の大きさなのでしょうか?アニメ、例えば「宇宙船艦・ヤマト」とか「ドラえもん」などでは容易く他の地球型天体に行っていますが、実際のディメンションからはかなりディフォルメされているように思うのです。

ある方の説明で宇宙を1京分の1のスケール(10のマイナス16乗)すると分かり易いという記述がありました。このスケールですと100億キロメートルが1mmに当たります。太陽系の直径、要するに太陽から冥王星までの距離は60億キロメートルですので、0.6ミリメートルとなります。地球は原子より少々大きい程度というわけです。太陽の直径は約140万キロメートル、すなわち1.4x10の12乗ミリメートルですので、このスケールで計算しますと1.4x10マイナス4乗ミリメートル要するに140ナノ・メートルと1ミクロンよりも小さいことになります。また、同様に計算しますと1メートルがほぼ1光年に当たり分かり易い。光が1年でようやく1メートル進む世界ですね。太陽系から一番近い恒星は4光年先にあるので、4メートル先にあるということになります。太陽系を出て恒星間旅行するというのはかなり難しい・・遠いという事が実感出来ますね。

1万光年はその1万倍ですので、10キロメートル、従いまして我々の天の川銀河の直径は10万光年くらいですので、約100キロメートルとなります。日本ですと丁度関東平野というわけです。大きいですね、今まで想像していた以上の大きさだと思います。この銀河には2000億個の恒星があると言われていますが、ミクロン、ナノ単位の大きさのものが数メートルづつ離れて関東平野くらいの広がりにパラパラと散らばっている・・何となく銀河の広がりが実感出来ます。次に隣のアンドロメダ大星雲までは230万光年、直径は20万光年ですので、2300キロ先に200キロの直径という事になります。台湾辺りに台湾より大きな広がりという事になります。最近の研究で銀河同士は衝突合併するする事が分かったそうで、アンドロメダと天の川銀河は急速に接近していて、30億年後には衝突するのだそうですが、実際にはまだまだ随分遠いのですね。

そして銀河は銀河群という群れを作っているというのですが、天の川銀河は500万光年くらいの直径の中に30くらいの銀河が集まっているという話です。5000キロの直径の中に関東平野とか台湾くらいの大きさのが30在る、これが我々の所属する銀河群ということです。宇宙に銀河は1250億あるそうです。また宇宙の直径は150億光年なのだそうです。1億光年と言いますと10万キロメートルそれの150倍という事は1500万キロメートル、太陽直径の10倍ということになります。ここまで来ますとまた実感が無くなりますね。やはり宇宙は大きい・・・

このスケールの宇宙を遠くから眺めたら綺麗でしょうね。丁度飛行機の高さくらいから銀河を見ると視界一杯に広がる渦を見る事が出来、遥かかなたにアンドロメダが見える・・「天文学的数字」とよく言いますが確かにスケールが大きい。なお、最近テレビを見ていましたら最初この宇宙は10マイナス34乗くらいの大きさで急速に膨張して出来たものなのだそうで、また、宇宙の何も無いと思われていた空間にもエネルギーがあり、その為現在も膨張し続けているという説明があり、将来は各銀河が遠くバラバラに存在する世界になるそうです。また宇宙というのはこの宇宙だけでは無く他にも無数に?あるという説明も聞きました。何でもこの辺の議論になりますともう想像を超えます。この宇宙の創造した主、力は一体何なのでしょうね。



10・情報化時代 (2002年05月01日)

日本の皆さんからよく質問されるのが「日本が懐かしくなりませんか?」という質問です。移住して10年以上が経過しましたが、今でもよく訊かれます。質問する相手は「懐かしいですね」という答えを期待しているのでしょうが、どうも相手の期待に答えられない状況となって来ているように思います。10年前には日本の情報と言いますと専ら「新聞」でした。当初は日本から送られて来たものを数日遅れで見るというのが普通であったのですが、その後ニューヨーク版というのが登場し暦で1日、実際には二日遅れで日本の新聞を読む事が出来る様になりました。新聞は非常に高価なもので、隅から隅まで丹念に読んでいました。

5年ほど前にNHKの国際放送とインターネットが登場して状況は一変しました。NHKのテレビは現在では24時間絶える事無く放映されています。ニュースは勿論リアルタイム、これで日本の住んでいる人との情報格差は全く無くなりました。そしてインターネット、これは距離に関係無い世界ですので日本に居るのと全く変わりない状況となっています。

「日本に住んでいる」というのはどのような状況なのか、もう一度振り返ってみたいと思います。日本に居て仕事をしている時に入って来る情報はテレビ・新聞・週刊誌などのマスコミ経由であったように思います。後は日常の友人などからの口コミ情報という事になりますが、こちらの方は会社内での情報とか業界の情報、友人達の情報などがあったと思います。ほとんどマスコミ等から入って来る情報で政治・経済の状況を知り、自分の判断材料にしていたように思います。現在の置かれている状況と言いますとこれとほとんど変わらないように思います。テレビは何時でも見る事が出来る、むしろ毎日日本の夜のゴールデンタイムの番組は全部録画して見たい場面を選択して見ているので、日本の方よりもテレビを見ているかも知れません。一日2時間から3時間、ニュースを中心に見ています。口コミは日本の友人・知人から多くの情報がメールという形で来ますのでこれも十分にあるように思います。後は週刊誌ですが、ポストなどはインターネットで主な記事は公開していますし、日本からエコノミストを取り寄せて毎週目を通しているのでこれもかなりの情報に接しているように思います。

関心のある野球等のスポーツに関してはNHKで毎週のように中継もありますし、ニュースでも大きく取り上げています。また、インターネットで細かい情報を見ることが出来ます。細かいデータがある上に大体のサイトではリンクが為されており、より知りたい場合にはクリックすれば詳しい情報を得る事が出来ます。例えば阪神がこの4月に快進撃をしましたが、各選手のデータをチェックしている内にベンチ入りしている選手の大体のイメージを持てるまでになってしまいました。勿論先発投手もほとんど的中するようになってしまいまいた。要するに日本に住んでいた時と比較しても日本の一般的な情報を得ているという事になります。

このような状態になりますと果たして本当に自分は「日本に住んでいない」のかと自問自答しております。確かに物理的には遠い地球の反対側ですが、日本でやるだろうと思う事はほとんど出来る状態であるように思います。ただ唯一出来ないのが実際の外出という訳です。ただし、日本人も当地には7千人が住んでおり、その内のかなりの人が首都であるアスンシオンに居ます。色々な日本人と実際に接する事も多く、和食のレストランで食事をしたり、日本食の食品店で買い物する機会も多いのです。このように考えますと「日本国パラグアイ村アスンシオン部落」に住んでいると考えますと日本の地方に住んでいるのとほとんど変わらない事になります。違いはもう一つ実際にパラグアイ社会が存在しているという現実だけだと思います。

当地に住んでいる日本人・日系人の中にはパラグアイ社会よりも「日本国パラグアイ村アスンシオン部落」に重きを置いている方も居ます。振り返りますと、以前当方はブラジルで日本の会社から派遣された駐在員という身分で滞在しておりましたが、当時の状況は到底ブラジル社会に生きているとは言えない状況であったように思います。同じように「日本国ブラジル県サンパウロ市」に住んでいたように思います。

意識的にまた置かれた状況で「日本国パラグアイ村アスンシオン部落」に住んでいるという訳です。今後当地にシルバー移住を考える方等は敢えてパラグアイ社会の一員とならずに「日本国パラグアイ村アスンシオン部落」の構成員なのだと意識すれば良いのかも知れません。これに否定的な意見もあるかも知れませんが、肯定的に考えてみれば十分大きな社会であり、色々な経験をお持ちのシルバーの方の活躍の場所もあると思います。



09・歴史の意図するところ (2002年03月11日)
人類の歴史を振り返ってみますとこの数千年はそれまでの歴史と全く異なる様相を呈していると思います。特にこの2千年、そしてこの百年、変化は大きくなっているように思います。人類の歴史の意義を考える意見は様々ですが、この頃考えるのはDNA全体の意図ではないのかいう事です。人生の意義、子供を育てる意義などは様々に言われていますが、利己的な遺伝子(リチャード・ドーキンス著・紀伊国屋書店)という書物がありますが、そこでは遺伝子自身が本質であり、我々はDNAを運ぶキャリーのような船のような存在ではないのかと定義されています。

一歩進んで全人類の遺伝子全体が意図を持って歴史を築いているのでと考えられるのではないでしょうか?遺伝子の目的は複製にあり、広がれる世界が無限にあると思われていた時代にはただひたすら複製を作る、要するに人類の居住地域を増やし、個体数を増していた。数百年前にそれが限界に達したと遺伝子が認識し、また広がり過ぎてそれぞれの地域で亜種が出て来る恐れを察知したのではないかと考えるのです。そこで遺伝子の総意は個体の多くをかき混ぜる事を意図した。具体的には技術革新により人が容易く移動出来る時代となり、インターネット等で全世界の情報を一つにしている。これ全部が人類遺伝子の総意によって起こっているように思えるのですが如何でしょうか?戦争等のこの数百年の混乱の歴史はその試行錯誤の結果であり、やがて収束して平和な時代が訪れる事になるように思うのですが。



08・ウイルスとテロ(2001年09月29日)
このところ世界中で話題になっているのが、「テロ」「コンピュータ・ウイルス」「狂牛病」「エイズ」など、今まで想像もしていなかった事態だと思います。これらには何か共通する印象を受けるのですが、如何でしょうか?

米国は今まで20世紀的な発想で弾道ミサイルを迎撃する事に執念を燃やし、多額の開発費を用いて来ましたが、たった数本のカッターナイフという非常に簡単で原始的な武器だけで国の根幹を揺るがされてしまいました。国をそして国民を守る為に使うべきお金の使い道を間違えていたという気がします。方向転換が必要な気がします。今までは戦争と言いますと国と国の対戦がほとんどでしたが、これからはグループとグループそれもそれぞれの規模に拘わらないものが増えて行くのでしょう。これを機会に国、戦争、軍備、軍隊などの目的やあり方が大きく変化して行くのでしょう。また、今回の事件で大規模なテロが何時起きるか分からないという恐怖、特に米国の都市部に暮らす人々は常に抱くようになって気がします。このような事が何回か起きますと、便利で快適な都市生活が恐怖と猜疑心に包まれたものになってしまい、都市生活自体がリスクとなってしまう恐れがあるように思います。テロとの戦いは相手が見えず、果てしなく、敵の少ない準備に対して多額のコストが必要になるという非常にやっかいなものであると思います。

このテロに一番似ていると思うのがコンピュータ・ウイルスです。「ニムダ」という恐ろしく強力なウイルスが出現しました。今までもウイルスがあったのですが、今までのは添付ファイルを開くと感染するというものでしが、今回のは見たら駄目というもので、メールを開く際に細心の注意が必要になりました。つい一年前くらいまではウイルスに感染するというのは珍しい事で、特に注意もしていませんでしたが、最近は毎日感染の可能性があるように感じます。もっと強力なものが出現して、受けたら最後ハードディスクを破壊してしまう・・等というウイルスが出現してしまうのではという恐れを抱きます。メール無しでは仕事にならない、FAXの時代、そしてTELEXの時代にはもう後戻り出来ないと思います。そのメールのシステムを破壊してしまうウイルス、これも相手が見えず、果てしなく、敵の少ない準備に対して多額のコストが必要になるという非常にやっかいなものであると思います。全くテロと同じであるように思います。IT革命自体に暗雲が立ち込めて来たという気がします。

そして狂牛病、エイズ、人体や牛に対して今までとは全く違う形で危機が忍び寄っている。日本でも狂牛病が見つかり、今後次第に侵食して行く事になるのでしょう。この問題に関しても多額の費用と労力が必要となり,克服に至るまでは長い戦いになるのでしょう。このようにして見回しますと現在の状況というのは非常に厳しいものであると思います。人の生き方、人類の生きる方向自体に対する反省が必要なのかも知れません。



07・情報革命(2000年12月22日)
このところ世界中で「IT・革命」、「情報革命」だと大騒ぎをしています。大きな変革なのか第二次産業が勃興した「産業革命」と比較されることも多いようです。確かにものすごい事が起きていて、我々は大きな変化の渦中に居るのかも知れません。現在では当たり前になっているインターネットも10年前にはまだ夢物語であったのですが、現在ではこのように自分の意見を世界に向けて発信することが出来、また仕事の上でもFAXがメールに置き換わってしまいました。以前FAXの時代にはコストを意識して外国への通信には制限を加えていましたが、便利に安く使えるインターネットのおかげで気軽に世界中にメールを送ることが出来るようになり本当に地球が狭くなったと実感しています。

現在進行している大きなうねり、この革新には二つの面があると思います。ハード面とコンテンツ要するにソフト面の変革です。まずハード面で起きている現象は、「通信革命」であると思います。今までは非常に高くかつ貴重な「電話回線」を交換機を用いて利用者がシェアし、またインターネットを利用する際にも電話回線を利用するという状況るという状況でしたが、これに変化が出て来ているようです。

技術革新により回線の容量は飛躍的に大きくなって来ており、近い将来には電話とインターネットの立場が逆転して、インターネット中のコンテンツの一つとして音情報があり、またその中の一つとして音声のやり取り、すなわち電話が存在する、というように変化するのでしょう。現在の最先端技術では世界の情報の数万倍という容量を持つものまで開発されていると聞きます。それだけ大きな容量であればいちいち交換機などを利用しなくても情報をどんどんとそのまま垂れ流しする事が出来るようになり、そのような状態では交換機も交換嬢も不用となり、従ってそれを提供する事によって成り立っていた電話会社というものは存在しえなくなるということなのでしょう。

回線が大容量となり、なめらかな動画も自由に配信出来るようになるのもそう遠くないように思います。技術的には既に可能となり、一部の地域では実際に実験的ではありますが実現しています。世界的にインターネットの回線に自由になめらかな動画が送信出来るような事態になりますとインターネットとテレビとの差異が無くなってしまいます。最近のデジタルビデオの技術の進歩を見ていると設備投資も不要になり、誰もがテレビ局、それも双方向で開設出来る時代が直ぐにやって来るようになるのでしょう。近い将来、電話会社に次いでテレビ局というものが姿を消すことになるのでしょう。それにしてもなめらかな動画が自由に放映出来るとなりますと、国境を越えてポルノ、爆薬の作り方、テロ集団、オカルト宗教、などの「番組」が自由に流されるようになり、現在のインターネットの比では無い程社会的に影響が出て来るように思います。個人を精神面で鍛えておかないと大変なことになるように思います。

次ぎに挙げられるのはソフト面での「インターネット革命」だと思います。さてインターネットの画期的な点は何でしょうか?今までと違う事は基本的には利用するのは「無料」であることだと思います。確かに一部に有料コンテンツはありますが、ほとんどは無料で利用出来るようになっています。大手新聞社のページでは刻々とニュースを配信しており、それを閲覧出来るようになっています。広告など他の方法により収益を挙げる様にして、事業として成り立つ仕組みを作り、利用はタダという原則が定着してしまったように思います。近頃ナスダック市場が低迷し、最高値の半額にまで下がり、特に情報関連株が売られていますが、本質は「インターネットは無料」という大原則に沿わざるを得なくなり、収益の確保が難しくなって来ているのだと思います。

情報産業の会社として代表的な成功した例と名高い「マイクロソフト社」も現在はコスト削減に取り組むなど、かなり厳しい状況に置かれているようですが、収益の要である「ウィンドウズ」、「オフィス」等のソフトに対して競争相手として新しい「リナックス」「スターオフィス」などの無料の公開ソフトが目覚しい進展を見せているからだと思います。またプラウザ閲覧ソフトの代表格である「ネットスケープ」も以前は100ドル以上出して買っていたのが今は無料となっています。何でも無料化、これが流れのように思います。この傾向はプログラム・ソフトだけに留まらず、今後は音楽、動画などを無形のものを何かの見える形にして売ること、例えばCDとかビデオとかにして売る事が出来る時代が終わるように思います。知的所有権を大事にする米国は激しく抵抗するでしょうが、それが時代の流れなのでしょう。

通信のコストも急激に下がり、これもコストがゼロ、要するにハードもソフトも利用は無料という状況になり、爆発的に利用者が増え、ほとんど世界中の人々をカバーするようになるのでしょう。そしてコンピュータの性能が現在の速度で進歩すると後15年でほぼ完璧な翻訳ソフトが可能になるという予測があります。そのような時代になれば言語の壁も無くなるわけで、いよいよ「世界は一つ」と言う状況になる、果たしてその時には社会はどのようになっているのでしょう?国境と言う壁にどこまで存在意義を持たせることが出来るでしょうか?また「価値」というのはどのようになっているでしょうか?


06・NHK国際放送(99年09月05日)
パラグアイでも昨年から正式に国際放送を見る事が出来るようになり、ダイレクトで日本と同時にテレビを見る事が出来る時代になりました。40年前の開拓当時のお話を伺うと日本の情報はほとんど入らず、どのような流行歌があるのかなどは知る由も無かったと言います。移住者の楽しみは領事館が手配してくれる紅白歌合戦の8ミリで、それもかなり遅れて3月頃に廻って来たという話です。

90年に移住した時にはまだ国際放送というようなものは無く、専らラジオが情報源でしたが、短波は入りにくく外へ出て聞くようなことをしていました。そして3年前にインターネットが導入され、いよいよ日本との時間差は無くなり、情報を取り出せるようになり、そして昨年からはNHK国際放送で番組を直に見る事が出来るようになったのです。デジタルで送信されるために画像は日本で地上波で見るより鮮明です。内容はほとんどがNHKの総合放送で朝の連ドラ、毎日のニュース等は全く日本と同時に見る事が出来るようになりました。日本でも情報はテレビを見ている訳ですから日本国内に住んでいるのと全く違わない状況になったと言えます。

問題は放映権だそうで、ニュースの中でも全く放映されない場合があります。またオリンピックなども全く放送されません。放映権に関して、交渉する際に例えば「ニュースに利用する1分以内の映像」は除外する等の条項を入れるよう交渉をして欲しいように思います。(現在は全く国際放送の事を考慮に入れていないのでしょう)また、英語の番組もあります。個人的には日本語で全部放映するべきだと考えていますが、NHKもお役所仕事、外国=英語の放送という意識があるようで、英語の番組は必要と考えているようです。英語の放送を望んでいる人が実際にそれほど居るのでしょうか?外国においてNHKを見たいと望んで、手間とお金をかけて衛星の受信装置を備えるとか、ケーブルテレビと契約するという人はNHKの「日本語」の放送を見たいのだと思います。当地でも多チャンネルとなり、ケーブルテレビからはスペイン語、英語、フランス語、ポルトガル語等の様々な放送を見る事が出来ます。どの局も他の言語に切り替わるという事はありません、一日同じ言語です。このチャンネルであればこの言語という安心感があります。それと比較してNHKは英語を混ぜている、これは全く理解出来ません。特に中南米地域で英語で放送するというのは「見るな」という事とほとんど同義語であるように思います。

NHKの回答(当方の質問に答えて)
NHKの海外発信には、ふたつの目的があります。一つは、海外在住の日本人に対する情報の提供、もう一つは外国のかたがたに日本に対する理解を深めてもらうということです。おっしゃるようにNHKをご覧になっている方は、ほとんどが日本の方ですが、外国の方にもNHKファンの方はたくさんいます。

外国人のたくさん??のファンの為に英語放送を続けるという考え方ようですが、個人的には要らないように思います。(2ヶ国語放送で充分だと思うのです。)なお、番組の内容に関しては下記のページに1週間分の放送予定があります。月、木に更新されています。

NHK国際放送番組表


05・スペイン語・ポルトガル語(99年09月05日)
日本で勉強する外国語はほとんどが英語ですが、南米では特殊な場合を除いて余り英語は使用されません。従って、南米に暮す者にとってはスペイン語もしくはポルトガル語の学習が不可欠となるのですが、これがなかなか大変なのです。

作者も最初に南米に来た時には(ブラジル)全く言葉が判らず、苦労した記憶があります。ではどのくらいの時間でどの程度上達するのでしょうか?作者の経験から見ますと、勿論個人差はありますが、大まかに見て、10歳以下で移住して来た人はほとんどネーティブになり、むしろ日本語に不自由が見られる。これ以降一歳刻みでその比重は変化し、18歳以上で来た人はもう完全に日本人、日本語の方が楽でスペイン語は勉強した言語となるように思います。30歳以下で来るとそれなりにスペイン語が利用出来ますが、40歳以上になりますとかなりの努力をしても習得が難しくなって来ます。このように見ますと言語の習得に関してはその人個人の資質もある程度は関係しますが、勉強の開始年齢が非常に重要だと思います。日本の学校教育の中で英語の学習を12歳としていますが、個人的には10歳以下に引き下げ、それも発音、聞き取りを中心に学習することにしては、と思います。

どの程度の時間で習得が可能か?という事ですが,色々な人の経験を見聞きして、日本語の無い状態で現地の環境の中で個人が非常な努力をして、3ヶ月というのが目安のようです。高校生を中南米に派遣している団体の方にお話を伺うと大体このくらいで出来る様になり、1年後日本に帰国する際には日本語が余り出て来ない程度になるそうです。10代での研修は非常に効果的だと思います。

次ぎによく聞かれるのですが、スペイン語とポルトガル語はどの程度似ているのかという事ですが、個人的には河内弁と標準語くらいの差だと思います。あるお笑い番組で「河内弁口座」というコーナーを設けて、真面目に?外国語口座のような形式で河内弁学習のを取り上げていて、最初に河内弁を話し、それを標準語で解説するというものでしたが、結構違うのです、別の言語と考えて良いほどです。この程度の違いだと思います。しかし何を言っているのかは大体理解が可能なのです。発音はスペイン語の方が単純だと思います。ブラジルで友人が「スペイン語は赤ちゃん言葉みたい」と言っていたのを思い出します。文法もスペイン語の方がよりシンプルなようです。話を聞くと古いスペイン語は現在のポルトガル語に似ているそうで、より単純化・簡素化されているようです。もし両方を学習するのであれば先にポルトガル語を学習した方が良いかも知れませんね。発音は日本人にとっては楽で、スペイン語の場合、5ヶ国語会話集のようなものでカタカナを読めばほとんど問題無く通じます。要するに日本語と発音が近いように思います。あの余り規則的で無い文法を持ち、発音と文字との相関性の無い英語学習を義務化されている日本人、規則的で発音し易いスペイン語の方が楽だと思います。


04・本を書いて(99年 8月25日)
ホームページを発展させて、とうとう本まで書いてしまった。この事は別のページで詳しく説明していますが、自分の本が出てから色々と考えてしまいます。

今回の本は「パラグアイ」がテーマとなっていますが、どう見ても作者の本、作者らしい見方、独断と偏見を交えて言いたい事を書き綴っています。個性丸出しで、本の最後は脱線して興味の在る「日本の金融問題」や、ついには「女装」の話題まで出て来る始末です。今見返すと、何か自分そのものを世間様、他人様に公開しているようなそんな恥ずかしさを感じます。例えればパンツを履かないで街を駆け巡るストリーカーのような気分になるのです。また、今思い起こすと今まで深層的に自分の考え方を延々と誰かに聞いて欲しいという欲求があったように思います。もしこの本の内容を普段の生活で延々と誰かに話し出したら、まず嫌がられ誰も聞いてはくれないでしょう。それが「書籍」という体裁にすると何と1,400円というお金を出していただいて読んで貰いただける、何とも不思議な気がします。

そして本を出して決定的に変わったのは人の本を見る時ですね、今までは受身で読んでいたのですが、書き手の立場を考えるようになりました。と言いますのは書き手になって初めて感じたのですが、本音を押さえる事があるのです。どこか気持ちの中に「公的な物を書いている」という意識があるので、書きたいが敢えて避けたという事がしばしばありました、また反対に話を面白くするために、嘘にはならない程度ですが、多少誇張して脚色したりシトゥエーションを多少変えたり、二つの話を一つにまとめたりしたこともありました。昔読んだ本を手にして、今読み返してみますと「ああ、この辺は押さえているな」とか「ちょっと脚色があるな」など今までと反対に書き手の立場で読んでしまいます。

ただ、一つ不可解に思うのは、作者のプロフィールで生年月日、学歴、職歴そして写真を掲載するのが一般的なようで当然当方にもそのような依頼がありました。どこの大学を出ている等という話題を当地では一度も切り出した事が無いので、改めて日本の経歴社会を思いました。ただ、生年月日と写真は勘弁していただきました。と言いますのは本を購入して生年月日があるとどうしても年齢を勘定して先入観で読んでしまうのです。また写真もしかり、顔を出さない方が良いと考えこれも省略していただきました。

筆不精の筆者は作文が苦手、手紙を書くのもおっくうでした。インターネットの時代となり、このホームページを作成して以来、文章を大量に書く「癖」が付き、雑誌に出してもらい、新聞に出て、日刊スポーツの連載を担当し、ついには本まで出してしまいました。学生時代には国語と英語が苦手で仕方が無く理系に進学した作者ですが、今英語はスペイン語に国語は文章書きと多少の違いはありますが、この二つが生活の軸になっている、何か不思議な気持ちですね。学生時代の得意・不得意は18歳時点でのもの、人生を経るに従い変わるのは当然な事なのかも知れません。年功序列・終身雇用が崩れているのも20歳のエリートが40代になってもエリートとは限らず、能力の序列も変化していると考えれば当然の流れなのかも知れませんね。


03・国家 (98年 9月15日)
国家というのは何だろう。実態は?とよく考えてしまいます。小さい時に家にあった地球儀は綺麗な色で国が塗り分けられており、国というのは厳然たるものであり、昔から「日本」という国家が厳然として存在していたように考えていましたが、高校時代の歴史の時間、古代史の時間に日韓の国境など全く存在しておらず、行き来も盛んに行われていた話を聞き、「国境」などと言うものは近年創られた概念だと認識したものです。このフィクションはそれ程古いものでは無い、特に今世紀、帝国主義の時代に完成したものなのかも知れませんね。

ここパラグアイに移住してみると国籍というものは日本と余りにも違うのに驚きました。移住者と混血の国、生地主義の国、ですからパラグアイ人と言っても人種は様々です、事務所に20人程の人が働いているのですが、スペイン語がへたくそな作者ですが、最近は自分が日本で考えるような「外国人」、「外人」という思いを持ったことはありません。皆に国籍を尋ねると二人がアルゼンチン国籍、二人がウルグアイ国籍でした、また一人居る日系人は当地で生まれたのでパラグアイ国籍です。周りが同じスペイン語を話す近隣諸国、来る人、働きにまた勉強に出て行く人が多いのです。ここでは自分がアジア系の顔をしているのを忘れる程です。

国家というのは何故あるのでしょうか?そこには中央政府があり、お金を発行して、枠組みとしての国家が存在する、国民と称する人々はこの枠組みで生活する、それが常識であったように思います。国家は本来そこに住む人の為に存在する便宜システムであったはずなのですが、今世紀の歴史は国家が手段から目的になってしまい、世界中が狂気の戦争を繰り返して来ましたが、果たして多くの人が守ったこの「国」とは何であったのでしょうか?


02・お金に関して(98年 9月02日)
最近の経済雑誌などを眺めていると「投資信託」「デリバテイブ」「スワップ取引」など難しい言葉がよく出て来ます。「金融」というのはどうやら専門の人が知恵を絞ってどんどんと複雑化して行く物なのでしょうか?最近の金融・経済記事、作者にはよく理解出来ません。元々は一人では出来ない大きな事業を皆で協力して行う為に出来たはずの「株式会社」にしても、いつのまにか会社の事業、業績よりも「株式取引」に関心が移り、その後「社債」が出て来て、「転換社債」が出て来て、「ワラント債」等というものが出てくる、これは何でも「新株授権付き転換社債」と言うのだそうだが、多くの人がバブルの時代にこのワラント債なるものを買って紙くずになったという話が新聞出ていました。けれども、難しくて作者のような素人には理解出来ないのもこれでは当然だと思います。現在、日本の銀行のデリバテイブ取引は大手19行で1,440兆円在ると言いますがどうもピンと来ません。

よく考えて見ると「お金」というのは何を意味しているのでしょう。これが作者にはよく理解出来ないのです。「お金」は人間が決めた約束事で元から存在しているものでは無いはずです、一年の長さは地球の公転で決まる公理である、というような性質は異なり、所詮「国境」,「暦」などと同じで、元来人間が作ったものであり、当然のことながら変更可能なものであり、「あると思っているだけ」のものなのかも知れないと時々考えてしまうのです。実際、お金の価値は何に裏付けられているのでしょう?政府が価値を保証しているのでしょうか?

確かニクソン・ショックまでは金とドルは交換可能で1ドルが360円で固定相場であって、日本の円もその比率で金と交換可能で価値があったように記憶しています、でもあの時「変動相場制」になり、当時は1ドルが306円になったことが大きく取り上げられていましたが、ドルと金とのリンクがはずされドルが責任の無い・「単なる紙切れ」になった方が重要だったように思うのですが。

今のお金は単なる紙切れで別に政府が具体的に価値を保証しているわけでは無いとなると、「価値があると思っているから価値がある」「受け取る人が価値があると有難がっているので価値がある」というわけの解らない説明になってしまうように思います。

お金の始りは物物交換で、その後、稀少価値のある金属が仲介役になり「貨幣」に進化し、稀少価値の金属、具体的には金と交換が可能な「証券」としてお札が登場し、そしてそれが紙切れになり、続いては「小切手」という紙に数字を書きこんだものになり、次に「プラスティクのカード」になり、そして今「単なる信号」になろうとしている、どんどんと抽象化して行き、極限まで行き着いて最後は消え失せるのは?と思っています。

今後百年くらいの間に消えるのは「国家」(国境)と「お金」では無いでしょうか?毎日、世界中が金融問題で右往左往しているのを見るにつけ、どうも実態の生活からどんどんと乖離して行く印象を受け、違和感を感じてしまいます、この2つは、長い人間の歴史で一番重要とされ、多くの人が争奪戦を繰り返し、時には命さえ引き換えにして来たわけですが、行き着く所まで行った末に、近い将来このフィクションが終焉に向かうような気がしてならないのです。お金と国家が消滅した世界、現在の中央集権的な政府を持たない、従って国家発行のお金も存在しない、インターネットのような網のような人の繋がりが中心の世の中、そんな空想をするこの頃です。


01・変身(98年 9月02日)
人間には「変身願望」というものがあるのではないかと思います。一度しか無い人生、作者も生まれ変わって違う存在になってみたい、そんな思いに捕らわれることがあります。作者の場合は「移住」を実現したことである程度は達成しているのかも知れません。日本で企業のサラリーマン生活をしている時に「何か違う生活」をしてみたいという願望を持ちましたが、日本以外の全く違う社会システム、言語の中で生活すること、これを実現したのですから一種の「変身」なのかも知れません。でも最近は余り人気が無いようですね。もはや「南米移住」は遠い過去の言葉になってしまったのかも知れません。外国には行ってみたいが、やはり日本に住みたいというのが最近の傾向なのでしょう。

最近はもっと手軽に変身を楽しんでいるようです。インターネットを見ていると劇画・アニメーションの主人公のコスチュームを身に着けそれを楽しむという趣旨のページが沢山あります。これを「コスプレ」と言うようなのですが、これもインターネットで初めて知った言葉です。例えば「セーラームーン」になりきって楽しむというようなものです。本人達は楽しんでいるようで微笑ましい限りです。

また、「女装」というジャンルが多いのにも驚きました。テレビで「ニューハーフ」「おかま」くらいしか知らなかったのですが、インターネットを見ていると普通の人を対象にした専門店が沢山ある、強い女性に憧れるのでしょうか?男性の女性化が進んでいるのでしょうか?また女性に変身した写真をホームページに掲載しているページも数多くあるようです。中には本物の女性にしか見えないページもあり、なかなかのものです。またフルタイムごく普通の女性として生活している方も居るようで認識を改めました。

このように女装を趣味で楽しんで居る人が居る一方で、自分の性に違和感を持ち、悩んでいる人が多いのにも驚きました。昔読んだ本で「第2の性」というのがありましたが、そこでは「女性は作られる」とあったのを記憶していますが、どうやらそれほど単純な話では無いようですね。環境ホルモンなどで男性の性に質的な変化が生じているのかも知れませんね。





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