はしる!パークトレイン
太平の花まつり(栃木県国分寺町)
二代目坊ちゃん列車
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| 夜明け前乗り場にて |
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| おまんら、ここが日本の夜明けぜよ。 夜明け前に坊ちゃん列車というと、ここは土佐か伊予の地…ではなくて何故か栃木県は国分寺町。さて、その謎を解くべく僕は東北本線に乗っておでかけするのでした。え〜、ところでこの日はよい天気で我がヨワヨワなデジカメは色飛びまくりなのでした。全体的に画面が白っぽいくてすみません。 Special thanks, 栃木県国分寺町役場 and 入間郡さん |
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駅前にはタクシーがたくさん止まっているのでタクシーを使うのも悪くありません。 車でなら4号線(首都圏からなら4号バイパスの方が車の流れが早いです)もしくは東北自動車道 栃木インターから30分というところでしょうか。ただ4号バイパスにしても栃木市周辺にしても時間によっては慢性渋滞になるのでご注意を。 |
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歴史の町、国分寺町。町の名前の由来は奈良時代の国分寺建立に由来します。 さて4月ともなると桜やつつじが見頃になると国分寺跡を中心に作られた天平の丘公園を中心に「天平の花まつり」が開催されます。 坊ちゃん列車は町営民族資料館「夜明け前」にて春と秋の機関限定で運行されておます。1回乗車が大人300円、子供が半額となっているなり。 |
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さて、このモデルはイタリアDOTTO社のTorro
T1モデル。 ドット社が設立されてはじめて作られたタイプです。パーキンス製 4000ccディーゼルエンジンで悪路も坂道オッケーという豪快ぶり。 レインボーカラーがとても綺麗なんですが、何でこれが坊ちゃん列車? それにはワケが。去年秋まではもう少し小さくて黒いロードトレインが運行されていたのですがそのデザインが坊ちゃん列車に似ていたのです。 しかし10年に渡り運行され惜しまれつつ引退。そして二代目のロードトレインが兵庫県御津町の世界の梅公園から貰われてきたのです。
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夜明け前乗り場に止まっている二代目坊ちゃん号。 先頭車ですが、ベースがトラクタだけあってリアタイヤは異様に大きいです。 どれくらい大きいかは被牽引車(客車)に乗ったお客さんと対比すると一目瞭然。直径1メートルはあるんじゃないでしょうか。 お客さんの方も平日ながら、珍しさも手伝ってか結構いらっしゃいました。
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民族資料館「夜明け前」をバックにして。 この民族資料館は元々別のところに建っていた農家をここに移設して、昔ながらの家並みを再現したんだとか。 そういわれてみるとなかなか威厳のある家に見えてきたぞ。 夜明け前の語源ですが、この家が明治時代にちなんだものだそうです。坊ちゃん号はそこを走る黒い列車(ロードトレイン)だからだそうで。なるほど、勉強になりますなあ。
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子宝橋の近くを走る二代目坊ちゃん号。この近くには植物園もあります。 子宝橋とのツーショットも狙ってみたんですがイマイチな出来で…。 この木立の中は未舗装なんですが、そんなところも大きなタイヤの二代目坊ちゃん号は楽々と通りすぎていきます。 ところで二代目坊ちゃん号。世界の梅公園の頃は客車3両編成だったのですが、さすがにここではそのサイズを持て余すのか2両編成になっております。確かに銭成石の前の急カーブは大変そう(それでも道を広くして舗装して少しでも二代目坊ちゃん号の負担のないように道路改良されています)。 一度は引退したロードトレイン、ここでまた活躍できる場が出来てよかったですね。長く愛されてください。 |
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公園の南側には何やら不思議な石の塔が。 実はこれは紫式部の墓ではないか、と言われております。紫式部はご存知源氏物語の作者です。 この石の塔は昔からここにあったのではなく、近くの川沿いにあったものを明治時代に河川改修の際にここに移設したんだとか。 さすが歴史の町ならではのお話ですね。 なお、お墓そのものはともかく、紫式部がこの地方の出身だったことは本当のようです。この辺りの地名も昔は「紫」と呼ばれていたんだとか。
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えっと。ただ単にずっと道を歩くのも何なので春を愛でてきました。沿道脇にはつくしんぼうの姿が。 天平の丘公園に向う途中には、自転車に乗った中学生に挨拶されました。とってもよい感じです。 心あらわれた一日を過ごしたところで、ではでは〜。
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