今迄にリリースされた 私こと昌己μの作品を収録したCDです.
2007年までに3枚のソロアルバムをリリースし、8枚のオムニバスに参加しました.
いずれもプレスCDで製作したもので、CD-Rは一点もありません。
今迄CDで発表した曲はいずれもギターのインストソロです.
μ III triode/ masaki μ: 2006年12月10日リリース, Guitar Village.
GV-004440このアルバムのリリースの前後1年ほど、なんか一杯CD出してるように思われたかもしれませんが、 ソロアルバムとしては前作から4年近く経過しています。
基本的にはギター一本だけのインストという路線は変えていません。すべてマイク収録で録音し、 ライン収録は行わなかったのも同様。多重録音や編集による修正なども基本的には行わず、 所謂「一発禄り」のアルバムであることは、前作までと変わりません。..が、今回は 帯にも明記 しましたが、track 5 に限り曲の途中で故意に別のテイクをつなぎ合わせています。("Chimaera" という曲名は、そういった作り方からきています。) この曲は、基本的には即興演奏を途中でぶったぎって、別の即興演奏を挿入することで、 あえて自然な流れを遮り、不自然でアンバランスな緊張感、ある種の「醜悪さの美」 を得るような効果を狙ってみました。(これも、このちょっと前に参加した「涙」のアルバムの影響? いえ、実は涙リリース時には、既にこの曲のmix/editは完成してましたけど..)
もう一点、このアルバムでは以前のソロアルバムと少し違った取り組みをしてい る点がありまして、それは実は3曲目と最後の曲で使用したギターなのです。 お聴きいただければお判りの通り、これらの曲はフラットワウンド弦で演奏されていま す。フラットワウンド弦自体は以前からよく使っていましたし、今回もほかの曲でも使っています。 ですが、この2曲は所謂アコギにフラット弦張ったのではなく、 アーチドトップ、つまり所謂フルアコのエレクトリックギターを、 電気を通さないで生音だけで収録したものなのです。そう、 発想的にはJoe Passのアレです。かつてjazzギターの名盤生み出した音作りのアイデア。 30年以上経過した現代のギター弾きが、 現在の技術と耳でどんな音世界を描き出すかを確かめていただければと思います。
こういったいくつか変化をつけてきた手法が、アルバム全体の雰囲気にどれほどスパイスになったかは、 全体をお聴きいただければと思います。幸いにしてお聴きいただいた皆さんからは、 「繊細で刺激的」「絶妙な和音」「1曲目のガッツな感じは、「こう来なきゃ!」と思わせる」 などの「我が意を得たり」な御感想をいただき、喜んでおります。 特に、わりと業界の方面から「超絶技巧だけが注目点でない」 的なコメントをいただけたことが、ちょっと屈折的に嬉しい。:-b
μ II dimensions/ masaki μ: 2003年2月22日リリース, Guitar Village.
GV-002220
2枚目のソロアルバムです。上の画像はジャケット見開きの状態。このジャケットは、このよう
にひろげた形で御覧いただくことを前提にデザインされています。カバーイラストはOld Time Picking Garageさんが同店さん主催ラ
イブのポスターのために制作されたものを、決めていたアルバムタイトルにぴったりのイメージ
だったので、無理をきいていただいて譲っていただきました。(あらためて感謝!)
音の方は今回も結果的には純粋なマイク録音で、編集も多重も一切なしになりました。(なにせラ
イン録音とか多重録とか、何とも情けない凡庸なモノしかできないぐらい下手なんで...くやしい。 X-b)
音色や曲の作りも「響きで絵を描く」というイメージでやっていて、1作目を基本的に踏襲してい
ると感じていただけると思います。ただ前作よりももうちょっと聴き応えのある「何も足さない。
何もひかない。ありのまま。」的な生々しさがある音になっています。勿論、take 1だけ録って
いきなりOKという曲ばかりではありません。(1曲だけ、全くのインプロビゼーションをそのま
ま収録していますが...)年単位の時間をかけて曲を作り込み、1年近くかけて数十テイクのとり
直しと時間を置いたあとでの試聴を繰り返した曲もあります。そういった試行錯誤の積み重ねに
なったということも、「そうせずにはいられなかった」姿をそのまま収めるたというつもりです。
このアルバムでは99年に制作したAcoustc Breath 2のタイトル曲になったBorn in The Airを、再
度録音して収録しています。今回はBorn in The Air(evolution)と題し、2分程長くなって9分
近い大曲になりましたが、これはAcoustic Breath 2をお聴きになられた方は是非聴き比べていた
だけたらと思います。
また今回はじめてCDの録音でShimo GuitarsのHerringbone 2を2曲
(track4, track 5) で使用しましたが、この音は是非良い再生環境でじっくり聴いていただけ
たらと思います。ちなみにこの2曲は録音した生の音源を1dbたりともイコライジングをしてい
ませんし、リミッタも使用していません。(reverbだけ、高域に少し加えています。)この音は、
1stの録音の際に見い出した自分流のマイキング技術のひとつの到達点だと思っています。実際
この録音は、件のギターを製作された志茂さん御本人にも「生録音の音がすばらしい」という
コメントを頂戴できました。
geometry of voicing/ masaki μ: 2000年7月2日リリース, Guitar Village. GV-032200はじめてのソロアルバム。リリース以来、おかげさまで御好評をいただきました。 特に音質面で高い評価をいただいており、あえて自分でマスタリングまで担当した身 としては嬉しい限りであります。特に「風景が浮かぶ音」という反応が複数いただけ たことは、特に成功であったと思っています。 また、私が日頃から凄い腕前と密かに認める何人かのミュージシャンの方が、 このアルバムを聴いて「自分もやってみよう」という気になっておられるのも、 嬉しいと同時に楽しみが増えたことです。
発表から半年ほど経過して気がついたことですが、 このアルバムに対してあちこちからいただいたリアクションについて、 今迄オムニバス作品についていただいた反応と少し違っている点がありました。 それは、今迄参加してきたAcoustic Breathのシリーズ(特に第一作)には、 所謂、リスナー...あるいは消費者的なプレイヤーの方からの「アマチュアでも こんなCDが作れるなんて凄い」的な反応が目につきました。一方、 今回はどちらかといえば音楽業界で活動している方、プロ、セミプロの演奏者、 (面識はないが)こちらが お名前なり演奏なりを耳にしたことがあるような方からのコンタクトがいくつかあった ことが特徴があったといえます。それらの方々、お一人お一人関心を持っていただいた 理由は様々ですが、総じて「そうそう。そこを判って貰いたいのよ」と思えるような反応が 多かったのは嬉しく思えます。ジョイント・ライブや共演、共作のお誘いが多かったのも 嬉しいことです。 と、同時にこんな無名アーチストの自主制作CDにまでこまめにwatchされているかと 思うと、やはりプロは凄い。
またまた、発表から3年程を過ぎて2ndを発表して、あらためてこのアルバムのことを聴き直し
制作当時を思い出してみましたが.... 思えばこのアルバムを本当に納得できる形にすること
は、本当に精神的にキツい事でした。何故続けられたかといえば、単に断念したり妥協するこ
との精神的なキツさよりはマシだったから。それに尽きると思います。いわば、腹ペコで動く
ことすらつらい美食家が、喰わずにいるよりましだから力を振り絞って何かまともな料理を作
ろうとするようなものというか...完成したときは、「2度とやるものか!」と心底思いました。
そう思うと2ndは、誰かに美味しいものを食べて貰おうと喜ぶ顔を想像しながら料理するよ
うなもので、随分アルバム作りを楽しめたと思います。(実は僕は料理は、たまに朝食の支度ぐ
らいしかしませんが..)
Sounde in The WInd, Acoustic Breath Vol. VII: 2007年4月リリース,
TangoRecords, TROB-0709
シリーズ7作目です。ついに第一作の企画から10年が経過してしまいました。
この10年の間にシリーズの製作を通じて色々なことがありましたが、やはり
忘れがたい事件といえば、ノダゴロー氏の急死を忘れるわけにはいきません。
ノダゴロー氏は 中島 裕志とのデュオで Vol. V に参加し、
それから約1年後の2006年の6月にツアー中に突然43才の若さで逝去されました。
今回は、その中島裕志とノダゴローのデュオで未発表だった音源も収録されています。
(収録時期やゴローさんの使用楽器など、クレジットの内容が正確かどうか確信がもてませんが、
先のVol. V の収録と同時期のもののようです。)
masaki μは今回の作では、
即興ギタリストである故ノダゴロー氏への追悼を込めた作品を1曲収録していただいています。
今回のCDの最後に収めていただいたその演奏は、Volatile という題名をつけさせていただきました。
Volatile = "揮発性の" という意味です。CDのライナーに載せたことと重複しますが、
ゴローさんのような演奏を聴くと、音楽がいかにその場には留まらないものであるかをあらためて
強く感じます。
音楽とは、即興演奏に限らず、たとえ作曲した音でも録音した音でも、鳴った途端にすぐに消えてしまうものです。
その場に留まってはいないからこそ、人の内面に入り込み、何かを起こし、その痕跡を残す。
揮発するもの:volatileだからこそ、人の内側に何事かを残していく。
即興演奏家ノダゴロー。彼自身もその場に留まることはなく、
だからこそ何かを残したのかもしれない。
このテイクのプレイバックを聴きそんなことを思い、アルバムに収録していただくことにしました、
この演奏は、文字通り揮発して天に昇って、私の中にはもうありません。
ゴローさんのところに届いたかどうかは知りませんが...
もう一点蛇足ですが、この曲には今まで Acoustic Breath のCDに収録された曲としては例外的で、 使用ギターをライナーに明記しておりません。(無理な注文を聞き届けてくださった プロデューサの安田さんに感謝します。) 別に秘密にするつもりはありません。おたずね下さればどのギターを使ったかお答えできますが、 あえてライナーに載せなかったのは「そういうことを気にして聴く音楽じゃない」という 意志表明でもあります。
もう一曲の「宝島」の方は、ポジティブな精神状態で作られた音楽です。こちらも是非よろしく。 こちらは使用ギターもしっかりジャケットに載せてますよ。
『涙 〜ジョン・フェイヒイ・トリビュート〜 』
:2006年6月リリース、Otarnay Record [OTR-020] Acoustic Breathシリーズやライブで何度か御一緒させていただいたギタリスト、 浜田隆史 プロデュースの問題作。 (と言っていいのか?)いやまあ、なんというか...覚悟はしていましたが... 作ってはみたものの...まず思ったのは..
誰が買うんだ?
...ととと、今の無しね。 そうじゃなくて.... .なにしろアコギの世界にカリスマ的存在感を持つJohn Fahey へのトリビュートですから、 日本全国「判っていらゃっしゃる」アコギファンの皆様が....
激怒したりしないだろーな...(ぼそ)
.....あわわ、じゃなくて、きっと衝撃を受けられることでしょう。 (^^;)
もう自信と期待で一杯です。なにしろとんでもないですよ。この中身....
一筋縄でいかないどころじゃないです。だってそもそもJohn Faheyですよ。
いわゆる『アコギ・インスト』というと、日本では『あ〜んなヒト』とか『こ〜んな人』
がお好きとおっしゃる方をお見かけしますが、そういった皆様は止めといた方が...
是非聴いていただきたいです。
買う前に中身を確認してね。「金返せ!」と言われても困るから...
...って、そうじゃなくて... なにしろ、なにしろですね。公式ページにいわく! 「今までの日本のフィンガースタイル・ギター界では意図的に無視されがちだった、 不快感、怒り、あきらめ、そして未練といった、負の感情を表した作品集です。」... って......やっぱりそっち方面?....○| ̄|_.....
.... まあ、そういうことです。はい。怒りとか不快感とか..
そりゃ誰にでもありますが、そういった負の感情の発露が、
そうそう大っぴらにまかり通るのもいい世の中とはいえないでしょう。
(世間全体がどっかの掲示板みたいになったら、かなりイヤだ。)
負の感情というのは、そうそう誰にでも理解を求めていいようなものでもない。
負の感情は、それをそのまま表現して訴えても冷たく無視されることもある。
いやそれが普通だということを学ぶから、図に乗って発露し続けることなくなり、
だから殺伐としないでいられる。
というわけで、そのままでは理解されないから、受け入れてもらえない感情だから、
音楽にする。そういことらしいです。
60年代前後のJohn Faheyが疾走した時代の音楽って、そういった理解されない闇の面を、
ごく普通に音にしていた時代だったと思う。John Faheyの 耳障りな不協和音や、
長くて変化の少ないフレンドリーでない即興演奏...
確かに同時代の他のもっとポピュラーなアーティストにすら、そういった時代の音、
金属的な刺激音、電気楽器の歪んだ大音響、
親しみにくい曲構成、違和感のある不自然な変拍子...
聴く者を突き放すかなようなとっつきにくい音...時としてそんな音が溢れていた時代だった。
そういった当時の音が今でも評価を受け親しまれている反面、それが何であったのか忘れられ、
「そういう時代だった」で片づけられていくようなことに、少しばかり抵抗感は持っている。
それらの音、万人に理解を求めることなど始めから拒否しているような音..
むしろ理解されるべきでない、冷たくあしらわれてしかるべきことを表現しているから、
そういう音になったのでは?
そして、そんな理解を拒絶するような音だからこそ、限られた場で理解を共有できることが、
他の方法では得られない歪んだ愉悦をもたらすのでは?
いつしか「それを受け入れることが表立って抵抗なくできる」感情... 例えば理解とか共感とか信頼とか愛とか...そういったものを運ぶことが音楽の役割になって しまった。でもやはり今の自分も、心に闇を持っている。おぞましく幼稚で、 表立って発露したら咎められるか冷たくあしらわれるか無視されるような.. そんなつまらない面が自分にもある。そんな面だからこそ、音楽にでもしとくしかないんじゃ?
是非一度お聴きになって、頭抱えこんで下さい。
(というような内容なのか?やっぱり..)
それにしても「これでいいのか?」 って、キャッチコピーは絶妙だったかも... ていうか、出来上がった他の参加者の音聴いて思ったけど、 「もっと壊れても、よかったかな?」という感じも無きにしもあらず.. ですが、これ以上毒気が表面化すると、最初から通して聴くと悪酔いしそう。
Nostalgic Memories, Acoustic Breath Vol. VI: 2006年5月リリース,
TangoRecords, TROB-0607Acoustic Breath シリーズもこの作品で6作目です。プロジェクト立ち上げから8年、 参加アーチストはシリーズを合計すると38組 40人... この作は前作とのインター バルが最も短い期間で作成されたアルバムになりますが、勿論手抜きをしたわけで も、製作期間を縮めるために合理化したわけでもありません。相変わらず多重録音 もライン録音もパンチインも編集もない、一発録音の手間のかかる方法で収録して います。いつもは1年以上かかっている製作期間が、何故本作に限って短い期間で 完成し得たのか?それは、回数を重ねることで参加ミュージシャンの層が厚くなっ てきたということがひとつの理由として挙げられるでしょう。事実、今回は以前の 作に続けて名を連ねてきた常連のうち高山 千香夫、箕浦 博之、中島 裕志、浜田 隆史などの名前がありません。一方、過去の作品に登場しながら前作(あるいはこ こ数作)には名前の無かったLarry Conger&堀内 規行、末廣 純也、北村 昌陽が カムバックしています。つまりアーティストの数が増えたことで、ローテーション で参加することで、早いペースでのリリースが可能となったということなのでしょ う。というわけで、一曲一曲は、相変わらずじっくりと作られています。
しかし、あえてここで一言無駄口を叩くとするならば、(あくまで一参加者の個人 的見解ですが)、生産性の低い製作手段をとるからといって、その製作手段そのも のにこだわることがこのシリーズの目的だとは思いません。間違っても、ABは(こ のアルバムリリース当時、流行りの言葉でもある)『ロハス』なスタイルの実践だ などとは思っていただきたくないです。少なくとも自分は、音楽に求めるものをもっ とも合理的に効率よく実現する手段をつねに採用してきています。アーティストに とって寿命とは音のために消費するものであり、スローライフを目指すのが自分の 音楽の目的ではない。今回の作品に収めたScrambleを聴いていただければ、そんな 思いがお判りいただけるかもしれません。
In The Sunlight, Acoustic Breath Vol. V: 2005年7月リリース,
TangoRecords, TROB-0506Acoustic Breath シリーズ第五作は、前作からのインターバルが1年半強でリリースでき、 大きく間の空いた3作目〜4作目と違って、それ以前のペースを取り戻してきました。 ジャケットが、シリーズの1作目や安田さんのソロ作品に似てますけど、 安田さんの作品をずっとフォローされてた方は、ジャケットだ御覧になって「あ、これ持ってる」 と早とちりしないでね。:-b
この作品は土壇場での技術的ない行き違いで出荷済みの盤が回収となるドタバタがあり、 リリースが予定より遅れてしまいました。どうもお待たせしてすみませんでした。 予告させていただい時期より1ヶ月以上ものお時間を頂戴してしまうことになってしまいましたが、 その結果アルバムにかかわった者としては胸のつかえを感じることのなく、皆様にお勧めできます。 予想外に嬉しいことですが、音的にも先に回収となった盤より、良くなっているように感じます。 (後で知ったのですが、これは気のせいではなく、 先の盤でも問題の無かった1曲目から全体の完成度を考慮して リマスターされているそうです。流石世界のセイゲン、そこまでやるのか!) 最後の最後で基本的なところから再検討が行われたのは、 安田さんはじめ製作サイドには精神的にも金銭的にも労力的にも相当痛かったと思います。 常識的には一旦は完成した品を聴いて、 当事者であるアーチスト本人だけにしか判らないオリジナル音源との違いがあったとしても、 「今言ってもダメ」が普通でしょう。(実は、私は以前に問題の曲のライブ演奏を聴いたことがあったので、 印象の違いに違和感は感じましたが、当然意図的なものだと思い、 技術的な手違いがあったなどとはおもわなかったです。) もともとその音がオリジナルだという前提で、 編集/選曲/構成/ミックス/マスタリング...と確実にスタッフの耳で聴いて 「これで良い」と確かめられて出来上がった音ですから。採算性や営利を考えなくても、 「このままいこう」でも決して不真面目だったり不誠実な音楽の作り方というわけではないと思います。 しかし Acoustic Breath はそういう音楽ではない。それは理解できます。 そして回収・破棄 → 再ミックス・リマスタリングという手間もお金もかかる方法を選ぶ決断をしたのは、 Acoustic Breath シリーズの思想(?)というか製作の意図に合致するものだと考えます。 そして、そこまでやったからこそ、今までそしてこれからAcoustic Breath の Acoustic Breath たる面を評価し期待してくださる皆様のために、 胸をはって嘘のない音がお届けできるようになりました。自分は今回の処置は、 お聴きいただいている皆様ののためになる決断だったと確信しています。
そして自分としても、 こんな決断ができるプロジェクトに参加していたのだということを心にとめて、 一層襟を正して誠実に音楽に取り組む決意を感じました。 一旦完成品が出荷されてしまった後、 あえてオリジナルとの差異があることを申し出た某参加アーチスト、 そして回収の決断をしたスタッフには感謝です。
今回提供させていただいた自分の曲も、 アルバムを最終的な作品にまとめあげるまでのスタッフや 参加アーチストの恐るべしとも思える熱意に応えられるものであったかどうか、 思わず自分に問いたくなる思いでした。ていうか正直なところ、 「手抜きしないで、真面目にやっといてよかった...(冷や汗)」という感じ。 それにしても音楽をやる上で、何かを徹底するとは、...思いもよらない事態に、 思いもよらない決断を迫られるものなのだと痛感しました。 ただ粛々と決まりきったことをこなしてゆけばいいわけじゃない。 音楽は、「いつものやりかた」を守るだけじゃないんだと思います。
ところでこのCDに収めていただいた masaki μ の曲ですが、これがちょっと面白い反応をいただいています。 というか、所謂音楽のプロの方(ギタリストに限らず、調律師さんとかPAさんとか、音楽でお金を稼ぐ方)と、 そうでない方(いわゆるマニア、アコギ通、どっちにしても音楽や楽器にお金を使う立場の方) の反応が全く違うのです。所謂プロの方の反応は大体一貫してある点に注目された御感想をいただくのですが、 そうでない方の御感想はその点には全く触れられません。 こんな分かれ方をするのは、後にも先にも経験がないのですが、なんでか興味深いところです。
Joyous Reunion, Acoustic Breath Vol. IV: 2003年12月リリース,
TangoRecords, TROB-0305
シリーズとしては2年半の空白を置いてリリースされた第4作です。これも前作同様満足の
いく仕上がりになりました。色々な意味で安定してきた感じです。おそらくはアーチストやスタッフ
がABシリーズに対して明確なヴィジョンを持って、それぞれがアルバムに貢献するために持ち寄る
べきものの理解が進んだかのような印象を受けます。アコギインストに馴染み
の薄い方やこのシリーズを初めて聴かれる方は、新しいほうから順番に聴かれた方がいいかも。逆に
初期の2作には、何か音なり曲なり周囲から浮いている要素もあったりして、それはそれで
ぶつかり合いのような初期特有の緊張感があって、強い主張がむき出しの音楽がお好きな向きには、
捨て難いものだったかもしれませんが。
ところで自分は2002年には1枚もアルバムリリースがありませんでしたが、2003年になって2月に2ndソロと
12月にこのアルバムという風に、2枚のリリースできました。しかし(これはCD-Rにはない
プレスCD特有の感覚だと思うけど)納品された新作CDの箱を開けて、ずらっと並ぶキャラメル包装
のCDを見た時の感じ...何度やってもいいものです。何か自分の内側にあるものが、人に伝えられる形に
なったり、時間が過ぎても残る形になるのを体感すること、これは人として本当に深いところから
出てくる嬉しさのような気もしてきます。
なお、ジャケット内側の1ページ目の曲目リストに各曲の使用楽器が掲載されていますが、
masaki の2曲は使用楽器の表示が逆になっていました。(校正のときに、チューニングのところに
気をとられて、隣を見落としました。すみません。)6曲目のブルース Great Bad で使っているのが
Ovation 1984、10曲目 Wild Herb のナイロン弦の音が
Ovation 1624 です。変に思った方、御免なさい。
それから Great Bad のライナーノーツに「He is great bad!」という文がありますが、これは
「He is a great bad!」の間違いではありません。念のため。
A Long Way to Go, Acoustic Breath Vol. III: 2001年4月リリース,
TangoRecords, TROB-0104Acoustic Breath シリーズ第3作。それまでの3作のシリーズ中最もどなたにでもお薦めできるものになったと思います。 例によってあちこちのメディアで御紹介もいただきましたが、前作に続いて「現代ギター」誌 (クラシックの雑誌!)の新譜紹介に掲載されて、しかも数行の新譜紹介の中に パーシャル・カポについて説明付きで「新鮮な響き」 と言及いただけたのは、なんか嬉しい。
今回収録したのは、短い(2分23秒)"Little J"と長め(6分41秒)の"Welcoming".
"Little J"の方は、一気に聴く耳を引き付けるような効果を狙った曲で、全編が派手な
テクニカルフレーズの連発です。笑いをとりつつ、かつ一昨目に収録した"陣風”の
「安心して聴けない」インパクト再びという感じ。
流石にギターを弾く人には印象は強かったみたい。
「ぶっとんだ」的な感想をいくつかいただきました。
前作で長い曲を無編集で録音することの大変さに懲りたので短くまとめましたが、
2分の難曲を3テイク録音するのは、難関の連続が合計6分なのね。
やっぱり大変でした。
そのせいか"Welcoming"の方は、長い曲ですが、長さを感じないで録音できたと思います。
こちらの方が「心地よく安心して聴ける」路線で、geometory...等の作品を気に入って
いただいた方の評判がよかったです。
Born in The Air, Acoustic Breath Vol. II: 1999年12月リリース,
TangoRecords, TROB-9903Acoustic Breath シリーズ第二作.アルバム・タイトル曲で参加ということでクレジット されてます.これも作曲は私.演奏は Lowden D32c を使って、2つのカポを組み合わせる特殊なセッティングで弾いてい ます.エディット無しのマイク録りなんで、6分半以上の長い曲を通して弾く のは、結構しんどかった...
このアルバムからはマイクだけで録った全く生のままのDATをプロデューサに送
るまでは第一作と同じですが、その後の仕上は完全にまかせるという (どちらか
といえば弾く者にとっては気楽な..) 方式で制作されました.
卒直な感想を言えば、アルバムの出来の良さにもかかわらず、このアルバムのタイト
ル曲に対するエフェクト処理やマスタリングは、個人的には当初は昌己μのソロ名義
をクレジットするには "いただけない"ものだと感じていました.今でも、このアルバ
ムでのタイトル曲は、自分の音というより、「自分はタイトル曲(に聴かれる音)の原
作者」という気分です.geometory...のアルバムをリリースして「これが1から10
まで自分で音作りした自分の音」というのが示せた今の段階では、このBorn in ..の
タイトル曲も「自分の原曲のイメージを壊された」という感覚はなく、「自分だけで
作ったら絶対作らない音」が出来るからこそ共同作業の面白さという感じで、捕らえ
ようと思えばできないこともないかな。(しかし、自分の曲ということを忘れて、こ
の音がリスナーとして好きかと言われリゃ、あんまり好きじゃない。)
仕上がりが私の意向には合わないものになった背景には、制作過程にかかわったいろ
いろな人の意向や意図や思い入れがあったのだと思います.これはこれで、きっと制
作にかかわった誰方か そして聴いていただく誰方かには「こうでなければ、ならな
い」音なのかもしれません。
現に、このエフェクト処理は賛否があり、私が気に入っ
てないことに御理解を下さる方もいらっしゃいました.しかし一方で、「新鮮なアン
ビエント感にハッとした」「音圧に存在感がある」「いい小ホールの響きを思わせる」
「透明感」「さめた空間」といったように、聴かれた皆さん、それぞれ独自の観点 (聴
点?) で、その響きが気に入られたというようなコメントがいただけました.このよ
うに喜んでいただける人もいらっしゃっるような音に関われたことには、素直に良かっ
たと思えます.( と言いつつ、一時は人の見てないトコでは、「次作を見てろ..」
と背中から炎を出してたりしまして、それが上で書いた"geometory..."の好評な音に
つながったとも言えますが...)
一部には「思索的で長編小説のような聴き応え」「終盤のフレーズが嬉しい」
「各パートに一貫性があり、長いと感じない」という(原作の)演奏方面に注目
(注耳?) していただけたコメントもいただけたことは、特に嬉しいものを感
じます.
ところで、この曲にはちょっとしたトリック奏法が使われているんですが、お気付きになりました? ......タネ明かしはこちら。
Acoustic Breath: 1998年10月リリース, TangoRecords.
TROB-9802これが昌己μのCDデビュー.アルバム・タイトルと同名のシリーズの第一 作で、冒頭の曲と8曲目を弾いてます.全部オリジナル曲.いずれも Takamine のダブルネック の6弦側だけを使っ た演奏.使ったギターは特殊なものですが、2曲とも普通のギターで最初から 最後まで通して弾けます.こういう曲が多重録音も編集も無しでライブで弾け ちゃうところが、 パーシャル・カポ を 使う奏法の面白いところ. 多分この2曲が日本で最初にリリースされた「パーシャル・カポを全面に駆 使した曲」のうちのひとつだと思ってますが..違うかな?
制作過程では、ペアマイク一組だけで録ったDATをプロデューサに送って、 メールで「あーだ.こーだ」とやりとりし、仮編集したデモカセットを各演奏 者に送っては聴きながら、演奏者の間でまたe-mailで激しく意見を交し... という過程を経て形になったアルバムで、それは同シリーズの以降の作には無い プロセスであり、個人的にも思い出に残るものでした.
このアルバム、 その筋で相当な評判をいただいたことは、こっちに書いた通りです.私の曲に関しては、派手
目のテクニカルな曲奏にインパクト受けた/ダイナミックだ/突き刺されるよう
だ..という反応があった一方で、嬉しいことに映像的だとかイメージがわくと
いう嬉しいコメントも少なくありませんでした.特にギターを弾かれる方から
は、私の曲の印象が強かったという感想をいただきました.今思うと、「今な
らこうは弾かないなぁ」というようなところもありますが、そうやって変わっ
ていくものだからこそ、あの時点で「自分自身の100%」と思ったものを形
にして残しておいてよかったとも思います.
実際に録音から3年程経過したころ、ライブのリハーサルのために一曲目の「陣風」
を再度録音してみたとき、音も演奏もいい感じだったので、何かの機会にこのテイク
も発表してやろうかと思ったのですが....いざ、Acoustic Breathをもう一度聴いてみると、
やはり粗削りではあったが、最初に発表したこの演奏でないと
「陣風」ではない、という感じを強く持ちました。音のギラつくようなマイキングや突っ込
み気味のリズムにもなりふり
かまわず弾きまくってるからこそ、「そんなことを聴いて欲しいんじゃない!聴かせたいのは、
これだ!」というものが伝わってくる演奏は、やはりとっておいてよかったと思えます。
一方で、こういう演奏が残っているからこそ、Acoustic Breathの頃とは変化した自分の 演奏を聴いてほしいというモチヴェーションにもなっているような気もあります。
なお、 ジャ ケットの私の写真に猫が一緒に写ってまして、一部では「実はあの猫が、昌己 μなのだ」とか「昌己μは猫の手を借りて速弾きフレーズを弾いてる」という 噂がささやかれましたが、全部嘘です.:-b