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アル ギギと私 |
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その日の私は、いつになくせわしない金属の音で目を覚ました。
目覚めと同時に、体がぶるりと震える。判然さを取り戻してくる視界の中で、ベッドと水平に並んでいる窓のカーテンがはためいていた。寝る前に閉めたはずの窓が私の握りこぶしよりも一回り大きいくらいの幅で開いていて、冷え込んだ朝の隙間風を容赦なく部屋に呼び込んでいた。おかしい、と思いながら、とにかくこれ以上冷えるのはゴメンなので上体を起こして窓に手をかけ、もう一度横になる動きのままに隙間を閉じた。 ぽふ、と枕に頭を預ける。頭は重くないし、体にも力が入る。風邪をひいたわけでは無さそうで、私はひとまず安心した。
そこに、音が残った。私の目を覚まさせた音は、金属同士が擦れあい、軋む音。その正体を、私は知っている。 音がいつもより大きいことに疑問を持ちながらも、私は窓に向けていた顔を反対側に向ける。寝返りを打つような動作で目に入ってくるのは、音の主――私のポケモンだ。 そのポケモンは、一言で言ってしまえば、歯車だ。カーテンがかかった薄暗い部屋でも分かる明るい銀色の、鉄の体。凹凸を持った丸い形の体がお互いに回転しながら噛み合っていて、その擦れ合いが音を生んでいる。 進化によって背負うように付いた大きな一枚と、それと直結している同方向の回転をする小さな一枚。そして、小さいほうと同じ大きさで傍らに噛み合う、もうひとつの――って、あれ?
「…………いっこ、どこいったの?」
体を起こしながらそう尋ねた途端――歯車のポケモンは凄まじい回転をしながら、私めがけて体をダイブさせてきた。
「――小さい方、窓から出てっちゃったぁ!?」
およそ一分後。 ベッドの縁に腰掛けた私は、質問を繰り返して得た事実に叫んでいた。いつになく寂しい見た目の歯車のポケモン――ギギアルは、小さい方の体にある顔のような模様が無いため、見た目には果てしなく無機質で無表情な印象を抱かせるけれど、しばらくこのポケモンのトレーナーを続けている私は、彼の表情をいちおうは理解できる。 それは、回転の向きや早さ、程度によって行われるのだ。今は、動揺とかの感情表現である左向きの早い回転を一旦落ち着かせてきている。それが、私の言葉に反応して一瞬だけ止まってから僅かに右方向へがちがちとゆっくり回ってみせ、再び規則正しい左回転に戻った。これは、肯定のしるしだ。いや、確認しているわけじゃないんだけど。 それにしても、さっきは危なかった。ギギアルが私に飛び込んできた直後に「ストーーーーーップっ!!」と言ってなかったら、私よりもずっと重いこのポケモンの回転タックルで結構ひどいことになっていたかもしれない。進化したてということもあって、ギギアルはまだ自分の体の大きさをはかりかねていることがある。気をつけてあげなければならない、って、そんなことよりっ!
「とにかく、探しにいかなくちゃでしょ! 心当たりは……ないわよね」
ギギアルが左へのがちがちとした動き――否定の合図を見せたので、私は言葉を打ち切ってベッドから立つ。すぐさま、パジャマを脱いで着替え始める。いつもの倍近い速さで洗面台に立ち、髪は簡単に後ろで結ぶだけにして、散らかっていた荷物をキャリーバッグに詰め込んでドアに手を掛ける。振り返れば、やはり速い速度で左回転を続けていたギギアルがゆらゆらとついてきていた。後ろめたさや煮え切らなさを感じさせるその動きに、私は声を張った。
「ほら、行くわよギギ…………ギギ!」
不意に引っかかりを覚え、言葉を止める。それから思いつきを経て、もう一度この音をつないだ。 かしょっ、と右に一度だけ、鉄の体が動く。疑問の動きに、私は返した。
「片方いないんだから、今はキミはギギ! いいっ?」
肯定を表現する停止からの右回転が返ってきたので、私はそのまま部屋を飛び出した。
「う、さっむ……」
ポケモンセンターの自動ドアを一歩くぐると同時、底冷えする秋の風が私たちの体を吹き抜けて、右手にある競技スタジアム――この街、ライモンシティの人気スポットの一つだ――の側へと流れていった。部屋にもロビーにも、程よく暖房が効いていたことを今更に実感する。
「にしても、どこに行けば……」
大急ぎでポケモンセンターの宿泊施設からチェックアウトしてきたはいいけれど、小さい方のギギアルの歯車、こっちがギギならアルとでも呼べばいいのだろうか、ともかく彼の居場所にはまったく見当がつかない。ポケモンが好みそうな場所? 逃げたり隠れたりするのに適した場所? 機械めいた場所? どこに消えてしまったというんだろうか。 ふと、左手を見る。そこには、まだ朝方だというのにきらびやかなネオン装飾に彩られた、スポーツスタジアムとはまた違った大きなドームが建っている。ライモンシティのポケモンセンターの中でも北側に位置しているここからすぐ近くにある、確か、ポケモンミュージカルの専用会場だったはずだと、私は思い出す。
「ギギ、こっち行くわよ!」
思い至ると同時、私は足をドームに向けていた。早足に追いつくスピードで浮かびながら、片割れのギギアル――ギギは、私の一歩後ろを保っていた。
朝方のライモンシティは、静かな街だ。私はアスファルトの歩道を歩きながら、そんな印象を得る。もちろん、ここがメインの遊園地エリアから外れた場所だということも関係しているだろうけど、人が増えてくる昼間や夕方、そして夜のこの街は、せわしなく通い交わる車のエンジン音を掻き消す勢いで人の声が飛び交う、それは賑やかしい街だ。南のヒウンシティがイッシュ地方におけるビジネスの中心地なら、ライモンシティは娯楽の中央部。隣り合った二つの街にそれぞれが集中しているだけ、両方の街のそうした要素は一層強まっている、そんな雰囲気。今が静かだと感じるのは、その普段の賑やかさの反動なのかもしれない。 まばらな車通りの音をうるさく感じつつ、私は、振り返りながら言葉を作った。
「ねぇ、ギギ。アル――小さいほうが出て行っちゃったのって、あっちのアルが原因?」
肯定か、否定の反応を待つ。ポケモンは人の言葉を理解できるし、人に対して感情表現もできる。けれど、細かく物事の原因を説明したりすることは、表現方法のバリエーションの問題で無理が出てくる。だから、トレーナーはポケモンが「はい」か「いいえ」で答えられる質問をして、彼らの気持ちを知る。トレーナーなら最初のうちに学ぶ、ポケモンと付き合うための、ひとつのテクニックのようなものだ。 ギギはけれど、曖昧な動作を見せた。わからない、というんだろうか。
「……やっぱり、進化したこと、関わってるの?」
思い至るのは、そのことだ。ギギアルがギアルから進化したのは、この街に着いた直後のことだったから、つい三日前になる。私が見ている限りではこのポケモンに大きな事件などは起こっている様子が無かったから、他に考えられる要因があるとすれば、進化したことによる影響くらいのものだった。 私の言葉に対して、ギギは僅かに間をおいてから、体の回転を止めて右に数回動いた。私たちが首を縦に振るのと、同じ意味。
「やっぱ、そうなのね。……進化、したのにね」
なんとなく、そんな言い回しが口をついた。
「だめかぁ……」
脱力して、私は溜息をつく。ホールから漏れ聞こえてくる華やかな音楽にも、少しも心安らぐ思いを得ないままに、私はふらふらとカーペットの敷かれた廊下を歩いていた。 ミュージカルホール、アルは発見できず。それが結果。それだけが残る。ミュージカルの鑑賞に来ていた客にも聞いて回ってみたけれど、それらしい目撃情報はひとつも手に入らなかった。どうやら、こっちには姿を見せていないらしい。こうしている間にもアルが離れていってしまうと思うと、すぐに他を探しに行かなくちゃ、と思いはする。のだけれど、
「ギギ、ちょっとお腹空いた……」
ギギが、慌てたように左へくるくると高速回転する。その動きを見ているだけで少し気持ち悪くなってきて、流石に考え無しに動きすぎていた、と反省する。 先ほどから密かに何度も搾り出すような音を上げている私の胃が、そろそろ限界にさしかかってきていた。いつも以上にふらふらとするのには、きっとこのせいでもあるんだろう。観念して、私はミュージカルの受付カウンター脇に開かれているショップでサンドイッチをひとつ買い、やたらに柔らかい感触のソファに座って遅めの朝食を摂ることにした。ラッピングを解いて、一口齧る。それだけで体に不思議な温かみが戻ってくるのだから、食事って不思議なものだ。 座る私の前で体を回転させながら浮かぶ、ギギを見る。彼もアルも――って、一匹のポケモンだから当たり前なんだけれど――私たちが取るような食事は、必要ないらしい。なら生きるためのエネルギーは無限なのか、と思ったら、そんなことはないらしく、しっかりと自力で生み出しているらしい。まだギアルだったときに調べたことだけれど、なんでも、二つの体同士で噛み合って回転しあうことでそれを生み出しているとか――
「ぎ、ギギ! キミ、体おかしくなってない!?」
口元に持ってきていたサンドイッチを降ろし、慌ててギギに問う。ギギは疑問を表してから、もう一度疑問の動きをとって、それから、何かを引っ掛けるような回転の動作を数回試みようとして、急に、今朝起きたばかりの時のような凄まじい勢いの左回転を撒き散らした。辺りでくつろいでいたミュージカルの客たちが、その動きと音に驚いて目を向けてくる。 そうだ、ギギはまだ体が大きいし、噛み合っては居なくても一応、二枚の歯車が組み合わさっている側の体だ。素人考えだけれど、エネルギーも多く残っているはず。だけど、小さい方は、アルは、どこかで動けなくなっているかも――
「い、行くわよギギっ!」
足の疲れも吹き飛ばす思いで、弾かれるようにソファから立つ。気が付いた時には、既に私たちは再び、ライモンシティの空の下に飛び出していた。
それから、随分と色々な場所を見て回った。 一度ポケモンセンターまで戻り、客に話を聞いたりしてもう一度調査。このとき、私たちの慌てた様子を察してくれたのか、ジョーイさんが事情を聞いてくれ、「片割れの小さなギギアル」の捜索願いを出してくれた上に、タブンネの“いやしのはどう”でギギのエネルギーを満たしてくれたのは、本当にありがたかった。目撃情報はまだ寄せられていないけれど、そうした後ろ盾があるだけで、いくらも安心できる思いが増すのを、はっきりと実感する。ギギも、このときは左回転の速度をひどく遅くして、落ち着いた様子を見せていた。 次に、通りとしては直結している二つの競技スタジアム。ここはミュージカル会場よりもかなり広い場所だから、基本的には目撃情報を聞くことが中心になってしまったけれど、やはり有益な情報は得られなかった。走り回って、随分と体力を消耗してしまう。 それから、遠回りにはなったけれど、バスで移動して人が増えないうちに遊園地エリアも見て回った。入場料にけちをつけている余裕も、私たちにはなく。イッシュ地方では一番、他の地方と比べても指折りの大観光地として有名な広い広い遊園地を、ひたすら歩き、時には走って探し回った。
途中でまた朝のように限界を感じて、今はそのまま、園内のカフェテラスでまた遅い昼食を摂り終えたところだ。食べ終えたホットドッグの包み紙を丸めながら、私はギギに語りかけるように、でも半ば独り言のようにつぶやいた。
「アル、自分は小さいままだったの、嫌だったのかなぁ」
進化に伴って、ギギアルに起こった変化。それは、二つの体のうち片方の――ギギのほうだけに、生まれたものだった。大きな立派な、もう一枚の歯車。けれどそれは、彼の、アルのほうには、生まれなかったもので。
「私、ふたりがそんなに別だなんて、考えたことなかった」
そんな思いも、生まれていた。ギアルだったころには、行動も反応も、二つの体は同じだった。一匹のポケモンなのだから、それが当たり前のことだとずっと思っていた。体が分かれている分の、心の分かれ方。それを意識できていなかったのは、私だなと思う。 ただ、ひとつだけ聞きたいことがあった。
「ねぇ、ギギ。キミたちの体の主導権――というか、アルを自分に噛み合わせてたり放したりするのって、ギギの側が行ってるのよね?」
ギギは、ややあって右に小さく回転した。肯定の合図だ。 私は頷き、あんまり気乗りすることじゃないけれど、と思いながら、ゆっくりと話した。
「そうしたら――ギギ。キミがアルを放そうと思わなければ、アルは自分から離れていくことはできなかった。違う?」
ギギが、左に動く。首を横に振るのと、同じ意味。 やっぱり、そうだった。彼らの体の仕組みは、そのように出来ているらしい。ギギが頑なにアルを放さなければ、二つの体は常に一緒にいるはずなのだ。
「そうよね。……わかった、ありがとう。ごめんね」
私は、それだけ言って会話を打ち切った。 それを、けれど責めても仕方ない。進化のことで悩んでいた――私の推測でしかないけれど、自分の姿にコンプレックスを持ってしまったアルの悲しみを、片割れだからといって、ギギだけに背負わせるのは筋違いだと、私は思う。それこそ、私が感じ取っておくべき問題なのだ。 遊園地は人とポケモンが作る華やかな喧騒に飲み込まれていて、これではアルの作る音なんて、聞こえそうにないと感じた
「ギギ、だいじょうぶ?」
かしょかしょ、という音で、歯車の体が右に数回、小刻みに動いた。 一日でライモンシティの要所をあらかた回ってしまう勢いで、今は、遊園地エリアから出て、まだ向かっていない街の南側に足を進めていた。こころなしか、私の言葉に対するギギの反応が遅くなってきている気がする。急がねば、という思いが、より一層強くなる。 まだ太陽が高い位置にあったはずなのに、もう徐々に、空は明るさを薄らげてきていた。青い色に、だんだんと金にも近い橙色が混ざりこんでいく。一度は暖かく感じられるようになった風も、今はふたたび朝の冷たさを取り戻して私たちの間を抜けていった。 ポケギアをチェックするけれど、捜索願いに関する連絡は何もなく、溜息が出る。けれど、遊園地の中でアルのことを聞いて回っていたときに、この情報をネットで見たという人が何人かいてくれて、確実に意味はあったことなんだと実感する。 とは、いっても。途方に暮れている今の状態が、そのまま私たちの現実なのは明らかだった。そう思うと、漠然とした不安も積み重なってくる。私は首を大きく振ってみせ、軽く両方の頬を叩いて目線を前に戻した。と、
「そういえば、今日予約してたんだっけ……」
視界に飛び込んできた建物に、私はあることを思い出す。 その建物は、緑色の平たい屋根と何本もの太い柱を持っていて、年代を感じさせる演出が所々に施された、けれど比較的新しいものだ。大きな窓辺から何枚かの巨大な垂れ幕が降りていて、その建物で開催されているキャンペーンが記されているのだけれど、開催その全てに、「バトル」という文字が必ず入っていた。 バトルサブウェイ。ここライモンシティからイッシュの各地に張り巡らされた地下鉄――で、なぜかバトルを行うという、独特なバトルを企画している場所だ。そんな変わった場所だけれど、イッシュの中心地のひとつであるというライモンシティの土地柄もあるのか、各地からレベルの高いトレーナーが多く集まって、今ではポケモンリーグとはまた別の自由で独特の雰囲気を持った、バトルの一大有名地としてすっかり有名になっている。この建物は、その施設への入り口だった。
そして、今の今までうっかり忘れていたのだけれど、私は今日、ここでバトルに参加する予約を入れていたのだ。とはいっても、今日はもちろんもう参加はできない。キャンセルの連絡をしなければならなかった。
「どうしよ、ギギ。電話してもいいんだけど、直接行っていい? アルも、探せるだろうし」
少し遅れて、肯定する右回転が返ってくる。私は頷いて、早足になって建物に急いだ。 バトルサブウェイは、地上階はロビーとレストラン、バトル系のショップや交流スペースになっていて、本流の地下鉄バトルフィールドへの入り口は、当然だけれどエスカレータで一階から下に降りた場所にある。 長い一本のエスカレータの中腹あたりから、その空間が視界に入った。 円形の、巨大な空間だ。中心にはさながら塔のような一本の太い柱が伸びていて、その周りにそれぞれの地下鉄のホームが直結している。柱に相対するように仕掛けも露な時計が壁に配されていて、この場所を作った人間の趣味をうかがわせた。 ごった返しとまではいかないけれど、人も多く集まっていた。遊園地やスタジアムとはまた違った、ふつふつとした賑わいが、そんな空間に満ち溢れている。 と、そんな空間の中で、柱の一角にひときわ多くの人が集まっている場所があった。疑問に思って向かってみると、バトルをピックアップして実況配信を行う、巨大なモニターに目線が集中していた。見たこともない、巨大な岩を背負ったポケモンが大きな爪を振りかざして地下鉄の車両をところ狭しと暴れまわっていた。 耳に入ってくる興奮気味の声を聞いている限りでは、どうやらあのサブウェイマスターへの挑戦者が現れたらしい。噂に聞いただけだけれど、実力者の集まるこの施設で、なお連勝を重ねられた人だけが挑戦できる、この地下鉄の主だということだ。モニターに映る虫ポケモンの姿を見てもなんとなく分かるような気がするけれど、よっぽどの実力者なのだろうと思う。 けれど、私は一瞥してから振り返ってその場を離れる。モニターのすぐ背後にある巨大なぜんまい時計を見ると、予想していた以上に時間が過ぎていた。ここで時間を潰しているわけには、行かなかった。
が、
<さあ、サブウェイマスターも残りはあと一匹! 最後のポケモンは――ギギギアルだっ!!>
思わず、足を止めてしまう。 振り返ったモニターの先で、鋼の体をしたポケモンが悠然と現れていた。凹凸のある、合わせて三枚の歯車。それに加えて、垂直に噛み合う赤い宝石を湛えた歯車と、なにより特徴的な、体の下で浮かぶ棘のついた大きな輪。一見均整の取れないようなそんなパーツを寄せ集めて、けれどそのポケモンは、確固として一つのまとまりを見せていた。 ふと見れば、ギギもその姿に釘付けになっていた。かたかたと軋んだ動きのままに、ただただ、現れたそのポケモンに集中しているようだった。
戦いは、激しさを持って進んだ。 サブウェイマスターのポケモン――ギギギアルが、幕開けと同時に“ギガインパクト”を解放して、一気に挑戦者のポケモン、こちらも無機質な姿をした、スターミーに力任せの体当たりを行った。けれど、それは僅かに掠めるくらいに止まって、以降はスターミーが隙を突いて着実に電気のワザや“なみのり”で攻めていく。その一方で、ギギギアルもライモンシティではよく知られているらしい“ボルトチェンジ”を牽制で使って、一撃を踏み込ませるチャンスを与えない。その一発一発が、私のポケモンが受けたらそれだけで倒されてしまいそうな攻撃の応酬だった。 けれど。速さと堅実さで上回っていたスターミーが、徐々に、徐々にだけれど、形勢をものにしていくのが、素人の私にも分かった。“なみのり”で濡れた車両を、“10まんボルト”の電流がつたう。ギギギアルの逃げ場は、次々に消されていっていた。 モニターを見ている人たちの中に、色めきだった声が生まれていく。挑戦者の側が勝つ、という、興奮の声。私も、内心でその声に同じるほかになかった。 ギギには見せたくなかったな、と思う。それとも、強く戦ってみせるあのギギギアルの姿を見て、何か思うところを得てくれたのだろうか。それを問う気にもなれず、私は一度顔を伏せてから、背後の時計に振り返った。ちょうど時間の移り変わる直前の分を示していて、大小様々に、時計を構成する古びた見た目の歯車が――――
「なっ、あっ――」
茶色をした歯車の並びの、一番端。そこに、茶色でもなければ古びてもいない、一枚の小さな歯車が、噛み合っていた。 いや、噛み合ってなんて、いなかった。時計の傍らに張り付いて、ただ、回転もせずに止まっている。時計の一部では、なかった。 私がその姿を見た直後。モニターの音声も打ち消すような音で、重く低い音が響き渡った。時計の仕掛けになっている、ひとつの大きな鐘が打ち鳴らされた音だった。同時に、歯車の周囲の壁からいくつもの仕掛けがせり出してくる。 そのうちの一つが、一つだけ違う歯車の後ろから、せり出てきた。
「アルっ!!」
押し出されて、落ちる。そう悟った時には私は駆け出していて、けれどそれよりも早く、大きな歯車を背負った姿が宙を飛んでいた。 銀色に光る一枚の歯車を、ギギは背にした大きな体で受け止める。しかし勢い余って落ちてしまったその小さな体を、私はぎりぎりのところで掌に受け止めた。
大きな音と音に飲み込まれていたからか、私たちに目を向けている人はほとんど居なかったようだった。ほんの少しの怪訝そうな視線を受けながら、私は手に納まったその歯車を、確かめるように食い入って見る。――間違い、無かった。 ややあって、仕掛けの鐘が鳴り止む。私はどうするのが最善かも分からず、ただ、せわしなく動くギギに向けて、その歯車を、アルを差し出していた。 アルは回転はおろか、自力で浮かぶことも出来ないようだった。かたかたと、辛ろうじで動けることだけを証明するように体を揺らす。私はアルの体をギギの傍ら、いつも互いが噛み合っていたところに持っていく。軋んだ回転をするギギに、回転をしないアルが重ねられる。けれどギギの動きは、アルには伝わっていかなかった。金属がぶつかり合う音だけが、むしなく響き合う。 アルが、ギギが、互いを受け入れられなくなっている。そんな風に、私は思ってしまう。どうしてあげればいいのかも分からず、とにかく彼らをポケモンセンターに連れていくのが最善だと考えて、モンスターボールを取り出した。 と、急に背後で声が大きくなっていく。向き直ってみると、戦いが、別の動きを見せていた。 あのポケモン――ギギギアルの動き、回転の動きが、凄まじい速度に跳ね上がっていた。生み出されたエネルギーが体に蓄えきれなくなったのか、白い光となって周囲に飛び散っている。有り余る力を使って、スターミーの放った電流を大きな動きではるかに逸らした。
そこでふと、掌にかかる力を感じた。見れば――アルが、ほんの少しずつ、体を回し始めていたのだ。
そこからは、バトルは一つの流れのままに進行した。ギギギアルが、速度でスターミーを圧倒し続けた。時には小さな歯車を飛ばして牽制し、電撃を織り交ぜての攻撃が続く。そして最後には、小さな歯車が射撃のような速度で撃ち出されて、白い光を羽根のように散らしながら、紫色の硬い体に突き刺さった。
<“ギガインパクト”、直撃っ!! サブウェイマスター、貫禄の強さを見せ付けたっ!!>
落胆と興奮の声が、入り混じる。 その時には、二つの歯車が共有する速度は、すっかりといつもの速さを取り戻していた。
「――ねぇ、ギギアル?」
騒ぎが響き渡った後の空間で、私は彼らに、彼に、そう言葉を掛けていた。小さい体が止まってから右への一回の動作を行って、疑問してくる。
「今のね、見てて思ったんだけれど。ギギとアルは、きっと二人とも違う道に進んでいくのよ。ギギはその大きな体で、アルと――これから増える、みんなの面倒を見るの。それでアルは、みんなの力を受けて、一番強くそれを相手に伝えるの」
ギアルの頃には同じだった、二つの体。それが進化によって、片側だけ姿を変えた。 けれどそれは、いびつな進化なんかじゃない。より多くのことが出来るように、違った形で力を貸し合える形に、変わっていく。今は、ギギアルは、きっとその過程なんだ。私は、少なくともそう感じた。ギギアルがどう思うかは分からないけれど――と思っていると、アルのほうの体が、今度は小気味よく体を右に回した。それに、私は思わず顔をほころばせる。
と、静かになった構内にアナウンスが入る。
<お知らせ致します。間もなく、シングルトレイン7号の乗車受付時間となります。参加登録をされた方は、ギアステーションのシングルトレイン乗車口までお越し下さいませ。繰り返します――>
「あぁっ、どうしよ! キャンセル、今から間に合うかな――」
慌てて駆け出すと、そんな私の動きを遮るようにギギアルが前に出てきた。そうして、規則正しい回転を止めてから、かちゃかちゃと右に動く。…………いや、右に動いているのは大きいほう、ギギなわけで――
私が溜息をつきながらも再び顔をほころばせるのに、そう時間は要らなかった。
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・「ポケモン徹底攻略」さん内「ポケノベル」、『短編ノベル集**短編企画開催中!』のテーマ【マイナーポケモン】の作品として出させて頂いた話です。
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