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2005年1月某日
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津波その6
まだ頼まれた仕事(ノーギャラ)が一つ残ってる。 はぁ〜・・・だけど適当な文章が思いつかないので とりあえず日記更新。
なんだか津波被災地のことばかりなんですけど もしかしてスマトラ沖地震でスリランカ全域が 被災してしまったと思われている方の為に一言。 被災したのは、南東部の海岸沿いの地域で 範囲的には、それほど広くはないのです。 多くの犠牲者が出たのは、津波が起こる前、 スリランカでは地震が起きたわけではなく 津波というものを知らない住民たちが 大きな引き潮と勘違いしてしまったために 犠牲者が多かったのではないかと聞きました。 その日は、満月の日(ポーヤデー祭日)で 日曜日の朝市に買い物に出ていた女性たちや 子供たちの多くが被害に合ったと聞いてます。 海岸では潮が引いてしまったために、 砂浜に取り残された魚を取りに行った 子供たちもたくさんいたとか。
今回、見てきた被災地はゴールという場所で 駅も崩壊してしまっていました。 津波から20日ほど経過していたためか、 被災地で生活していた人たちは、 壊れかけた家に残って生活を続けていたり 地引網で漁をしている風景も・・・。 被災者の家族が、こちらに気づき 手招きをしていました。 たぶん、支援物資が足りないのでしょう。 何もしてあげられない自分に、 ただただ自己嫌悪。
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2005年1月某日
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津波その5
ちょいと、ノーギャラの原稿依頼があって忙しい。 ノーギャラだから、なおさら辛い。 津波被害に関することだから、断れませんしね。 アタシは原稿書きじゃないのに〜!(ノ_・、)シクシク
なので、ちょっと日記オサボリします。 ゴメンナサイ。
昨日に引き続き、津波被災地の画像 続編なのですけど。 真っ二つに壊れて、陸地に横たわる船。 津波が起きた時、どんな衝撃が加わって こんな状態になってしまったのだろう?
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2005年1月某日
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津波その4
転覆して船底を見せている船。 この海は今まで津波なんてものは 起きたことがなかったから、 誰も津波の意味を知らなかった。
この穏やかな海が たくさんの命を奪ったなんて なんだか信じられない。
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2005年1月某日
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津波その3
海浜を越えて、道路際まで 打ち上げられた船。
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2005年1月某日
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津波その2
バラバラに倒壊してしまった 海岸沿いの家。 ここに住んでいた人たちは 避難生活をしているのだろうか?
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2005年1月某日
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被災地その1
帰国の前に、少しでも 津波被災地を見ておきたい。 被災者たちのために 何をしてあげることもできないのだけど せめて、現実を少しでも見ることで 改めて自分に出来ることを 考えてみたいから。 限られた時間の中で被災地の一部に 行くことが出来ました。
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2005年1月21日 (金)
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追悼
バスで移動中に時々見かけた たくさんの白いリボンのようなもの。 これは、今回の津波被災によって 犠牲になった人々のために 下げられている。
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2005年1月某日
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LOVE and PEACE
夕暮れ時の海辺では、こんな光景も 見られるようになったスリランカ。 数年前には、カップルが大っぴらに ラブラブしてるなんてあり得なかったと思う。 この二人は、津波の恐怖を経験せずに すんだのかもしれない。
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2005年1月某日
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もう一つのインド洋
コロンボに近い海岸の風景。 今回、津波被害に合わなかった海岸。 波も穏やかで、汚れていない。 反対側では、悲惨な光景があるというのに 不思議な感じ。
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2005年1月某日
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おまわりさん
幼稚園のイベントには、必ずバスを先導してくれた ポリスマンたち。 ポロンナルワでの出来事なんですけど イベントも無事に終わり、 門の外では、数人のポリスマンたちが アタシたちの乗るバスの横に ニコニコしながら立っていました。 お疲れさまでした・・・の意味で 日本から持参したグミキャンディを一袋 バスの窓から、恐る恐る差し出したら 嬉しそうに受け取ってくれた。 しか〜し! その後がいけなかった! おいしそうに、食べながら 空き袋と包み紙を地面にポイッ!(゜ロ゜;) そういうことが許せないアタシは、 バスを降りてポリスマンたちが捨てた 空き袋と包み紙を拾いに・・・・・。(*´-ω-`)ハァ… そして一言だけ「エパ!」(ダメ!) と、叱りつけて来ました。 恐縮するポリスマンたち。 日本人に叱られるとは思わなかったでしょうね。
その後、一人のポリスマンから 「姐さん!姐さん!」と慕われてしまって 「是非!記念に写真を1枚!」 ・・・で、これがその1枚。 ↑ これはウソですから。
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2005年1月某日
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ホラナの幼稚園
これは最後に訪れたホラナの幼稚園。 みんなで出迎えてくれてました。 アタシたちが到着するまで 炎天下を何時間も待っていて くれたんだと思う。 スリランカの人たちは 大人も子供も忍耐強い。
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2005年1月某日
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もう一人のお客様
幼稚園には、犬がよく出入りをしている。 みんな大人しくて、子供たちに危害を与えることは まずない。 マジックショーが開かれるこの日も、 お行儀よく座っているワンコが一匹。 カメラのシャッターを押したとたん、 ご機嫌を損ねたのか、プイッと行ってしまった。
ワンコ「勝手に撮らないでちょうだいっ!」 ゴ、ゴメンナサ〜〜〜イ!Σ( ̄∇ ̄;|||
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2005年1月某日
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可愛い少年たち♪
カメラを向けると期待通りの可愛い笑顔。 デジカメに写っている自分たちを見て 嬉しそうにまた笑顔。 将来、どんな男前になるんだろう? わくわく♪
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2005年1月某日
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いたずらっ子な園児たち
すっかり顔見知りになってるせいか、 アタシに対して、まったく遠慮のない子供たち。 まずは「折り紙ちょ〜だい」から始まり 「カエル折って!」←これが一番人気! 「金魚折って〜!」←けっこう簡単だからラクチン♪ 「クジャク折って〜!」←これはかなり大変!!! 折っている間も、アタシの耳のピアスをいじってみたり 顔をくっつけてきたり、背中に張り付いてきたり・・・。 だけど、可愛いから許せちゃうのよ。(*´-ω-`) ハァ…
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2005年1月某日
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ポロンナルワの幼稚園
ここは、昨年2月にできた幼稚園です。 まずはこちらで、イベントが行われます。 実は、早朝から大雨でどうなることやらと 心配してましたが、お昼頃にはカラッと 晴れ上がりました。
炎天下の中、 日本のパワフルなオバチャマたちが 楽しいマジックを繰り広げたり 絵本を読んであげたりしました。 アタシの役割は、まずカメラマン。 カメラを構えているそばで、 園児たちが、ちょっかいを出してきます。 「アンティ♪アンティ♪」 構ってやらないと声かけてきます。 ちなみに『アンティ』とはシンハラ語で 『オバチャン』を意味します。 「アンティ、エパ!アッカ!」(*`Д´*)ノ 日本語に訳すと、 「誰がオバチャンじゃ!お姉さんと呼べ!」 ・・・ってな感じかしら? さすがに4歳児からは「オバチャン♪」 と呼ばれても、仕方ないか ・・・ってことで、突っ込みませんでしたけど。
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2005年1月11日 (Tue)
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やっと到着
スリランカのバンダラナーヤカ空港に 到着したのは、夜中の12:30頃。 すでに日付は変わってるのですね。
飛行機を降りたときに、いつも感じる もや〜っとした空気と ほのかに感じる(アタシだけかも) お香を焚いたような香りは いつもと変わりませんでした。 はぁ〜!懐かしい!!!!!
新しくなった空港内のキレイさに 思わずビックリ!
ここからコロンボの宿泊ホテルに向かいます。 ひたすら移動、移動で旅は始まるのですね。 すでにグッタリだったり・・・・・。(汗)
寝られる時間もほんの少し。 朝は5時半起床、7時半出発だったかしら? もちろんバスの中で2度寝、3度寝。 慣れたもんさ♪
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2005年1月18日 (火)
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雲海
昨日の正午、帰国いたしました。
出発前、搭乗手続きが始まる前に とりあえず携帯のアドレスを知ってる方に 行ってきますのメールを・・・。 「気をつけてね」 「帰ってきたらメールしてね」 「頑張れ!」 「絶対に無理しないで」 「しっかり行って来い!」 心強いお言葉をたくさん頂きました。 直接、声を聞かせてくださった方も・・・。 かな〜り驚きましたけどね。(゜ロ゜ノ)ノ でも、とても嬉しかったです。
今回は、モルディブもかなりの被害が 出ているのでスリランカまで直行か? ・・・と期待していたのですが、 すでにモルディブの閉鎖は解除されていて いつも通りのマーレ経由便で行きました。 それでも空席の目立つこと! こんな時期に観光に出かける人なんて さすがに・・・・・いないですね。
モルディブのマーレ空港に到着したら 少し席が埋まりました。 窓の外から見える空港は、 前と何一つ変わらないのだけど 外の景色は、相当変わっちゃったのかな。
今回は成田を出発してから、スリランカまで 12時間以上かかりました。 エコノミークラスの狭い座席で 2度の機内食と軽食を食べさせられて ひたすら忍耐。
空がまだ明るい時に、窓の外を見たら こんなに見事な雲海が広がっていました。
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2005年1月17日 (月)
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ただいま
帰りの飛行機が飛ばなかったので 象に乗って帰ってきました。 今、この象(レイラといいます)は 我が家の庭で飼ってます。
ごめんなさい、ちょっとウソつきました。
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2005年1月9日 (日)
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笑顔がステキ
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2005年1月8日 (土)
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オマケ・・・じゃなくてお詫び
間違えました。 10日は平日でなく 成人の日。 祭日でした。 訂正して、お詫び 申し上げます。 (*- -)(*_ _)ペコリ
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2005年1月8日 (土)
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荷造りほぼ完了♪
夏服を、押入れから引っ張り出して スーツケースに詰め込みました。 お菓子や折り紙、玩具類も詰め込みました。 今回は、ペットボトル飲料も2本ばかり持参。 行く場所は、内陸なので被災地ではありません。 でも被災地も見られる所は、見ておきたいな。 詰め込める物は、出来る限り詰めて 荷物だけ、成田まで運んでもらうように手配。 後は、手荷物だけで出かけます。
あ、お見送りに行きた〜い!という方。 10日(月)成田第二ターミナル スリランカン航空付近を 10時半ぐらいから、ウロウロしています。 13:20発のUL461便で行ってきます。 画像のバッグをぶら下げているオンナがいたら、 それはアタシです。
「平日に成田にまで行けるかい!(怒)」 なんて声が聞こえてきましたね。 じゃあ、お出迎えでもいいですよ。 17日(月)お昼頃に、到着予定ですから。 なんでしたら、紅茶を先着3名様に差し上げます。(え゛)
だんだん厚かましくなっていく自分が怖いです。(汗) 独り言なので気にしないでください。
ネットを通じて、自己満足な日記を公開してきたのだけど 今回のスリランカ行きに対して、 本気で心配してくださる方々に心から感謝しています。
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2005年1月7日 (金)
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うだうだしてる
やっとこさ、押入れからスーツケースを出してきましたよ。 もう〜!こんなことだったら、奥に片付けるんじゃなかったよ。 使ってないファンヒーターの奥の、小さめのスーツケースの下の 捨てられない古本の横に使い古したスーツケースがありましたよ。 出したはいいけど、あれやこれや(何してた?)としてたので まだ荷造りしてませ〜〜〜ん。 とりあえず、幼稚園の子供たちのための折り紙と風船、 100円ショップで購入してきました。 それと、向こうのアタシの家族にあげるお菓子類とかね。 向こうに行った時に使っている財布には、 まだスリランカルピーのお札が入ってましたよ。 1000ルピーが16枚もある!(日本円にして約16000円) これが全部、万札だったらなぁ〜。 これだけ使わずに取っておいたってことは、 心のどこかに、近々またスリランカへ行きますよ〜 という予感があったのかしら? 予感っていうより、期待だったり・・・・・。 (*´-ω-`) ハァ…
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2005年1月5日 (水)
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本決まり
今回のスリランカへの旅、 タイミング的に、被災地へ行く旅のように 思われがちなのだけど、 実は、昨年の夏の終わりごろには すでに計画されていまして・・・。 どういう目的で行くのかと言うと 羽村マジッククラブという アマチュアマジシャンの人たちが スリランカの人たちにマジックの面白さを 知ってもらおうという言わば、文化交流・・・ って言ってもいいいのかな。 スリランカは貧富の差が激しいので 貧しい人たちにとって娯楽がないのです。 日本人には想像もできないぐらいに 貧しい人たちもたくさんいるんですね。 それと貧しい子供たちの通う幼稚園での イベントなども計画されていまして 当初、アタシは行く予定はなかったのです。 マジックできませんしね。( ̄┰ ̄*)ゞ それに、去年は3回も行っちゃったしね。 家族や周りの人たちにも迷惑かけたので 今年は日本でまったりするゾ・・・と。 スーツケースも押入れの奥にしまって 簡単には出せないようにしてしまったし。
11月、日本へ帰る飛行機の中で 「1月、また行けないですか?」 なんて聞かれた時も、さすがに「げ!」 としか言えませんでした。 暮れにもまた「1月、行かない?」 と言われても「家族に聞けませ〜ん!」 としか答えられなかった。 「一応、参加者に名前だけでも入れとくね」 じわじわと引きずり込まれるように 結局、参加するハメになっていたアタシ。 アタシは、あくまでも裏方でバタバタと 働かされるワケです。 いつもそう。(*´-ω-`) ハァ…
そして12月26日のスマトラ沖地震による 津波の被害・・・・・。 羽村マジッククラブの皆さんにとっては 予期せぬ出来事で、かなり動転されたようです。 家族にも反対されたり、今回が初めての スリランカという方もいらしたりで 予定通りいくか、中止にするか迷われてました。 アタシも、こういう状況の中で行くのは 初めてのことなので自信を持って 「大丈夫だから行きましょう」とは言えない。 「もう少し考えて決められたら?」 というのが精一杯でした。 何度か相談の電話を頂き、 今回行けなくても、またチャンスはあること アタシはとりあえず行くので 代わりに出来ることはします。 ・・・・・とだけお話していました。 昨日の夜、決定しました。 「やっぱり全員で話し合った結果、 全員で行きます」 嬉しくてアタシまで元気が出ました。
さ〜て、本格的に旅支度しなくっちゃ!
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2005年1月3日 (月)
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あ
考えたら、出発は来週だった。 そろそろスーツケース出さなきゃ・・・。
現地では今、何が一番必要なのか 確認を取る必要ありですナ。
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2005年1月2日 (日)
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誰のためでもなく・・・
今月10日から、スリランカへ行く予定です。 今のところ、特に変更なしです。 モルディブが現在、渡れない状態のようなので スリランカへ直行できるかも。 そしたら8時間前後で行けるかな。
専業主婦のアタシが、何でそんなに頻繁に 海外旅行なんて出来るの? な〜んていう疑問を持ってる人、手をあげて〜! ・・・・・・何人かいるようですね。 はい、それじゃあ説明させていただきます。
アタシは現在、収入ゼロです。 主婦にお給料をくれる優しい人はいません。(涙) ・・・大した仕事もしてませんけど。(自爆)
海外旅行をするためには かなりまとまった費用が必要です。 スリランカへ行くとなると、けっこうかかります。 普通に観光旅行をした場合、ツァーに参加すると シーズンオフでも、15〜6万はかかるかな。 それなりのホテルに滞在するとなったら 20万以上はかかります。 アタシ個人が行く時は、最低レベルで行きます。
アタシの場合、スポンサーがいまして それなりの援助をしてもらってます。 誰ということまでは、お許しくださいませ。 あ・・・ダンナじゃありませんので。 ちなみに、パパもおりません。 一人だけ、公表するとしたら・・・ 義母(ダンナの母)がその一人です。 義母は、30年近くも難病を患っていて 今では、病院に行く以外は外には出られません。 その時も、車椅子を使っています。 毎日ヘルパーさんに来てもらって 家事などを、やってもらっています。 週に1度は、アタシが買い物をしてるのですけど なかなか身の回りの世話をしてあげることが 出来ない、ダメ嫁です。 そんなどうしようもない嫁なのですけど 義母がリハビリとして(趣味かもしれない) ちぎり絵や、折り紙で作ったくす玉を スリランカの幼稚園へ持って行き始めたのが きっかけで、日本にいる義母と スリランカの子供たちとの間に ちょっとした文化交流が始まりました。 アタシ自身、深い考えはなかったのですが 義母にとっては、大きな意味があったようで 「私にも人の役に立つことができるなんて」 そんな言葉を聞けたことも嬉しかったのですけど アタシ自身も、やってきて良かったな〜と 改めて感じさせてもらったり・・・。 スリランカへ行くたびに、くす玉と一緒に 義母が、お心遣いをくださいます。 その費用で、幼稚園で必要としている物を買い 『日本のおばあちゃんから・・・』というカタチで ブロックの玩具や、教材を持っていきました。 現在4つの幼稚園があります。 平等に分けなければいけないので気を使います。 今日、義母のところへ新年の挨拶に行ったとき 義母「やっぱり行くの?」 アタシ「はい、行ってきます」 義母「じゃあ、コレ」 義母から頂いた心遣いを、有意義に使わなければ!
・・・・・とまあ、そんなワケなのです。 アタシは決〜っして 有閑マダムではございませんのよ〜♪ (´0ノ`*)オーホッホッホ!!
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2005年1月1日 (土)
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謹賀新年
年が明けちゃいました。 昨日の積雪(余裕で10cm以下)は 午後5時過ぎには、とっくにやんで外ではガ〜リガ〜リと 雪かきをしている音が・・・・・。 アタシもやってきましたさ!雪かきを・・・・・。 はす向かいのご主人と、向こう三軒両隣分ぐらい。 ・・・・・って、どれぐらいだ? とにかく30分ちょっと頑張ってきましたので 両手親指の付け根あたりが痛いです。 雪かき用のシャベルみたいなヤツを久々に握ったから。 握力には、まったく自信がアリマセンし。 おかげで、我が家の周辺だけは道路がきれい。 東京は雪が降ると、お手上げですナ。 ホワイトニューイヤーにはなりませんでしたが 年始のご挨拶(アタシの母親んち)も出来ました。 本当は、娘が着物を着せてもらったので 画像を公開しようかな〜♪・・・とも思ったんだけど 本人が承諾しないと思われるので却下。 代わりに、母んちにいる猫(ミルク)を公開。 叔父に溺愛されて、ワガママ猫となってます。
あ!・・・・・今年もどうぞよろしくお願いいたします。(*- -)(*_ _)ペコリ
あやうくご挨拶を忘れるところだった!(汗)
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2004年12月31日 (金)
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今年最後の・・・
大晦日、東京は雪です。 夜までには積もりそうです。 新年を雪景色で迎えるのって何年ぶりだろう。
良いお年をお迎えください。(*- -)(*_ _)ペコリ
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2004年12月29日 (水)
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光り輝く島
私の知っているスリランカは、こんなに美しい。 プルメリヤの花が、いたるところで香り ブーゲンビリアの鮮やかな色が目を引く。 海辺のホテルには野生のリスがやってくる。 砂浜は、ゴミ一つなく白い砂はサラサラとして 砂時計の中に閉じ込めてしまいたいくらい。 この景色は今、どんなふうになっているのだろう。
真面目なことしか、書けないや。(照)
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2004年12月28日 (火)
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元気のもと
友達から電話が来た。 「大変なことになってるね。 何か協力できることがあったら何でも言ってね」 オタオタしているだけのアタシに・・・・・ 後押しをしてくれる人がまた一人。 元気をくれる人がいる。 行くべき理由が出来た気がする。
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2004年12月28日 (火)
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スリランカの美しい海
新聞でも、テレビのニュースでも やっているのは、スマトラ沖地震のこと。 スリランカという言葉も、連発される。 犠牲者は、約1万1千5百人と出ています。 これからもっと増えるかも・・・・・。 民族闘争が、停戦して少し治安も安定したら 今度は、天災ですか。 美しい自然の残る、北海道よりも小さな島国が インド洋の美しい海が、あっという間に 濁流に変わる。
アタシに何が出来ますか?
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2004年12月27日 (月)
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地球の安全な場所
昨日のアクセス数が、いきなり増えてた! これって、インドネシア西部で起きた スマトラ沖地震の津波被害が、スリランカにまで 及んだからですか? そして、アタシサイトにも影響したのか?
今朝、7時過ぎに 友達から携帯にメールが来ました。 「スリランカで大変なことが起きてるようだけど 日本にいる?」 はい・・・・・布団の中にいました。(汗) 他にも、メールをいただき なんだか心配をおかけしてるようです。 ごめんなさい。
まだここでは公表してませんでしたが、 年明け早々にスリランカへ行くことになってます。 こういう状況だから、どうするべきか・・・・・。 現地からの情報を待つしかありません。 昼過ぎに連絡があり、変更ナシとのことでした。 「危ないと言ってたら、日本だって危ないでしょ」 さすがスリランカ人の判断は違うな! ・・・なんて関心したり。
アタシとしては、日本に残した家族や 友人たちが無事でいることを祈りつつ スリランカへ旅立つつもりです。 帰国したら、帰る家が壊れていませんように。 前回スリランカから帰って来たときも そう祈りつつ家路に向かったのでした。
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