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TOP>原爆症認定裁判って?>原爆症認定審査の実態
原爆症認定は、具体的にはどんな事例が認定され、また却下されているのか。そして、結果が出るまでどれだけ時間がかかっているのか。一方で、認定手続きの事務はどれくらいの時間をかけて行われているのか。そういった実態を明らかにしていくページです。
一人ひとりの被爆者の「被爆体験」などはここには掲載していません。あくまで、申請時に必要なデータの、その概略でしかありません。にもかかわらず、ここには、被爆者が見てきた、あるいは聞いてきた(幼児被爆の方はあまり当時のことをおぼえていない方もいらっしゃいますし、胎内被爆された方は直接見ることはありませんでしたから)ヒロシマ・ナガサキが、まさに現実のものとして刻まれています。却下されたら「集団訴訟」をとの決意で東友会を通じて原爆症の認定申請を出した被爆者の審査結果です。(東友会サイト「原爆症認定ケースbyケース」より作成。)
あの夏の日、夏の日々が、あなたには見えますか。
通知の届いた日(件数)
2004年9月(1) 7月(1) 6月(1) 1月(2)
2003年12月(7) 11月(1) 8月(2) 7月(2) 5月(3) 4月4日(1) 2月28日(1) 2月4日(3)
2002年9月(9)
女性/当時12歳/広島市舟入中町の屋外、1.3kmで直接被爆/当日夕方から3日間、市内を捜索、救援に従事/4日目から3日間程度意識不明。下痢。他の急性症状は記憶なし。疲労感が続く。肝機能障害、動脈硬化、脳外科でも治療中。/03年8月29日申請
女性/当時7歳/長崎市城山町1丁目・1キロで直接被爆/被爆地に4・5日滞在/幼少のため急性症状の詳細な記憶なし。24歳で肺結核。流産2度。子どもが心臓奇形。傷が化膿しやすい状態が現在も。01年4月敗血症。03年5月大腸ガンの手術/03年9月申請
男性/当時14歳/長崎市幸町三菱造船工場内・直爆1.5kmで直接被爆/被爆の翌日から1カ月市内中心部を捜索/下痢、発熱、強度の倦怠感。1年後、ぶらぶら病のようになり中学校を退学/下行結腸のポリープを切除後、分化型腺ガンが発見される/03年8月申請
女性/当時22歳/長崎市稲佐町3丁目・直爆2km(手帳記載2.2km)/閃光で左目失明。7日間近所の防空壕に避難。夫・養父被爆死したため、9月22日に一人で男児を出産。急性症状の記憶なし/58年ケロイドの手術。89年悪性リンパ腫を01年下顎下腺腫を手術。胃潰瘍、子宮筋腫の手術を受け、関節リウマチ、慢性膵炎、C型肝炎の治療を受ける/03年3月申請
男性/当時16歳/8月6日広島皆実町付近に入市し救援作業/発熱、下痢、出血が止まらない状態がつづく。以後突然の鼻出血が60年まで続く/03年7月25日死去/03年3月申請
*原爆症集団訴訟の原告のひとり森川靖夫さんが却下取消になりました
男性/当時14歳/広島二中・直爆1.7km/校舎の下敷き。全身に負傷し黒い雨多量。歯茎出血3カ月/01年6月申請、02年3月却下。02年5月異議申立。03年5月集団訴訟で提訴
却下取消
原爆症認定申請の却下が取り消されたこと。森川さんは集団訴訟東京弁護団の協力で、却下通知を受けた後、国に異議申立を出しました。この異議申立が認められ、国が一度出した却下処分を取り消して、森川さんの大腸ガンが認定されました。
女性/当時18歳/広島市下中町・直爆0.6km。屋内。右顔面に裂傷多数/脱毛の回復は1年後。血性下痢、発熱、吐き気、嘔吐、歯齦出血1カ月。倦怠感、傷の化膿が年内継続/02年12月集団申請に参加
女性/当時20歳/広島市三川町・直爆1km/家屋下敷き。全身に負傷。黒い雨多量。下痢、生理停止。傷が4年化膿/03年3月申請
女性/当時18歳/広島市東白島町・直爆1.3km。家屋下敷き。左肘、右膝に負傷。黒い雨多量。倦怠感。傷2年化膿しケロイドに。白血球減少/03年3月申請
女性/当時8歳/広島市牛田町・直爆2.2km/建物下敷き。右頭部、顔頸に深い負傷。黒い雨多量。発熱。歯齦出血、倦怠感が長期継続。傷の回復の遅れと被爆の恐怖感で1年間休学。翌年ガラス片摘出/03年3月申請
男性/当時17歳/広島市千田町・直爆2km/屋内。ガラスで多数の負傷。翌日から中心地に入市し捜索。8月下旬から爆心地付近で生活。出血が止まらない状態が長期に続く。血性下痢も翌年1月まで/03年3月申請
男性/当時8歳/長崎小江原郷・直爆2.63km/屋外の樹上から爆風で100mほど飛ばされる。火傷・外傷なし。発熱で年末まで寝込み、以後気管支喘息/03年3月申請
女性/当時18歳/広島市千田町・1.7km直爆(手帳記載距離4km)。家屋下敷き。火傷、外傷なし/8月末から脱毛顕著。後に発熱、下痢。60年から5年間、年に一度10日間程度原因不明の高熱/02年7月9日集団申請に参加。03年10月不作為異議申立
女性/当時26歳/長崎市新中川町3.5km屋内で直爆。外傷なし。直後から10日間、被災者の救援に従事/急性症状・脱毛、下痢、発熱、吐き気、嘔吐、下血、倦怠感。その後もしばしば微熱が出る/02年10月31日申請。03年1月27日肺ガンのため死去
女性/当時19歳/広島市宇品町4km屋外で直爆。当夜救援。翌日から9日間、中心地で家族の捜索/急性症状・15日から血性下痢、高熱、嘔吐、歯齦出血、倦怠感。紫斑が1カ月続く。55年から貧血のため売血で輸血治療。77年から肝機能障害。96年肝腫瘍。99年肝動脈閉塞手術。翌月、原因不明の大量出血で危篤に/02年12月9日集団申請
男性/当時35歳/広島の陸軍船舶練習部・3.8km直爆。当日午後から3日間、爆心地から250メートルの銀行跡に宿泊して調査/急性症状・10日から下痢が9年間続く。8月末から倦怠感が6年間継続/02年12月9日集団申請
男性/当時20歳/8月19日、横川駅から徒歩で広島駅に移動。広島駅に1泊/大竹海兵団潜水学校の校庭で右顔面に原爆の熱線を受け、皮膚が割け膿が出る/急性症状・紫斑9月末まで。発熱、吐き気8月末まで/02年12月9日集団申請
女性/当時16歳/広島市的場町1.3km直爆。家屋下敷/急性症状・脱毛2カ月続く/02年6月手術。インターフェロン注射を週3回継続中/02年10月31日申請
男性/当時28歳/広島市横川町1.7km直爆。駅舎下敷き/急性症状・頭髪の3分の2が脱毛。吐気/94年9月胃ガン手術。95年7月胃ガンで認定。00年7月結腸ガン手術/00年9月22日申請。03年4月不作為行為に対する異議申立
男性/当時14歳/広島市国泰寺町0.8km直爆。家屋下敷き。中心地をさまよいながら避難/急性症状・翌日から発熱、嘔吐。15日頃から激しい脱毛。傷の化膿の治癒に4カ月以上。身体回復せず1年間休学。93年から肝機能悪化。インターフェロン治療/01年3月31日申請。03年4月不作為行為に対する異議申立
「不作為行為に対する異議申立」とは
「不作為行為に対する異議申立」とは、行政不服審査法にもとづく申請です。同法第1条には「国民の権利利益の救済を図るとともに、行政の適正な運営を確保することを目的」とする明記されています。この場合厚生労働省が原爆症認定審査を不当に引き延ばしていることに対して、異議申し立てをしたということです。
女性/当時13歳/広島市横川町1.3km直爆。翌日から9月半ばまで横川町で生活/急性症状・傷の化膿3カ月、血性下痢が2カ月続き、その後、全身にひょうそう、面疔、癰(よう)などの化膿が出現/申請日02年8月23日/国立G病院が申請に必要な資料を提出せず。つてをたどって8月末に熊本県A病院に転院。住民票を移動。9月17日、都庁にA病院の資料を提出/03年3月19日死去/日本被団協、熊本県被団協の協力で、死後に異議申し立てを提出予定。
男性/当時2歳/広島市鉄砲町1km直爆。後1週間市内をさまよう/急性症状・聞いているのは10月までの発熱と1年間脱毛/申請日02年9月17日
男性/当時12歳/広島市吉島町直爆1.2km。7日〜15日まで中心地で捜索/急性症状・倦怠感、火傷の化膿、大量の脱毛、吐き気/95年から7カ所にできたボーエン病と前ガン状態の部分を5回の手術で除去。/申請02年8月22日
女性/当時7歳/長崎市大浦町直爆3.8km10日から2〜3日中心部で捜索/急性症状・外傷のない両手が長期間化膿/申請02年8月22日
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