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◆原爆症認定裁判を支える医療系学生の会
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◆キャッチフレーズ:“いのち”にこだわるメディづるネット |
◆医療系学生としての思い:核兵器は人の命を簡単に奪い、生き残った被爆者を何十年もかけて苦しめるものです。それは、人間1人ひとりの“いのち”を大切にすることにこだわる私たち医療系学生の目指す医療とは矛盾する存在です。“いのち”にこだわる私たちは、核兵器の存在を絶対に認めません。そして、核兵器のない、本当に“いのち”が大切にされる世界をつくっていくためにも被爆者と一緒に立ち上がることを決めました。
◆最終目標:もちろん、核兵器廃絶!!
→つまり、裁判が終わっても続く。いつか、メディカルピースゼミナール(メディピー)という形で医療系学生の大規模な平和サークルになるかも。
◆やりたいこと
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肥田先生のお話を聞く・ 弁護士のお話を聞く・ 裁判傍聴
・ 聞き取り語り伝え・ 学内で広げる、街頭でも広げる。医療について学ぶつながりでもどんどん広げる
・ 呉線に乗ろうツアー
・ オリジナルバッチやTシャツ、名刺をつくる
・ 署名集め
・ 歌う♪
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学習会(しばらくは、これ重視。)
04年1月31日に長広会(中野の被爆者の会)副会長の渡部昭彦さんと、会長の藤平 典さんにお話をお聞きしました。
これまでにも被爆者の方のお話は聞いたことがありましたが、それぞれに被爆当時の見たことや体験したことがあり、多くの被爆者の方にお話を聞くことが大切だと改めて感じました。
渡部さんは当時中学三年生で学徒動員のため工場にいました。工場の中にいたため、大きなやけども怪我もしなかったそうです。避難した場所では、やけどをして皮膚が垂れ下がっている手を上げながら寝ていた人々が、翌朝起きたらみんなそのままの姿勢で死んでいた、自分も危うくその死体の中で、死んでいると間違われそうになった。
家までの道の途中、まるで地獄絵を見ているようだった。死体が丸焦げでごろごろしていて、アスファルトの道路は溶けていた。
広島が大嫌いになって、将来結婚するときに何も知らない人がいいと思ったから、大きくなったら、東京か大阪に行こうと決めた。今までずっと当時のことを思い出したくないと逃げていた。
昨年から被爆者運動に関わり始め、今回が自分の体験を話すのが初めてという、渡部さんでしたが、今の政府のやっていることやアメリカに対して、たんたんと、しかし熱い闘志が感じられました。反応がなくても、無視されても、自分たちが声を出し続けやり続けなければ、という言葉が印象的でした。
当時の生々しい状況をきくことができ、そのままの言葉で多くの人に伝えていきたいと思いました。また、「被爆者ははじめから被爆者運動にかかわり、自身の体験を語っていたのではなく、話を聞いて、理解し共感してくれる人がいると気づいたから語り始めた」という藤平さんの言葉は、私たちが被爆者の方にお話を聞くことが、被爆者の方をも勇気づけているのだと知り、ますます聞き取りの重要性を認識しました。
【感想】
実際に体験なされたことを聞いて、改めて再び被爆者が生まれることを防ぎたいと思いました。
このように思う若者が語り伝え運動によって増えて、伝えられた人がそれをまた別の人に伝え、将来日本人が考える平和の中に核兵器廃絶がすぐ浮かぶようになり、日本が率先して平和を唱えれば、世界も変わる気がしてきました。そんな風な希望を持つと、元気になります。この運動は地道だけど強力な運動だと思いました。
私もできる範囲でこの語り伝え運動をお手伝いしていきたいなと思います。今日は貴重なお話ありがとうございました。
(N)
渡辺さん、藤平さんのお話から、戦争での被爆の恐ろしさを目の当たりにして、もう二度と繰り返してはならない事を再認識しました。また、戦争を体験していない事による、医療従事者の被爆者に対する、安易な声かけに注意すべきだ、という事を学びました。また、イラクへの自衛隊派遣問題については、両者の意見と同様に、私も反対であります。(I)
04年5月22日、長広会(中野区被爆者の会)の総会に行ってきました。
東さんの裁判で勝利することは肝臓に病気がある多くの被爆者が原爆症と認定されることになり、一つ一つ勝ち取っていくことが本当に重要だと感じました。中野区でも被爆体験を語らない人は32%もいるそうです。「戦時中、どうしてこんな世の中になってしまったんだ!と大人にくってかかった自分たちが、今孫たちにそういわれる世の中になっている。被爆の体験を語っていくこと、孫たちに残していくことが私たちにできることだと思う。」という会長の藤平さんのあいさつがひびきました。
【感想】
中野区の被爆者の方の集まりがあり、会の年報告とともに、被爆者の介護保険制度についての説明がありました。
(どの保険制度にもですが)自分から申告しなければ制度を受けられない現状なので、制度の存在も知っていなければだし、申告の過程も理解しなきゃいけません。そんな中でこのような会が体験を語り伝える運動以外にも健康の相談窓口として存在していることは本当に大事だなと感じました。
・・・核の被害は一生続くのですね。