Eyeless In Gaza-Biography

Eyeless In Gazaは1980年2月に、当時病院に勤務していたMartyn Batesとテキスタイル研究所で働いていたPeter BeckerによりNuneaton(ナンイートン)にて結成。
Nuneatonは、London中心部にあるEustonから国鉄で約1時間強の距離にある。駅周辺には倉庫が立ち並ぶ、至って何もない場所である。結成当初、彼らは共通の友人を介して知り合ったが、その際にMartyn BatesとPeter Peter Beckerとが意気投合し、当の友人は詳細は不明であるが、バンド結成には至らなかったようである。
Eyeless In Gazaのバンド名の由来は、英国の著名な文学作家、Aldous Huxleyの”Eyeless In Gaza”から取られたものである。彼らを始めとして、英国文学に造詣の深いミュージシャンは、英国に数多く存在している。

Martyn Bates-Vo.G.
Peter Becker-Key, Intsrument

同年3月、自主制作レーベルAn Ambivalent Scaleレーベルより、デビュー・シングル"Kodak Run Amok"を1,000枚リリースする。これはジャケも彼らの手による、ハンドメイドの作品であり、荒削りで瑞々しい感性ほとばしる作品である。 このシングルは後に、Cherry Redから再発され、ジャケ違い(カバーの写真には、Martyn Batesの親族であると思われる男性の写真が使用されている)でリリースされている。リリース数は不明であるが、これもおそらく、1,000枚程度のリリースであったと思われる。
これに引き続き、彼らはデモ・テープを作成、ほどなくCherry Redレーベルと契約を交わし、デビュー・アルバム”Photographs As Memories”をリリースする。このアルバムのジャケには幼い頃のPeter Beckerと彼を抱く母親の写真が使われており、Martyn Batesの非常に個性的な手書きの文字で書かれたアルバム・タイトルとも相まって、こちらもまたハンドメイド感を感じさせる仕様となっている。
このアルバムは、デビュー・シングル同様、実験的で前衛的な要素が色濃く打ち出されており、人によってはチープなノイズ・サウンドと解する向きも多々あるが、確かにデモ・テープに何も手を加えずにリリースしました、という印象を受ける。とはいえ、シンセとギターをメインにした、ノイジーなサウンドには、後に多様な音楽性を展開するEyelessの、極めて初期の段階における、様々な実験的な試みの一部を垣間見ることができる。




後に再発されたCDには、セカンド・シングル”Invisibility”とサード・シングル”Others”の全トラックがボーナス・トラックとして収録されている。未だに、Neo Acousticというカテゴリーで語られる事の多いEyelessの初期における、ノイジーで張りつめた、尖った印象を受けるサウンドは、通算6枚目となる、ご存じ"Back From The Rain"のメロディアスな一面しか知らない人達にとっては、驚愕の内容ともいえるだろう。
引き続き、彼らは、セカンド・アルバム”Caught In Flux”をCherry Redから1981年にリリース、サード・アルバム”Pale Hands I Loved So Well”をノルウェーのUnitonレーベルから1982年にリリース、さらに1983年、4枚目のアルバム”Drumming The Beating Hearts”をCherry Redからリリースする。ここまでは、まるで抑圧された感性がいっきに解放されたかの如く、様々な楽器を用いたり、様々なアレンジを施したりと、ありとあらゆる音の実験を試みたかのように思える内容となっている。特筆すべきは、後にNDN RecordsからCDリリースされた、サックス奏者Lol Coxhillとのコラボレーション”Home Produce/Country Bizzare”という作品(残念ながら現在は入手困難である)、こちらは、1982年にTago Mago Magazineから1,500枚限定でリリースされた、カセットマガジンの再発であるが、これはまさに、CoxhillとEyelessとの前衛性が衝突しつつも、調和し合う、まさにEyelessを構成する要素の一つでもあるアバンギャルド・ノイズの一面が顕著に現れた作品となっている。
音楽性の変化は、4枚目のアルバム”Drumming The Beating Hearts”の頃より徐々に現れ、ノイズ的な要素が希薄となり、よりメロディアスな曲構成となっている。この頃から、曲調に哀愁と繊細さが前面に押し出されるようになり、5枚目のアルバム”Rust Red September”、6枚目の”Back From The Rain”においては、これらがさらに昇華した形で、作品に展開されている。
特にお奨めしたいのが、4枚目のアルバムに収録されている、”At Arms Length”から”Lights of April”へと至る曲調の展開部分で、Martyn BatesのVo.はなおも尖った印象を魅せるものの、哀愁溢れるそのサウンドには胸を締め付けられるような、繊細でメランコリックな、今にも壊れそうな一面を覗かせる。そして、次の”Lights of April”では、けだるくも穏やかな曲調に乗せて、あたかもMartyn BatesのVo.がここで落ち着きを取り戻したかのような、そんな印象を受ける、然し、思わず涙がこぼれそうになる哀愁さを湛えている。
次にお奨めしたいのが、5枚目のアルバム”Rust Red September”に収録されている、”Stealing Autumn”。イントロは穏やかながらも仄かな哀愁を湛え、やがてクライマックス部分では、時に眩暈すら憶えるほどに、心を揺さぶられるサウンドに、思わず全身の動きを止めて聞き入ってしまうほどのドラマティカルな展開を見せてくれる。
3年のブランクを経て、1986年には、彼らの名を世に知らしめた、John BrandとEyeless自身のプロデュースによる、”Back From The Rains”がリリースされる。この頃の作品は、彼らの音楽性の要素の一つである、実験的ノイズは陰をひそめ、よりメジャーよりのメロディアスな作品となっている。時に過剰ともいえるほどにエコーを効かせた、そのサウンドは、より透明感を増し、より哀愁さを増し、Martyn Batesの歌唱力も飛躍的に上達を見せており、そのVo.には繊細さと共に甘く切ない部分も加わった。ちなみに7曲目の”She Moves Thru The Fair”はアイルランドの著名なトラッド・ソングで、様々なアーティストによって、歌い継がれている作品である。 (ちなみに'Michael Collins'では、Julia Robertsが'She Moves Thru the Fair'をアカペラで口ずさんでいる。映画のエンド・クレジットでは曲提供がSinead O'connorとなってはいたが。)
哀愁をたたえつつも、幸福なムードに包まれたこの作品は、推測ではあるが、当時、Martyn Bates、Peter Beckerの新婚の時期であったと思われる。おそらくはその時の幸福に満ち足りた感情が作品上にも現れたものであろう。
Neo Acousticの定義が、いつ、誰によってなされたものかは詳細は不明だが、おそらくは、1982年にCherry Redからリリースされた、”Pillows & Prayers”に収録されている、Marine GirlsやEverything But The Girl、Ben Watt、Feltなどの影響もあってか、Eyeless In Gazaにも、Neo Acousticというカテゴライズが、日本ではなされるようになった。
その後、再びのブランク期間の間にベスト盤や未収録作品などのリリースが相次ぎ、一時は解散したかの噂も囁かれた彼らであるが、その間、Martyn Batesはソロ活動やあらゆる音楽プロジェクトに力を注ぎ、Peter Beckerも別のプロジェクトに参加していたりと、それなりに音楽活動はしていたようである。
そして、1994年、”Saw You In Reminding Pictures”を1,000枚限定でリリース、改めてEyeless In Gazaが未だ健在である事を現した。翌年、自らのレーベル、Ambivalent Scaleより、”Bitter Apples”、1996年には”All Under The Leaves/Leaves of Life”、1999年には、米Soleilmoonレーベルより、”Song of Beautiful Wanton”、2006年には、再びAmbivalent Scaleから、待望のニュー・アルバム”Summer Salt/Subway Sun”(Eyeless In Gaza Official Siteからのみ購入可能。) がリリースされている。デビュー当時から現在に至るまで、一貫してコマーシャル性を排除してきた彼らのストイックな姿勢に、根強いファンも英国のミュージシャンの間でも、高い評価を受けている。
ちなみに、Pale Saintsは、Eyeless In Gazaのサード・アルバム、”Pale Hands I Loved So Well”に収録されている曲中タイトルから、取られたものである。

一方、Martyn Batesのソロ作品についてであるが、1980年にファースト・アルバムとして、”Dissonance/Migraine Inducers”(後に米国のBeta-lactam Ring Recordsより、”American Dissonance”、”UK Dissonance”として、アナログ盤が限定リリースされている。CDも同レーベルより、2枚組で限定リリースされている。現在、入手困難。)
この作品も初期のEyelessに負けず劣らずのシニカルなノイズサウンドで、Vo.は殆んど聴かれず、ひきつったようなノイズが全編に溢れている。然し、6年後にCherry Redからリリースされた、”Letters Written”は、リバーヴを効かせた、シンセ中心の透明感溢れるサウンドで、初々しささえ感じさせるイノセントで、穏やかな曲調が全編に表れている。1987年には、Bacharach/Davidの”The Look of Love”を堂々とカバーし、その歌唱力に磨きをかけている。

同年、上記シングルを収録したセカンド・アルバム”The Return of the Quiet”をCherry Redからリリース。Eyelessとはまた違った意味での、哀愁と怒涛の感情溢れる、繊細な感受性を揺さぶられるラブソングで全編、構成されている。翌年、ベルギーのIntegrity Recordsより”Love Smashed On A Rock”をリリース。
セカンド・アルバムのようなドラマティカルな展開を見せる曲調はなりをひそめ、静かに落ち着いた曲調ながらも、耳に心地よく、せつせつと語られるラブソングには、ある種の説得力を持って、聴く者に語りかけるような響きを持ち合わせている。
1989年には、サード・アルバム”Letters To A Scattered Family”、翌1990年には4枚目のアルルバム”Stars Come Trembling”をIntegrity Recordsよりリリース。この頃のMartyn Batesの
歌唱力は、飛躍的に上達を見せており、かねてより彼の持つVo.の幅広い音域と相まって、哀愁溢れる曲調に深みのある円熟味を加えている。
と同時に、Martyn BatesのVo.の持ち味を生かす為か、年を追う毎に使われる楽器や音数が徐々に少なくなり、よりシンプルに、よりVo.を際立たせるような内容へと進化していった。
前述にもあるように、英国文学に造詣の深い彼は、1994年には、James Joyceの詩を自作の曲に載せて謳い上げる、”Chamber Music”T&UをSub Rosaからリリースしている。
彼のソロ活動もEyeless In Gazaに同じくコマーシャル性とは無縁の活動ぶりを見せており、米国を始めとするマイナーレーベルと数々の契約を交わし、様々な作品をリリースしている。

また、ドイツの女性アーティスト、Anne Clarkとも数々のコラボレーションを行っており、Anne Clarkの” The Law Is Anagram of Wealth”や、”The Haunted Road-Travelogue Mixes”などでBack Vo.をつとめたりしている。また、CD付のLyric Bookも3冊リリースしており(1冊目:”Imagination Feels Like Poison”、2冊目:”The Plague of Years”(Lyric Bookのみ)、3冊目:”A Map of the Stars in Summer”。残念ながら、その多くは現在、入手困難である)、その溢れんばかりの創作意欲は、未だとどまる所を知らぬようである。





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