本牧 Honmoku

〜日本近代史の最前線の街


多聞院の朱塗りの門。かつて本牧の中心であったこの寺は
現在、幼稚園で有名。園児たちは本堂の隣の建物で楽しく遊んでいる
この寺は、十二天社と八王子社の間にあり、かつ間門の谷奥が見通せる
土地の鎮めとして重要な位置に建てられている。


本牧。この街について、人々はどのようなイメージを持っているだろう。
その読み方からして、この街を知らない多くの日本人は「もとまき」
「ほんまき」「ほんぼく」と読むのではないだろうか。
また、この街を少し知っているという人も、
人それぞれそのイメージが大きく違うことに驚かされる。


私はここに来てから、丹念に歩き回り、このあたりの歴史を調べたり、
また自分が住んでいろいろ想い出ができつつある。その間に感じたこと、
明らかになった事実、書きとどめた記録などを、ここに綴っていきたいと思う。



本牧の本質その1
本牧の本質その2
本牧の本質その3
本牧の本質その4
本牧の本質その5

本牧の歴史1
本牧の歴史2
本牧の歴史3

本牧の地名の由来
本牧周辺の古い町名一覧
本牧の地政学〜聖地の空間構造

間門(まかど)という場所
はんぎょの市電保存館

南本牧ふ頭の完成
山王崎の消滅を悼む
本牧車庫




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(Updated on 25 Feb. 2007)



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