「頭の冠を落としては駄目よ?」
「言いつけを破ったら酷いんだから。」
姉達は心の底から楽しそうに言って、駆けて行った。シンデレラはさぞ大変だったろうと思う。姉とは恐ろしい生き物だ。
青空を見上げて叫ぶ。
「四葉がそう簡単に見つかる訳ねぇだろぉ!」
頭上からくすくすと笑い声が聞こえてくる。
「ナオ君は今年も怒ってるね。」
まさに鈴が鳴るような軽やかで澄んだ声。
僕の顔を上から覗き込む。眩しくて懐かしい微笑み。
「久し振りだね。」
「一年振りだけど、今年も。」
「あら。もう一年?」
「わかっててすっとぼけてるんだろ。」
「えー?もっと会いに来てくれれば、きっともっと会えるよ?」
「ウソつけっ!」
僕が睨んでも、アキは嬉しそうに楽しそうにくすくす笑うだけ。
怒る方がバカバカしくなるのはいつもの事。
「今年のナオ君はどうして怒ってるのかな?」
「冠を作ってあげたお礼に、クローバーの四葉を3つ探しとけってさ。」
「姉達が?」
「他に誰がいるんだよ!」
ねえたちはなおくんだいすきだよねー。あっさりと気持ちの悪いことを言う。僕はわざと聞き返す。
「何だって?」
「姉達はナオ君大好きだよねー。」
「ナオ君いじめるのが大好き、だろ。」
「あれで心配してるんじゃないのかなー?」
「もっと心温まる心配の仕方がないのか?」
「照れ屋さんなんだよ。」
「いいや、いじめてるだけだって。」
アキはふわっとクローバー畑に座った。その姿は、ちょうちょに似ていると思った。
「探そっか?」
アキと探せば四葉のクローバーなんて、いくらでも見つかるような気がした。
「ちっちゃい頃にもさ、」
「んー?」
「探したよね、四葉。」
「ああ、そういや一時期はまってたね。アキが。」
「ナオ君がいつも先に見つけちゃうんだよね。」
「それでアキが必ず泣く。」
当時のことを思い出すと何となく切なくなる。アキは泣くし、姉達には怒られるしで散々だった。
僕はただ手伝っただけなのに。
「ナオ君は絶対にわたしに四葉をくれるのに、何で泣いちゃったんだろ?」
「幸せは自分でつかみたいとか?」
「ナオ君からもらった方が、自分で見つけるよりずっと嬉しいよ?」
「・・・・・・その言葉を当時のあなたに言って頂けませんか?」
えへへ、とアキは照れたように笑う。
「四葉ってさ、あげた後はどうなったんだ?」
「ちゃんと押し花にしたよ。国語の教科書にまだ挟んであると思う。」
「へぇ。今度探しといてもいい?」
「どうぞどうぞ。」
気安く返事をした後で、慌てふためいた様子で付け加える。
「ヘンな落書きみちゃダメだよ?」
「ヘンじゃない落書きって何だよ?」
「アカデミックな落書き?」
「何だよそれ。」
「アカデミックはアカデミックだよー!」
「あぁ、じゃあ、探しとく。アカデミックな落書きがあるかどうか。」
「いじめっ子なのはナオ君だ。」
アキはぷぅっと頬を膨らませる。
「何だよ、教科書に好きなヤツの名前でも書いたりしてたのかよ?」
「そうじゃないけどー。」
「教科書の落書きなんて誰でも似たようなモンだろ。気にすんな。」
「ナオ君も落書きする?」
「授業中ヒマだからな。」
「アキの名前書いた?」
「・・・・・・なんで?」
「好きなヤツの名前ってさっき言ったじゃん。ナオ君の好きな人はわたしでしょ?」
ちょっと待て。顔を引きつらせるとアキは俯く。
「ナオ君はアキが嫌い?」
だから待てって。
「アキは好きだよ。好きだけどさ、例えば、アキは僕の名前を教科書に書く?」
「書かない。」
「そういうコトだよ。」
そっかぁ、とアキは笑う。からかっているのか、本気でいるのか。
ずっとずっと。僕とアキはいつも一緒だった。
僕が行く場所にアキはいつもついてくる。
たいていはにこにこ笑って、機嫌が悪い日も、目を潤ませる日もあったけど、
だいたいはにこにこ笑ってついてきた。
面倒だとか、一人になりたいとか、思ったことはなかった。
僕とアキは一緒にいることが当たり前だから。
だから、アキに一年に一度しか会えなくなってそろそろ三年になるけど、
僕は未だにその状況を不思議に思う。
四葉を探して僕の隣に移動したアキは肩の高さを見比べてから、
僕の頭のてっぺんを見上げた。
「ナオ君またおっきくなった?」
「まだ成長期ですから。」
「そぉだよねー。」
アキは僕の頭を撫でようと手を伸ばす。
「男の子だとちっちゃい方だからもうちょっと伸びなきゃねぇ?」
「大きなお世話ですよ?」
僕は些かムッとして答えた。人の気にしているところをアッサリと・・・・・・。
アキは両膝立ちで僕の頭を撫でる。
クローバーの冠が落ちないようにそっと、風のように。
「もっともっとおっきくなって、まるで大人の人みたいになるのかな?」
「ならなきゃ困る。」
「アキはナオ君が大人の人になる方が困るな。」
目だけ動かして、僕はアキの表情を窺う。
心配になるほど寂しそうな声だったから。
「大人になっても、ナオ君はアキが好き?」
「だと思うよ。」
「困ったコトになりました。」
「なんで?」
腰を下ろしたアキは、丸い眼で僕をじっと見て、真剣な表情で言った。
「ナオ君がロリコンになっちゃう!」
はい?
「大人の人がアキのコトが好きってコトは、年齢的に問題があるもの。」
全くのデタラメを言ってる訳ではないけど、
ちがうちがう、ぜんぜん違う。
「ただでさえナオ君はシスコンなのに!」
「確定すんなっ!」
シスコンでは断じてない。姉達にさんざ振り回されているのだ。
「だってナオ君はアキのことが好きでしょう?嫌い?」
「好きでも思い余って教科書に名前書いたりしないから僕は至って正常です。」
「じゃあ大人になってもロリコンになるだけだね?良かった。」
「だ〜か〜らぁ、正常な『好き』だから、ロリコンにもシスコンにもなんねぇの!」
僕を見上げるアキは、人差し指を顎にあてて首を傾げた。
「じゃあ、ナオ君の『好き』はどんな『好き』なの?」
「家族愛?」
「疑問系?」
「・・・じゃ、兄弟愛。」
「やっぱりシスコン?」
「ちがうっ!」
きっぱりと否定してから僕は考えた。
丸い眼はきらきらと僕を見上げている。
ずっとずっと隣にあったのに。
大切に思っていたのに。
だって。
「あれだ。双子愛。」
アキは笑った。
「聞いた事がありませんよ?」
「双子の数が兄弟や家族に比べて圧倒的に少ないから一般的でないだけです。」
だって。
僕とアキは、産まれる前から二人だったんだ。
探しても探しても四葉は見つからない。
それとも。
探しても探しても幸運は見つからない。
3つ見つけなくては姉達にひどい目に遭わされるのだから、言い換えても間違いじゃない。
途方にくれてアキを見る。
アキは嬉しそうに楽しそうに、花冠を作っていた。
・・・・・・って!
「できたらナオ君にあげるね?」
僕の視線に気付くとにっこりと笑った。
「じゃなくて四葉は?」
「だって、姉達だけ作っててずるいんだもん。アキもナオ君に作る。」
「うん。だから四葉は?」
「姉達は元気?」
唐突過ぎないか?
「元気じゃなきゃ嫌がらせも出来ないんじゃないですか?」
「元気ならいいの。それでいいんだ。」
器用に花冠を編みながら、アキは何度も頷いた。
「ナオ君は“ちょーなん”だし、姉達のことよろしくね。」
「んー・・・・・・。」
「あれでもかなり寂しがってくれてるんだよ?」
「んー、うん。」
僕が返事をすると、満足そうに微笑んだ。
「・・・・・それでアキさん。四葉は?」
「でーきたっ!」
突然立ち上がると、丸い形を空へかざして、胸を張る。
にこにことこちらに近付いて、僕が頭に乗せていた一番上の花冠と、自分が作った花冠を交換した。
ちょこんと自分の頭に乗せる。
花冠は僕よりずっとずっと似合っている。
白い肌と、長い細い髪と、白いワンピース。
「可愛い?」
「お姫様のように。」
丸い眼をくるっと動かして、アキは笑う。
「やっぱりシスコンの気が!」
「褒めたのに、その扱いかよ・・・・・・。」
「うそうそ。」
僕を見てにっこりして、アキは言った。
「ナオ君も可愛い。」
「嬉しくないんですけどー。」
「褒めたのに!」
「男に可愛いとか言わなくていいの。」
「だって来年会った時にカッコよくなってたら、もう言えなくなるよ?」
引っ掛かる言葉に、僕は片眉を上げる。
「また一年後にしか会わない気でいるだろ?」
「冬は寒くて、夏は暑いんだもん。」
「秋は?」
「ものがなしいでしょう?」
「・・・・・・春は?」
「わたしね、花粉症が、」
「ウソつけっ!」
アキはくすくす笑った。
「じゃあね。」
僕の隣をすり抜ける。
振り返ると、もう、姿は見えなかった。
視線を移せば、姉達がこちらへ手を振りながら歩いてくる。
「今年は?」
「会えました。」
「良かったわね。」
「元気そうだった?」
「とても。」
「そう。ならいいわ。」
姉の一人が、座る僕の顔を覗き込む。
「そろそろ、大丈夫?」
「うん。」
頭の花冠を落とさないように、ゆっくりと僕は立ち上がった。
海側へ階段を下りる。そこにアキは眠っている。
先に来た姉達の手で石は磨かれ、花が活けてある。
一周忌でここに来た時。
階段前で足が止まってしまった。
気持ちの整理がつくまでと、クローバーの花畑に一人残された。
その時アキに会った。
一年前と全く変わらない姿のアキに会った。
棺に眠っていた姿と同じだった。
それ以来一年に一度だけ、
クローバーの花畑の真ん中でアキに会える。
今年のアキも変わりなく、
僕だけが背も伸びて声も低くなった。
頭の3つの花冠を石の上に乗せた。
「あら?」
「あ。」
「本当にあの子はお兄ちゃん大好きなんだから。」
「お姉ちゃんにもっと懐けばいいのに。」
姉達は花冠に編みこまれた四葉のクローバーを、それぞれ手に取った。
アキはいつの間に見つけたのだろう?
「罰ゲームせっかく考えたのに無駄になったわ。」
「罰ゲームって・・・・・・。」
「あ、知りたい?」
「知りたくないです・・・・・・。」
「昔から私達がナオを可愛がろうとすると妨害するのよね。」
「お兄ちゃん大好きだから。」
たわいない会話を続けながら、姉達は四葉をそっとハンカチに包む。
「これはあの子が編んだのよね?私が編んだのはどこ?」
「アキが自分で作ったのと交換してた。」
「・・・・・・似合うでしょうね。」
「うん。」
「あんたよりよっぽど。」
「アキは『可愛い』と言ってくれました。」
「贔屓目で見ているからよ。」
「こんな頼りないののどこが良いんだか。」
「ホントホント。」
「いつまでも頼りないから心配で天国に行けないんじゃない?」
僕は俯く。
どうしてアキに僕だけが会えるのか。
アキは普段はどうしているのか。
どうして一年に一度だけなのか。
いろんなコトがずっとわからないままだ。
どうしてアキに会えるのかも。
「あ、凹んでる。」
「しっかりしなさいね、長男。」
「現れる理由がどうであれ、あの子はお兄ちゃんがとても好きなのよ。」
「好きだから出てくるんだろうね。」
僕だってアキが好きだ。
可愛い妹で、僕の片割れだ。
どうして、死んでしまったんだろう。
どうして。
長姉が無造作に僕の頭へ手を置いた。
「泣くな、少年。」
「泣いてねぇよ!」
せめて強がりを言った。
今年の空も青い。